[ 横浜人物伝 ]
横浜は「起業家のまち」である。
開港・明治期の横浜には、数えきれない程の起業家がひしめきあっていた。
謎に包まれた生糸商人中居屋重兵衛しかり、現在のキリンビールにつながるビール工場を山手で経営したコープランドしかり、「ンボマハコヨ」2冊目で紹介した「職業写真家」下岡蓮杖もしかりである。
その後も、先頃、伝記映画「九転十起の男」が公開された浅野総一郎や、日産自動車を創業した鮎川義介など、横浜は蒼々たる起業家を
輩出している。
「ンボマハコヨ」9冊目の渡邉美樹氏もその1人である。
さて、今回紹介したいのは、そんな横浜から生まれた現代の起業家の一人、
株式会社フルキャスト代表取締役社長、平野岳史(ひらの・たけひと)氏。
フルキャストスタジアム宮城の命名権取得でも知られるフルキャストは、
登録スタッフ135万人以上という人材派遣・アウトソーシング業の大手企業。
平野氏は家庭教師派遣業の経営などを経て1992年にフルキャストを創業し、
東証1部上場企業にまで育ててきた、文字通りの「起業家」である。
そんな平野氏の「自伝」である『満天の星』には、「横浜」があふれている。
1961年に生まれた地は弘明寺のそば、中里の洋品店。
8歳で父を亡くし、六ツ川の山奥にある6+3畳の「掘っ建て小屋」に転居。
ラグビー部に所属した高校は市立南高。大学は神奈川大学である。
大学卒業後に就職した商品先物取引会社での配属先は横浜支店。
当時ブリストルマイヤーズ勤務で、後にフルキャストテクノロジーの社長となる
貝塚志郎氏は蒔田に引っ越してきたのをきっかけに平野氏との結びつきを強める。
会社退職後、起業前のアルバイト時代には反町でテレホンアポインターのバイト。
彼女がアルバイトをしているのは天王町のスポーツクラブ。
そして、フルキャストの前身「神奈川進学研究会」の事務所は、自宅の六ツ川。
初めての事務所を借りたのは武蔵小杉で、駅近くの「びっくり寿司」が行きつけ。
平野氏は、ワタミの渡邉氏と並んで、紛れもない「横浜発」の起業家と言えよう。
ここで、「起業家としての平野氏」にも少しだけ触れておきたい。
平野氏が人材派遣業を始めたきっかけは、経営する家庭教師センターに登録している
4,000人のスタッフのうち3,500人以上が常に「派遣待ち」になっていたこと。
彼らに軽作業のアルバイトをあてがおうと考えたのが、フルキャストへの第一歩だった。
マイナスをプラスに転じた見事な発想であり、実際にも見事な成功を収めた。
あと私が感心したのは、アルバイト時代にガソリンスタンドのチラシ手渡し配布と
住宅リフォームの飛び込み営業という2つのアルバイトを、
同じ時間帯にかけもちしたというエピソード。
ガソリンスタンドの方が時給1,000円、住宅リフォームが600円で、
合わせて「時給1,600円」のバイトになったという。
もちろん褒められた行いではないが、同一時間にバイトをかけもちするなんてことを
思いつくあたりが、やはり常人ではないなあ、と思わせられた。
さて、今回は「現代の横浜起業家列伝・第2弾」として平野氏にスポットを当てたが、
最後に、「横浜ゆかり」の起業家による自伝をさらに2冊紹介しておきたい。
1冊目は江幡哲也氏の『アスピレーション経営の時代』
(講談社、2006年)。
江幡氏は、リクルートでの新規事業プロジェクト担当などを経て、
インターネット上であらゆるジャンルの専門家が「確かな情報」を伝える
総合情報サイト「オールアバウト」を立ち上げた。
江幡氏は、1965年元旦に川崎に生まれ、すぐに横浜に転居。
その後就職してしばらくするまで横浜に住んでいたとのこと。
2冊目は、松田公太氏の『すべては一杯のコーヒーから』
(新潮社、2002年)。
1968年宮城県塩釜市生まれ、東京育ちの松田氏は、スターバックスと並ぶ
スペシャルティーコーヒーの雄「タリーズ」の日本における創業者であるが、
1997年8月、日本第1号店である銀座店立ち上げの頃には横浜に自宅を構えていた。
江幡氏や松田氏を「横浜が生んだ起業家」とまで言っていいのか分からないが、
こうした「横浜発・横浜ゆかり」の起業家がこれからもどんどん増えて、
いつの日か一同に会して「起業家のまち・横浜」というテーマで語り合う日が
来るのでは、などと想像するとわくわくする。
そんなイベント、誰か企画する人はいませんか?
