普通、日本人のイタリア旅行となると、ブランド物の一つでも・・・とか、高級イタリアンレストランで本場の味を・・・とか、普段の生活からは少し離れた感覚を楽しむのが一般的なのじゃないかと思う。私も是非、非日常的な数日を優雅に過ごしたいと思うが、節約好きなバングラ人と結婚してからというもの、無理な話なのである。「贅沢は必要ない」と言い切る私の夫にとっては、レストランでの食事も“要検討”であり、勢いで入ったレストランでも二人で一皿を注文させる男なのだ。そうは言ってもイタリア名物のピザくらいは押さえておきたい。ローマでは至る所にピザパーラーがあって、色々な種類のピザが量り売りだ。選んだピザを切ってオーブンで温めた物を紙に包んでもらい立ち食いする。安いながらも、これは飽きない美味しさだった。
さて、ローマ旅行で一番の驚きはナンと言ってもバングラデシュ人の多さ。昨年10月にダッカを離れてから、コルカタ人には会ってもバングラデシュ人には出会っていなかった。しかし、その分を取り戻すかのごとく、行くところ、行くところバングラデシュ人に出会う。数年前のダッカにいる頃、イタリア政府がバングラデシュ人2000人を労働力としてイタリアに入国させる事を発表した。それ以前からイタリアはバングラデシュ人がイリーガルで入国出来る国だとは聞いていたのだが“これがその結果か!”と事実を目の当たりにして、二人とも非常に驚いたのである。
気が付いたのは、最初の観光地“コロッセオ”「でかい建物だ」とか「頭が痛い」とか「膝が痛い」とかブツブツ言いながら、その広い観光地を歩いていると、私達にとっては懐かしい御馴染みの物売りが、ローマ名物をプリントしたスカーフを広げながら、観光客の間を売り歩く。私が「あっ、バングラ人だ!」 と言うと、夫も目を凝らして確認しながら「そ〜かな〜?」と言う。「絶対、バングラ人だから声をかけてみなよ」と私。そうしている内に近づいて来た一人に夫がベンガル語で声をかける。
バングラデシュ人だった。彼らは、夫が同国人だと判ると懐かしいような、はにかんだような笑いを見せる。バングラ人同士の会話は、初対面でも結構個人的な話題にまで掘り下がる。私が彼の売り物であるスカーフをチェックしている間に、夫は彼に何年働いているのか?いくらでイタリアまで来たのか?リーガル(合法)かイリーガル(非合法)か?バングラデシュに帰れるほどのお金は稼げるのか?等々、質問攻めにしていた。
さて、彼等の話を纏めると、既に合法で入国している親戚を頼って入国してくるタイプ、ブローカーにお金を積んで非合法で入国するタイプの二つ。物売りをしていた青年は120万タカ(約200万円)をブローカーに支払いイタリアへ非合法で入国したタイプ。200万円はバングラの経済を考えれば物凄い大金で、小売店などのビジネスを始めれる程の金額である。彼らはイタリアに来るために田畑を売り、親戚からお金を借り、何とか資金を捻出してイタリアまで渡ってきている。そして月の稼ぎは1000ユーロ以下だという。しかし他のバングラデシュ人から聞いた話ではイリーガルの人達は月350ユーロを稼ぐのも容易ではないと言っていた。ある青年は一部屋に10人程と一緒に寝泊りして働き、日々の食事は2ユーロで一食のみ。「この生活はバングラデシュより厳しい」と言っていた。それでも少くない稼ぎの中からでさえ、節約してバングラデシュに居る家族に送金をする生活をしているのである。イリーガルだから公的な書類を持たず里帰りも出来ず、彼らがバングラデシュの土を踏むのは強制退去の時だと思う。その土産物を売り歩く様子はダッカの路上から、ローマの広場へ移動しただけで、生活自体は実際バングラより過酷かもしれない。それでも彼らはイタリア語を操り、もくもくと働いているのだった。
旅行中、“困ったときのバングラデシュ人”のお陰で、バスの乗り場を教えてもらったり、途中まで連れて行ってもらったりと大助かりだった。そして道中に彼等の身の上話を聞いているとリーガルとイリーガルでは生活レベルが違う事が分かった。リーガルは、きちんとした労働条件下、法の下で働く事が出来、中には中規模の雑貨屋を経営している人も居た。それに比べ、イリーガルは日雇い、もしくは路上や屋台での物売りと、ほとんどバングラ的商売がそのままイタリアへ移動したかのよう。ローマ中央駅の前はそんなバングラ人がたむろしているし、中には病気なのかベンチでうずくまっている者もいた。
