[ ビジネス・自己啓発 ]
●隔日刊 心が元気になる オンリーワン見聞録●
ビジネス活動や参加したセミナー、話題の書等で啓発を受けた情報から日々人間として成長し続けるヒントを求め、社会全般に対する考察をオンリーワンの目線でブレンド。
●発行 肝 付 博 昭 (きもつき ひろあき) (有)新規事業開発 代表
2008年5月8日(木)
写真:共同記者会見を終え、握手を交わす胡錦濤国家主席と福田首相( 7日のMSN産経ニュース より )
昨日から今朝にかけてのTOPニュースは、胡錦濤・中国国家主席の来日一色である。 胡錦濤主席の顔形は、どちらかと言えば、日本人に近い。 カリスマ性が表に出ないのが或る種の親近感を持たせるが、全体主義の権化の国だけに、ソフトイメージだけで判断はできない。
両国がアジアと世界の平和と安定、発展のために貢献していく「戦略的互恵関係」を推進していくことなどを柱とする日中共同声明を採択し発表したが、外交となるとこの表現がおとしどころだろう。
今週取り上げているのは、NHK出版より昨年12月刊のローレンスE・ジョセフ 著(訳:東郷えりか)の「2012 地球大異変」である。 副題に「科学が予言する文明の終焉」とある。
2回目の今回は、「黒点の活動周期がもたらす、地球の大異変」は、過っての隣国中国にも、大きな影響を及ぼしていた、という事に触れておきたい。
前回、ドイツのカトレンブルク・リンダウにある有名なマックス・ブランク研究所太陽系調査部門のサミ・ソランキが、2005年に『ネイチャー』誌に「太陽は、過去11000年間のどの時代よりも活発に活動している。 1940年以降、太陽は、過去にくらべて多くの黒点を出現させているだけでなく、フレアと爆発の回数も増えており、それが大量のガス雲を宇宙に放出している」と、発表している記事を引用した。
さて、この太陽の黒点は、9年から13年の周期で現われ、たいていは11年おきに出現する。 これが太陽活動極大期(黒点の数が最も多いとき)から次の極大期までに、通常かかる年数となっている。
太陽活動極小期から次の極小期も11年周期となる。 太陽活動極大期のピークから、極小期の谷までにかかる年数は、通常5年から6年の範囲。 次の第24周期が極小期のピークに達するのは2012年である。 2012年には大規模なクライマックスに達するという、見通しだろうか。
歴史を遡れば、1645年から1715年の70年間、太陽黒点の活動は極端に低下し、太陽黒点が全く観察されない年も複数年あった。 太陽黒点活動が低下したこの期間は、マウンダー極小期として知られている。
これは1315年から17年にかけて大飢饉が襲い、ヨーロッパは春も夏も秋も雨が降りつづけて、畑の穀物は実らなくなった。 100万人以上が飢え、大量の子供が遺棄された。 北半球一帯で冬はどんどん寒さを増し、17世紀半ば、厳寒となった。 スイスではアルプス山脈の氷河が前進し、オランダでは運河や川が氷結した。 アイスランドにあったヴァイキングの植民地では人口が半減し、グリーンランドの植民地は全滅した。 アフリカでは、いまは雪の降らない多くの地域で降雪が記録された。
ヨーロッパ大陸では、気候が悪化したせいで政治的な緊張が高まり、それが1618年から30年戦争となって表われた。 ドイツでは、飢餓と戦争、疾病による死亡率が、人口の15%からから20%に達した。 イギリスは大内乱とも呼ばれる清教徒革命の二度の内戦で弱体化した。 この時期に、北アメリカの入植が始まったのも不思議はない。
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の太陽物理学者サルタン・ハミード氏は、SORCE会議で「マウンダー極小期は、中国明朝の衰退と滅亡と密接に関連し合っている」と発表しているとある。 それは中国代々の王朝の役人によって書かれた2000年分の備忘録からまとめられた綿密な記録を引用して、1628年から1643年まで、中国が15年におよぶ深刻な干ばつに見舞われた事を順序立てて示した。
昔は、その様な干ばつが3年つづいただけで、人びとは餓死した。 飢饉、疾病、イナゴの大発生、やがて人肉を食う事態にまで発展すると、国内の各地で自然発生的に暴動が起こり、それが1645年に満州族による明朝打倒へとつながった。 満州族はその後、清王朝を築き1912年まで支配しつづけたのである。
今、15億人の人口を抱え、急速に世界の主要な経済大国になりつつある今日の中国が、再び15年にわたる干ばつに直面した場合は、どうなるのだろうか。 おそらく中国は大混乱し、それに付随して起きる地政学的な悪影響が、世界の隅々まで広がるだろう。
中国という安定化の重石がなくなれば、北朝鮮やイランはもっと大胆かつ好戦的になるかもしれない。 そして、中国からの安価な商品の流れが途切れれば、世界の消費市場は大きな損害を受けるだろう。 世界最大の会社ウォルマートは、その製品の唯一最大の原産国を失うことになる。 アメリカや日本の受けるダメージも半端ではないだろう。
シルクロードに見られる様に、楼蘭など幾つかの都が、砂漠に埋もれている風景を、思い出すのは、「砂漠化」の進行である。15年の干ばつにより中国明朝の衰退につながった過去が、再び繰り返す事はないと、言いきれるだろうか。
●今日の引用資料
ローレンスE・ジョセフ:著(訳:東郷えりか)「2012 地球大異変」
■201−人類史に例をみない天啓を得る年 2012年に何が?
