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大リーガーはスパイだった
著者名:ニコラス・ダウィドフ 出版社名:平凡社 本のタイプ:書籍
1934年、日米野球親善試合のため来日しておきながら不可解な行動でスパイ活動をウワサされた大リーガー、モー・バーグの生涯を追跡したノンフィクション。

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CIA組織であるプロ野球・読売巨人軍
第二次世界大戦後、米国は世界各地で低強度戦争を展開する。

「米国に対し反抗的な人間のスキャンダル等をマスコミに流し、社会的に抹殺」し、またマスコミ操作により米国への批判意識を眠り込ませる「戦争」である。
(拙稿「国家破産への米軍戦略」参照)

日本への原爆投下を事実上指揮した、米国大統領直属の「心理戦争局」の局長エイブリル・ハリマン=ブッシュ大統領一族の経営するハリマン銀行社長(戦中は社長、
戦後は会長)は、日本に対し、この低強度戦争として3S計画を実行する。(拙稿「広島、長崎への原爆投下」参照)

3Sは、テレビ等を通じセックス情報、スポーツ、スクリーン=映画を絶え間なく流し、重要な政治経済問題から「目を外らす」ように仕向け、「何も考えさせない」
ようにすると言う愚民化計画である。

敗戦当時、日本にはテレビ局はNHKしか存在しなかった。

米軍は3S作戦実行のため、戦前からのCIAスパイである読売新聞の創立者正力松太郎とその部下渡辺恒雄(現在の読売新聞・経営者)に「命令」し、CIA直営の
テレビ局として日本テレビの創立を命令する。

CIAスパイエージェント正力松太郎は、 CIAの資金で読売新聞を日本最大の新聞に育て上げるが、戦争中、読売新聞は日本の中国侵略と日米戦争を大々的に「アオッタ」
新聞である。
日本に中国侵略と日米戦争を行わせる事は、CIA新聞である読売新聞を使った米国の戦略であった。

正力松太郎と渡辺恒雄がCIA工作員として読売新聞、日本テレビ、プロ野球・読売巨人軍を創立し、その経営資金がCIAから出ている事実は、米国政府の心理戦争局の内部文書Records Relating to the Psychological Strategy Board Working Files 1951-53に明記されている。

郵政民営化に徹底的に反対した経済学者植草一秀等が、電車内でのチカン容疑等でマスコミに徹底的に叩かれる理由がこれで明確になる。

日本のマスコミは「米国に対し反抗的な人間のスキャンダル等をマスコミに流し、社会的に抹殺する」心理戦争部門として作られた米軍組織である。

読売新聞、日本テレビ経営者渡辺恒雄はCIA工作員として、日本最大の新聞社そしてCIAテレビ局=日本テレビを経営し、3S計画としてプロ野球・読売巨人軍を大々的に宣伝し、日本にプロ野球ブームを拡げて行く。

日本の新聞社、テレビ局等のマスコミ、プロ野球等のプロスポーツが、日本人に「貴重な政治経済問題を考えさせず問題から目を外らす」ための米軍の「支配の道具」
として作られて来た事実が浮かび上がって来る。

米軍が武器を持ち日本に駐留し、日本を支配下に置いているように、読売新聞、日本テレビ、プロ野球・読売巨人軍は米軍の「兵器」として「作られた」。

なお読売新聞、日本テレビの創立者正力松太郎のCIAスパイとしての暗号名はポダムpodam、CIA・米軍の日本支配組織としての読売新聞、日本テレビ、プロ野球・
読売巨人軍のスパイ組織暗号名はポハイクpohikeである。

※正確には中小零細新聞社であった倒産寸前の読売新聞社を正力松太郎がCIA資金で買取り、渡辺恒雄と共にCIA資金で日本最大の新聞社に成長させた事になる。
オルタナティブ通信より

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昭和9年4月正力松太郎氏は
日本野球界の発展健全娯楽の育成ののため全アメリカ選抜チームを召聘することにした。
昭和6年の第1回召聘につぐ2回目の快挙であった。
ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック等一流選手が名を連ねる米チーム召聘の報が一度つたわるや
日本中は歓呼の声をあげて歓迎した。

 これに対する全日本チームは六大学の名選手を中心に編成された。
母校の名誉をかけて参加した日本軍選手は、この谷津の地に集結、ここを練磨のにわとして、心魂を傾けて、策を練り、技を磨いた。

昭和9年12月、この時の全日本チームを母体として、
東京読売巨人軍(後に読売巨人軍と改名)が誕生したのである。
http://mkt5126.seesaa.net/article/4283835.html
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正力松太郎の履歴

・・「米騒動の時に警視として民衆弾圧に当たり、後特高制度の生みの親であり、読売新聞社長へ転身し、ナチス・ドイツとの同盟を煽り、軍部の手先となって第二次世界大戦の世論形成に一役買った」。・・・

【CIAエージェント正力松太郎のその後の活動】
 2006.2.16日号週刊新潮は、早稲田大学の有馬哲夫教授の「CIAに日本を売った読売新聞の正力松太郎」記事を掲載した。同教授は、米国公文書館の公開された外交機密文書からみつけ、「正力松太郎がCIAに操縦されていた歴史的事実」を明らかにした。天木氏は、「2月8日―メディアを創る」の中でこの記事を取り上げ、「これは超弩級のニュースである」と評している。れんだいこの予備知識と記事内容を噛みあわすと概要次のようになる。
戦後、社内に読売争議と云われる内紛が第一次、第二次と二度にわたって発生する。その間、正力は、戦犯として収容された。その後釈放される。その後の正力の歩みの特異性を指摘したのが、有馬哲夫教授の「CIAに日本を売った読売新聞の正力松太郎」記事となる。それによれば、CIAは、釈放された正力に対して、1000万ドルの借款を正力に与えて、全国縦断マイクロ波通信網を建設させようとしていた。
これが完成した暁には、CIAは日本テレビと契約を結んで、アメリカの宣伝と軍事目的に利用する計画であった。正力はこの時、「ポダルトン」と命名されたスパイ名で暗躍している。

 ところがここに内部告発が登場する。次のように記されている。  正力とアメリカの国防総省が陰謀をめぐらし、正力がアメリカの軍事目的のために、アメリカの資金で全国的な通信網を建設しようとしている・・・近代国家の中枢神経である通信網を、アメリカに売り渡すのはとんでもない」という怪文書がばらまかれ、国会で取り上げられたためCIAが作戦を見直したからである

 約1カ月後の11.6日、衆議院の電気通信委員会でも、怪文書が読み上げられるという大騒動へと発展した。 防戦に回った正力は、12.7日、衆議院で参考人招致されて喚問を受け、弁明に終始した。こういう経緯を経て、この計画は頓挫せしめられた。正力を主人公にした「ポダルトン作戦」は失敗に終わった。

 正力とCIAが共に夢見た「マイクロ波通信網」は潰えたが、両者の共生関係はその後も途切れることはなかった。 正力はその後、原子力開発行政に深く関わることになる。これについては、「原子力発電史考」に記す。以下略
http://www.gameou.com/~rendaico/mascomiron_yomiurico2.htm




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