[ ビジネス・自己啓発 ]
●隔日刊 心が元気になる オンリーワン見聞録●
ビジネス活動や参加したセミナー、話題の書等で啓発を受けた情報から日々人間として成長し続けるヒントを求め、社会全般に対する考察をオンリーワンの目線でブレンド。
●発行 肝 付 博 昭 (きもつき ひろあき) (有)新規事業開発 代表
2008年5月4日(日)
●一部加筆・修正し、再発行致しました。
このGWも賑わっているであろう「屋久島」。 ゆっくりと骨休みをしたかった連休の日曜日の午後、NHK−hvで、特集 屋久島が愉しめた。 樹齢7000年とも云われる屋久杉だが、その確かな樹齢は謎である。
昨年、JAXAの基地、種子島へ、H2Aの打ち上げ視察に行った時、となりに見えたのが屋久島。 その屋久島は、九州と地続きだったが最終氷河期の後、花崗岩が固まってできた島である。 それだけに薄い地表にもかかわらず、南北に長い日本列島の全ての気候が訪れるという恵まれた環境で、屋久杉を代表に豊かな自然が、1993(平成5)年、世界遺産に登録されている。
高度が増すにつれて照葉樹林から屋久杉などの針葉樹林を最後に高度1600mぐらいが「森林限界」との事。 麓から頂上まで、それぞれに適した植物や木々は、痩せた土地にも関わらず適者生存そのままに、多種多様な植物が生き延びている、正に日本の縮図の様な自然の営みは、氷河期を終えた頃より今日まで延々と続く。
この「森林限界」という言葉で、思い出すのが「限界集落」「高期健康保険」など、盛んに使われる様になった「限界**」という言葉。 日常、有る種の限界と思われるところで、一線を引くという意味で使われている。 さしずめ厚労省の官僚からみれば、75歳以上を線引きして「限界健保」という発想だろうか。
連休中に娘夫婦が、孫娘と共に顔を見せてくれた。 昨夜、娘が言うには、小学校の入学後すぐに熱を出した孫娘の治療に行った遠くの医院からのからの帰途、自転車の後部席に、しがみついていた孫娘が「ママ、ワタシもう限界なの」と、か細い声で言ったという。 解熱の薬のせいか思わず出たのであろう。 「もう少しだから、頑張って」とはげましながら急いでペダルを踏みながら、この言葉に思わず笑ってしまったというのである。 その「ワタシもう限界なの」という、大人びた言葉に小さな驚きを覚えたのだろう。 年端も行かない小さな子が、どこで「限界」という様な言葉を覚えたのだろうか。
さて、地球に住める人口は、一体どれくらいが最適なのだろうか。 現在60億人とも65億人とも云われているが、南北の経済格差は、はなはだしく既に食糧問題を引き起こしている。 その人口は、2050年には90億人という説もある。 地球上の全ての人々が平均的アメリカ人の様な豊かな食生活ができる人口は? と問えば、ある学者は10億人が限界だ、という話もある。
やはり、人口爆発、食糧問題、環境問題と共に議論される行く先は、人類が迎える終焉は果たして、いつなのだろうか・・という避けて通れない問題である。 地球でCO2を減らす為に、世界が歩調を合わせ出したとも言える現在、戦争という愚かな事は当面避けられても、国益優先のエゴは、争いのタネとなる。
地球上の人類にも「限界人口」が有る、という事だけは確かである。 しかしがら本稿は、興味半分のオカルト的な「地球滅亡」なる話題には興味がない。 しかし今週取り上げたいのは、NHK出版より昨年12月刊のローレンスE・ジョセフ 著(訳:東郷えりか)の「2012 地球大異変」である。 副題に「科学が予言する文明の終焉」とある。
科学的アプローチによる「地球終焉」という事で、この問題を考えてみるのも一興と考える次第である。 この書は、350ページに及ぶ単行本で、一気に読み解ける量ではない。 洋書の訳本だけに難解でもある。 取り敢えず興味のあるところから眼を通してゆくので、いつもの3回でおさまるか、どうか?。 取り合えず「太陽を見よ 太陽の黒点をみよ」から入りたい。
2012年と言えば4年先。 10年先は見通せなくとも、4年先はほぼ見通しが可能である。 それだけに、この書のアプローチは、読者諸氏の想定期間の範疇にあるのではないだろうか。
●今日の引用資料
■201−人類史に例をみない天啓を得る年 2012年に何が?