▼201−2 アフリカに亀裂、次はヨーロッパか、アジアか
ビジネス活動や参加したセミナー、話題の書等で啓発を受けた情報から日々人間として成長し続けるヒントを求め、社会全般に対する考察をオンリーワンの目線でブレンド。
●発行 肝 付 博 昭 (きもつき ひろあき) (有)新規事業開発 代表
2008年5月8日(木)
写真:共同記者会見を終え、握手を交わす胡錦濤国家主席と福田首相( 7日のMSN産経ニュース より )
昨日から今朝にかけてのTOPニュースは、胡錦濤・中国国家主席の来日一色である。 胡錦濤主席の顔形は、どちらかと言えば、日本人に近い。 カリスマ性が表に出ないのが或る種の親近感を持たせるが、全体主義の権化の国だけに、ソフトイメージだけで判断はできない。
両国がアジアと世界の平和と安定、発展のために貢献していく「戦略的互恵関係」を推進していくことなどを柱とする日中共同声明を採択し発表したが、外交となるとこの表現がおとしどころだろう。
今週取り上げているのは、NHK出版より昨年12月刊のローレンスE・ジョセフ 著(訳:東郷えりか)の「2012 地球大異変」である。 副題に「科学が予言する文明の終焉」とある。
2回目の今回は、「黒点の活動周期がもたらす、地球の大異変」は、過っての隣国中国にも、大きな影響を及ぼしていた、という事に触れておきたい。
前回、ドイツのカトレンブルク・リンダウにある有名なマックス・ブランク研究所太陽系調査部門のサミ・ソランキが、2005年に『ネイチャー』誌に「太陽は、過去11000年間のどの時代よりも活発に活動している。 1940年以降、太陽は、過去にくらべて多くの黒点を出現させているだけでなく、フレアと爆発の回数も増えており、それが大量のガス雲を宇宙に放出している」と、発表している記事を引用した。
さて、この太陽の黒点は、9年から13年の周期で現われ、たいていは11年おきに出現する。 これが太陽活動極大期(黒点の数が最も多いとき)から次の極大期までに、通常かかる年数となっている。
太陽活動極小期から次の極小期も11年周期となる。 太陽活動極大期のピークから、極小期の谷までにかかる年数は、通常5年から6年の範囲。 次の第24周期が極小期のピークに達するのは2012年である。 2012年には大規模なクライマックスに達するという、見通しだろうか。
歴史を遡れば、1645年から1715年の70年間、太陽黒点の活動は極端に低下し、太陽黒点が全く観察されない年も複数年あった。 太陽黒点活動が低下したこの期間は、マウンダー極小期として知られている。
これは1315年から17年にかけて大飢饉が襲い、ヨーロッパは春も夏も秋も雨が降りつづけて、畑の穀物は実らなくなった。 100万人以上が飢え、大量の子供が遺棄された。 北半球一帯で冬はどんどん寒さを増し、17世紀半ば、厳寒となった。 スイスではアルプス山脈の氷河が前進し、オランダでは運河や川が氷結した。 アイスランドにあったヴァイキングの植民地では人口が半減し、グリーンランドの植民地は全滅した。 アフリカでは、いまは雪の降らない多くの地域で降雪が記録された。
ヨーロッパ大陸では、気候が悪化したせいで政治的な緊張が高まり、それが1618年から30年戦争となって表われた。 ドイツでは、飢餓と戦争、疾病による死亡率が、人口の15%からから20%に達した。 イギリスは大内乱とも呼ばれる清教徒革命の二度の内戦で弱体化した。 この時期に、北アメリカの入植が始まったのも不思議はない。
ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の太陽物理学者サルタン・ハミード氏は、SORCE会議で「マウンダー極小期は、中国明朝の衰退と滅亡と密接に関連し合っている」と発表しているとある。 それは中国代々の王朝の役人によって書かれた2000年分の備忘録からまとめられた綿密な記録を引用して、1628年から1643年まで、中国が15年におよぶ深刻な干ばつに見舞われた事を順序立てて示した。
