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[ 高校野球 ]

  ちらりと一塁ランナーを見た早瀬は、すかさずショートから倉にサインを送った。倉は

 ちょっとだけ頷き、千崎にサインを出す。千崎は真剣な面持ちで、いつも通り首を縦に

 振った。

  千崎が投げたのはストレート。一塁ランナーがスタートしている。右打者はバントの

構えだが、倉は慌てずボールだけを見据え、送球の姿勢に移った。テークバックが

 

 少なくて無駄のない、矢のような送球。千崎は少し横に避ける。

 

 二塁で待っていた早瀬が、ランナーの足に流れるようにタッチした。審判は手を掲げ、

 

アウトを宣告する。

 

   内野安打で出塁した走者がアウトになり、いい流れでチェンジできた。

 

 6回裏の攻撃、9番小沢からだ。ここの攻めは大事になる。しかし小沢は前の2打席を

 

凡退していた。何かいい案はないかと、小沢はダグアウトの奥にいるマネージャーに

 

 近付いた。

 

 「堺、スコアちょっと見せて」

 

 まだ眼鏡を掛けているが、中学生の頃に比べて堺の髪はちょっと伸びた。ふたつに

 

結んでいる。ソフトボールは辞めて、なぜか鳥羽総合のマネージャーになろうと決めた

 

らしい。奇しくも、谷と同様の進路になったわけだが。

 

   堺は大げさな動きで、小沢にスコアを差し出す。小沢は真剣に見入った。

 

 なるほど。この手が使えるかもしれない。

 

 「お前からだぞ」

 

 後ろから早瀬が声を掛ける。小沢はヘルメットを被りながら返事した。

 

 「何かいいことでも思いついたのか」

 

 小沢の企みを察してか、早瀬が少し微笑んだ。

 

 「上手くいけば」

 

 そう言ったときの小沢は、大概成功する。この辺で千崎を援護してやりたいので、

 

小沢の悪知恵は早瀬にとって有り難い。早瀬は小沢にサインを出さず、勝手に打たせる

 

 ことにした。

 

 小沢は左バッターボックスの後ろのほうに立つ。良く足場をならした。狙うのは、初球だ

 

 け。真ん中低め、難しくないコースのストレートが、小沢に向かってくる。

 

 狙い通りだ。小沢は練習通りに、力まず振り切った。三遊間をライナー性の当たりが

 

抜ける。

 

  小沢は余裕を持って、一塁に到達した。

  前の2打席、初球はどちらもストライクだったのに、小沢は手を出していなかったのだ。

  だから小沢は初球を振らないと予想したバッテリーが、初球に甘い球を投げるのは目に

 見えていた。

 

 早瀬に相当気を遣うのか、下位打線にはやや雑なリードになる。

 

 バッティングはそれほど得意ではない。だからいかに甘い球を投げさせるよう仕組む

 

のが、小沢の得意とするところだ。

 

 

 

[ 高校野球 ]