お陰で旅行会社の女性達がうっとりしながら言うロマンティックなローマ旅行は、私達にとって決してロマンティックで無かったのは確か。実際、夫の頭の中はローマの史跡よりもバングラ人の事を占めている状態であった。そして、こんな状況をみたら、夫の言う「贅沢は必要ない」の言葉にも説得力が増す。一つ2ユーロの高価なイタリアンジェラード(ドイツのアイスは70セントユーロ)を食べ歩いても、目の前をバングラ人が通ると何だか甘さが消える気がした。
現在イタリアには、推定2万人ほどのバングラデシュ人が居るそうである。最後に会った少年曰く「噂によると、イタリア政府はバングラデシュ人のイリーガル狩りを始めるらしいんだ」との事である。
本日の写真:ヴァティカン サンピエトロ広場の一部
先週2泊3日のローマ旅行に行ってきた。別に映画にかぶれていた訳ではないのだけれど、何件か訪ねた旅行会社の人達が「行くところを決めていないならローマが良いわよ!絶対ローマ!」と、うっとりとした表情で勧められたからだった。話を突っ込んでいくと、そういう彼女達は既に5〜6回もローマに行っている程の惚れ込みよう。そんな話を聞いていると私の頭の中でさえ、映画「ローマの休日」のシーンが浮かんできて、スペイン広場の階段でイタリアンジェラードを食べ、トレビの泉でコインを投げ、真実の口に手を入れてみたい!と安直なイメージが出来上がってしまった。私達が行く旅行会社は“ラストミニッツチケット”というヨーロッパの格安ツアーを販売してところで、パリ2泊3日30,000円!なんてのもある。夫はローマ旅行より安いパリに行きたかったようだけど、私の頭の中は“ベルサイユの薔薇”より“ローマの休日”に占領されてしまったのでした。
格安ツアーの難点は、朝一とか最終便とか人気の無いフライト時間が組み合わさっているところ。旅行会社の彼女は「朝一で飛んで、最終で帰ってくれば、3日間丸まるローマに居れるわよ!」との説明に素直に従いました。でもヨクヨク考えると、6:30ドゥッセルドルフ発の飛行機に乗るには汽車の移動時間を考えると朝2時には家に出なければなりませんし、3時を過ぎると定期券での市外乗車は出来なくなるので余計なお金もかかります。節約者の夫は「早めに出て空港のベンチで寝よう!」と絶対の確信と共に提案します。そうなると「いやだ」とは言えません。
空港のベンチで横になって眠れる訳でもなく、完全な睡眠不足と共にドゥッセルドルフから1時間45分でローマに到着しました。楽しみにしていた入国スタンプを、やっと押してもらえる日が来たのです。が、しかし人々の流れに付いていくと荷物受け取りの場所まで出てしまいました。そ〜です、EU国内は殆ど国内線扱いらしいのです。入国審査も何もありません。結局、入国スタンプも押されずじまいでした。日本人の私から考えると、このような国の開かれ方は信じられません。というか、通貨も同じ、移動は国内旅行並み、これでは国境って在ってないようなものって感じです。当然ながらドイツ人達はパスポート所持の必要なく、社会保障番号が入っているIDカードだけで出入国出来るようです。
ホテルに荷物を預けて観光に出る頃には、睡眠不足からくる頭痛が始まり、観光よりもホテルで眠りたい気分。でも到着が早いから部屋の用意もされておらず、仕方なくホテル前からバスに乗り、最初の観光地“コロッセオ”に向かいます。ドイツのような国からイタリアに入ると、何だか“ゆるさ”を感じます。よく言えば“柔軟性があり”悪く言えば“いい加減”とでも言いましょうか・・・。車の走りっぷりを見ているとヨーロッパにいながらダッカを思い起こさせます。市バスの中は、座席数が22席と極端に少ないうえに3分の1は進行方向と逆向きの席で、停留所のアナウンスがないバスの中で後ろ向きに座れるのは常連?だけ。それに運転が荒いから立っているのも結構しんどい。地元の人は停留所が近づくと早めに降車口のそばに立ちます。「皆、気が早いな〜」なんて見ていたら、早く降りるのには理由がありました。ドアがさっさと閉められるからです。バスが完全に止まってから座席を立つ私達は一度は降り遅れたし、私は3度程ドアに挟まれました。