▼201−1 太陽を見よ 太陽の黒点をみよ
写真:HP「太陽日記」2005年9月8日 から)
2005年1月1日、グリニッジ標準時で新年になってから40分過ぎた頃、太陽の715黒点群がX2級の大規模な太陽フレア(※)を発生させた(太陽フレアの強さは、Cが軽度、Mが中度、Xが強度で表わされる。アルファベットのあとの数字は、その等級内の強さを示し、数字が大きいほど強くなる)。
※◆本稿註:フレア=太陽の大気中に発生する爆発現象であり、多波長の電磁波による増光によって定義される。 太陽の活動が活発なときに、太陽黒点の付近で発生する事が多く、こうした領域を太陽活動領域と呼ぶ◆
元日の爆発それ自体は、特に警戒を要するものではない。 2005年はしょせん、太陽活動に関して言えば、非常に穏やかな年になるだろうと広く予測されていたのだ。 しかし、いま考えてみれば、元日のフレアはカトリーナをはじめとする記録的なハリケーンに見舞われた年を方向づけるものだった。
この年は、太陽と地球のどちらの歴史においても、格段に荒れて問題の多かった年として記録に残るだろう。 おそらく、そこには何か関係があったのだ。 あらゆる科学的な尺度からして2005年は黒点の数が非常に少ないだろうと考えられていた。
黒点は、地球よりも大きな磁気嵐で太陽表面の染み(シミ)となっている。 黒点は、その周囲の5800度の部分にくらべて、1500度ほど温度が低くそのため暗く見える。 黒点は9年から13年の周期で現われ、たいていは11年おきに出現する。 これが太陽活動極大期(黒点の数が最も多いとき)から次の極大期までに、通常かかる年数となっている。
太陽活動極小期から、次の極小期までもやはり11年周期となる。 太陽活動極大期のピークから、極小期の谷までにかかる年数は、通常5年から6年の範囲となる。 現在の第23周期は、極小期を迎えており次の第24周期がピークに達するのは2012年である。
黒点は、何千年も昔から肉眼で観察されてきており、1610年にガリレオが望遠鏡を発明してからは、望遠鏡によってもまもなく観測される様になった。 1970年代半ばからは、人工衛星による観測も始まった。 天文学者は、黒点がなぜほぼ11年の規則的な周期で発生するのか、今でもまるで見当がついていない。
太陽活動全体、つまり基本的に太陽からのあらゆる爆発やアウトバーストは、黒点の数が増えると増し、黒点が減ればそれらも減少するという点では、科学者のあいだで広く意見の一致を見ている。 コロラド研究協会と国立大気研究センター(NCAR)に所属している著名な物理学者、ハリー・ヴァン・ルーンは言う「黒点とその他の太陽活動は、96%対応する」と。
2005年は、近年、黒点周期の規則性に生じている一連の厄介な例外のうち、最も新しく起こった、 最も目覚ましいものだった。 この年は、予想された数とほぼ同数の黒点が確かに見られたが、太陽活動は全体として記録されている極小期の年のなかで最も激しく、ある意味では通常の極大期の年よりも活発だった。
2005年1月17日には、第23周期の720黒点群という、木星規模の巨大な磁気嵐がX3級のフレアを吐きだした。 720黒点群は、更に3度爆発をつづけ、X7級の見事なフレアを故出した。 気まぐれで不可解な磁気嵐は、数10万トンの陽子(※)を放出し、通常は太陽から地球まで1日か2日かかるところを、30分間で到達したのである。 どうやってそんな事が起きたのか、科学者は困惑している。 ほとんどの黒点の爆発は、720黒点群で過去に起きた4度の爆発を含め、コロナ質量放出=CMEとして知られる通常の種類のものだった。
※◆本稿註:陽子=中性子とともに原子核を構成する素粒子。 質量は電子の約1836倍で、正電荷をもち、電気量は電子数と等しい。 陽子の個数によって元素の種類が決まる◆
CMEというのは、過熱状態のガス雲で、太陽からうねりだされ、 惑星間空間を突き進みながら衝撃波を生みだし、その前方にある陽子を中心とした様々な粒子を加速させ、陽子嵐として知られているものを引き起こす。 CMEは通常、太陽系の基準からすればかなり遅く、秒速1000キロから2000キロの割合で移動する。
