
おはようございます。
中庸心
「世俗を離れて静寂だけを好む人は、 山中の白い雲や、おもむきある石を見て、 これだけが玄妙な見に通じるものだと固執しており、 また、俗世間の華やかさだけを追い求める人は、 清らかな歌や妙なる舞を見て、 そのようなものばかりに心を熱中させる。
ただ、道を体得した立派な人だけが、 環境が騒がしいか静かであるかに関係なく、 また時期の栄枯盛衰にもとらわれず、 いつどこに身を置いたとしても、 ここが自分の心にぴたり適った自由自在な天地だと思えるのだ。」
算命学における最高の境地は、何事にも偏らない心。 つまりひとつの事に拘らず、何事にもバランスをとった中庸の心。 人が不幸せになるのは、何かに固執してしまい、 他に目が向かない事が最大の原因だとしています。
一般的に「現実界」に拘る人は、華美な歌や踊りを好み、 「精神界」に拘る人は、白雲や竹林、 また苔むした岩を好むと考えられていますが、 そういう感覚の中では、後者の方が心の次元が高いように思われがち。
しかし、それを菜根譚は否定します。 道を体得した心の次元の高い人は、 騒がしい現実界に身を置こうが、静かな自然界に身を置こうが、 一切周囲の雰囲気に惑わされず、心穏やかに過ごせるといいます。
生きていく内には、いろいろな事があります。 その都度、一喜一憂する事も生きる上で大切ですが、 一方でその揺れる心が人を不幸にします。
何があっても平常心。 町中の雑踏の中でも、また竹林の静寂の中でも心に変化がない。 こういう境地は難しくても、せめて心だけはそれに向かって努力したいものです。
今日も読んでいただき、ありがとうございました。
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