一日券を4ユーロで買った後は、バス地下鉄乗り放題で市内移動が結構楽にできます。観光専門のバスカードは1日20ユーロですから、それから比べるとかなり安上がりです。それにしてもローマのコロッセオ(闘技場)のような石造文化には驚かされました。大小様ざまな石を積み上げて、馬鹿でかい建物を作っていく文化は強靭な肉体も必要でしょうが、同時に強靭な精神力も必要だろうと感じました。「ローマが一日で成るわきゃ〜ない(訳がない)」のは一目瞭然な話でございます。まあ、頭痛持ちの日本人と膝痛持ちのバングラ人は長い列に並んで闘技場の石段を上る気力はハナッカラ無く、ただただ外から「でかいね」とありきたりな感想を述べ合ったのでした。
3日間で一通りの観光名所を見て歩いたけど、やはりヴァチカンのサンピエトロ寺院はカトリックの総本山。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教の出所は基本的には同じですが、どこでこんなに違っちゃうのかな〜と思わざるを得ない程(イスラム的に言えば偶像崇拝になるかもしれないですけど)その発展は見事です。もう、それは本当にため息しか出ないほど美しくて、この場所で死ねたら間違いなくミケランジェロが天国へ連れて行ってくれると確信できます。私の中では、このヴァチカンが一番のヒットでした。ここでも夫の膝痛がネックになり、ヴァチカン博物館までは見ることが出来ませんでした。この点はちょっと心残りです。
あと笑い話になるのがトレビの泉。ホテルでもらった観光地図を頼りに、トレビの泉へ・・・。有名なはずなのに観光客はまばら。思ったより何だか小さいし、何より池の中にコインが全くない。お金をすくった後なのかな〜と思ったり、本当にこれがトレビの泉なのか?と疑ったりもしたけれど“もう一度ローマに来る必要もないし・・・”とコインも投げずに帰ってきた。しかし、家(ホテルではない)に戻ってから、私達が見たものはトレビの泉ではなかったと判明した。トレビの泉はやっぱりそれなりに大きいし、観光客でごった返しているのだと判った。やっぱり旅行前の下調べは入念にするべきだわ・・と後悔、後悔。
本日の写真:私のトレビの泉(実名:Fontana del Tritone)
先日、大好物の桃を見つけて「早いかな?」と思いながら買ってしまった。ドイツで何を楽しんでいるかというと、ダッカでは食べれない物を沢山食べる事なのだ。野菜や果物や、お菓子まで日本では御馴染みの物でも、ダッカのような亜熱帯で保存状態もそれほどよくない所では、おいそれと食べれない物が多い。桃もその内の一つで、早速買った桃を水洗いして、そのままかぶり付く。久々に食べた桃は北海道の暑いお盆を思い起こさせた。ドイツでは4月の中旬から天気の良い日が続いていて、最近は気温も28度まで上がる。日没も9:15pmだし、本当に日が長くてスコブル気分が良い。あの雨が降り続いた冬の暗さは何だったんだ?と思うほどである。
私もドイツに居るうちに・・・と、夫に負けず病院通いをしている。特別、何処が悪いと言う訳ではないのだが、気になっていた部分を今の内にチェックするのが目的だ。ダッカに帰ってからでは、病院までの道のりや、患者やその家族達で溢れ返る病院に行くのを避けたいとの思いがある。まして、此処では高い保険料も払っている事だし、使わないともったいないと思う貧乏性も出てきた。
保険内治療であれば基本的に無料。先日の夫の入院も保険内だったので1ユーロも払うことなく退院してきたのである。ただし3ヶ月毎(1月、4月、7月、10月)にホームドクターに10ユーロ払わなければならない。というか、10ユーロ支払った先がホームドクターになる。他の病院に行きたい時はホームドクターからドクターのサインが入った処方箋のような紙をもって他の病院に行かなければ、行った先で更に10ユーロ取られ、しかもその3ヶ月間はホームドクターが2箇所と言う事になる。