そして、それがたまたま地球に向かってくれば、1日か2日後にその影響を感じる。 人工衛星は衝撃を受けるし、一部の無線通信は妨害され、みごとなオーロラが夜空を覆う。 CMEは、実際、地球の外圈大気や磁気シールドにエネルギーを吹き込むなんらかの有益な役割をはたしている可能性もある。ただし、正確なところは誰にもわからない。
720黒点群の5回目の爆発は、それとはまるで異なり通常の50倍の速度で地球に到速した。 1月20日の危険な陽子は、異常な嵐となって地球を攻撃し、専門家を狼狽させることになった。 「ほとんどの陽子嵐はCMEが原因となっているが、1月20日の陽子嵐はそうではなかった」と、カリフォルニア大学バークリー校の太陽物理学者ロバート・リンは言った。
これは単なる学術的な関心事ではない。 太陽から発せられる光は秒速30万キロほどで移動し8分ほどで地球に到達する。 となると、720黒点群から押しだされた陽子が30分後に地球に到達するには、これらの粒子は光速の4分の1、秒速75000キロほどで移動した事になる。 何かが光の速度に近いスピードで移動すれば、それは相対論的速度と言われる。 これは、物質は光よりも速く移動できないというアインシュタイン相対論の基本的原則が問題になるくらいの速度という意味である。
NASAのニュースが「数10年来で最も激しい陽子嵐」と表現したものは、磁気によって720黒点群からまっすぐ地球に向けて誘導されてきた。 このとき黒点は、太陽表面の西経60度に位置していたと言われた。 太陽が自転すると、黒点からの磁場は湾曲し、磁気の通路のようなものが形成されて、そこで爆発したCMEが地球に向かってくるようになる。
NASAが1月20日のデータを公表したのは、6月中旬になってからだった。 おそらく彼らの発見があまりにも衝撃的だったので再確認しなければならなかったのだろう。 この例外的な遅れのせいと、なぜか補足解説がなされなかった事が相まって、異常な磁気嵐の衝撃度を見極める事は不可能になった。 地球に直接衝突したのだから、その衝撃は甚大なものだった可能性がある。 人工衛星が故障したかもしれないし、皮膚癌が引き起こされたかもしれない。
太陽活動極小期に当たる2005年の幕開けとなった1月20日の嵐は、極大期だった1989年10月以来、最大の放射線嵐だった事が分かっている。 その為、当面しばらくは有人宇宙探査計画の実施を見合わせる事になったのかもしれない。 通常、危険な太陽風が地球の軌道や月や、それ以外に宇宙飛行士がいる可能性のある場所に向かってくれば、ハッチをしっかりと閉めるまでに少なくとも一日の猶予がある。 だが、この衝突がこれほど短時間に、30分以内に起きたとなると、宇宙飛行士にはおそらく自衛するだけの時間がなかっただろう。
頭骨や肩、脊椎、胸骨、大腿骨などの骨髄を合む骨は、身体の中でも放射線の被害を最も受けやすい部位である。 太陽の陽子は、骨髄中の造血幹細胞を破壊するので一週間ほどで身体に新鮮な血液が補給されなくなる。 「骨髄移植が直ちに必要になるが、月ではそんなわけにはいかない」と、Science@NASAニュースの編集者トニー・フィリップスは書く。 地球の弱まりつつある磁場を、危険な陽子が通過しはじめて、地上で健康問題が生じる様になれば、少なくとも需要に見合う様な件数の移植手術など、とうていできなくなる。
2005年は、荒れ模様がつづき9月にはそれが最高潮に達して、これまで記録されたなかで太陽が格別に荒れ狂った一週間となった。 (※)9月7日には798黒点群が太陽の反対側から再び姿を現わし、X17級という、記録史上で2番目に大きい、とてつもない太陽フレアを放出した。
※◆本稿註:冒頭の画像を引用したHP 「太陽日記」2005年9月8日 には、次の様なコメントが掲載されている。 「本日からカラー撮影もはじめました。 改造デジカメによるカラーのテスト撮影。 先日の大規模な太陽フレアによる、すごいループ状のプロミネンスが見えていました」と。 これは、前述の赤字部分の記事に、正しくピッタシ符合しているのである◆
