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◆東都よみうり俳壇 市原正直選 1997年(平成9年)4月25日
春愁や不用意な顔撮られけり 柴 ひろ子
人の名を思ひ出させぬ春の昼 石見 節子
花吹雪音を残して列車過ぐ 辻本 友子
仏壇の半分占めし桜かな 神原日出子
青芝に猫ひらがなのごと眠る 高橋より枝
「春愁」とは、春ははなやかであるだけに、一面哀愁を感じること。そ
こはかとなく、それは色気さえある。だから、不用意な顔という「花より
団子」のスナップには、こそばゆい魅力。
「さくら」の開花は、農耕文化では種まきの目やす。そして今年の豊作
を祈念する祝いごとがお花見として定着してきたのだが、それは軍国主義
の時代、散ることの見事さが称賛されていた。生命の誕生と死と、共通に
連想させられるこの花に、春愁ということばもつながりやすい。
筆者も、四月の初めに、上野で詩友とお花見をした。
<選者吟> 狂言のストーカーです花ぐもり
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◆東都よみうり俳壇 市原正直選 1998年(平成10年)4月24日
木の芽時また荷作りの紐結ぶ 柴 ひろ子
春一番掃除をしたり散らしたり 清水 悦美
春疾風 一輪車の子走りぬけ 岩崎 澄代
初蝶のほろ酔ひとびを追ふてゆき 茂木 サキ
神経に疲れ果てたる桜餅 高野ふみ子
三月四月は移動の季節である。それは、卒業に進学、就職に引越しと、
生活環境の変化も忙しいころ。今回の諸作はそのへんを心得て鑑賞される
と良いだろう。
第一句、「また荷作り」とあれば、生活の移動にともなうしぐさも目に
うかぶ。あわせて「木の芽時」だからこそ、それは人事の叙事にとらわれ
ず、自然の一木一草の生命観的な鑑賞も可能にさせるところが良い。
第二句、春一番が冬を散らかしてくれるから、人の心も整理整頓させら
れる。
第三句、一輪車でかけぬけていく子どもの元気こそ春のエネルギーであ
る。
<選者吟> 君がこわれてゆくように散るさくら
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◆東都よみうり俳壇 市原正直選 1999年(平成11年)4月23日
自転車でめぐる区内の桜狩 神原日出子
桟敷席四ツに畳まれ春ショール 柴 ひろ子
鞦韆を海見ゆるまで漕ぎにけり 石見 節子
一椀の味引き立てる木の芽かな 段原 羊子
幼児の足を掬ひて春一番 吉木佐多子
この三月末から四月の初めは、ぼくの主宰する雑誌の仲間を中心に沖縄
県は宮古島に行ってきた。それは「INみやこ詩画展」を開催のため。作
家詩人俳人から画家の混成六十数名の作品参加と、平良市教育委員会後援
も得て、有意義なカルチャーショックをいただいてきた。
この時期の宮古島は、アサガオ、ヒマワリも咲いていた。四月四日には
海開きもあり、東京の気候にすればすでに夏。旅初日から、予想した以上
の海の美しさに出あうと、その瞬間から都会での疲れがいやされてしまっ
たような気がした。
<選者吟> 海を指す 身体(からだ)の芯が抜けていく
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182号 編 集 後 記 莫迦正直
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「とのぐもり」ということばがある。それは、春の陽気にまどわされて
頭がモヤモヤすること。と、何時ぞやどこかで読んで納得するものがあっ
たが、先日はそのことばを国語辞典で確認したところ、そのような意味で
は見つからなかった。とすれば、それは職業の特殊語か。隠語か。
それを初めて読んだとき、だから春先の通り魔などはこれに起因する。
などという解説も記憶しているのだがーーー。
てな具合で、息子の知人もおかしくなって、救急車で精神病院に運ばれ
ていった。それと同時に、パソコンがエンコしてしまった。
この一週間、その原因が分からず、モニター部分以外をすべて交換して
みたものの、今までのようには素直につながらない。手をこまねくまま日
時が過ぎてしまった。
記事を更新できぬまま、息子のパソコンでそのアクセス状況だけは見て
いたが、そういったときほど数が伸びていたのは皮肉としか思えない。
予定記事の遅刊については、関係の方々にご迷惑をお掛けして申し訳あ
りませんが、それは機械のご機嫌を伺いながら、早急に取り戻したいと思
っています。
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