当然ながら私はこのシステムを知らなくて、最初にいきなり眼科に行ったので、アイドクターが私のホームドクターになってしまった。このような専門医は事実上のホームドクターにはならない訳で、処方箋だけの発行となる場合は多い。が、近所じゃなかったため、紙1枚もらいに中心街まで出かけるのはかなり面倒であった。当然ながら次の10ユーロ支払い時には近所の内科医をホームドクターにした。
さて、ドイツの医者と日本の医者の違い・・・能力の差なんて判る訳ないんだけど、決定的に違うのは親近感である。日本の場合は、医師が座っている診察室に腰を低めにして医師を拝顔する感じがある(少なくとも私はそうだ)。ダッカも権威主義の部分があるから、日本とそんなに変わらないか、もっと偉そう〜だったりする。ドイツの場合は医師が患者に握手を求めて「こんにちは!」と挨拶をする。最初の頃、あまりにも自然で何も思わなかったんだけど、ある日「私は日本人医師と握手をした事があったろうか?」と考えた。そして握手をして診察が始まり、握手で診察が終了した記憶が日本では無いのである。お辞儀の習慣がある日本では、“握手”自体が新しいものだけど、患者にとっては医師に親近感を持つ有効なスキンシップだと思う。
そのせいか医師から発せられる威圧感を感じない。あくまでも医師と患者は同じ線上にいて、無駄に緊張したり気を使う必要がないと実感できる。当然、医師から偉そうに上から見下ろす感じなど一切ない。2メートル程の身長があった眼科医は、153センチの私を実質的に見下ろした。さもなくば、私は先生のみぞおちと会話しなければならなかったからである。この眼科医は診察室から出る時にドアまで開けてくれるほど紳士的であった。
前回の医療事情で看護婦はポロシャツにジャージというスタイルだが、医師も殆ど同じで白衣を見ることがない。さすがに入院施設の総合病院の医師は白衣を着ていたが、個人病院レベルになると白衣姿は見られない。皆さん、そのままジョギングに行けるようなスタイルで極めてラフでありスポーティだ。そして何故か太った医師を見ないのは、ドイツ人の健康志向が表れている部分のような気がする。
どこの病院に行っても看護婦は愛想が無い人が多いが、医師達はすこぶる優しくにこやかである。私の一番のお気に入りは歯医者で、この医師だけ英語が話せないので、辞典だよりの会話になるのだが、他の診察室から聞こえてくる患者との会話も笑い声が絶えないし、看護婦も愛想が良いし、暖かい雰囲気が漂っている歯科医院なのである。彼は私の口の中を見て「あっ、日本人だね?」と言い当てた。そう、私の口の中は、インレー、ブリッジ、クラウンで出来ており、まともな歯の方が少ないくらいなのであるが、「いや〜このインレーの作りはファンタスティックだ!」と日本の歯科技術に感嘆して、若い医師にまで「見て!見て!ファンタスティックだよね」 と言うので、まともな歯の無い口を開けるのは、何時もためらう事が多いのだけど、この時ばかりは自慢気に口を大きく開けたのだった。
本日の写真:思わず見とれてしまった交差点にあった花壇。
先日、ベランダのまん前に雌の雉が2羽現れた。野生の雉を見るのは数十年ぶりで、近くに雄もいないかな〜と探したけど見当たらなかった。その前は紅連雀?(胸の所が赤い雀科の鳥)も見た。自然の恵みを受けて、こんな綺麗な鳥達を家に居ながらにしてみる事ができるなんて幸せだな〜と思う。
さて、ドイツと言えば!ソーセージとビール。
悲しいかな、モスリムの我が家ではドイツ名産の両方とも楽しむ事が出来ない。まあ、アルコールに関しては、私の夫はそんなに厳格ではなくて、何かのお祝いとかでワインを買う事もあるし、ミーティングでアルコールがでれば遠慮なく頂くタイプである。それでも、ここでビールを飲んだのは、夫の同僚達と近くのパブでグラス1杯飲んだきりである。それはドイツに住み始めて4ヶ月後のこと。それにしてもドイツ人にとって、ビールは水と同じようなものなんだな〜と、毎日の生活の中で感じる。
