[ 気合いの入ったロングエッセイ ]

NKKの番組で、『マイロード』という地味な番組がございます。ある著名人にスポットを当て、幼少の頃のことや成功するまでの生い立ちを、じっくりと話してもらう、ただそれだけの番組でございます。4月は久本雅美さんにスポットを、そして今月はサッカーの中澤佑二さんにスポットが当たっております。

この番組、1回放送分の30分の間、その著名人がほとんどしゃべりっぱなしでございます。その30分番組が4回でワンセット。つまり、ひとりの著名人の約2時間分のお話を、4回に分けて放送しているのでございます。

さて、その番組の内容が、今回のメールマガジンのテーマではございません。たまたま遭遇したその番組のテーマ音楽が、これまたいい曲なのでございます。『上弦の月』(詞:バスケス 曲:松本俊明)という曲でございます。

歌っているのは「夏木マリ」さん。その声、独特な歌い回し、特徴のあるビブラート、すぐに夏木マリさんの歌声だとわかったのでございます。夏木ねえさん、最近はハードな絶叫タイプの曲を歌うことが多いのでございますが、このような、しっとりとした曲も、なかなかによろしいのでございます。

この夏木マリさんの「上弦の月」、検索してもまったく出てこない。夏木さんのオフィシャルウェブサイトにも公示がない。「マイロード」という番組では、サビの部分しか流されない。なんとかこのしっとりとした曲を、通して聴いてみたいと思っておりましたが、「この番組のためだけに作られた曲なんだな」と諦めておりました。

ところが、昨日、なんとこの曲が「iTunes Music Store」に突然現れたのでございます。1曲200円。もちろん、すかさずボチりましたとも。言葉を大事に歌う歌手の歌ってのは、ほんとにいいですね。歌詞のひとつひとつが立っているのでございます。すべての言葉に細心の注意がはらわれ、無駄がない。夏木マリさん、絶叫するときも容赦ないですが、こういったしんみりとした歌詞を歌いこむときも、容赦なく追求している。日本語を歌う歌手は、まさにこうあって欲しいと思うのでございます。

上弦の月というのは、新月と満月の間の、「太っていく過程での半月」でございます。逆に満月と新月の間の「痩せていく過程での半月」は下弦の月でございます。占いなどでは、太っていく上弦の月を「誕生・成長、吸収」などに例え、逆に下弦の月は、「死・老衰・放出」などに例えられたりするのでございます。この夏木マリさんの歌う「上弦の月」も、人生にやや疲れた人が、月に癒され、自分を信じ、また歩きだそう、そういった歌でございます。上弦、下弦といった意味が分かっていると、より深く曲の味わいを感じられるのでございます。

「上弦の月」が誕生や成長を意味していると申し上げましたが、ところがところが、この「上弦の月が昇るところ」といったものは、私たちは見ることが出来ないのでございます。エッ、どういうことかって? 上弦の月というものは、天空上で太陽を追いかけるような位置関係にございます。その結果、上弦の月が昇るのは正午のころ。真っ昼間の明るいときに、東の空に上り始める、それが上弦の月でございます。

ですから、上弦の月は太陽が西の空に沈む夕方のころに南中し、真夜中に西の空に沈んでいくのでございます。誕生や成長の象徴とされる上弦の月でございますが、夜空でワタクシたちが見ている上弦の月は、必ず「沈む途中の月」なのでございます。まぁ、皮肉と言えば皮肉でございますね。逆に同じ理屈で、下弦の月は、いつも上る姿しかワタクシたちには見せておりません。

月に思いを馳せ、その動きに自分の人生を重ね合わせる。そんな人間のささやかな情思にはわれ関せずと、大自然はもっともっと壮大なる摂理の元に動いているようでございます。まぁ、占いなんて、つじつま合わせの集大成みたいなものでございますからね。

朧月(おぼろづき)という語がございます。雲に隠されておぼろげにしか見えない月のことでございます。日本ではこの朧月を、また別の美しいものとして愛(め)でる感覚がございます。「幽玄の美」というやつでございます。この「ぼんやりとした美しさ」という曖昧さへの美的感覚は、西洋ではゴッホやモネといった印象派以降の、つい最近になって芽生えたものでございます。

イエスとノーをはっきり決着つけたがる西洋人は、日本人が日本語独特の曖昧な返事でお茶を濁したりするのを嫌ったりいたします。ところが日本には、この曖昧な返答や曖昧な人間関係で、全体の和が保たれているという文化があるのだからしかたがございません。最近の言葉でいうと、「ビミョウ」とでも言うのでしょうか。月の美しさへの感じ方ひとつにも、西洋と日本との文化の違いが反映しているのでございます。

古(いにしえ)の時代、人々が様々な思いを馳せた月でございますが、最近は探査機が月の間近まで接近し、精細な写真を撮影できたりいたします。よく分からない世界だったものがはっきりしてしまうと、何だか夢を持つのが難しくなりますよね。科学が発達し、今まで曖昧だったものがドンドンはっきりしてくるにつれ、世の中に「夢」を見るのが、難しくなってきているような気がするのでございます。

最近は、曖昧なものを嫌ったり、不思議なものをはっきりさせようとする風潮がございます。なんか「科学で証明できないものは悪だ!」みたいなこと、あるでしょ。でもね、曖昧なものや不思議なものを、そのまま「アリノママに受け入れる」ってのも、なかなかに夢があってよろしゅうございますよ。

そう、この「アリノママに受け入れる」ってのは、小さな子供はみんなやっているんですよね。でも大人になって理屈が身につくと、この感覚をいつの間にか無くしてしまうのですよねぇ。エッ、でもどうやったらアリノママに受け入れられるのかって? そんなの簡単ですよ。心をカラッポにすればいいのでございます。カラッポの器の中には、アリノママのものがアリノママの姿で入ってくるでしょ。

もし、仕事のこととか、人間関係とか、人生についてとか、何かしらの「行き詰まり」を感じていらっしゃったら、一度、頭の中をカラッポにすることをお勧めいたします。何もかも忘れて小旅行に行くのもいいかもしれません。スポーツジムで、一心不乱に体を動かすのもよろしいかも。頭の中をカラッポにすると、新しい糸口やひらめきが得られるかもしれませんよ。

ではでは、今回は曲の紹介から始まり、「月」にまつわる色々なお話になっちゃいました。「アリノママのビミョウな月のお話」でございました。では、次回をお楽しみに。名古屋薫でございました。

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(2006/1/24以前のバックナンバーはこちらからどうぞ)
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