西行辞典 第71号(081010)
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◆◆◆◆ 西行辞典 ◆◆◆◆
vol・71(不定期発行)
2008年10月10日号
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今号のことば
1 近江
2 大井河・大井の淀
3 扇を佛にまゐらせける
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◆ 近江 ◆
【近江】
現在の滋賀県のこと。静岡県の浜名湖を表す言葉が、都から見て
「遠つ淡海」で遠江(とおとうみ)、琵琶湖が「近つ淡海」で近江
(おうみ・あふみ)です。それぞれ旧国名となっています。
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1 近江路や野ぢの旅人急がなむやすかはらとて遠からぬかは
(岩波文庫山家集124P羇旅歌・新潮1007番・夫木抄)
1 ほのぼのと近江のうみをこぐ舟のあとなきかたにゆく心かな
(慈円歌)(岩波文庫山家集278P補遺・異本拾玉集)
○やすかはら
琵琶湖東岸の「野洲」の河原と、行き易いという意味を掛けて
います。それと「遠からぬ」の「遠い」と「近江」の「近い」の
対照の妙を重ねている歌です。
○近江のうみ
琵琶湖のこと。日本最大の淡水湖で面積は672平方キロメートル。
最深度103メートル。湖の形が楽器の琵琶に似ている所から、
この名称になったようです。
○あとなきかたにゆく心
朝日を浴びて、一艘の小船が過ぎて行く。航跡もやがては消えて
いく静かな湖面。そこに人の一生という人生行路を暗示させ、
そして、澄明な静謐、心の平安というものについてまで想起させ
ている示唆に富むフレーズです。
(1番歌の解釈)
「近江路の野路を行く旅人よ。急げ。野洲が原は行きやすそう
でも遠いよ。」
(和歌文学大系21から抜粋)
(2番歌の解釈)
「ほのぼのとした夜明け方、近江の湖を漕ぐ舟のあとが残らない
ところ、そこにひかれてゆくわが心よ。」
(無常にひかれてゆく心の意か。)
(渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)
ほのぼのとした朝日の中、琵琶湖を漕いで過ぎていく舟の、航跡
も次第にあとかたもなく消えて行く静かな湖面。
その光景にわけもなく安らぎを感じて、私の心は無性に惹かれて
いきます。 (59号から転載、阿部の解釈)
この歌は比叡山の無動寺に慈円を訪ねていった折の贈答の歌です。
下は西行の歌です。
鳰てるやなぎたる朝に見渡せばこぎゆくあとの波だにもなし
(岩波文庫山家集278P補遺・異本拾玉集)
(慈円)
慈鎭和尚とは、慈円(1155〜1225)の死亡後に追贈された謚号です。
西行と知り合った頃の慈円は20歳代の前半と見られていますので、
まだ慈円とは名乗っていないと思いますが、ここでは慈円と記述
します。
慈円は、摂政関白藤原忠道を父として生まれました。藤原基房、
兼実などは兄にあたります。11歳で僧籍に入り、覚快法親王に師事
して道快と名乗ります。
(覚快法親王が1181年11月に死亡して以後は慈円と名乗ります。)
比叡山での慈円は、相應和尚の建立した無動寺大乗院で修行を
積んだということが山家集からもわかります。このころの比叡山は、
それ自体が一大権力化していて、神輿を担いでの強訴を繰り返し
たり、園城寺や南都の興福寺との争闘に明け暮れていました。
それは貴族社会から武家政権へという時代の大きなうねりの中で、
必然のあったことかもしれません。
このような時代に慈円は天台座主を四度勤めています。初めは兄の
兼実の命によって1192年からですが1196年に兼実失脚によって辞任。
次は後鳥羽上皇の命で1201年2月から翌年の1202年7月まで。1212年
と1213年にも短期間勤めています。
西山の善峰寺や三鈷寺にも何度か篭居していて、西山上人とも呼ば
れました。善峰寺には分骨されてもいて、お墓もあります。
1225年71歳で近江にて入寂。1237年に慈鎭和尚と謚名されました。
歴史書に「愚管抄」 家集に「拾玉集」などがあります。新古今集
では西行の九十四首に次ぐ九十二首が撰入しています。
(學藝書林「京都の歴史」を主に参考にしました。)
37歳差という年齢の違いを超えて、西行とも親しい関係でした。
贈答歌も2度あります。西行の歌を最も早く知りえる位置にいた
歌人の一人です。西行没後、3首の追悼の歌を詠んでいます。
