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2008年1月25日(金)

新人類 ホモサピエンスの大移動

写真:新人類 ホモサピエンスの大移動( http://www.kahaku.go.jp/special/past/japanese/ipix/1/1-14.html# より)

氷河期が到来し、密林からほっぽり出されたチンパンジーが、平原に移動した・・それが新人類の始まりだ、なんて事も言われている。 チンパンジーと人間のDNAの殆どは、同一だという事を聞くと、マジにそう思えるのであるが、それでは、現在のチンパンジーは、新人類になり損ねという事になる。

ともかくも、約10数万年前、アフリカで誕生した人類の祖先は、まもなくアフリカを出て世界へと移動。 あるグループは地中海地域へ、あるグループは東方へと足を伸ばし、更に北へ南へと移動していったらしい。

人類の祖先は、地球上の諸大陸に拡散。 太平洋に浮かぶ島じまだけは最後まで未踏の地として残ったと考えられる。 広大な海を前にした人類。 その移動を可能にする航海の術を手にいれたであろう人類が、はるかな海を越えた大移動を始めたのは、わずか5〜6千年前の事である。

「農業と航海術」という二つの大きな技術を駆使しなければならないのは、当然である。 南方系の日本人のルーツとしても考えられる「オーストロネシアン」は、過去3000年以上にわたり、西はアフリカ東海岸沖のマダガスカルから、東は「イースター島」まで、2万8000kmにもおよふ範囲に移動し、定住したという。

オセアニアに暮らす人々の祖先が、成しとげた数1000年に及ぶ壮大な旅の終わりであると同時に、10数万年にわたる人類の移動と定住の物語のその最終章。 それが、前回取り上げた、東の端にある「イースター島」として知られている「ラパヌイ(Rapa Nui)」である。

何千年もの時をかけてこの大海原を航海し、前人未到の島じまへの移住を成功させたのは、現在のポリネシア人の祖先に当たるオーストロネシアンである。

ある地域に定住した後、人は同じ場所に留まり続けるとは限らない。 最初に来たルートとは逆方向に、再移住する事もあるだろう。 地域間の交易ルートなどの文化の流れは初期の移動ルートとは無関係に出来あがる。 又、外から別の言語を話す人々が移入してくる事もある。 言語そのものの内的要因で起こる変化、定住後の様々な交流による他言語の影響に伴う変化が積み重なって、言語ごとや地域ごとに新しい特徴が生み出されてゆく。

今回、「海の人類大移動 オセアニア」を考える時、頭の中は壮大な「時空」の旅、それはイマジネーションの世界である。

新しい人類が生まれたであろう10数万年という気の遠くなる時を経て、農業と航海術を手に入れたのは、わずか5〜6千年前の事になる。 更に、地表の3分の1にあたる「水半球」とも呼ばれる太平洋。 この大海原に点在する島じまがヨーロッパの人びとに知られるようになったのは、今から約400前の時代は大航海時代と言われている。

「東南アジアから太平洋を横切り、東はイースター島、西はマダガスカルへと何千kmにも及ぶ地球規模の大移動を成しとげたの人々。 方位磁石や海図などの近代計器がなかった先史時代に、新天地を求めて太平洋という未知の世界へ漕ぎ出していった、勇敢で好奇心に満ちたオセアニア地域の人びとの知られざる歴史と偉業は、ともすれば夢を失いつつある現代の人びとに、限りない夢と勇気を与える」という言葉が重い。

引用資料


国立民族学博物館(編) オセアニア 海の人類大移動


■187 南方系日本人のルーツ オーストロネシアンの大移動

▼187−2 地球上最大の面積に分布する「オーストロネシア諸語」は、時空を超える大宇宙

太平洋に点在する島々と太平洋周縁部、そしてマダガスカルという地理的に非常に離れた地域で話されている言語には類似性がみられる。 大航海時代を迎えたヨーロッパの人々がこの事に気づくまで、そう長くはかからなかった。 17世紀のオランダの文献には既に、マダガスカルの言語とマレー語、それにニューギニア海岸部で話されるいくつかの言語の語彙に共通点があるという指摘がみられる。 19世紀末になって世界の諸言語の系統関係についての研究が盛んになると、広範な地域にみられる1000を超える言語が、一つの系統に属する事が明らかになり「オーストロネシア諸語」と呼ばれる様になった。

この共通の祖先にあたる言語を「祖語」という。 「オーストロネシア祖語」を話す人々は、今から5000年前頃に中国揚子江流域から台湾に渡ったと考えられている。 その後、台湾各地に広がった人々はやがてフィリピンヘと南下しインドネシアに至った。 インドネシアからはマレー半島を含む東南アジアの大陸部、インドネシア島嶼部など四方に散らばったが、その中の一部は、ニューギニア島沿岸部をつたってソロモン諸島にまで至っていた。