  更新が遅れて、大変申し訳ありませんでした。

  まだ夏の陽気には遠いのですが、全国で甲子園の地方大会が行われている最中です。

  その熱気を浴び、彼らの声援を聞いていたら、また書きたくなりました。乾いた打球音、  

 クロスプレーで起こる土煙、止まらない汗がなぜかいとしいこの季節に、私も小説を再開

 しようと思います。

  いつも気まぐれで、読者の方にはいつもご迷惑をおかけしています。

  おつき合いいただいて、本当に感謝しています。

                              *

  そうだよ。流れは自分達でつくるもんだ。一呼吸置いて冷静になるのは簡単なこと

 だけど、 かなり試合に影響する。良く分かっただろう。

  ちゃんと見極めた早瀬も、小沢もなかなかやるな。

  使いもしないメガホンを握ったまま、監督はいたずらっぽく笑っている。

  2回の裏の攻撃で、早瀬が左バッターボックスに入った。マウンドに立つのは千崎

 同様、変化球を得意とする相手高の投手だ。継投で抑える高校なので、似たような

 投手が他にも2、3人控えている。やはり初球は、変化球で入るだろう。

  早瀬の読み通りだった。外角低めのカーブだ。やっぱりコントロールがいい、もう

 少し内なら、ストライクだった。定石なら次あたりは変化球を引き立たせるために、

 内に直球なのだが。果たしてそこまで度胸のある投手だろうか。

  一応早瀬の名前は相手側も知っているらしく、慎重になっているのが窺える。

  次はインコースの低めにカーブ。体は自然に反応した。

  早瀬は上手く腕を折りたたみ、十分な溜めからスイングする。引っ張った辺りは、

 ライトのポール際に消えた。

  どうやらこの投手は、今日はカーブに1番キレがあるようだ。自信を持って投げ

 込んできただから。しかし立て続けに同じ変化球なら、当てられる。変化の軌道

 もタイミングも1球目掴んでいたのだ。

  練習試合なので、早瀬は素早くダイヤモンドを一周した。投手は呆けて打球の先

 を見ている。さすがは早瀬祐希だ、と言わんばかりに恐れおののいているようだ。

  バッティングでは、もう早瀬祐希の名前は全国区である。

  ちょっと飽きてきた観客も、打球の方向を見たまま、目を白黒させている。点差は

 離れているのに、相手高監督の厳しい檄が飛ぶ。

  流れを左右できるなら、早瀬は自分の力で強引に引き寄せたかった。しかしその

 本塁打から後、試合は膠着状態。ランナーを出しても、今福広陵は要所で締める。

 高校チャンピオンになったチームは、一打ぐらいで崩れたりしない。       

 

 

 