君知るやその二月(きさらぎ)と言ひ置きて言葉におへる人の後の世
風になびく富士の煙にたぐひにし人の行方は空に知られて
ちはやぶる神に手向くる藻塩草かき集めつつ見るぞ悲しき
(慈円 拾玉集)
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◆ 大井河・大井の淀 ◆
【大井河・大井の淀】
京都市西部を流れる川です。丹波山地に源流を発し、亀岡市、
京都市西部を流れ、八幡市で宇治川と木津川と合流し、そこから
淀川と名を変えて大阪湾に注いでいます。現在ではこのうち、
京都市の嵐山までを(保津川)、嵐山付近を(大堰川)、渡月橋
下流を桂川と言います。
「大井の淀」は、大堰川の淀みのことです。
西行の時代には、川の水があまり動かない岸近くの淀みには氷が
張ったのかもしれないと思わせる歌です。
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1 大井河をぐらの山の子規ゐせぎに声のとまらましかば
(岩波文庫山家集45P夏歌・新潮191番)
2 大井河ゐせぎによどむ水の色に秋ふかくなるほどぞ知らるる
(岩波文庫山家集89P秋歌・新潮484番)
3 大井川君が名残のしたはれて井堰の波のそでにかかれる
(岩波文庫山家集268P残集24番)
4 よもすがら嵐の山は風さえて大井のよどに氷をぞしく
(岩波文庫山家集102P冬歌・新潮561番・
西行上人集・山家心中集・夫木抄)
5 つつめども人しる恋や大井川ゐせぎのひまをくぐる白波
(岩波文庫山家集158P恋歌・新潮1268番)
6 はやく筏はここに来にけり
大井川かみに井堰やなかりつる
(連歌。前句は空仁法師、付句は西行)
(岩波文庫山家集267P残集)
7 大井川舟にのりえてわたるかな
流れに棹さす心地して
(連歌。前句は西行、付句は西住法師)
(岩波文庫山家集268P残集)
○ ゐせぎ・井堰
原意的には(塞き)のことであり、ある一定の方向へと動くもの
を通路を狭めて防ぐ、という意味を持ちます。
水の流れをせきとめたり、制限したり、流路を変えたりするため
に土や木材や石などで築いた施設を指します。現在のダムなども
井堰といえます。
今号の西行歌は、当時の大井川で井堰の設備が施されていたこと
の証明となります。この当時の井堰が現在も渡月橋上流にあります。
○をぐらの山
京都市右京区嵯峨野にある小倉山のことです。山としての嵐山の
対岸に位置します。麓に二尊院、常寂光寺などがあります。
二尊院院内付近に西行の庵があったものとみられています。
小倉山の歌は8首、詞書では3回記述されています。
○子規
鳥の名前で「ほととぎす」と読みます。春から初夏に南方から
渡来して、鶯の巣に托卵することで知られています。鳴き声は
(テッペンカケタカ)というふうに聞こえます。
岩波文庫山家集の(ほととぎす)の漢字表記は以下の種類があり
ます。
郭公・時鳥・子規・杜鵙・杜宇・蜀魂
別称として「呼子鳥」「死出の田長」があります。
(1番歌の解釈)
「大堰川のほとりの小倉山で鳴く郭公ーーその声が井堰でせき
とめられたらどんなに嬉しいことであろうか。」
(新潮日本古典集成山家集から抜粋)
(3番歌の解釈)
「あなたとお別れするのがなごり惜しく、あなたのことが慕わ
しく思われて、大堰川の井堰の波のように涙が袖に懸かりました。」
(和歌文学大系21から抜粋)
(5番歌の解釈)
「人目につかないようにいくら隠しても、自分の恋が人に知ら
れることは多い。ちょうど大堰川の井堰の隙間を白波がくぐり
ぬけるように。」
(新潮日本古典集成山家集から抜粋)
(7番連歌の解釈)
前句
「船に乗ることができてこの大堰川を渡るよ(仏の法を得て
彼岸に到達するよ)」
付句
「流れに棹さす心で(この機会を逃すことなく世を背こうと
いう心で。)」
(和歌文学大系21から抜粋)
(連歌)
「詩歌の表現形態の一つです。古くは万葉集巻八の大伴家持と尼に
よる連歌が始原とみられています。平安時代の「俊頼髄脳」では
連歌論も書かれています。
以後の詩歌の歴史で5.7.5.7.7調の短歌が、どちらかというと停滞
気味であるのに対して、連歌は一般の民衆にも広まって、それが
賭け事の対象ともなり爆発的な隆盛をみます。
貴族、公家も連歌の会を催し、あらゆる物品のほかに金銭も賭け
られたということです。
「連歌師」という人たちまで出て、白川の法勝寺、東山の地主神社、
正法寺、清閑寺、洛西の西芳寺、天龍寺、法輪寺などでも盛んに
連歌の興行がされました。
(學藝書林刊「京都の歴史」を参考)