昔は、その様な干ばつが3年つづいただけで、人びとは餓死した。 飢饉、疾病、イナゴの大発生、やがて人肉を食う事態にまで発展すると、国内の各地で自然発生的に暴動が起こり、それが1645年に満州族による明朝打倒へとつながった。 満州族はその後、清王朝を築き1912年まで支配しつづけたのである。
今、15億人の人口を抱え、急速に世界の主要な経済大国になりつつある今日の中国が、再び15年にわたる干ばつに直面した場合は、どうなるのだろうか。 おそらく中国は大混乱し、それに付随して起きる地政学的な悪影響が、世界の隅々まで広がるだろう。
中国という安定化の重石がなくなれば、北朝鮮やイランはもっと大胆かつ好戦的になるかもしれない。 そして、中国からの安価な商品の流れが途切れれば、世界の消費市場は大きな損害を受けるだろう。 世界最大の会社ウォルマートは、その製品の唯一最大の原産国を失うことになる。 アメリカや日本の受けるダメージも半端ではないだろう。
シルクロードに見られる様に、楼蘭など幾つかの都が、砂漠に埋もれている風景を、思い出すのは、「砂漠化」の進行である。15年の干ばつにより中国明朝の衰退につながった過去が、再び繰り返す事はないと、言いきれるだろうか。
●今日の引用資料
ローレンスE・ジョセフ:著(訳:東郷えりか)「2012 地球大異変」
■201−人類史に例をみない天啓を得る年 2012年に何が?
▼201−2 アフリカに亀裂、次はヨーロッパか、アジアか

写真:バーミューダ三角海域( http://2.csx.jp/~smx/file033.html から )
太陽から太陽系に向けて放出された10回のX級フレアが、2005年9月7日から13日までの7日間を、太陽の観測史上でも恐ろしく荒れた一週間に変え、その最後の一回が噴出した翌日、9月14日に、エチオピアの辺地ボイナで地震が起きた。 AP通信の報道によれば、首都アディスアベバから北東に430kmほどのこのボイナで、地面に60kmにわたって亀裂が入ったのだという。
つづく三週間のあいだに、ボイナの亀裂は幅4mにまで広がり、現在も広がりつづけている。 エチオピア、イギリス、フランス、イタリア、およびアメリカからの研究者たちは、この亀裂は文字どおり、アフリカ大陸が二つないしそれ以上の塊に分裂する始まりだと考えている。
2005年9月の極端な太陽活動と、その後に地殻に巨大な割れ目ができた事のあいだに、なんらかの関係があるのだろうか? 大気中に電気エネルギーが大量に蓄積されると、雷として集められ、地表の下へ伝えられる。 鉄などの金属の鉱石が豊富に埋蔵されている地域は、この大気からの電流を地中に伝え、それによって気候を安定させる役目をはたしている。
たとえば、バーミューダ三角海域は、水面下に鉄分に富む伝導体がびっしりあると考えられている。 こうしたエネルギー入力はたいがい無害なまま消散するが、ときおり並外れた太陽活動からもたらされるようなエネルギーの大爆発があると、その結果、火山噴火や地震が引き起こされる可能性もある。 ボイナの地震も、ひょっとしたらそうかもしれない。 誰も確かなことはわからない。
北緯11.25度付近に位置するボイナは、サヘルのサバンナ地帯の東南端から少しはずれたところにある。 サヘルはアフリカ中央の北部を横断して、その北にあるサハラ砂漠と南の熱帯地方を分断する半緑地帯のようなところで、北緯11度から20度までのあいだに位置する(マヤ族が住む領域とほぼ同じ緯度)。
サヘルは、アフリカ東海岸の紅海がインド洋に注ぐあたりから、はるか西まで広がり、セネガルの大西洋岸にまで至る。ここは実は、大西洋のすべてのハリケーンが発生する場所なのだ。
