夕方の渋谷駅
とってもお腹が空いていました。

そうだ。
久しぶりに"唐そば"のラーメンを食べよう。


"唐そば"は北九州ラーメンのお店。
とんこつラーメンが少々苦手なわたしだが、
ここのラーメンは素晴らしく美味しくて、
スープも残さず平らげてしまう。

BGMはなぜかいつもボサノヴァ。
優しい味のとんこつラーメンによく似合っている。


何ヶ月ぶりだろう。
"唐そば"のラーメン。

足取りも軽く、
渋谷駅東口の大きな歩道橋の
階段を上ります。

何本もの道路が交差するその上にまたがる歩道橋。
"唐そば"にいちばん近い階段を降りようと思ったら・・


あらま。
いつの間にか
エレベーターが出来ている。



  "唐そば"へ
  我をいざなう
  エレベーター・・・


なーんて呟きながら
せっかくの文明の利器に乗り込んで
歩道橋のふもとで
エレベーターを降りました。


すると・・・そこで。


片手に杖をついた60代半ばぐらいのおばさまに声をかけられました。


「お伺いいたしますけどね」とおばさま。

「はい、何でしょう?」

「このエレベーターは何のためにあるのですか?」

何のため? それは・・・


「このエレベーターで歩道橋の上に行けるんですよ。駅のほうにもエレベーターがあるので、それで下に降りられますよ」と、わたし。

これでおばさまのお尋ねにはちゃんと答えられたと思った。


ところが・・・・

「道路を渡らないとJRの駅には行けないんですか?」と、おばさま。

「そうですね。もし歩道橋を使わないとすると、
あちらの横断歩道を渡ることになりますね」とわたし。

「道路を渡らなければ駅には行けないのですか?」とおばさま。

「はい、駅はこの大通りの向こう側ですから・・・」とわたし。


いったい、このおばさまは何を知りたがっているのだろう?
ご質問の真意がつかめずに戸惑うわたし。

そんなわたしの戸惑いを察したのか、おばさまは本当に聞きたかった疑問をわたしに投げかけた。



「道路を渡らなければ駅に行けないのなら、
このエレベーターは何のためにあるのでしょう??」



うーん・・・・
おばさま。
それは・・・とっても深い疑問です。


駅は道路の向こう側。
エレベーターに乗っただけでは
駅には着きません。
歩道橋を歩いて渡って
もう一度エレベーターで下に下りなければ
駅には着きません。


広い広い大通りを
歩いて渡りきらなければ
駅には着きません。

このエレベーターは
「駅直通」ではないのです。

杖をついたおばさまには
このエレベーターの存在意義は
限りなく無に等しかったに違いない。



言葉に詰まったわたしを見て
「お急ぎのところお引止めしてごめんなさいね」と言って、
おばさまは
杖をついて歩いていかれました。


おばさまを見送りながら
ふと思い出したのです。
仕事の帰りにしょっちゅう渋谷を通っているのに、
なぜ何ヶ月も"唐そば"に足が向かなかったのか。

それは・・・

駅前の歩道橋の階段を上って
(その日までエレベータの存在を知らなかった・・・)
長い歩道橋を延々と歩いて
また階段を降りる。
"唐そば"への道のりが
疲れた日にはとっても遠く、億劫に感じられたからでした。


疲れていたり、
体の自由が利かなくなったりすると、
元気な体には「すぐそこ」の距離が
果てしなく遠く感じられるのだなあ・・・


そんなことを思い出しつつ、
そこから100歩ほど先にある
"唐そば"に向かったのでした。




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