[ 結婚 ]
古い友人には兄と姉がいて、二人とも早くに結婚して家を出たため、病の床についた両親を、友人が一人で看護していました。
仕事と看護に追われる日々が続き、両親が亡くなったときは、50歳を迎えていました。
久しぶりに会った友人は大きな仕事を終えた後のように、穏やかな表情を浮かべています。
「ご両親を最後まで看て、立派ね!」
私の第一声に、友人は首を振りながら、
「看たなんて言えない。仕事してた為何もできなかったから、親には迷惑を掛けたわ・・」
両親に不自由無いよう彼女なりに心を配っていたことは、時折見ていたので知っています。
生活や彼女自身の老後も考えれば、仕事を辞められないのは当然です。
私だったら、「私が!私が!」と親を最後まで看たことを周りに言いふらし、看なかった兄夫婦に恩着せがましい態度を取りかねません。
経済的な援助もしなかった兄弟に怒るでもなく、そんなことには頓着しないで、
「看たなんて言えることしてない。」と繰り返す友人の謙虚な言葉に、頭が下がります。
親と暮らしている人は、面倒みてるという言い方をします。
思っているから出る言葉でしょうが、それは親に対して失礼だと気付きました。
親と暮らしお世話させて頂くことで、大きな徳を頂くから感謝しかありません。
もちろん子供も、親を最後まで看れるだけの徳があってこそできることですが・・
「面倒みるから、私のところへ来たら」では、親は動けません。
「一緒に暮らしたいから、お願いします。」
と言葉を掛けたら、親はお世話になろうと思います。
親は家の台です。台の上に立っているのが子供です。
社会的にどれほどの成功を得ても、親には勝てません。
親に添い、親をみてこそ、親に勝る徳を積むのです。
友人の晴やかな表情が、それを私に教えてくれました。

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