この爆発は、地球の昼間側で多くの短波、市民ラジオバンド、アマチュア無線を妨害した。 東部夏時間の午後1時40分というその時間には、西半球のほとんどが昼間側に含まれていた。 続く7日間にX線のフレアが更に9回太陽から爆発した。 そのうちのいくつかは、地球に激しく打ちつける放射線の嵐を吐きだした。 地磁気は、通常この手の放射線から、地球上の生物を守ってくれる。ところが、その磁場が近年、どういうわけか弱まってきているのだ。
太陽からの最後のアウトバーストは、9月13日に発生した。 SORCE会議が始まった日だ。 9月7日から13日までの週は全般に、太陽活動極大期の年の水準からしても荒れていたが、それが尚更驚くべきなのは、こうした現象が極小期に発生したためだった。
ドイツのカトレンブルクHリンダウにある有名なマックス・ブランク研究所太陽系調査部門のサミ・ソランキは、「太陽の最近の活動は、例外的なほど、そしておそらくは問題を起こしかねないほど活発であるという考えを科学界で主唱する一人である。 インド系の都会的ヨーロッパ人であるソランキは、次の用に述べてSORCE会議に衝撃を与えた。
「若干の短いピーク期間の例外は考えられるものの、現在の太陽は、過去11000年間のどの時代よりも活発に活動している」と、この物理学者は同業者たちに告げた。 1940年以降、太陽は、過去にくらべて多くの黒点を出現させているだけでなく、フレアと爆発の回数も増えており、それが大量のガス雲を宇宙に放出している。 ソランキはこうした研究をまとめた論文を他に先駆けて『ネイチャー』誌に発表している。
ソランキが、この発表を地球学者の集まった会場で行われていれば、場内は大パニックが起きたであろう。 11000年前は、最終氷河期の終わりであり、実に象徴的な時期なのである。 地球化学者にとって、この氷河期は歴史時代と先史時代の、実質上、境目となっているからである。
ローレンス E・ジョセフ (Joseph,Lawrence E)
ビジネス活動や参加したセミナー、話題の書等で啓発を受けた情報から日々人間として成長し続けるヒントを求め、社会全般に対する考察をオンリーワンの目線でブレンド。
●発行 肝 付 博 昭 (きもつき ひろあき) (有)新規事業開発 代表
2008年5月4日(日)
●一部加筆・修正し、再発行致しました。
このGWも賑わっているであろう「屋久島」。 ゆっくりと骨休みをしたかった連休の日曜日の午後、NHK−hvで、特集 屋久島が愉しめた。 樹齢7000年とも云われる屋久杉だが、その確かな樹齢は謎である。
昨年、JAXAの基地、種子島へ、H2Aの打ち上げ視察に行った時、となりに見えたのが屋久島。 その屋久島は、九州と地続きだったが最終氷河期の後、花崗岩が固まってできた島である。 それだけに薄い地表にもかかわらず、南北に長い日本列島の全ての気候が訪れるという恵まれた環境で、屋久杉を代表に豊かな自然が、1993(平成5)年、世界遺産に登録されている。
高度が増すにつれて照葉樹林から屋久杉などの針葉樹林を最後に高度1600mぐらいが「森林限界」との事。 麓から頂上まで、それぞれに適した植物や木々は、痩せた土地にも関わらず適者生存そのままに、多種多様な植物が生き延びている、正に日本の縮図の様な自然の営みは、氷河期を終えた頃より今日まで延々と続く。
この「森林限界」という言葉で、思い出すのが「限界集落」「高期健康保険」など、盛んに使われる様になった「限界**」という言葉。 日常、有る種の限界と思われるところで、一線を引くという意味で使われている。 さしずめ厚労省の官僚からみれば、75歳以上を線引きして「限界健保」という発想だろうか。
連休中に娘夫婦が、孫娘と共に顔を見せてくれた。 昨夜、娘が言うには、小学校の入学後すぐに熱を出した孫娘の治療に行った遠くの医院からのからの帰途、自転車の後部席に、しがみついていた孫娘が「ママ、ワタシもう限界なの」と、か細い声で言ったという。 解熱の薬のせいか思わず出たのであろう。 「もう少しだから、頑張って」とはげましながら急いでペダルを踏みながら、この言葉に思わず笑ってしまったというのである。 その「ワタシもう限界なの」という、大人びた言葉に小さな驚きを覚えたのだろう。 年端も行かない小さな子が、どこで「限界」という様な言葉を覚えたのだろうか。