後にこの連歌の形式が変化して、芭蕉や蕪村の俳諧、そして正岡
子規によって名付けられた俳句にと引き継がれます。
(空仁法師)
生没年未詳。俗名は大中臣清長と言われます。
西行とはそれほどの年齢の隔たりはないものと思います。西行の
在俗時代、空仁は法輪寺の修行僧だったということが歌と詞書
からわかります。
空仁は藤原清輔家歌合(1160年)や、治承三十六人歌合(1179年)
の出詠者ですから、この頃までは生存していたものでしょう。
俊恵の歌林苑のメンバーでもあり、源頼政とも親交があったよう
ですから西行とも何度か顔を合わせている可能性はありますが、
空仁に関する記述は聞書残集に少しあるばかりです。
空仁の歌は千載集に4首入集しています。
かくばかり憂き身なれども捨てはてんと思ふになればかなしかりけり
(空仁法師 千載集1119番)
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◆ 扇を仏にまゐらせける ◆
【扇を仏にまゐらせける】
扇は古い読み方では「あふぎ」と言いますが、ここでは「おうぎ」
と読んで「お」の項とします。「あふぎ」の「あふ」は仏に逢う
の「あふ」ということを掛け合わせていますから「おうぎ」では
歌の味わいが乏しくなります。
この歌は崇徳院の歌です。
扇を仏に供養すれば功徳があると思われていたようです。
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1 心ざすことありて、扇を仏にまゐらせけるに、新院より
給ひけるに、女房承りて、つつみ紙にかきつけられける
ありがたき法にあふぎの風ならば心の塵をはらへとぞ思ふ
(崇徳院歌)(岩波文庫山家集214P釈教歌・新潮864番)
○心ざすこと
仏法に結縁のための祈願ということ。仏法にできるだけ近づき、
心の平安を得たいという、その心情のこと。
○新院
何度も出てきますが「新院」は崇徳院のことです。山家集では
ほかに「一院=鳥羽院」「院=後白河院」があります。
○心の塵
誰もが持つ「煩悩」のことです。煩悩こそが、人が清らかな境地
にたどりつくための障害であり、悩み苦労することの元凶と見ら
れていたものでしよう。
煩悩は人生に彩りを与え、豊かにするものの一つという解釈は
成立していなかった時代だと思います。
(1番歌の解釈)
「この扇を供えることで、なかなか逢えないという仏法に逢える
のならば、扇の風で私の心に積もった煩悩の塵を払って欲しい
ものだ。」
(和歌文学大系21から抜粋)
この歌に、西行の返歌があります。
ちりばかりうたがふ心なからなむ心の塵をはらへとぞ思ふ
(岩波文庫山家集214P釈教歌・新潮865番)
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(後記)
本日は10月10日。秋らしく晴れ上がった良い天気の1日です。
天気が良いというただそれだけのことで、人を気持ちよくもさせ
るものですね。
最近、「落柿舎」のホームページを覗いてみて「あれれー」と
思ってしまいました。
芭蕉は落柿舎に三度は来たことがあるそうです。それはいいのです
が、現在の落柿舎に来たことがあるようなことを書いているのが
腑に落ちないのです。
芭蕉は1691年没。現在の落柿舎は1770年に建て替えられたもの。
古い落柿舎に芭蕉は来ており、そして、古い落柿舎があった場所に
新しい落柿舎は建て替えられたとみなされているものでしょう。
ところが「京都市の地名」では元の落柿舎のあった場所は桂川の
岸の近くの下嵯峨川端村とあります。出典は去来自筆の「明細書」
とのことです。とすれば、当然に新旧の洛柿舎の位置は違います。
初めは古家を買い求めて落柿舎としていたものが、新しい落柿舎は
天竜寺子院の弘源院の敷地になっているのにも、うなづけないもの
を感じてしまいます。
どちらが正しいか誤まっているかということではなくして、古い
時代のことは検証できにくいものですし、きちんとした信用に足る
資料の裏付けがない限りは断定的には主張できないものと思います。
私などもこのマガジンを続けるに当たって、自戒しながら進めたい
ものです。
明日は一三夜。残念ながら天気は「曇り時々雨」の予報です。
なんとか晴れて欲しいものです。
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2008年10月10日発行
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