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★9月の兼題 蕎麦の花
◇兼題 蕎麦の花 (歳時記より抄出)
タデ科の一年草。中央アジア原産。日本には縄文時代に渡来したといわ
れる。山畑に咲く清楚な花で、白または淡紅色の小さな花を総状につける。
蕎麦はまだ花でもてなす山路かな 松尾 芭蕉
しなのぢやそばの白さもぞっとする 小林 一茶
秩父路や天につらなる蕎麦の花 加藤 楸邨
雨降やそばの花にて消える雨 平畑 静塔
農業機械が手をぶらさげて蕎麦の花 福富 健男
なかむら句会(07 9月19日)
過疎の村ひとかたまりの蕎麦の花 島田圭佑子
そばの花子狸化けそこなった夜 岡部 史郎
蕎麦の花白馬八方露店風呂 深沢 紅炉
寛容になれぬ孤独や蕎麦の花 赤澤美智子
蕎麦の花明日はあすの色を染め 麻植 国栄
台本も台詞も役も蕎麦の花 藤田山頭女
来客をもてなす話題蕎麦の花 一之瀬正子
日照り雨婆の余所行き蕎麦の花 久保 菜水
淋しさや揺れて空見る蕎麦の花 高津 葆
蕎麦の香のあふれん花の径静か 川津 与志
蕎麦の花忘れていたい私生活 市原 虎児
喩えれば樋口一葉そばの花 高橋 英美
満天の湯船癒すや蕎麦の花 杉浦 正勝
さびしさの山路埋むや蕎麦の花 芦田麻衣子
出張にあつきもてなし蕎麦の花 藤井 安広
◆作品鑑賞◆ 市原 虎児
過疎の村ひとかたまりの蕎麦の花 島田圭佑子
過疎の村を訪れて、そこで蕎麦の花がひとかたまりになって咲いている
のを見ました。文字通り読めばその通りで、その素朴な景に同情の票を集
めた?
地方在住の人から見たら、これは「ただごと」と感想が出るかもしれな
いが、この句の中心にある「ひとかたまり」というとらえ方こそ、都会人
の感性であり、手柄である。それは、蕎麦の花にだけでなく、過疎の人の
営みをも重ねて象徴できているからである。
そばの花子狸化けそこなった夜 岡部 史郎
「そばの白さもぞっとする」という一茶の先行句があるが、それに共通
してその不気味な空気は、もしかすると子狸のいたずらかもしれない。な
どと想像するところが面白い。
なお、「タヌキ」は冬の季語だと指摘もあったが、この場合、主体はそ
ばの花にあって、狸が季語の働きをしていなければ、問題にならない。
これはいまさらの話題だが、動物の固有名詞が季語になっている場合、
それは野生の生態の習慣が理由で出来たもの。そのものの実態と違う抽
象印象としての使い方であれば、許容されていい。
★新橋なかむら句会に参加興味ある方は「藤田三保子オフィシャルサイト」
にリンクして下さい。今後の開催日・兼題の予定が出ています。
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125号 編 集 後 記 莫迦正直
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「短詩サロン165号」(発行人 吉田健治)が届いて、山村祐氏の訃報
を知りました。
それは9月2日の午前6時20分。享年96歳。4日が通夜、5日は告別
式ということで、それこそ、今後の短詩界の風雲急を告げるかのように、
東京地方は台風の上陸直前のことだった。
山村祐氏は川柳作家。といっても、ぼくにとっては「短詩」の先生として
高校生時代には記憶していた。
当時(昭和40年代初め)、「抒情文芸」という投稿商業誌があって、そ
こに詩・短歌に並んで俳句でなく「短詩」欄がありその選者の名前だった。
当時の若い者にとって、俳句という詩形は現在以上に古めかしい印象
としてあれば、その短詩というジャンルは新鮮なものであった。その欄に
は、現在は俳壇でも活躍している吉田健治、谷口慎也などの名前が、あ
こがれの先輩として連なっていた。
その「抒情文芸」はその後まもなくして店頭から姿を消してしまえば、そ
の短詩に最も近い俳句観の金子兜太師と出会うこともあって、しばらくは
過去のものとなったのであった。
それが数年後、来空氏との交流から吉田健治氏や口語俳句の人たち
との出会いがあって、その中に山村祐氏を見つけたのだった。
そして何よりの縁は「沖縄」という一語。氏は沖縄大好きで、当時沖縄
協会の特別会員にもなっていた位で、沖縄の話題で親密にならせてい
ただいた。
それにまた、氏は生前の山之口獏との交流もあって、その獏さんの思
い出をたどって一緒に池袋の喫茶「コヤマ」に、ここが獏さんの指定席だ
ったというところなど、積極的に実踏して学習させていただいた。
それにまた偶然にも、我家の近くの申孝園ロータスビィラにご夫婦で転
居されてきたのをいいことに、いく度か、仕事帰りに特別な用もなく伺った
りさせていただいた。
山村祐氏が川柳作家だったと聞いて、驚いた記憶がある。それは、ぼ
くの当時の川柳観が、時事主体の暗喩比喩の詩形という先入観であれ
ば、詩性の豊かな祐作品に、その思い違いを驚かされたのであった。
神さまに聞こえる声で ごはんだよ ごはんだよ 祐
これは代表作の一つ。御飯を頂く前に両手をあわせて、それこそ神さま
に聞こえるように感謝の「いただきます」という一言が礼儀正しい風景だが、
その前に母が子どもの帰宅をうながすように、「ごはんだよ」と呼びかける。
それこそ昭和のやさしい原風景であり、山村祐氏の「短詩」を愛でる原点
でもあったろう。
その祐精神の末裔は、現在も吉田健治氏を中心に、川柳と俳句の交流
句会が開催されていて、平成の短詩を追究、活動をされているのは心強い。
短詩の種まきをされた先生の魂は、確実に受け継がれています。
ご冥福をお祈りいたします。
句の投稿・句会情報はこちら omiyage@kai-raku.net
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