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[ 心の栄養 ]  

おはようございます。

身近にある自然

「風流の心を得るには、                                                   多くのものを見る必要はない。                                             盆ほどの小さな池や                                                   拳ほどの石を並べただけの平凡な庭にも、                                        かすみたなびく美しい風景は十分に備わっている。

心にかなった景色に会うには、                                         遠くまで出かける必要はない。                                          よもぎの生い茂る窓や竹屋根のあばら屋のような普通の住まいにも、                                 さわやかな風や清らかな月の光は、                                    自然に遠くからやってくる。」

風流心を養おうとすると、やれ茶道だ華道だと考え、                            入門する手間や煩わしさが先に頭に浮かんで断念する人がいます。

風流心はそれほどお金や時間がかかるものかと考える人もいるでしょう。                 しかしそうして得るような「風流心」は本物でしょうか?

お盆やお皿の上に小石を並べても、                                         また普通の家のベランダや庭にも、                                             気がつけば実に風情のある風景があるのだと菜根譚は言います。

また、心に響くような景色を見るために、                                       わざわざ遠くまで時間や足代を使って行く必要はないとも言います。                                どれほどお粗末なあばら屋でも爽やかな風も月の光も訪れてくる。       

素晴らしいものは遠くに求めるものではなく、                                     むしろ自分の身近なところにすべて揃っているのです。                                                  自分の足下、日常にある「素晴らしいもの」を、                               発見することが大切なのでしょう。                                       すでにある素晴らしさに気づいた時、                                    人は幸せになれるのです。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

著書紹介                                                                生き方を求めて〜言葉の贈り物〜

 自分で学びたい方はこちらを↓                                          http://www.sanmei-gaku.com/ (高尾学館)

ペシャワール会 (http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/)

 

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おはようございます。

仮の姿より真の姿

「鶯が美しい声で鳴き、花は咲き乱れて、                                               山も谷も色こまやかであでやかな美しい春の姿は、                                     それはすべて天地の幻の仮の姿であって、                                 本当の美しさではない。

谷川の水も枯れ、山の木立の紅葉も落ち尽くし、                               石の苔は消え、岸の木々も枯れた晩秋の姿は、                              すべての虚飾を去った真実を示したものであり、                                              それでやっとそこに天地の本当の様子を見る事が出来る。」

春に花が咲き、大自然が艶やかな姿を現すのも事実、                             また秋から冬に向かって、花も実も葉も落ち、                                 あらゆる飾りがとれ、いわゆる枯山水の状態となるのも事実。

しかし本当の姿は後者にあります。                                               樹木で言えば、花や紅葉ではなく、                                           それらがとれた後の枝振りや幹の太さ、根のしっかりさ。                          同じ自然ではあっても、本来の姿というものは、                                                                   飾りのとれたあるがままの状態を言うのでしょう。

これを人間に譬えると、                                                    お化粧やブランドの服やアクセサリーなどを取り去った、                                      素顔のままの自分こそが真の自分の姿。                                     また言い換えてみれば、地位や肩書きといった、                              表の飾りがとれた自分自身こそが真の自分。                                       この真の自分が美しいかどうかが、                                                    人間として一番重要な事なのです。                                        その真実の自分が美しいか、醜いか。                                    その基準はどこまで心を高めたかによります。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

著書紹介                                                        生き方を求めて〜言葉の贈り物〜

自分で学びたい方はこちらを↓                                          http://www.sanmei-gaku.com/ (高尾学館)

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おはようございます。

真実の境地とは

「世俗を離れた自然の中で生活する楽しみを、                                ことさらに語る者は、自然の中での、                                      本当の生活の風流さを会得していない。

また、名声や利益の話を聞く事を嫌う者は、                                  必ずしも名利を求める心を忘れ去っているとは限らない。」

人間には自分が意識していることを、                                     ことさら口に出すという習性があります。                                         「人里を離れた山の中に住み、朝夕自然のおいしい空気に触れ、                        また小鳥のさえずり、流れる川のせせらぎを聞き、                                                       自然の中で生きている幸せを感じます。」                                      都会を離れた人からこのようなお手紙を頂く事があります。

事実でしょうが、それを殊更、文に書き、                                                 言葉で表すとなると、むしろ不自然さを覚えます。                              本当に自然の世界に溶け込み、                                        本物の風流心を身につけた人なら、今いる環境が当たり前であり、                           敢えて言葉に表さないものだと菜根譚は言います。

地位を求めない。お金もいらない。                                                                        このような事を言う人は、一見、清廉な人に見えますが、                        敢えて口にする人はまだそれらに未練がある人。                              このような見方は人間の本質を見破るのに役に立ちそうです。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

著書紹介                                                            生き方を求めて〜言葉の贈り物〜

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おはようございます。

士大夫の生き方

「士や大夫のような身分の高い人は、                                    官職に就いている間は、                                                  手紙を書くにも節度がなければならない。                                  それは、他人に自分の心のうちを見透かされないようにし、                            他人が思わぬ幸いを得るきっかけを作るのを、                                  防ぐ必要があるからである。

また、官職を退いて郷里に帰ったならば、                                    やたらと高く止まって威厳を誇示したりしてはいけない。                                   それは、他人に自分の心のうちがよく見えるようにし、                           旧友との交際を厚くして生きて行く必要があるからである。」

菜根譚が書かれた時代も、きっと今と同じように、                                  政治家も官僚も心が乱れていたのでしょう。                                     立派な教えが現れる時代は、                                           間違いなく世の中が乱れている時です。

政治家や官僚など、身分の高い人は、                                                      それなりに最高機密が集まるポジションにいる事を自覚すべきです。                     今の時代は手紙だけではなく、メール、携帯電話など、                         さまざまな伝達手段があります。                                       それだけに相当に心を引き締めなければ、                                  一部の人の利権につながる情報を安易に流してしまう危険があります。

今の世の中を見ると、政治家も官僚も、                                   節操無く自分の知りえた情報を流し、対価を得ている。                                                         そういう報道に接する度に、菜根譚のこの部分を思い出します。

しかし官職を退いた場合は、むしろ腰を低くし、                                           心を解放して皆と親しむ心がけが必要です。 

官職に就いていた時は多く情報をもらす人ほど、                             退任後にはやたら高く止まって昔を誇示する人が多い。                            頭は良くても心が出来ていない証拠でしょう。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

著書紹介                                                          生き方を求めて〜言葉の贈り物〜

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おはようございます。

刹那よりも永続性を

「桃やコスモスの花は、いくらあでやかで美しくても、                              松や柏が四季を通じて常に青々として、                                     かたく操を守っているのに及ぼうか。

また、梨や杏は、いくら甘くて美味しいとは言っても、                             どうして黄色い橙や緑の蜜柑が、                                           強い芳香を放っているのに及ぼうか。

色こまやかで若々しく美しいのは、                                       あっさりとしていつまでも続くものには及ばないし、                                      早く成長するものは、                                                     おそらくじっくり成就するものには及ばないということは、                            誠に真実である。」

算命学で言う、最高の幸せとは、                                      急激に上昇することではありません。                                   たとえ急に上昇してもすぐ急降下するようでは意味がないと考えます。                 どれほど時間がかかろうが、地味であろうが、                                        安定上昇、そしてそれが長続きすることが最高の運だとしています。                          着実さは、一見地味に見えても最後には勝利するものです。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

著書紹介                                                                     生き方を求めて〜言葉の贈り物〜

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