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さて、前回

「私は他人を自分のために操作してもよい」という信念を持っている人が その信念を実行する中で
「人は他人の感情をコントロールできる」という幻想を作り上げ それが周囲に伝播していくということを書きました。

操作する親から育てられた人で、感情幻想を持ってしまった人の中には、ひどい自己矛盾に苦しむ人がいるかもしれません。

この人の親は「自分のために他人を操作してもかまわないのだ。」という信念を持っていたので、周囲から見れば不幸で迷惑な存在ですが、自分の中では ある種の自己完結ができています。

ところが、親の影響を受けて 感情の幻想だけは受け継いだけど 「自分のために他人を操作してもかまわない」という信念を共有しなかった人は 矛盾が激しいだけに 親よりも大きい苦痛を覚えてしまうかもしれません。

私はそうでした。だから必死に自分を自分の感情をコントロールする道を模索したのです。

幻想から抜け出したければ 自分の感情を自分でコントロールしたければ、

まず自分が持っている「人は他人の感情をコントロールできる」「あの人の感情の責任は自分にある」「私の感情の責任は相手にある」という思いこみが幻想だと気づくことです。

「人は他人に感情をコントロールされない」
「自分の感情は自分でコントロールできる」
「私の感情の責任は私だけにある」
「あの人の感情の責任は私にはない」
というのが正解です。

人は他人に感情をコントロールなんかされないのです。

たとえば、
人をおびえさせて 恐怖を持たせることによって 自分の言うことを聞かせようと作戦を発動した人がいたとします。仮にその人をAさんとします。

まったく同じAさんの脅しの言葉を聞いて、険悪な態度を目にして、その雰囲気を感じて

Bさんは、作戦通り 恐怖を覚えて 言うとおりになりました。

ところが、Cさんは、怒ってしまって 逆にこっぴどくしっぺ返しをしました。

Dさんは、馬耳東風 平気の平左で 落ち着いて冷静に「で、いったいAさんは何を言いたいわけ?」と聞いてきました。

Eさんは、ははははは。と笑い出して、まったく相手にしませんでした。

Fさんは、泣き出して「どうして、Aさん そんな悲しいことを言うの?」と言って悲しがりました。

ほら、人によってその人が使う感情は千差万別です。Aさんになんかコントロールされていません。

Aさんが「他人の感情を自分がコントロールできる」と信じていたのは、幻想だったのです。

人は皆、自分の目的にあった感情を選んで使っているのです。


幻想に気づき、感情の本当の意味に気づくようになったら、

次は、自分の癖に気づくことです。

他人の感情コントロールについ引っかかってしまう自分の心的癖に
感情に翻弄されてしまって自分を保てないという癖に
自分の怒りの責任が「あいつのせいだ!」とつい思ってしまう自分の癖に
自分が傷ついてしまった責任が他人にあると思えてしまう癖に
あの人が悲しむのは自分のせいだと思ってしまう癖に
他人に対して罪悪感を抱いてしまう癖に

気づくことです。

全部自分が自動的にやっている癖だと気づくことです。

癖だから、気づいただけでは直りません。

気づいたときのその都度その都度修正していく、適切な癖に修正していく、適切に思えるように練習していく 努力が必要です。

たぶん自分だけでは無理でしょう。専門家の援助をもらって下さい。

さて、前回

「私は他人を自分のために操作してもよい」という信念を持っている人が その信念を実行する中で
「人は他人の感情をコントロールできる」という幻想を作り上げ それが周囲に伝播していくということを書きました。

操作する親から育てられた人で、感情幻想を持ってしまった人の中には、ひどい自己矛盾に苦しむ人がいるかもしれません。

この人の親は「自分のために他人を操作してもかまわないのだ。」という信念を持っていたので、周囲から見れば不幸で迷惑な存在ですが、自分の中では ある種の自己完結ができています。

ところが、親の影響を受けて 感情の幻想だけは受け継いだけど 「自分のために他人を操作してもかまわない」という信念を共有しなかった人は 矛盾が激しいだけに 親よりも大きい苦痛を覚えてしまうかもしれません。

