[ 宗教書評 ]
合掌 おはようございます。気がつけば半年間も発行を怠っておりました。近日中に現状のご報告と今後の発行方針の検討を行いますが、いきなりそういう事務的な話で再開するのも味気ないですので、まずは「宗教書評」から。
『まんが大乗仏教 中国編』
塚本啓祥監修、瓜生中脚本、芝城太郎作画/佼成出版社
平成15年に発行され電子説法でも書評した『まんが大乗仏教 インド編・西域編』の待望の続編が、三年半の時を経て発行されました。監修・脚本・作画は前巻と同様の顔ぶれですから、前作ファンには違和感なく入り込めます。
題名から分かるように、このシリーズは大乗仏教の興起と流通の歴史を辿るものです。コミック形式は、同じページ数の活字本と較べて情報量は少ない代わりに幅広い読者層に向けて発信でき、また物語性が豊かなので大乗仏教に携わった人々の情熱を描くのに適しています。そもそも宗教史とは、学説史である以前にまずもって信仰の歴史です。その宗教運動を通じて人々の心がどのように動いたのか。人々の心によって宗教現象がどのように支えられてきたのか。思想内容の変遷を辿ることも大切ですが、「人」に焦点を当てて語ろうとするこのシリーズの姿勢はとても好ましいものに感じます。
仏教発祥の地はもちろんインドです。中国は(もちろん後の日本も)、外来の宗教として仏教を受け入れたが故に、思想理解や経典翻訳に様々な困難を抱えます。中国仏教史のひとつの特徴がそこにあります。特に、西域から優れた仏教者を招聘するために軍隊で他国を攻めることが繰り返されたことは、宗教思想の価値が現代のそれとは比べものにならないほど重要視されていたことを意味するのかも知れません(実際には軍事行動の裏に様々な複合的要因がある筈ですけれど)。
若干の難を挙げるなら──というよりも個人的な好みの問題なのですが、語り口が前作に比べて間延びしている印象を受けました。その最大の理由はおそらく、本書全体が玄奘法師とその弟子の会話によって推移しているからだと思います。問答体は仏教典籍における伝統的なスタイルなのですけれど、うまく整理をしないと本筋とまったく関係のない無駄な「合いの手」が差し挟まれてしまう場合があります。また、「禁を犯して求法の旅に出る」という類似のシチュエーションが多いのは史実として仕方ないのですが、そのほとんどが夜中に一人街を抜け出す描き方がされ、「夜陰に乗じて」という言葉もほんの数頁で繰り返されている点などは、もう少し表現を練り込む余地があるようにも感じました。もちろんこれらの印象は重箱の隅でしかなく、本質的な価値を損なうものではありません。
インド・西域編、中国編ときて、次は日本編かと予想されます。刊行にはそれなりの時間が必要と思いますが、優れた内容に仕上げられるのであれば、いくらでも待つ所存です。
今日も良い一日でありますように。再拝
『まんが大乗仏教 中国編』
塚本啓祥監修、瓜生中脚本、芝城太郎作画/佼成出版社
平成15年に発行され電子説法でも書評した『まんが大乗仏教 インド編・西域編』の待望の続編が、三年半の時を経て発行されました。監修・脚本・作画は前巻と同様の顔ぶれですから、前作ファンには違和感なく入り込めます。
題名から分かるように、このシリーズは大乗仏教の興起と流通の歴史を辿るものです。コミック形式は、同じページ数の活字本と較べて情報量は少ない代わりに幅広い読者層に向けて発信でき、また物語性が豊かなので大乗仏教に携わった人々の情熱を描くのに適しています。そもそも宗教史とは、学説史である以前にまずもって信仰の歴史です。その宗教運動を通じて人々の心がどのように動いたのか。人々の心によって宗教現象がどのように支えられてきたのか。思想内容の変遷を辿ることも大切ですが、「人」に焦点を当てて語ろうとするこのシリーズの姿勢はとても好ましいものに感じます。
仏教発祥の地はもちろんインドです。中国は(もちろん後の日本も)、外来の宗教として仏教を受け入れたが故に、思想理解や経典翻訳に様々な困難を抱えます。中国仏教史のひとつの特徴がそこにあります。特に、西域から優れた仏教者を招聘するために軍隊で他国を攻めることが繰り返されたことは、宗教思想の価値が現代のそれとは比べものにならないほど重要視されていたことを意味するのかも知れません(実際には軍事行動の裏に様々な複合的要因がある筈ですけれど)。
若干の難を挙げるなら──というよりも個人的な好みの問題なのですが、語り口が前作に比べて間延びしている印象を受けました。その最大の理由はおそらく、本書全体が玄奘法師とその弟子の会話によって推移しているからだと思います。問答体は仏教典籍における伝統的なスタイルなのですけれど、うまく整理をしないと本筋とまったく関係のない無駄な「合いの手」が差し挟まれてしまう場合があります。また、「禁を犯して求法の旅に出る」という類似のシチュエーションが多いのは史実として仕方ないのですが、そのほとんどが夜中に一人街を抜け出す描き方がされ、「夜陰に乗じて」という言葉もほんの数頁で繰り返されている点などは、もう少し表現を練り込む余地があるようにも感じました。もちろんこれらの印象は重箱の隅でしかなく、本質的な価値を損なうものではありません。
インド・西域編、中国編ときて、次は日本編かと予想されます。刊行にはそれなりの時間が必要と思いますが、優れた内容に仕上げられるのであれば、いくらでも待つ所存です。
今日も良い一日でありますように。再拝