NASAの記事は、「大西洋のハリケーンはすべて、その規模がどれだけ大きなものであっても、同じように発生する。 いずれも赤道アフリカ上空の大気の擾乱から始まる。こうした擾乱は熱帯波動と呼ばれ、西へ向かう。そして、状況が見合えば、規模を拡大して渦を巻きはじめる。 一部のものは低気圧を発達させて熱帯暴風になり、最終的に本格的なハリケーンヘと発達する」と、書いている。
カトリーナ、リタ、アンドルー、ヒューゴ、カミール等のアメリカのハリケーンすべてが、サヘル西部の雷雨から始まったといまでは考えられている。 サヘルの雷雨と、そこから最終的に発生するハリケーンが北アメリカに接近するまでの時間は、1週間から10日間となる。 しかし、雷雨は世界各地で毎日起きており、その大多数はハリケーンには発達しない。 何か特別な力が、アフリカ中央の北部で起きているのだ。
おそらくは「バタフライ効果」が、つまりカオス理論が説くように、適度な場所で適度な時間に発生するちょっとした余分なひと押しが、この全てのプロセスを引き起こしているのだろう。 最初のひと押しが正確にはなんなのか。 大気で起こる砂漠のつむじ風か、インド洋のモンスーンによってサヘル東部へ集中する衝撃波なのか。 科学者はまだ突き止められていない。
1970年代に、サヘルは近代の歴史のなかでも最悪の干ばつに見舞われ、そこから数年前にようやく脱しはじめた。 サヘルに雨季が戻ってきたのは、2003年のハロウィーンから2005年9月、およびそれ以降までつづく太陽の黒点活動の急増とほぼ同時期だった。
2004年、そして特に2005年は、サヘルでは近年になく雨の多い年であり、それが史上稀に見るほど激しい大西洋の二度のハリケーン・シーズンヘとつながった、と理論的には考えられている。 カトリーナを経験したあとでは、2004年のハリケーン・シーズンで、フロリダ州が大型の嵐に次から次へ4度も襲われ、2005年と変わらないほどの被害に連った事など、容易に忘れてしまう。
したがって、歴史的な太陽活動が起きた一週間の直後に、ちょうど記録破りのハリケーン活動が生態学的連続体の西部沿いで頂点に達したこ頃、サヘルの東部では亀裂が入った事になる。 偶然なのか、それとも大惨事を引き起こす相乗作用なのか?
こうした一連の出来事の最中に、アフリカがひび割れし始めたという事実は、ただの偶然以上のものかもしれない。 サヘルの西海岸がこれまでになく荒れ模様になっているとすれば、この生態学的連続体の東海岸も影響を受けるのは当然の事だろう。
ローレンス E・ジョセフ (Joseph,Lawrence E)
太陽から太陽系に向けて放出された10回のX級フレアが、2005年9月7日から13日までの7日間を、太陽の観測史上でも恐ろしく荒れた一週間に変え、その最後の一回が噴出した翌日、9月14日に、エチオピアの辺地ボイナで地震が起きた。 AP通信の報道によれば、首都アディスアベバから北東に430kmほどのこのボイナで、地面に60kmにわたって亀裂が入ったのだという。
つづく三週間のあいだに、ボイナの亀裂は幅4mにまで広がり、現在も広がりつづけている。 エチオピア、イギリス、フランス、イタリア、およびアメリカからの研究者たちは、この亀裂は文字どおり、アフリカ大陸が二つないしそれ以上の塊に分裂する始まりだと考えている。
2005年9月の極端な太陽活動と、その後に地殻に巨大な割れ目ができた事のあいだに、なんらかの関係があるのだろうか? 大気中に電気エネルギーが大量に蓄積されると、雷として集められ、地表の下へ伝えられる。 鉄などの金属の鉱石が豊富に埋蔵されている地域は、この大気からの電流を地中に伝え、それによって気候を安定させる役目をはたしている。
たとえば、バーミューダ三角海域は、水面下に鉄分に富む伝導体がびっしりあると考えられている。 こうしたエネルギー入力はたいがい無害なまま消散するが、ときおり並外れた太陽活動からもたらされるようなエネルギーの大爆発があると、その結果、火山噴火や地震が引き起こされる可能性もある。 ボイナの地震も、ひょっとしたらそうかもしれない。 誰も確かなことはわからない。
