[ 時事随想 ]
【電子説法/第1332号】個人の信仰と社会権力(補遺)
合掌 おはようございます。一旦シリーズを終えると書きましたが、この報道に接した時に最初に感じ考えたこと(つまり一番書き留めておきたかったこと)に触れるのを忘れていたのに気づきました。以下、端的に補足をします。
あの事件報道には、親が我が子の病気をどのように受け止めていたか、手術を終えたことをどう感じていたのかが、何ひとつ記されていませんでした。記事の書きぶりは客観的なものでしたが、コメントが一方の当事者のもののみであったことから、視点が「赤ちゃんを救った側」に当てられていたことは確かです。
繰り返しになりますが、記事を読む私たちの大多数は、当事者たる両親とは信仰を共にしていません。ですから、半ば超法規的ともいえる手法で赤ちゃんの生命を救った行政側が正義のヒーローに見え、逆に両親があたかも妄信の故に子供に対して冷血漢のように振る舞っていたと感じる人も少なくないでしょう。
けれども──私は最初にこの記事を読んだ時に、こう思ったのです。ご両親は本当に子供の命と信仰を単純な天秤にかけたのだろうかと。我が子を愛しく思い、健やかな成長を願い、病の苦しみから救いたいと祈らなかったのだろうかと。全国各地で起きている児童虐待の現実を知れば、そうではない、と断言することはできません。けれども私の想像の中では、信仰と愛情の間で苦しみ抜いた挙げ句、結果的に行政によって手術を強行されてどこかホッとしている人間像が浮かんでいます。無論その想像は、「邪教に血迷った冷血漢の両親」というイメージと同程度に、根拠がありません。私自身が現に幼い子供たちの親として日々愛情を注いでおり、子を愛さない親はない筈だという「思いこみ」があるからこその、美しい誤解なのかも知れません。
そこからいえるのは、事実かどうか分からない事を想像して批判したり共感したりしても、実はあまり益がないということです。断片的な報道内容から色々なことを感じて考えることは大切ですが、心の中に生み出された像を攻撃してみたり逆に慈しんだりしたところで、それだけでは「想像」以上の意味をもたないのです。
当事者が抱えている筈の様々な悩みや苦しみを、報道で知るだけの立場の者が簡単に共有できる筈がありません。安易な批判や称賛は謹むべきです。出来事と、それに反応する自分の内面の響き。その相互作用の姿を丸ごと見つめ、感じ考え、そこから学び取ったものを糧に日々を生きることが、当事者でない身にできる精一杯なのでしょう。
今日も良い一日でありますように。再拝
合掌 おはようございます。一旦シリーズを終えると書きましたが、この報道に接した時に最初に感じ考えたこと(つまり一番書き留めておきたかったこと)に触れるのを忘れていたのに気づきました。以下、端的に補足をします。
あの事件報道には、親が我が子の病気をどのように受け止めていたか、手術を終えたことをどう感じていたのかが、何ひとつ記されていませんでした。記事の書きぶりは客観的なものでしたが、コメントが一方の当事者のもののみであったことから、視点が「赤ちゃんを救った側」に当てられていたことは確かです。
繰り返しになりますが、記事を読む私たちの大多数は、当事者たる両親とは信仰を共にしていません。ですから、半ば超法規的ともいえる手法で赤ちゃんの生命を救った行政側が正義のヒーローに見え、逆に両親があたかも妄信の故に子供に対して冷血漢のように振る舞っていたと感じる人も少なくないでしょう。
けれども──私は最初にこの記事を読んだ時に、こう思ったのです。ご両親は本当に子供の命と信仰を単純な天秤にかけたのだろうかと。我が子を愛しく思い、健やかな成長を願い、病の苦しみから救いたいと祈らなかったのだろうかと。全国各地で起きている児童虐待の現実を知れば、そうではない、と断言することはできません。けれども私の想像の中では、信仰と愛情の間で苦しみ抜いた挙げ句、結果的に行政によって手術を強行されてどこかホッとしている人間像が浮かんでいます。無論その想像は、「邪教に血迷った冷血漢の両親」というイメージと同程度に、根拠がありません。私自身が現に幼い子供たちの親として日々愛情を注いでおり、子を愛さない親はない筈だという「思いこみ」があるからこその、美しい誤解なのかも知れません。
そこからいえるのは、事実かどうか分からない事を想像して批判したり共感したりしても、実はあまり益がないということです。断片的な報道内容から色々なことを感じて考えることは大切ですが、心の中に生み出された像を攻撃してみたり逆に慈しんだりしたところで、それだけでは「想像」以上の意味をもたないのです。
当事者が抱えている筈の様々な悩みや苦しみを、報道で知るだけの立場の者が簡単に共有できる筈がありません。安易な批判や称賛は謹むべきです。出来事と、それに反応する自分の内面の響き。その相互作用の姿を丸ごと見つめ、感じ考え、そこから学び取ったものを糧に日々を生きることが、当事者でない身にできる精一杯なのでしょう。
今日も良い一日でありますように。再拝