今日のカミカゼ、明日のアラブは、アラブ国を転々としながら、あしたの世界を模索します。
ジュンヌ・アフリック・コムより
アルカイダの”星”
アメリカは、ビン・ラディンの後継者を見つけた。エジプトのアイマン・アル・ザワ
ヒリではなく、カダフィ大佐の国のアブ・ヤハ・アル・リビだ。ハッサン・カイドと
も呼ばれているが、本当の名前はモハメド・ハッサンだ。
反テロリスム研究所の、多くは元CIAのアメリカ人専門家が賞賛するモハメド・ハッサ
ンは、アルカイダの空に浮かぶ“星”だ。
30歳ですでにあらゆる才能に恵まれていた。戦士で、詩人でイスラムの賢者だった。
カリスマ的軍事指導者であるとともに、思想の師だった。
アブ・ヤハ・アル・リビのジハディスト伝説は2005年にさかのぼる。7月10日、アフガ
ニスタンのバグラム基地にある警備の固いアメリカの刑務所から見事に脱出したのだ
った。3人の仲間とともに、広大な土地を敵にみつかることなく逃走した。アルカイ
ダのサイトにはいまも“奇跡”として載っている。
カダフィの刑務所に入れられていた彼の兄は、最近釈放された90人のジイハディスト
の1人とは知られていないが、リビア・イスラムの戦士のメンバーで、アフガニスタ
ンでソビエトに対するジハードに関与した。アブ・ヤハ自身もモーリタニアでイスラ
ム学を学んだ。
彼がアフガニスタンに来た時は、戦争は終わっていてタリバンが支配していた。彼は
ごく初歩の軍事訓練しか受けていなかったので、アルカイダでの役割は“説教”だっ
た。2001年9月11日の翌日、彼はパキスタンに捕まりアメリカに引き渡された。そ
こでバグラム刑務所に入れられたのだ。
“脱獄の奇跡”の後、アルカイダにおける彼の地位は飛躍的に上昇した。やがて彼は
ビン・ラディンに1番近い取り巻きに加わる。アメリカの機関とジハディストのビデ
オ戦争が熾烈だった2007年、彼は特別な位置を占めていた。
熱烈な論説、合理化を説く努力で目立っていた。アルカイダのメンバーを増やすこと
よりも、イデオロジーの基礎を確かなものにしようとした。
彼の個人的な標的は、サウジアラビア人やエジプト人の“中道的”ウレマだ。彼らは
イスラムの地でのジハードと自爆テロを非難している。その前にまずアブ・ムサブ・
アル・ザルカウイ(2006年6月死亡)に対立していた。
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後数行ですが、連休にこんなことしているのもちょっと空しくなりました。
先週アメリカ軍はソマリアのアルカイダ指導者モアリム・アデン・ハシニ・アイロを爆撃で殺害しました。ソマリアのアルカイダは報復を誓っています。
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