北緯11.25度付近に位置するボイナは、サヘルのサバンナ地帯の東南端から少しはずれたところにある。 サヘルはアフリカ中央の北部を横断して、その北にあるサハラ砂漠と南の熱帯地方を分断する半緑地帯のようなところで、北緯11度から20度までのあいだに位置する(マヤ族が住む領域とほぼ同じ緯度)。
サヘルは、アフリカ東海岸の紅海がインド洋に注ぐあたりから、はるか西まで広がり、セネガルの大西洋岸にまで至る。ここは実は、大西洋のすべてのハリケーンが発生する場所なのだ。
NASAの記事は、「大西洋のハリケーンはすべて、その規模がどれだけ大きなものであっても、同じように発生する。 いずれも赤道アフリカ上空の大気の擾乱から始まる。こうした擾乱は熱帯波動と呼ばれ、西へ向かう。そして、状況が見合えば、規模を拡大して渦を巻きはじめる。 一部のものは低気圧を発達させて熱帯暴風になり、最終的に本格的なハリケーンヘと発達する」と、書いている。
カトリーナ、リタ、アンドルー、ヒューゴ、カミール等のアメリカのハリケーンすべてが、サヘル西部の雷雨から始まったといまでは考えられている。 サヘルの雷雨と、そこから最終的に発生するハリケーンが北アメリカに接近するまでの時間は、1週間から10日間となる。 しかし、雷雨は世界各地で毎日起きており、その大多数はハリケーンには発達しない。 何か特別な力が、アフリカ中央の北部で起きているのだ。
おそらくは「バタフライ効果」が、つまりカオス理論が説くように、適度な場所で適度な時間に発生するちょっとした余分なひと押しが、この全てのプロセスを引き起こしているのだろう。 最初のひと押しが正確にはなんなのか。 大気で起こる砂漠のつむじ風か、インド洋のモンスーンによってサヘル東部へ集中する衝撃波なのか。 科学者はまだ突き止められていない。
1970年代に、サヘルは近代の歴史のなかでも最悪の干ばつに見舞われ、そこから数年前にようやく脱しはじめた。 サヘルに雨季が戻ってきたのは、2003年のハロウィーンから2005年9月、およびそれ以降までつづく太陽の黒点活動の急増とほぼ同時期だった。
2004年、そして特に2005年は、サヘルでは近年になく雨の多い年であり、それが史上稀に見るほど激しい大西洋の二度のハリケーン・シーズンヘとつながった、と理論的には考えられている。 カトリーナを経験したあとでは、2004年のハリケーン・シーズンで、フロリダ州が大型の嵐に次から次へ4度も襲われ、2005年と変わらないほどの被害に連った事など、容易に忘れてしまう。
したがって、歴史的な太陽活動が起きた一週間の直後に、ちょうど記録破りのハリケーン活動が生態学的連続体の西部沿いで頂点に達したこ頃、サヘルの東部では亀裂が入った事になる。 偶然なのか、それとも大惨事を引き起こす相乗作用なのか?
こうした一連の出来事の最中に、アフリカがひび割れし始めたという事実は、ただの偶然以上のものかもしれない。 サヘルの西海岸がこれまでになく荒れ模様になっているとすれば、この生態学的連続体の東海岸も影響を受けるのは当然の事だろう。
ローレンス E・ジョセフ (Joseph,Lawrence E)
1954年コネチカット州生まれ。 ジャーナリストとして科学、自然、政治、ビジネスの分野で活躍。 現在カリフォルニア州ビヴァリーヒルズ在住 著書に『ガイア──蘇る地球生命線 高橋雄一:訳(ブルタニカ出版)など。
東郷えりか(トウゴウエリカ)
東郷えりか(トウゴウエリカ)
上智大学外国語学部フランス語学科卒
最後までご覧頂き有難うございました。
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