私はそうでした。だから必死に自分を自分の感情をコントロールする道を模索したのです。

幻想から抜け出したければ 自分の感情を自分でコントロールしたければ、

まず自分が持っている「人は他人の感情をコントロールできる」「あの人の感情の責任は自分にある」「私の感情の責任は相手にある」という思いこみが幻想だと気づくことです。

「人は他人に感情をコントロールされない」
「自分の感情は自分でコントロールできる」
「私の感情の責任は私だけにある」
「あの人の感情の責任は私にはない」
というのが正解です。

人は他人に感情をコントロールなんかされないのです。

たとえば、
人をおびえさせて 恐怖を持たせることによって 自分の言うことを聞かせようと作戦を発動した人がいたとします。仮にその人をAさんとします。

まったく同じAさんの脅しの言葉を聞いて、険悪な態度を目にして、その雰囲気を感じて

Bさんは、作戦通り 恐怖を覚えて 言うとおりになりました。

ところが、Cさんは、怒ってしまって 逆にこっぴどくしっぺ返しをしました。

Dさんは、馬耳東風 平気の平左で 落ち着いて冷静に「で、いったいAさんは何を言いたいわけ?」と聞いてきました。

Eさんは、ははははは。と笑い出して、まったく相手にしませんでした。

Fさんは、泣き出して「どうして、Aさん そんな悲しいことを言うの?」と言って悲しがりました。

ほら、人によってその人が使う感情は千差万別です。Aさんになんかコントロールされていません。

Aさんが「他人の感情を自分がコントロールできる」と信じていたのは、幻想だったのです。

人は皆、自分の目的にあった感情を選んで使っているのです。


幻想に気づき、感情の本当の意味に気づくようになったら、

次は、自分の癖に気づくことです。

他人の感情コントロールについ引っかかってしまう自分の心的癖に
感情に翻弄されてしまって自分を保てないという癖に
自分の怒りの責任が「あいつのせいだ!」とつい思ってしまう自分の癖に
自分が傷ついてしまった責任が他人にあると思えてしまう癖に
あの人が悲しむのは自分のせいだと思ってしまう癖に
他人に対して罪悪感を抱いてしまう癖に

気づくことです。

全部自分が自動的にやっている癖だと気づくことです。

癖だから、気づいただけでは直りません。

気づいたときのその都度その都度修正していく、適切な癖に修正していく、適切に思えるように練習していく 努力が必要です。

たぶん自分だけでは無理でしょう。

自分だけで考えても 考えれば考えるほど 元のやり方に戻ろうとする自動プログラム(強固な認知システム)が働いて

恐怖を覚えたり 癖を直さない方がいい言い訳が山のように見つかったり バカバカしくなったりと

私たちがライフパターンの逆襲と呼んでいる 無意識自動修復システムが稼働して 元の木阿弥に戻るからです。

もう一つの理由は、「適切な癖」がどんなもので、どうしたらそれが習得できるかを知らないからです。

あらゆる習い事と同じで すでにやれている人から手取り足取り習って 何度も何度も反復練習するしか

感情を自在にコントロールできる自分にはなりません。

続きは4へ

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前回、感情についての二つの幻想について言及しました。

まず、「人が他の人の感情をコントロールできる」という幻想は

他の人の感情を操作して、そのことによって相手を自分の思い通りに操作しようとたくらむ人の存在があります。

この他人を操作しようとする人自信とこの人の周辺に幻想が蔓延するのです。

他人を操作しようとする人は 「私は自分のために他人を操作してかまわないのだ。」という非常に不適切な信念を持っていることが多いのです。
※典型的なタイプに「だって私にはパワーがなくて、誰かに助けてもらわないと生きられないから」という理由づけを持っている人「ベイビー」と
「他人は私に奉仕して当然だ」という理由づけを持っている人「ゲッター」というタイプがあります。


このような信念が なぜ不適切かというと 実際そのような信念を持っている人は不幸だし、周囲の人も迷惑しているという現実があるからです。

「一人一人の人間が自律的に考え 自立した立場を持ち 自分と同じように他者にも自立していて欲しいと望み お互いに信頼尊敬し合って 社会の安定と発展のために協力し合うときに 一人一人が幸せになる」