★この本から感じる「横浜」:今なお起業家を輩出するまち・横浜
【書誌データ】
書 名:満天の星 フルキャスト物語
著 者:平野岳史
出 版:アメーバブックス
出版年:2006年2月
価 格:1,500円
ISBN: 4344990218

開港・明治期の横浜には、数えきれない程の起業家がひしめきあっていた。
謎に包まれた生糸商人中居屋重兵衛しかり、現在のキリンビールにつながるビール工場を山手で経営したコープランドしかり、「ンボマハコヨ」2冊目で紹介した「職業写真家」下岡蓮杖もしかりである。
その後も、先頃、伝記映画「九転十起の男」が公開された浅野総一郎や、日産自動車を創業した鮎川義介など、横浜は蒼々たる起業家を
輩出している。
「ンボマハコヨ」9冊目の渡邉美樹氏もその1人である。
さて、今回紹介したいのは、そんな横浜から生まれた現代の起業家の一人、
株式会社フルキャスト代表取締役社長、平野岳史(ひらの・たけひと)氏。
フルキャストスタジアム宮城の命名権取得でも知られるフルキャストは、
登録スタッフ135万人以上という人材派遣・アウトソーシング業の大手企業。
平野氏は家庭教師派遣業の経営などを経て1992年にフルキャストを創業し、
東証1部上場企業にまで育ててきた、文字通りの「起業家」である。
そんな平野氏の「自伝」である『満天の星』には、「横浜」があふれている。
1961年に生まれた地は弘明寺のそば、中里の洋品店。
8歳で父を亡くし、六ツ川の山奥にある6+3畳の「掘っ建て小屋」に転居。
ラグビー部に所属した高校は市立南高。大学は神奈川大学である。
大学卒業後に就職した商品先物取引会社での配属先は横浜支店。
当時ブリストルマイヤーズ勤務で、後にフルキャストテクノロジーの社長となる
貝塚志郎氏は蒔田に引っ越してきたのをきっかけに平野氏との結びつきを強める。
会社退職後、起業前のアルバイト時代には反町でテレホンアポインターのバイト。
彼女がアルバイトをしているのは天王町のスポーツクラブ。
そして、フルキャストの前身「神奈川進学研究会」の事務所は、自宅の六ツ川。
初めての事務所を借りたのは武蔵小杉で、駅近くの「びっくり寿司」が行きつけ。
平野氏は、ワタミの渡邉氏と並んで、紛れもない「横浜発」の起業家と言えよう。
ここで、「起業家としての平野氏」にも少しだけ触れておきたい。
平野氏が人材派遣業を始めたきっかけは、経営する家庭教師センターに登録している
4,000人のスタッフのうち3,500人以上が常に「派遣待ち」になっていたこと。
彼らに軽作業のアルバイトをあてがおうと考えたのが、フルキャストへの第一歩だった。
マイナスをプラスに転じた見事な発想であり、実際にも見事な成功を収めた。
あと私が感心したのは、アルバイト時代にガソリンスタンドのチラシ手渡し配布と
住宅リフォームの飛び込み営業という2つのアルバイトを、
同じ時間帯にかけもちしたというエピソード。
ガソリンスタンドの方が時給1,000円、住宅リフォームが600円で、
合わせて「時給1,600円」のバイトになったという。
もちろん褒められた行いではないが、同一時間にバイトをかけもちするなんてことを
思いつくあたりが、やはり常人ではないなあ、と思わせられた。
さて、今回は「現代の横浜起業家列伝・第2弾」として平野氏にスポットを当てたが、
最後に、「横浜ゆかり」の起業家による自伝をさらに2冊紹介しておきたい。
1冊目は江幡哲也氏の『アスピレーション経営の時代』
江幡氏は、リクルートでの新規事業プロジェクト担当などを経て、
インターネット上であらゆるジャンルの専門家が「確かな情報」を伝える
総合情報サイト「オールアバウト」を立ち上げた。
江幡氏は、1965年元旦に川崎に生まれ、すぐに横浜に転居。
その後就職してしばらくするまで横浜に住んでいたとのこと。
2冊目は、松田公太氏の『すべては一杯のコーヒーから』
1968年宮城県塩釜市生まれ、東京育ちの松田氏は、スターバックスと並ぶ
スペシャルティーコーヒーの雄「タリーズ」の日本における創業者であるが、
1997年8月、日本第1号店である銀座店立ち上げの頃には横浜に自宅を構えていた。
江幡氏や松田氏を「横浜が生んだ起業家」とまで言っていいのか分からないが、
こうした「横浜発・横浜ゆかり」の起業家がこれからもどんどん増えて、
いつの日か一同に会して「起業家のまち・横浜」というテーマで語り合う日が
来るのでは、などと想像するとわくわくする。
そんなイベント、誰か企画する人はいませんか?
★この本から感じる「横浜」:今なお起業家を輩出するまち・横浜
【書誌データ】
書 名:満天の星 フルキャスト物語
著 者:平野岳史
出 版:アメーバブックス
出版年:2006年2月
価 格:1,500円
ISBN: 4344990218