さて、地球に住める人口は、一体どれくらいが最適なのだろうか。 現在60億人とも65億人とも云われているが、南北の経済格差は、はなはだしく既に食糧問題を引き起こしている。 その人口は、2050年には90億人という説もある。 地球上の全ての人々が平均的アメリカ人の様な豊かな食生活ができる人口は? と問えば、ある学者は10億人が限界だ、という話もある。
やはり、人口爆発、食糧問題、環境問題と共に議論される行く先は、人類が迎える終焉は果たして、いつなのだろうか・・という避けて通れない問題である。 地球でCO2を減らす為に、世界が歩調を合わせ出したとも言える現在、戦争という愚かな事は当面避けられても、国益優先のエゴは、争いのタネとなる。
地球上の人類にも「限界人口」が有る、という事だけは確かである。 しかしがら本稿は、興味半分のオカルト的な「地球滅亡」なる話題には興味がない。 しかし今週取り上げたいのは、NHK出版より昨年12月刊のローレンスE・ジョセフ 著(訳:東郷えりか)の「2012 地球大異変」である。 副題に「科学が予言する文明の終焉」とある。
科学的アプローチによる「地球終焉」という事で、この問題を考えてみるのも一興と考える次第である。 この書は、350ページに及ぶ単行本で、一気に読み解ける量ではない。 洋書の訳本だけに難解でもある。 取り敢えず興味のあるところから眼を通してゆくので、いつもの3回でおさまるか、どうか?。 取り合えず「太陽を見よ 太陽の黒点をみよ」から入りたい。
2012年と言えば4年先。 10年先は見通せなくとも、4年先はほぼ見通しが可能である。 それだけに、この書のアプローチは、読者諸氏の想定期間の範疇にあるのではないだろうか。
●今日の引用資料
ローレンスE・ジョセフ:著(訳:東郷えりか)「2012 地球大異変」
■201−人類史に例をみない天啓を得る年 2012年に何が?
▼201−1 太陽を見よ 太陽の黒点をみよ
写真:HP「太陽日記」2005年9月8日 から)
2005年1月1日、グリニッジ標準時で新年になってから40分過ぎた頃、太陽の715黒点群がX2級の大規模な太陽フレア(※)を発生させた(太陽フレアの強さは、Cが軽度、Mが中度、Xが強度で表わされる。アルファベットのあとの数字は、その等級内の強さを示し、数字が大きいほど強くなる)。
※◆本稿註:フレア=太陽の大気中に発生する爆発現象であり、多波長の電磁波による増光によって定義される。 太陽の活動が活発なときに、太陽黒点の付近で発生する事が多く、こうした領域を太陽活動領域と呼ぶ◆
元日の爆発それ自体は、特に警戒を要するものではない。 2005年はしょせん、太陽活動に関して言えば、非常に穏やかな年になるだろうと広く予測されていたのだ。 しかし、いま考えてみれば、元日のフレアはカトリーナをはじめとする記録的なハリケーンに見舞われた年を方向づけるものだった。
この年は、太陽と地球のどちらの歴史においても、格段に荒れて問題の多かった年として記録に残るだろう。 おそらく、そこには何か関係があったのだ。 あらゆる科学的な尺度からして2005年は黒点の数が非常に少ないだろうと考えられていた。
黒点は、地球よりも大きな磁気嵐で太陽表面の染み(シミ)となっている。 黒点は、その周囲の5800度の部分にくらべて、1500度ほど温度が低くそのため暗く見える。 黒点は9年から13年の周期で現われ、たいていは11年おきに出現する。 これが太陽活動極大期(黒点の数が最も多いとき)から次の極大期までに、通常かかる年数となっている。
太陽活動極小期から、次の極小期までもやはり11年周期となる。 太陽活動極大期のピークから、極小期の谷までにかかる年数は、通常5年から6年の範囲となる。 現在の第23周期は、極小期を迎えており次の第24周期がピークに達するのは2012年である。
黒点は、何千年も昔から肉眼で観察されてきており、1610年にガリレオが望遠鏡を発明してからは、望遠鏡によってもまもなく観測される様になった。 1970年代半ばからは、人工衛星による観測も始まった。 天文学者は、黒点がなぜほぼ11年の規則的な周期で発生するのか、今でもまるで見当がついていない。
