4月30日、ガソリンにかかる揮発油の暫定税率を復活させる
税制改正法が衆院本会議で再可決され、成立となった。
せっかく、一度暫定税率が廃止され、ガソリンは値下げされ
たというのに、わずか一ヶ月での復活となった。
しかも、6月1日から、ガソリンはさらに値上げされるようだ。
なぜ、暫定税率を復活させる必要があるのか。
道路を必要としている人は誰か。本当に道路は必要なのか。
地方は、本当に道路が必要なのか。道路建設はどうあるべきか。
いつまで国がグランドデザインの権利を有するのか、そして行使するのか。
本来、議論すべき論点はたくさんある。
暫定税率廃止に当たって、常に問題視されるのは、その財源である。
財源不足だから、税をとらなければならない。
あるいは、別の形で、税を課さなければならない。
それが、政権与党や官僚の言い分である。
さらに、これらを支持する人たちは、
暫定税率の廃止を主張する野党・民主党に対し、
廃止した場合の税源をどうするのかと主張する。
その中には、地方の道路整備に熱心な自治体の長たちもいる。
その前に、道路は必ず必要なのか、
国が、道路建設計画、そして、その財源を握り続けている状況を問題視しなければならない。
日本の地方自治は、国が、財源や政策決定において強権を握っているため、
その領域は非常に狭いといえる。
つまり、今回のガソリン税を発端にした道路建設などの問題は、
実は地方自治をどうするのかということと重なる。
なぜなら、暫定税率への対案は、
財源の問題ではなく、地方自治をいかに育て、
その仕組みをどう変えていくのか、
それこそが対案なのである。
そして、ガソリンの値段の高騰からもわかるように、
石油の値段の上昇と高水準の継続は、
投資家たちの思惑と、産油国の政情不安定、
石油供給の不安定とその演出によるものだ。
今回のガソリン税の問題は、
国内的なものだけでなく、国際的な問題を浮き彫りにさせ、
より巨視的に見ると「石油文明」に行き当たる。
現在、我々の文明そのものが「石油文明」といえるほど、
石油に依存したエネルギー体系であり、
それに付随するいくつものエネルギー産業や金融経済が存在している。
石油に代わる、しかも、環境負荷の低いエネルギーの開発に
真剣に取り組まなければ、
人類そのものの生存が危ぶまれている時期にある。
ガソリンの値上げは、様々なインフレと連動している。
ということは、それは、実質賃金の減少を意味する。
給与のアップは抑えられ、あるいは、
パート労働者の増加などによる非正規雇用化が進んでいる中、
ガソリンの値上げは、様々なインフレとともに、生活を苦しくする。
しかも、その中で、暫定税率の復活や増税の議論が進められている始末である。
国民の生活と道路建設のどちらが優先されるべきか。
政府と国民の意見は相当に食い違っている。
そして、早く「石油文明」からの脱却を目指さないと、
環境悪化も致命的となる。
石油に関わる問題は、一国だけで解決することはできない。
だが、せめて国内の問題だげは、自分たちの手で
なんとかしなければならない。
ガソリン税への対案こそ、地方分権、財政分権であり、
道路をつくる以外に国土計画、国づくり、街づくりのアイディアがないのが、自民党、官僚である。
東国原知事は以前、道路建設の必要性を強く訴えていた。
だが、それはむしろ、地方分権について訴えるべきであって
ガソリン税を擁護する主張は過ちであろう。
道路がいくつも建設され、
街が膨張すればするほど、エネルギーは必要とされ、
少子高齢化社会とは、逆行していく。
これからは、エコと福祉のために、
「石油文明」を見直さなければならない。