例えばドイツ語のクラス時間。ドイツ語では英語の「The」に相当する定冠詞を名詞の前に付けなきゃいけないんだけど、英語だとTheで終わるところが、ドイツ語になると名詞の性によって定冠詞が変わる。そう、“名詞には男性、女性、中性という性別がある”これはドイツ語学習者にとって泣かせ処だ。そして、アルコール類の性は?というと男性、コーラとかファンタとか外国がオリジナルの物は女性、そしてビールは?何故か中性。そして水も中性。「だからビールは水と同じなのよ!」とはドイツ語先生の弁である。お陰で何よりも先にビールと水の性別を覚える事が出来るのはありがたい。
私達が住んでいるゲストハウスには学生寮が隣接しているけど、寮のベランダにはビールケースが、あちらこちらにうず高く積まれている。もちろん学食でもビールが売られていて、午後の授業はビール1本飲んでから・・・だって構わないのだ。そしてビールも水も値段がたいして変わらない。ある日、レジで並んでいた時、私の前にいたお兄ちゃんがビール2本を買って1.25ユーロ払っていた。私が買う1.5リットルの水が1ユーロだからビール好きなら間違いなくビールを買うと思う。その兄ちゃん、買ったビール瓶を両方のポケットに突っ込んで意気揚々と帰って行った。そう、ポケットにビール瓶を突っ込んで歩いている人も良く見かけ。基本的にドイツ人は炭酸系が好きなのだ。水も炭酸入りと炭酸無しが売られているけど、炭酸水コーナーの方が俄然広い。私もビールは頂かないけれど、喉を刺激するパチパチ感がある炭酸水にしっかりハマりました。
それにしてもビールを飲まなくても見て楽しむ事が出来るのはドイツの良い所かもしれない。カーニバルで大人たちがビール片手に歌い踊りしているのは、傍から見ていても楽しいものだし、程ほどのアルコールは人生を豊かにすると思う。
しかし、“程ほど”を通りこした人達もかなり居るのも事実。これは一種のカルチャーショック。私のイメージでは西洋人の酒飲みって、日本人より肝臓が強くて崩れないと思っていたんだけど、そうでもない。何故か鉄道駅の北口(正面じゃない方)には必ずと言っていいほどアル中の人達がたむろしている。何するわけでもないが、ガタイの大きな人達がビール瓶片手に大声で話しをしている近くを通るときはちょっと怖い。日本では若者が床に座っているが、ドイツでは、いい年をした大人がビール瓶片手に床に座っている。このグループを見ると“仕事が無いから飲んでいるのか、飲んでいるから仕事が無いのか?”と考えてしまう。最低限の保障がされているお陰で働かずにビールを飲む・・・これがイスラム教なら地獄行きだよ。
そして、この人達お金が無くなると“50セント下さい”とか物乞いし始めるか、ビール瓶やペットボトル・缶収集のためにゴミ箱をあさるのだ。豊かな国だと思っていたドイツの人が、ゴミ箱をあさる光景も私達にカルチャーショックを与えた、確かにペットボトル1本が25セント、ビール瓶が5セント(多分)だから、集めれば良いお金になる。それに駅ホームのゴミ箱は分別ゴミ箱だから楽に廻れる。止めが列車の中。列車に乗って車両のゴミ箱を次々とチェックして回る。快速列車は2階建で4人掛けの座席にはゴミ箱が設置されているから、それらを素早くチェックしつつ全車両を一回りしたら、次の大きい駅で降りて、また駅ホームのゴミ箱へ・・・と効率良く仕事をする。その働きぶりを見れば、ドイツ人の真面目な部分が垣間見えて、そこまでするなら何か違う仕事ができるだろうに・・・と思う程である。実際にはアル中じゃなくてもボトル拾いをしている人達は結構いる。
確かに、ある意味お金が落ちているのと変わりは無い。だけど、バングラデシュの子供達が貧しさからゴミを拾って命を繋いでいく一方、ドイツのような国で自分の快楽のためにゴミを拾ったり物乞いして歩く人達がいるという事は、いつもちょっと複雑な気分にさせられるのだった。
本日の写真:我が家の前に現れた雉。今回は私のメル友のホームページ「随時随想」をリンク先に追加しました!彼と知り合ったのは、以前書いた「ドイツ娼婦事情」の資料をご提供頂いたのがきっかけです。派手さはないけれど“自分が在る文章”をサラッと書いているのが私の好きなところです。それでいて“今を斬る!”というか、普段の生活で流しがちな事柄に目を向けるという感覚も呼び起こさせてもらっています。「防衛大卒業式」「薬害問題」「コバルト治療」、「悲しみに近づく」等々、ご当人の経験談も含めて必見です。御興味のあるかたはどうぞ覘いて見て下さいね!
