[ 横浜ストーリー ]
ブログ開始当初の構想では、マリンタワーがシンボル的に登場するこの本は、年明けに紹介する予定だった。
マリンタワーの開業は1961年の1月15日だからである。
しかし去る10月、思いがけずマリンタワー・氷川丸営業終了の知らせが舞い込んだ。
12月25日を持ってマリンタワーと氷川丸はおよそ46年の歴史にひとまずピリオドを打つ。
マリンタワーは現在の運営会社である氷川丸マリンタワー株式会社から横浜市が買い取り、開港150周年の2009年に向けて改装・再オープンを目指す。
氷川丸は同様に日本郵船が買い取って活用の途を探ることになる。
恥ずかしながら、私は今までマリンタワーを下からしか見たことがなかったため、
おととい土曜日に、私と同様の駆け込み客と思しき人の行列に並び、初めて登ってきた。
2階からシースルーのエレベーターに乗り展望台に降りると、
北側にはみなとみらいのタワー群や大桟橋客船ターミナル、氷川丸が、東側には
トリエンナーレの会場となった山下ふ頭やその第1号作品のコンテナゲートが、
南側には山手のフランス山が、そして西側にはなんと富士山が、それぞれよく見えた。
高さ106メートル、「世界一高い灯台」からの眺望は、実に横浜らしいものだった。
しかし、そこまでだった。そうした眺望は無機質なホテルやビル、高速道路などに
切り刻まれていた。頻繁に足を運ぶには700円の入場料も高く感じた。
旧居留地の中心地に位置し、開港期の横浜をしのぶにはいい場所なのだが、
296メートルのランドマークタワーを始め、高層ビルが当たり前の存在になった今、
展望台・マリンタワーは観光名所としての役割を終えたのだと思った。
さて、そろそろ本の話に入りたい。
吉行淳之介が性的充足の問題を存分に描いた『砂の上の植物群』の舞台は横浜である。
第1章は次のように始まる。
港の傍に、水に沿って細長い形に拡がっている公園がある。その公園の
鉄製ベンチに腰をおろして、海を眺めている男があった。
これは山下公園に違いない。そして第6章で、マリンタワーが登場する。
海に背を向けて、彼は地面から堅い矩形のトランクを持上げようとした。
眼の前に、塔が立っていた。塔の胴の中を、黄色く灯をともした昇降機が、
上下しているのが見えた。最近建てられた観光塔なのである。
この小説が『文學界』に連載されたのは1963年のことであるが、
マリンタワーは横浜開港100周年を記念して1961年に建設されたものであり、
この描写は紛れもなくマリンタワーを指し示している。
この小説では、30代で化粧品のセールスマンである主人公伊木一郎と
女子高校生明子がマリンタワーで出会い、性的関係を結ぶ。
さらには明子の姉京子との倒錯したサディスティックな性行為のエスカレーションが、
伊木の、若くして亡くなった父親へのコンプレックスと重ね合わせながら描かれる。
こうした小説が当時としてはさぞかし話題を呼んだであろうことは想像に難くない。
吉行氏がなぜこの小説の舞台に横浜を選んだのかは分からない。
しかし、読めば読むほどに、この小説の舞台は横浜以外にありえないと思えてくる。
そして伊木と明子の出会いの場所もマリンタワーのほかにないと感じてしまう。
きっと横浜には日常を逸脱したふるまいを受け容れてしまう空気があるのだと思う。
横浜がそんな「妖しい空気を持ったまち」であることが誇らしい。
そんなことを思わせてくれる一冊である。
マリンタワー、氷川丸に入場できるのは、当面来週月曜日までの1週間を残すのみ。
この期間中は「45年間ありがとうキャンペーン」として、通常マリンタワー700円、
氷川丸800円の入場料が、それぞれ半額になっている。
また、氷川丸は25日18時半に、長音三声(感謝、別れ)の汽笛を鳴らすとのこと。
ぜひ港に足を運び、しばしの別れを惜しんでいただきたい。
★この本から感じる「横浜」:非日常のふるまいを受け容れるまち・横浜
【書誌データ】
書 名:砂の上の植物群
著 者:吉行淳之介
出 版:新潮文庫
出版年:1967年4月(単行本1964年)
