[ 有隣新書 ]
 
★この本から感じる「横浜」:「競馬のまち」だった横浜

今、「横浜は競馬のまち」と言われて腑に落ちる人は少ないだろう。
しかし、日本の近代競馬史上、横浜は二つの重要な役割を担っていた。
一つは近代競馬発祥の地であったこと。
1962年(文久2年)5月1日、日本史上初の近代競馬が行われた
場所は当時の外国人居留地裏、現在の中華街エリアに作られた円形の馬場であった。

もう一つは横浜の競馬は戦前まで、日本の近代競馬の最先端にあったこと。
上記居留地裏の馬場は、すぐに外国人貿易商の住居用地とされ使えなくなるが、
イギリス人をはじめとする娯楽を求める外国人たちの強い要望を受けて
根岸に競馬場が作られる
ことになる。
根岸競馬は1867年(慶応2年)1月から1942年(昭和17年)10月までの
76年間
、おおむね毎年春と秋に開催され、日本各地での競馬のモデルとなった。
開催期間中には居留地の会社、病院、銀行が休業するなど圧倒的な支持を得たという。
また、競馬の開催は日本の欧米化の象徴であり、根岸競馬場は社交場でもあった。
根岸の競馬倶楽部である「日本レース・クラブ」の日本人委員・会員には、
伊藤博文、大隈重信、榎本武揚、岩崎弥之助、尾崎行雄なども名を連ねていた

しかし根岸競馬場はその後、戦争、そして接収という歴史の波に飲まれていく。
本ブログ10冊目で紹介した慶応大学日吉キャンパスと同様、
根岸競馬場も高台に位置しており、横須賀軍港や東京湾が一望できたため、
1943年(昭和18年)に海軍の施設になり、戦後は米軍の接収を受ける。
その後1969年(昭和44年)の日米合同委員会で一部返還が決まり、
1977年10月2日に横浜市根岸森林公園と根岸競馬記念公苑・馬の博物館
一般公開
され、現在に至っている。
ちなみに現在毎週木曜日21時54分からフジテレビ系で放映中の「馬と翔る日」は、
馬の博物館の提供番組である。ぜひご覧いただきたい。

さて、かつてテレビの競馬解説者、そして馬の博物館でもあった著者による本書は、
西洋の馬文化が横浜、そして日本にどのように受け入れられていったかを辿る、
エッセイ風の楽しい研究書であるが、根岸競馬場については、馬の博物館の編著である
『根岸の森の物語 競馬は横浜で生まれ育った』(神奈川新聞社)も詳しい。
その第2部には元騎手たちの座談会が掲載されているのだが、その中から
根岸競馬場のコースについての声を拾ってみると、相当な難コースだったようである。

 「坂とカーブで大変なコースだった」
 「横浜の第一コーナーはほんとに怖かった」
 「故障馬というとみんな腰にきましたね」
 「ほかの競馬場では体験できないすごいコースだった」

私は競馬に詳しくないが、こうした声を聞くと、もう一度見てみたいと思ってしまう。
本ブログ40冊目で紹介した日本丸の再航海ではないが、根岸で
「開港150周年記念競馬」を開けば大変な盛り上がりが期待できるのではないか。
もっとも最近の整ったコースに慣れた馬たちには過酷なレースになるのだろうか。


【書誌データ】
書 名:文明開化うま物語 根岸競馬と居留外国人
著 者:早坂昇治
出 版:有隣新書
出版年:1989年1月
価 格:880円
ISBN: 978-4-89660-086-5