という理想に反することが起こるとき 不幸が生じると 私たちは考えています。

他人を操作しようとする人は、
脅したり罰を与えたりして恐怖を起こさせて操作しようとしたり、
恩を売って罪悪感を起こさせて思い通りに動かそうとしたり、
憐れみを誘って援助を引き出したり、
とにかく あらゆる感情を刺激して自分の思い通りに相手を動かそうとします。

自己承認が強く、他者への信頼も社会への信頼も基本的に強く、社会的な現実基盤もしっかりしていて、自分の感情のコントロールもできる人は

こんな他人を操作しようとする人の作戦にはまったく影響を受けずに、跳ね返すのですが、

例えば、共依存にどっぷりとはまっている人は 引き合うようにして作戦にはまってしまいますし、
子どもなどは 親が操作的な人だったりすると このような操作の影響をもろに受けて 親の都合の良いように感情を引き回されてしまいます。

さらには、操作的な親は自分が人の感情を操作できると信じていますから、自分の感情の責任も他人に押しつけようとします。「私が怒っているのはおまえのせいだ。」「私はおまえから傷つけられた。」というわけです。

こうやって、子どもは親から 見事に「人は他人の感情をコントロールできる」「あの人の感情の責任は自分にある」「私の感情の責任は相手にある」という不適切な幻想を引き継ぐことになるのです。

自律的で自立している人が 他人から感情を操作されることがめったになくて 自分の感情を思うがままにコントロールして責任を取っているという現実を知らないままに

幻想の世界にさまようわけです。

まず、このようなことに気づくことが 共依存から抜け出して 自分の感情を自分でコントロールできるようになる 第一歩になります。

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自分の感情は自分でコントロールできます。

とても簡単です。

慣れてくると 感情をコントロールするのがとても簡単でたやすいことだと分かってきます。


まず二つの幻想から離れることです。

一つ目の幻想は

「他人の感情をコントロールできる」という幻想です。

いわゆる共依存の中にどっぷりとはまっている人たちは、このこのコントロール幻想にはまりきっています。

実は感情の責任者は その本人であって、他人がその本人の意志に逆らって感情をコントロールすることはできません。

ところが お互いにコントロール幻想にはまっている同士だと 見事に相手が作戦にはまってくれるために お互いに依存し合って 共依存関係に発展していくわけです。

この幻想から離れたい方は コントロール幻想から抜け出ているカウンセラー・コーチから指導を受けて下さい。この幻想はかなり一般常識化していますので、この幻想を共有しているカウンセラーやコーチから指導されると、よりひどくなってしまう可能性があります。

ま、アドラー心理学を実践できている人なら間違いないです。(学んでいるだけでは不十分です。自分の人生において実践しているかどうかです。)


もう一つの幻想は、

「人間は感情に操られている」という幻想です。

これも、世間の常識化しています。「悲しくてどうしようもないんだ。」とか「腹が立ってどうしようもない。」とか 良く聞くはずです。

多くの人は、感情が先で、その後に自分の行動が引きずられる と誤解しています。

この幻想も抜け出すのにコツがあるのですが……

結論から言うと 感情は単なる私たちの道具に過ぎないのです。

詳しくはまた。

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熊本勇気づけの会 08年 5月例会
日時:5月14日午後7時〜9時

場所:熊本市水前寺2丁目21番19号2F 水前寺NPOハウス研修室※駐車場は相談する人の分だけ確保しています。他の参加者は周辺でお探し下さい。


講師:本郷博央

内容:オープンカウンセリング

参加費:2000円

熟練したプロのカウンセラーがそのカウンセリングを余すことなく公開します。

相談無料です。どんな悩みでも、あるいは、どんな目的のコーチングでも、遠慮なく相談して下さい。

参加も 相談も 必ずご連絡の上 ご参加下さい。
☆ご連絡☆
○勇気づけの会事務局 〒862-0950 熊本市水前寺2丁目21番19号2F
 電話 096-384-3181  FAX 096-357-0935 Eメール info@yukiduke.jp