ここまでの各地域には「オーストロネシアン」の定住以前に、人が住んでいた事が知られている。 例えばフィリピンではネグリートとよばれる。 ネグリートの人びとの言語は、現在では「オーストロネシア諸語」に完全に同化してしまっており、言語学的に、二つのグループの人々を区別するのは難しい。

一方、インドネシアやバブア・ニューギニアには、既にパプア系の言語を話す人々が住んでおり、3000年前頃に到着した「オーストロネシアン」とは、交流があった事が知られている。

ソロモン諸島を南東にぬけると、そこから先は人類未踏の地である。 人々は、北はミクロネシア、南はメラネシア、東はフィジー諸島を経てポリネシアヘと広がっていった。 ここは又、長距離航海の技術なしには到達しえなかった海域でもある。

この様に「オーストロネシア祖語話者」を祖先にもつ人々は、台湾を出発した後、東南アジア・ニューギニアでそれまで住んでいた人々と、時には争い時には融和しながら、その先は太平洋上のまだ無人の島々へと広がっていった。 そして今から1500年前ごろ迄には、ほぼ現在の様な分布がみられる様になった。

外部との通婚や環境への適応によって人々の見かけ上の特徴が変わっていく様に、言語も又、祖語から受け継がれた要素の上に新しく得られた特徴が加わり、変化して現在の諸言語となっている。 「オーストロネシア諸語」も例外ではない。 例えばマレーシア・インドネシアで話される言語は、700を優に超すと言われる。 しかし「オーストロネシア祖語」から受け継がれた特徴を特定するのが難しく、全ての言語間の系統関係がはっきりしている訳ではない。

これには、この地域における貿易ネットワークが活発であった時期に多くの言語が当時の共通語に、一部同化するなどした事が理由の一つとなっている。 この時代には又、フィリピンヘも様々な文化的影響がおよんでいる。 現在のフィリピン南部の言語には初期の移動ルートとは逆方向に、南のマレー語圏から入ってきた単語も珍しくない。

ミクロネシアやポリネシア地域でも、高度な航海技術を駆使し、行き来があった事が知られているが、周辺言語からの借用語彙にその痕跡を見る事がで出来る。

初期の移動後に起こった「オーストロネシア話者」による、最も大きな移動は、何といってもボルネオ島からマダガスカルヘの移住であろう。 このインド洋の両端に位置する二つの島の間は、直線距離でも優に7000kmを超えるのにマダガスカルで話されるマラガシ語(又はマダガスカル語)が、「オーストロネシア諸語」に属する事は疑いがなく、ボルネオ島南東の言語群と最も系統が近いと考えられている。

マダガスカル住民の祖先がインド洋を東西に一息で渡ったのか、古くから発達していたインド洋海域の東西を結ぶ貿易ルートにのって海岸沿いのルートを辿ったのか、については時期的にはだいたい7〜8世紀頃であったと考えられている。 又、近年ではマダガスカルに入る前にアフリカ東海岸に一度何らかの形で留まった痕跡と見られる現象が、だんだん知られる様になってきている。

現在のマラガシ語は、様々な文化接触を反映し、マレー語、南スラウェシの言語、バントゥー系言語、アラビア語等からの借用語、さ更に旧宗主国のフランス語、地城によっては英語の影響もみられる。 人々の定住後に言語が分岐をはじめ、地域ごとに独自の発達をみたのは太平洋地域と同じであり、現在では様々な方言間の違いもみられる。

「オーストロネシア諸語」には、16世紀に始まる植民地時代と二つの世界大戦を経た現在、英語やフランス諸はもとより、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語、ドイツ語、日本語など、旧宗主国の言語の影響がみられるものも多い。

交通が発達して地域間の行き来がし易くなり、世界各地の情報がインターネットで得られる様になった今、言葉の変化は太平洋においても加速度を増すであろうと思われる。 「オーストロネシア諸語」は、それぞれが祖語から受け継いだ特徴から出発し、地域の広がりや、文化交流などの痕跡、環境の違いに起因する異なる文化的背景を反映して、たくさんの言語に発展した。

「オーストロネシアン」と呼ばれる人々に共通する要素は、彼らが話す言語が、共通の祖語から発達したという事のみであり、この人々を文化的あるいは民族的に一くくりにできる要素はない。 従って「オーストロネシア民族」というものは存在しない。

しかし、これらの人々が数1000年をかけて地球を3分の2周する地域に広がり、その土地その土地の環境に適応して多様な言語と文化を発達させた事。 逆にその結果発達した1000を超す言語から、5000年を経た今でも一つの言語に遡れる事。 それは正に、「オーストロネシア諸語」が構成するのは「空間軸と時間軸にまたがって縦横に広がる大きな宇宙」なのである。

菊澤律子 (きくざわ りつこ) 国立民族博物館

国立民族博物館


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