[ 演劇感想 ]
公式HP ttp://www.toho.co.jp/stage/ma/welcome-j.html

マリー・アントワネット   涼風 真世
マルグリット・アルノー   新妻 聖子
アニエス・デュシャン   土居 裕子
アクセル・フェルセン   井上 芳雄
ルイ16世   石川 禅
ボーマルシェ   山路 和弘
オルレアン公   高嶋 政宏
カリオストロ   山口祐一郎

マルグリットのモチーフに惹かれたんだろうなあ・・・と感じられる公演でした。
前回遠藤版小説感想の時に書いてた予想はほぼ的中。お話は別物でした。
マリーとフェルセンは王妃時代からバリバリ不倫中だし、
やっぱりマルグリットは、(小説のマルグリット+小説のアニエス)÷2って感じでした。
タイトルはマリーアントワネットだけど、主役はマルグリットだったと思います。
マリーは激動の中で大きな成長は感じられず、
反してマルグリットは、当然な理由で生まれた王妃への憎悪で歪んだ目が、
彼女の不幸な境遇に触れすぎた事で現状に疑問を持ち始め、
最後には「民衆を苦しめた貴族」と同じところまで堕ちた
「貴族や他者を排斥し、苦しめる民衆」の姿に気付く事になる。
うーん、振り返れば振り返るほどタイトル「MA」にした方が良かったんじゃないかなあ。
小説版では完全にマリーに存在感で負けたマルグリットですが、
このお芝居では、完全にマリーはマリグリットの存在感に負けてると思う。
なのでマリーアントワネットってタイトルにどうも違和感は感じました。
でも、エムエーじゃ何やるかわかんないから集客力ないかな(苦笑)。

カリオストロは正直狂言回しというより「運命」とか「凶兆」って感じがしました。
何か作中人物とは一歩引いた視点で事件をみてる感じでした。
王妃の地位が磐石だった時はあんまり王妃の傍に立たなかったけど
ギロチンの発明あたりから王妃の傍によく立つ様になったのも
そんな印象を強くさせてるのかもしれません(記憶ではそんな印象があります)。
積極的に介入したのは首飾り事件だけだもんね。
ここらへんも遠藤版とは全然違う感じです。
山口さん、美しい美声に惚れ惚れしました。良い声です〜。
この声で「Music of the night」を歌われてたのかと思うと
しみじみ、四季を退団されたのが惜しまれます。
オペラ座のCDより今の声のほうが素敵な気がします。うっとりv。

さて、楽しみにしてた井上フェルセン。
るっきーちゃんと二人オペラグラスで井上君を追っかけてました(苦笑)
涼風さんより井上君みてたあたり私ら駄目すぎ(爆)。
まさしく貴公子!!って感じの上品な物腰と誠実そうな雰囲気がとても素敵でした。
ホント綺麗な役者さんだなあとしみじみ。
ヅカ劇場で男役にまぎれても絶対気付かなさそうな気がします(^^;。

因みに一番印象に残ったのは
「違いますよマダム。仏蘭西の未来はあそこ(三部会)にあります。
彼は貴方の未来だったのですよ」みたいな感じの第一王子が死んだ直後の台詞。
これはうまいなあと思いました。
国王がいなければ太陽が昇らないと信じていた時代が、
変わって行ってるんだなあっていうよい前振りになった気がします。

マリーに関して、一番残念だったのは後半の革命裁判〜断頭台まで。
ここらへんはマリーの最大の山場なはずなのですが
革命裁判で近親相姦の冤罪を受け毅然として反論する場面も、
「最後の王妃」として革命広場の断頭台まで
威厳と品位を持ち続けた気高さもなかったのが残念でした。
あのマリーじゃ正直現存しているあの遺書はかけないと思う。
アントワネットに関する革命画ってのは
その後一時的に王政が復帰した時に美化されてる訳で
後に残されてる伝記や絵画が正しいとはいえないけど
遺書に関しては確か原本と筆跡が残されてて確かな訳だし
あれがかけると想像できる位の気高さを感じる姿をみせてほしかった気がします。
一幕に関してはツヴァイクや遠藤、「ベル薔薇」マリーとは
雰囲気が違うなあと思ったけど解釈の違いだしねと普通に割り切れたんだけど、
ニ幕後半は残念でした。

全体的に王侯貴族のきらびやかなお芝居とは程遠い感じで
セットも地味で、メッセージ性が強い作品です。
王朝物というより、革命物と見てたのでそういう意味では色々考えさせられました。
ただ、やっぱり人は力を持つと人を傷付ける業から逃げられないのかなあと
そういう哀しさは感じましたね。
マルグリットだって目の前で王妃をみなければ
普通に流されて言っただろうし・・・。何か人の業を感じさせる哀しい作品でした。

因みにカーテンコールで最後に挨拶するのがアントワネットの涼風さんでも
マルグリットの新妻さんでもなく
カリオストロの山口さんなのには驚いた(^^;。流石帝劇の怪人ですねえ。しみじみ。