さて4月もすでに下旬に差し掛かってしまいました。日が伸びたというのに1日が早く終わる感じが有るのは何故なんだろう?外の世界は桜や木蓮や石楠花、たんぽぽがほころび始めて、景色が明るく目を楽しませてくれる。気候が似ているせいか北海道と同じような、なじみある植物が多いけれども咲く順番が北海道と違うのは不思議なところである。
まあ、草木や陽が伸びたお陰で最近気分が軽くなってきたのは確か。少し前にインターネットで「うつ度チェック」なるものを試して、めでたく「軽度のうつ病」との結果がでて納得した次第。実際に病院で診てもらった訳じゃないし、今時のサラリーマンだったら半数以上が「うつ病」と診断されるような質問内容だから、そんなに重要視はしていないけれど、まあそれなりに自分の中で自覚症状のようなものはあった訳で、原因となるものは色々あるけれど、一番の原因が「ドイツの暗い冬」のような気がしている。北海道の冬の朝も遅いけれど7時には陽が上がる。私が今住んでいる所は日の出が8時30分頃だった。朝は暗い、日中は雨や曇りなど陽が差さない日が多かったのが原因で、俗にいう「冬季うつ病」ってやつだったと思う。
それも冬場は気が付かないけれど、3月に入って外の景色が明るくなってきた時に、自分の中のバランスがなんだかオカシイ事に気が付いたんだけど、自力ではな〜んにも出来ないという不思議な体験をした。今は外が明るくなって朝日と共に起きるという自然な生活に戻ったせいか意欲的になってきた。太陽の光が人体に与える影響って大きい。
まあ、太陽の光が恋しいのはドイツ人も同じで3月のまだ肌寒く気温10度以下、それでも久々に太陽が出て天気が良いと、半袖Tシャツに短パンというスタイルの気の早い若者が出没していた。見るからに「それはちょっと早いだろう!」と思ったし、片や毛皮を着ている人が歩いており、片や短パンが歩いているのである。今は日中11度から20度位まで気温が上がるけど、学生達は半袖スタイルが多い。私にはまだ肌寒く感じるし、寒がりの夫は更に毛糸の帽子に手袋を着けている。どちらにしても、お天気が良くなると散歩を楽しむ人の数が俄然増えるし、歩くには丁度いい森に囲まれた遊歩道があちこちにある環境がドイツの良い所なのだろう。それにドラッグストアーの棚一面には膨大な種類の日焼けクリームが既に並び始めたのを見て“白人の国なんだな〜”と改めて気が付く。日に焼けた肌が魅力的な季節の始まりなのね・・・多分。私は日焼け止めを探しているのだが見つける事が難しい。
話はコロッと変わって、最近、毎日のようにニュースに流れてくる聖火リレーの話。インターネットを探っていたら面白い記事を見つけたのでご紹介します。私自身、何も知らなかったのですが、ダライラマ法王に近いぺマ氏の講演内容にはショックを受けました。
阿比留瑠比氏のホームページ:http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/535670/
―その中川氏が会長を務める真・保守政策研究会は4日に、ダライ・ラマ法王に近いチベット出身の政治学者、ペマ・ギャルポ氏を呼んで勉強会を開いています。その際のペマ氏の講演は以下のようでした―
こんな歴史的背景があったのなら、日本政府は他の国に先駆けて何がしかのアクションをするべきなのに中国の顔色を伺ってばかりの福田ちゃんの頭の中には何もないのでしょうね・・・国を司る人にきちんとした歴史的責任感がないのは残念な事です。
本日の写真:スイス グリュエール城の庭




