このところ、民主党が揺れている。
いや、国会全体が揺れているといえる。
それは、小沢民主党代表の辞意表明から始まった。
先ほど(11月6日夜)、辞意が撤回されたようだが、
まだ動揺は収まらないかもしれない。
というか、これからが民主党の正念場であると思う。
「大連立構想」が事態の発端であったようだが、
ここにきて、なぜ、「大連立」なのか理解に苦しむ。
先の参議院選挙、それ以前から、
自民党の対決姿勢で民主党は政策提言を行ってきた。
そして、それが参議院での「逆転」を起こしたのであり、
さらに以前から、「二大政党制」を掲げて党を興してきたに違いない。
「大連立」は、それを全て否定することにもなりかねないし、
少なくとも、「国民」には理解できない。
政権の一翼を担うことで政権担当能力をあげるなどという
小沢氏の説明があった。
さらに、今の民主党では、政権担当能力を疑問視されているし、
次の衆議院選挙で勝つことは難しいとも、コメントされていた。
果たしてそうだろうか。
民主党の中にも、大臣経験者、
そして、長い議員経験をされてきた方がいる。
今求められているのは、
古い体質の政界を変えることである。
政・官・財の癒着はその典型であるし、
それは、長い間、政権の座にある自民党がシステム化してきた問題である。
だからこそ、そのようなシステムを変えるには、
政権交代しかないのだ。
選挙によって、政権交代が起こりうるのであれば、
政治に緊張感ができ、
癒着は起こりにくく、
官僚が政治過程において強大な権力を握ることもない。
それに対し、「大連立」というものは、
国会機能というよりは、
政党同士の私的な調整、
「密室政治」になりやすく、
55年体制時の自民党政治に戻ることになる。
そのような面からも、
「大連立」は理解できない。
それに、「大連立」は戦時の大政翼賛会すらイメージさせる。
「大連立」は、政党政治ににつかわしくない。
現代民主主義は、「政党政治」だ。
政党が政策論争をし、調整できるところは調整する。
つまり、政策ごとに調整すればいいのであり、
法律が通らないから、危機的状況だとか、
国会が空転しているなどというのは間違った見方だ。
法律が通るというよりも、
その議論など、政治過程が大事であり、
より高度な議論を通して、決定されることが望ましいのではないか。
「大連立」での「密室政治」を通じた法律ならば、
安部政権でも行われた「強行採決」と質的にさほど変わらない。
法律の成立は大事であっても、それよりも、
議論が大事であると思う。
つまり、「大連立」は、せっかくの国会機能を低下させる。
「ねじれ国会」は、政策論争、情報公開、政治の透明性などなど、
それらを高めることになる。
日本が本当の政党政治を目指すのであれば、
政策論争を重視した形にすべきだ。
まして、連立政権を組むにしても、
政策が全然異なる自公連立はふさわしくない。
それならば、政策ごとに調整する形でいい。
冷戦後、政党間のイデオロギー対立は終わった。
そして、対立軸が見えなくなったからこそ、
日本の90年代の政治は「失われた10年」となった。
今後の対立軸として考えられるのは、
自民党型の「経済・開発主義」 対 「環境保全・持続主義」
であると僕は考えている。
「環境保全・持続主義」の政党がはっきりしていないが、
野党の中では、民主党は力をいれているように思える。
今こそ、未来志向の政党が必要だと思う。