太陽活動全体、つまり基本的に太陽からのあらゆる爆発やアウトバーストは、黒点の数が増えると増し、黒点が減ればそれらも減少するという点では、科学者のあいだで広く意見の一致を見ている。 コロラド研究協会と国立大気研究センター(NCAR)に所属している著名な物理学者、ハリー・ヴァン・ルーンは言う「黒点とその他の太陽活動は、96%対応する」と。
2005年は、近年、黒点周期の規則性に生じている一連の厄介な例外のうち、最も新しく起こった、 最も目覚ましいものだった。 この年は、予想された数とほぼ同数の黒点が確かに見られたが、太陽活動は全体として記録されている極小期の年のなかで最も激しく、ある意味では通常の極大期の年よりも活発だった。
2005年1月17日には、第23周期の720黒点群という、木星規模の巨大な磁気嵐がX3級のフレアを吐きだした。 720黒点群は、更に3度爆発をつづけ、X7級の見事なフレアを故出した。 気まぐれで不可解な磁気嵐は、数10万トンの陽子(※)を放出し、通常は太陽から地球まで1日か2日かかるところを、30分間で到達したのである。 どうやってそんな事が起きたのか、科学者は困惑している。 ほとんどの黒点の爆発は、720黒点群で過去に起きた4度の爆発を含め、コロナ質量放出=CMEとして知られる通常の種類のものだった。
※◆本稿註:陽子=中性子とともに原子核を構成する素粒子。 質量は電子の約1836倍で、正電荷をもち、電気量は電子数と等しい。 陽子の個数によって元素の種類が決まる◆
CMEというのは、過熱状態のガス雲で、太陽からうねりだされ、 惑星間空間を突き進みながら衝撃波を生みだし、その前方にある陽子を中心とした様々な粒子を加速させ、陽子嵐として知られているものを引き起こす。 CMEは通常、太陽系の基準からすればかなり遅く、秒速1000キロから2000キロの割合で移動する。
そして、それがたまたま地球に向かってくれば、1日か2日後にその影響を感じる。 人工衛星は衝撃を受けるし、一部の無線通信は妨害され、みごとなオーロラが夜空を覆う。 CMEは、実際、地球の外圈大気や磁気シールドにエネルギーを吹き込むなんらかの有益な役割をはたしている可能性もある。ただし、正確なところは誰にもわからない。
720黒点群の5回目の爆発は、それとはまるで異なり通常の50倍の速度で地球に到速した。 1月20日の危険な陽子は、異常な嵐となって地球を攻撃し、専門家を狼狽させることになった。 「ほとんどの陽子嵐はCMEが原因となっているが、1月20日の陽子嵐はそうではなかった」と、カリフォルニア大学バークリー校の太陽物理学者ロバート・リンは言った。
これは単なる学術的な関心事ではない。 太陽から発せられる光は秒速30万キロほどで移動し8分ほどで地球に到達する。 となると、720黒点群から押しだされた陽子が30分後に地球に到達するには、これらの粒子は光速の4分の1、秒速75000キロほどで移動した事になる。 何かが光の速度に近いスピードで移動すれば、それは相対論的速度と言われる。 これは、物質は光よりも速く移動できないというアインシュタイン相対論の基本的原則が問題になるくらいの速度という意味である。
NASAのニュースが「数10年来で最も激しい陽子嵐」と表現したものは、磁気によって720黒点群からまっすぐ地球に向けて誘導されてきた。 このとき黒点は、太陽表面の西経60度に位置していたと言われた。 太陽が自転すると、黒点からの磁場は湾曲し、磁気の通路のようなものが形成されて、そこで爆発したCMEが地球に向かってくるようになる。
NASAが1月20日のデータを公表したのは、6月中旬になってからだった。 おそらく彼らの発見があまりにも衝撃的だったので再確認しなければならなかったのだろう。 この例外的な遅れのせいと、なぜか補足解説がなされなかった事が相まって、異常な磁気嵐の衝撃度を見極める事は不可能になった。 地球に直接衝突したのだから、その衝撃は甚大なものだった可能性がある。 人工衛星が故障したかもしれないし、皮膚癌が引き起こされたかもしれない。