○勇気づけの会リーダー hhgg@q.vodafone.ne.jp 090-2855-4567 (本郷)

勇気づけ掲示板のアドレスを付け忘れました。

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ご利用下さいませ。

勇気づけ掲示板を 新しく作りました。

どうぞ、ご利用下さい。

知ろうとする人がいる。

多くの知識を身につけようとする人がいる。

何でも知ろうととするのだ。

知ろうとする先には

「分かった!!」

が待っている。

そして、分かった人は分かっただけで何も変化しない。

なぜならば、人は恐ろしいことに 物事を知って分かろうとするときに すべて自分の認知スキームという土俵に引きずり込んで分かろうとするからだ。

この土俵にいる人は、「分かったら行動する。」と口では言うのですが、

実は分かっても行動は変わりません。

なぜならば、「せっかく学んだ変化のための行動」を 結局は自分の認知スキームで考えた通りに 変化させてしまって行動するからです。

知ろうとする人 分かろうとする人は、自分を変えたくない人なのです。



逆にやる人がいる。

自分を変えるため、というか自分の人生を変えるために 新しい行動をする人だ。

はっきり言うけど、めったにいない。こんな人。多くの人は傲慢で、自分を変えようと思っていない。

よっぽど今の自分に危機感を持った人じゃないと自分を変えようと思わない。

この後の文章は、傲慢じゃない人だけ読んでほしい。

自分を変えたい人だけ読んで欲しい。


まず、自分を変えるときには、行動をまねるモデルがいるのだ。

自分が目標とする人生を達成している人物がモデルになる。

目標というくらいだから、今の自分はその目標から遠い所にいる。

なぜか?

自分の考え方(認知スキーム)が目標達成の水準に達していないのだ。

そして、考え方にもとづいて形成される態度、言葉、行動がすべて目標達成の水準に達していないのだ。

だったら、水準に達すればいい。

自分が目標とする人生を達成している人物をメンターとして仰いで

その考え方をコピーして

態度をコピーして

話すとおりに話して

同じ行動をとればいいのだ。



え?

簡単かって?

簡単です。

真似するだけだから。

でも、その簡単なことを淡々とするのがとても苦労します。

え?簡単なのに、苦労するの。って?

そうなんです。

人間って、複雑なことをやりたがるのです。プライドがあるから。

目標の第一歩にも達していないのに、自分で創意工夫しようとするのです。

自分のカラーを出さなきゃとか 考えるのです。

これが苦労のもとです。

苦労してます。私。

でも、もう少しで抜け出します。ふふふふ。

幸せは向こうからやってこない

幸せは、今、ここにある

それに気づいたとき幸せになる

豊かさは幸せな人に引き寄せられる

豊かにならないと 幸せになれないと信じ込んでいる人には豊かさはやってこない

もちろん、幸せもやってこない

だって、もともとそこにあるのだから

今、こうやって生きている空気を吸っている

大空を見上げている

家族がいる

仲間がいる

私を必要としてくれる人がいる

 

あーー。幸せだなあ。

スーパーなどで売られている市販のシャンプーや歯磨き粉やスキンケア製品には、100%の確率で猛毒の経皮毒成分が含まれている。(ラウリス硫酸Na プロピレングリコールなど)

だから、一回のシャンプーで、たばこ百本分吸ったのと同じ毒が体内に侵入する。

そして、皮膚から浸入した毒はほとんど分解されずに体内に溜まる。

それどころか、川や海に流れ込んで環境を破壊している。

しっかりと選べば、経皮毒性分の入っていない、しかも、経済的で継続して使えるシャンプーや日用品が見つかる。

この情報は口コミだけで伝えられる。

なぜなら、マスコミは企業連合体に牛耳られているからだ。

この情報に接して、柔軟に対応する人と 偏見で頑なになる人がいる。

私は、最初、「誰でも、知ったら経皮毒の入っていないものを選ぶでしょう。」と信じていたが、そうではないらしい。

驚いたけど、毒を自分の体内や家族の体内や川や海に振りまいて、健康や環境を破壊して平気な人がいる。

これが事実だ。

本郷博央hiro@yukiduke.jp 090-2855-4567 

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