今週5月28日に松岡農水相が自殺したことにより、政界に衝撃が走りました。
現職閣僚の自殺は、現憲法下で初めてのことであり、
様々な汚職疑惑の渦中での自殺だっただけに、
来たる参院選にも影響が出そうです。
そこで、今回は、政治と金の問題について、考えを述べたいと思います。

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政治と金
日本の政治問題として、いや、どこの国にでもある政治問題です。

なぜ、この問題が長年解決されずに存在するのか。
それは、「政治」構造にあるといえます。
その根本にあるのが、選挙です。

選挙の時、どの企業がどの候補者を応援するのか、
それによって、その後の公共事業が決まるといっても、
過言ではありません。

汚職の温床は、
「政治」構造そのものに、
つまり、国民や住民の代表を選ぶところに
埋め込まれているのです。

これは、自民党が長年得意としてきた
いわゆる利益配分の政治です。
「族議員」は、そのような中成長してきた政治家です。
そして、派閥の形成も同じ構造です。
つまり、親分・子分、
かっこよく言うならば、パトロン―クライアント関係です。

大企業は、大票田であるため、
真っ先に優遇されます。
政治家に圧力をかけることも容易だからです。
つまり、それだけ議員と癒着しやすいともいえます。


しかし、中小企業労働者の権利は、
横の連帯がない限り守られません。
格差の構造は、ここにあります。

しかも、企業経営者たちと労働者との関係は、
極端に非対称であるにも関わらず、
経営者側の利益はかなり守られるのに、
労働者側の利益は、それほど守られない。

中小企業であればなおさらです。

他方、第一次産業従事者も、それぞれの組合を作り、
それぞれの族議員と結びついています。

それらが全て悪いわけではありません。
その人たちの利益を代表する人が議員だからです。

ただ、それぞれの利益をどのように調整するのか、
それが政治です。

つまり、格差社会とは、このような構造、システムを変えない限り改められません。


これまでの公共事業のばら撒きは、
一部の人たちの利益を優先してきたものです。
そして、現に、汚職は、そこから発生しています。

しかも、そうすることで、利子が利子をよび、
将来世代に莫大な借金と環境問題のつけを残しているのです。


今、こうしている間にも、
日本の借金総額は、一千兆円を超えてなお増えています。
これほどの財政危機であるため、
公共事業のばら撒きをする時代ではないし、
それをするお金もありません。

最近の研究では、
公共事業による経済効果はないということが明らかとなっています。

 

つまり、ようやく、「公共の利益」を代表する人たちを
国民や住民が選出する時代になった、
いや、しならなければならない時代になったといえます。
そうしなければ、この危機を乗り越えられないのです。


一企業の人間としてではなく、
生活者として、あるいは責任ある消費者として、
政治を見たらどうでしょう。

責任ある消費者とは、
例えば、環境問題を考え、「エコ商品」を買う。
あるいは、農薬漬けの外国産の野菜を食べるのではなく、
地元の生産者の野菜を買う、などなどです。


それを政治に反映するとすれば、
私的な利益を代表する人を選ぶのではなく、
公的な利益を代表する人を選ぶ、
それが責任ある有権者ではないでしょうか。


一企業の利益を守ることが、
族議員を育て、汚職をはびこらせる。

汚職を生まないようにするには、
責任ある有権者にならなければなりません。

我々の代表者は、我々のレベルを超えた人が出るわけではないし、
我々自身が、育て、監視することが必要なのですから。


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編集後記


世の中には、完全なる善と完全なる悪があるのだろうか。
たぶん、ない。
そういうのは、
子ども向けのヒーロー戦隊ものの中だけにしかない。
それほど世の中は、単純な二元論になっていない。


死刑。
これは、国家が合法的に行う殺人。
逆に言うと、国家が完全なる善でなければ、
完全なる悪を滅することはできない。

きれいごとのように聞こえるかもしれないが、
国家の暴力は、必ずしも正しくない。
戦争がそうだ。

一番強いものが正義を名乗る。
それが国家の暴力の根底にある。


確かに、殺人事件の被害者やその遺族は、
いわれのない暴力の犠牲者だ。
だが、その相手が死刑になっても、
おそらく、それで、その気持ちがはれることはないだろう。

そのため、被害者にはケアが必要であり、
刑罰を重視する政治ではなく、
ケアを充実させた政治にしなくてはならない。


ある事件の被害者遺族のニュースで、
その方が、裁判に明け暮れた人生を送っているのを見て、
僕は、そのように思った。


転じて、聖戦なるものは存在しない。
それもまた、強いものが正義を名乗るだけだ。
今のアメリカがまさにそうだ。


集団的自衛権を推進しようとする安倍現政権。
暴力の歯止めをはずそうとしている現政権は、
格差社会という構造的暴力さえ、野放しにしている。

政治を変えるのは、今しかない。