太陽活動極小期に当たる2005年の幕開けとなった1月20日の嵐は、極大期だった1989年10月以来、最大の放射線嵐だった事が分かっている。 その為、当面しばらくは有人宇宙探査計画の実施を見合わせる事になったのかもしれない。 通常、危険な太陽風が地球の軌道や月や、それ以外に宇宙飛行士がいる可能性のある場所に向かってくれば、ハッチをしっかりと閉めるまでに少なくとも一日の猶予がある。 だが、この衝突がこれほど短時間に、30分以内に起きたとなると、宇宙飛行士にはおそらく自衛するだけの時間がなかっただろう。
頭骨や肩、脊椎、胸骨、大腿骨などの骨髄を合む骨は、身体の中でも放射線の被害を最も受けやすい部位である。 太陽の陽子は、骨髄中の造血幹細胞を破壊するので一週間ほどで身体に新鮮な血液が補給されなくなる。 「骨髄移植が直ちに必要になるが、月ではそんなわけにはいかない」と、Science@NASAニュースの編集者トニー・フィリップスは書く。 地球の弱まりつつある磁場を、危険な陽子が通過しはじめて、地上で健康問題が生じる様になれば、少なくとも需要に見合う様な件数の移植手術など、とうていできなくなる。
2005年は、荒れ模様がつづき9月にはそれが最高潮に達して、これまで記録されたなかで太陽が格別に荒れ狂った一週間となった。 (※)9月7日には798黒点群が太陽の反対側から再び姿を現わし、X17級という、記録史上で2番目に大きい、とてつもない太陽フレアを放出した。
※◆本稿註:冒頭の画像を引用したHP 「太陽日記」2005年9月8日 には、次の様なコメントが掲載されている。 「本日からカラー撮影もはじめました。 改造デジカメによるカラーのテスト撮影。 先日の大規模な太陽フレアによる、すごいループ状のプロミネンスが見えていました」と。 これは、前述の赤字部分の記事に、正しくピッタシ符合しているのである◆
この爆発は、地球の昼間側で多くの短波、市民ラジオバンド、アマチュア無線を妨害した。 東部夏時間の午後1時40分というその時間には、西半球のほとんどが昼間側に含まれていた。 続く7日間にX線のフレアが更に9回太陽から爆発した。 そのうちのいくつかは、地球に激しく打ちつける放射線の嵐を吐きだした。 地磁気は、通常この手の放射線から、地球上の生物を守ってくれる。ところが、その磁場が近年、どういうわけか弱まってきているのだ。
太陽からの最後のアウトバーストは、9月13日に発生した。 SORCE会議が始まった日だ。 9月7日から13日までの週は全般に、太陽活動極大期の年の水準からしても荒れていたが、それが尚更驚くべきなのは、こうした現象が極小期に発生したためだった。
ドイツのカトレンブルクHリンダウにある有名なマックス・ブランク研究所太陽系調査部門のサミ・ソランキは、「太陽の最近の活動は、例外的なほど、そしておそらくは問題を起こしかねないほど活発であるという考えを科学界で主唱する一人である。 インド系の都会的ヨーロッパ人であるソランキは、次の用に述べてSORCE会議に衝撃を与えた。
「若干の短いピーク期間の例外は考えられるものの、現在の太陽は、過去11000年間のどの時代よりも活発に活動している」と、この物理学者は同業者たちに告げた。 1940年以降、太陽は、過去にくらべて多くの黒点を出現させているだけでなく、フレアと爆発の回数も増えており、それが大量のガス雲を宇宙に放出している。 ソランキはこうした研究をまとめた論文を他に先駆けて『ネイチャー』誌に発表している。
ソランキが、この発表を地球学者の集まった会場で行われていれば、場内は大パニックが起きたであろう。 11000年前は、最終氷河期の終わりであり、実に象徴的な時期なのである。 地球化学者にとって、この氷河期は歴史時代と先史時代の、実質上、境目となっているからである。
ローレンス E・ジョセフ (Joseph,Lawrence E)
1954年コネチカット州生まれ。 ジャーナリストとして科学、自然、政治、ビジネスの分野で活躍。 現在カリフォルニア州ビヴァリーヒルズ在住 著書に『ガイア──蘇る地球生命線 高橋雄一:訳(ブルタニカ出版)など。
東郷えりか(トウゴウエリカ)
東郷えりか(トウゴウエリカ)
上智大学外国語学部フランス語学科卒
最後までご覧頂き有難うございました。
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