価 格:438円
ISBN: 4-10-114303-X

マリンタワーの開業は1961年の1月15日だからである。
しかし去る10月、思いがけずマリンタワー・氷川丸営業終了の知らせが舞い込んだ。
12月25日を持ってマリンタワーと氷川丸はおよそ46年の歴史にひとまずピリオドを打つ。
マリンタワーは現在の運営会社である氷川丸マリンタワー株式会社から横浜市が買い取り、開港150周年の2009年に向けて改装・再オープンを目指す。
氷川丸は同様に日本郵船が買い取って活用の途を探ることになる。
恥ずかしながら、私は今までマリンタワーを下からしか見たことがなかったため、
おととい土曜日に、私と同様の駆け込み客と思しき人の行列に並び、初めて登ってきた。
2階からシースルーのエレベーターに乗り展望台に降りると、
北側にはみなとみらいのタワー群や大桟橋客船ターミナル、氷川丸が、東側には
トリエンナーレの会場となった山下ふ頭やその第1号作品のコンテナゲートが、
南側には山手のフランス山が、そして西側にはなんと富士山が、それぞれよく見えた。
高さ106メートル、「世界一高い灯台」からの眺望は、実に横浜らしいものだった。
しかし、そこまでだった。そうした眺望は無機質なホテルやビル、高速道路などに
切り刻まれていた。頻繁に足を運ぶには700円の入場料も高く感じた。
旧居留地の中心地に位置し、開港期の横浜をしのぶにはいい場所なのだが、
296メートルのランドマークタワーを始め、高層ビルが当たり前の存在になった今、
展望台・マリンタワーは観光名所としての役割を終えたのだと思った。
さて、そろそろ本の話に入りたい。
吉行淳之介が性的充足の問題を存分に描いた『砂の上の植物群』の舞台は横浜である。
第1章は次のように始まる。
港の傍に、水に沿って細長い形に拡がっている公園がある。その公園の
鉄製ベンチに腰をおろして、海を眺めている男があった。
これは山下公園に違いない。そして第6章で、マリンタワーが登場する。
海に背を向けて、彼は地面から堅い矩形のトランクを持上げようとした。
眼の前に、塔が立っていた。塔の胴の中を、黄色く灯をともした昇降機が、
上下しているのが見えた。最近建てられた観光塔なのである。
この小説が『文學界』に連載されたのは1963年のことであるが、
マリンタワーは横浜開港100周年を記念して1961年に建設されたものであり、
この描写は紛れもなくマリンタワーを指し示している。
この小説では、30代で化粧品のセールスマンである主人公伊木一郎と
女子高校生明子がマリンタワーで出会い、性的関係を結ぶ。
さらには明子の姉京子との倒錯したサディスティックな性行為のエスカレーションが、
伊木の、若くして亡くなった父親へのコンプレックスと重ね合わせながら描かれる。
こうした小説が当時としてはさぞかし話題を呼んだであろうことは想像に難くない。
吉行氏がなぜこの小説の舞台に横浜を選んだのかは分からない。
しかし、読めば読むほどに、この小説の舞台は横浜以外にありえないと思えてくる。
そして伊木と明子の出会いの場所もマリンタワーのほかにないと感じてしまう。
きっと横浜には日常を逸脱したふるまいを受け容れてしまう空気があるのだと思う。
横浜がそんな「妖しい空気を持ったまち」であることが誇らしい。
そんなことを思わせてくれる一冊である。
マリンタワー、氷川丸に入場できるのは、当面来週月曜日までの1週間を残すのみ。
この期間中は「45年間ありがとうキャンペーン」として、通常マリンタワー700円、
氷川丸800円の入場料が、それぞれ半額になっている。
また、氷川丸は25日18時半に、長音三声(感謝、別れ)の汽笛を鳴らすとのこと。
ぜひ港に足を運び、しばしの別れを惜しんでいただきたい。
★この本から感じる「横浜」:非日常のふるまいを受け容れるまち・横浜
【書誌データ】
書 名:砂の上の植物群
著 者:吉行淳之介
出 版:新潮文庫
出版年:1967年4月(単行本1964年)
価 格:438円
ISBN: 4-10-114303-X