 読者のみなさまがた、ビハインドを読んでくださり、ありがとうございます。

 まことに勝手ながら、しばらくのあいだ、更新できません。

 大変申しわけないと思っています。

 都合がつきしだい、再開いたします。よろしくお願いいたします。

 
[ 高校野球 ]
 新年、明けましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いします。

 新年早々、箱根駅伝では順天堂大学がその強さを見せつけてくれました。

 もう少しすれば、野球の季節も始まります。

 今年も野球にとって、明るい年であることを祈っています。

                       *

 練習試合なので、緊張感が欠けていた。つわもの揃いの打者ばかりに気を取られ、

ランナーの動きなど、試合全体を把握し切れなかった。バントは全くないと勝手に

決め付けて油断した。

 反省点はこのくらいか。あっという間に3アウトとなった打線に、早瀬は背を向ける。

グローブを用意した倉に近付いた早瀬は、そっと耳打ちした。

「倉、もっとバッテリー声掛け合え。千崎は試合中だけなら、体調不良を完全に押さえ

込める。だからうちのエースなんだ。遠慮はいらない」

 マウンド上の千崎は、ほぼ黙りこくる。だから余計なことを喋らない倉とのバッテリー

にはほとんど会話がなくなるのだ。そのため相手側に傾いた流れを是正しないまま、

投球が淡々と進む。

「努力は、してみます」

 キャッチング能力。投球の組み立て。リードの正確さ。肩の強さ。どれを取っても

倉をしのぐ捕手はこのチームにいない。ただ性格だけが難ありなのだ。

 何とか、上手くいってくれるといいけれど。早瀬はこれ以上手の出しようがない。

一足早くマウンドに向かった千崎は、じっと倉の到着を待ちわびている。

 センターから3番打者を見ていた小沢は、彼に見覚えがあった。今年の甲子園でも

確か3番で、ややオープンスタンス気味の構えは、引っ張るのを得意とする右打者

だったはずだ。

 小沢は右に寄り、大きく下がった。前に打球がきたら、確実に落ちる。しかし前で

抑えれば進塁は一塁で済むが、後ろを抜かれたら確実に二塁以上は陥れられるであろう。

 全体の利益って、こんなトコか。まあちょっくら試してみる価値はある。力で捩じ

伏せられない千崎の投球は、簡単に外野へ飛んでしまうかもしれないのだ。

 小沢の予想通り、内の高めに外れたカットボールを、打者は力で外野まで運んだ。

風も受けてぐんぐん伸びるが、小沢のグラブに収まる範囲だった。

 真っ先に早瀬は1アウトと声を出す。打ち取ったというのに、倉はずんずんと

マウンドに駆け寄る。ボールの球さえ外野に運ばれてしまう、危機的状況だと説明

するためだ。もちろん、さっきの早瀬のアドバイスを無にしないためでもある。

「あれほど俺がフォークを勧めたのに、覚えないからこうなるんです」

 後輩とも思えぬ口調で嫌味を言い放つ。マウンドで言わなくてもいい話ではある

のだが。

 落ちる球は、軌道が読めないと他の球よりもずっと打ちにくい。特にフォークは

握りで球種がバレなければ、ストレートと勘違いして振ってくれるからだ。打者が

振った途端、球はすっと落ちる。

「言っただろう、僕は指が短いんだよ」

 フォークはボールを人差し指と中指で挟むので、指が短いと、かなりの握力を要する。

いつもならへにゃへにゃな理論で倉に反論する千崎も、マウンド上では倉の嫌味さえ

綺麗に受け流す。まるで別人だな、と倉は溜め息をつく。

「打者は力で持っていきます。カッターは未完成で、変化もいまいちですから。

しばらくは禁止して、シンカーとシュートとカーブでいいですよね?」

「首横に振るつもりはないよ。安心して」

 扱いづらいったらありゃしない投手だ。青春ドラマにでもあるように、いつかコイツ

と打ち解けられる日がくるのだろうかと、倉は物憂い気分になった。

 変化球が膝元に決まれば、そう簡単に打者は打てない。倉は重点的にコーナーの

隅を突いた。速球で勝負できない千崎は、低めのコントロールを中心に磨いてきた。

だからそのへんの制球力は安心している。

 打線を売りにするチームなので見逃しはしないが、相手チームが内野ゴロを築くのに、

そう時間はかからなかった。

 観客達は眠たげに、あくびを噛み殺している。いくぶん湿気が足りない空気は、

観客の肌をひりひりさせた。


[ 高校野球 ]
 今年ももうすぐ終わりです。

 早いものですね。WBCの優勝や、甲子園の熱戦、新庄選手の引退が嘘のように

遠く感じられます。

 また来年も、野球の季節に待ち焦がれることでしょう。

 プロ野球選手のメジャー流出。巨人戦の視聴率の低下、高校野球の体罰問題。課題

は山積みですが、来年は野球にとって良い年になることを祈っています。

 そして今年、この小説を読んでくださってありがとうございました。

 よかったら、来年もお付き合いください。

                       *

「7点か、結構取られたな」

 1回の長い守備を終え、疲労困憊で鳥羽総合ナインが三塁側のベンチに戻ってくる。

じっとりと射す陽光が、球児たちに気分の悪い汗をかかせた。

 まるでどこかの球場みたいなグラウンドには、しっかりしたダグアウトまで用意

されている。その中心に監督は鎮座していた。

 失点よりもむしろ、守備をめちゃくちゃにされた事実のほうが選手にとっては痛い

状況だ。それなのに、監督はその話題に触れもしない。

「小沢、お前今日みんなに奢れよ」

「えー!!」

 場違いに素っ頓狂な声だ。小沢は飾らないで、本能的に反射してしまう。

「分かってんだろうな、お前のせいだぞ、この7点は」

「はい」

 先ほどよりはやや真剣な小沢の声だった。

「じゃあ落ち込め」

「次はもうしません。ぼんやりしていた俺が悪いんです」

 会話の内容からでは、本当に叱っているのかも疑わしい。いつも怒っているような

口調の監督だが、7失点でも本気で怒らないので、小沢は少なからず驚いた。

「いいか、これは野球に限ったことじゃない。ひとつひとつの事象が重なって、

大きな流れをつくる」

 ここ最近お目にかかれなかった監督の真顔は、ベンチを囲む部員達を睥睨した。

「ひとつひとつのプレーが流れをつくる。流れをつくるのに最適なプレーをいつも

念頭に置くなら、目の先の利益よりも、全体的に物事を見て将来的な利益を優先する

んだ」

 謎解きができない部員達は、おのおの小首を傾げて考え込んでいる。頭の中で言葉の

咀嚼ができなかった部員達に、監督はたたみ掛けた。

「早瀬、この練習試合の指揮権は全面的に譲る。お前はチームをまとめられるけれど、

それだけじゃ試合には勝てない。試合に関わるもの、相手チーム、グラウンド、観客、

天候、その全てを流れに引き込んで味方にしてみろ。大丈夫、お前ならできる」

 いきなり実質高校チャンピオン相手でかよ。さすがに不謹慎なので早瀬はその突っ

込みを控えた。やれと言われれば反論の余地はないし、決して間違っていることでは

ないのだ。

 ある意味強豪高校より、厳しい環境なのかもしれない。


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