[ 横浜漫画 ]
★この本から感じる「横浜」:漫画雑誌発祥の地・横浜
今回は(今週はとは言いづらい更新状況です、すみません)、本ブログ
13冊目の大和和紀『ヨコハマ物語』に次ぐ、2冊目の「横浜漫画」本を紹介したい。
1862年(文久2年)7月、日本初の漫画雑誌『ジャパン・パンチ』が横浜で創刊された。
発行人はイギリス人画家のチャールズ・ワーグマン。
この雑誌は、居留地の出来事や風俗、そして幕末以降急激に変わりゆく日本人を
風刺画で描き、居留地の外国人や日本人に愛読された。
ちなみに漫画のことを「ポンチ絵」というのは、誌名の「パンチ」がなまったもの。
ワーグマンの『ジャパン・パンチ』は日本近代漫画文化の一つの起点となった。
1874年(明治7年)には仮名垣魯文と河鍋暁斎が日本版『ジャパン・パンチ』を
目指して『絵新聞日本地(ニッポンチ)』を創刊。
さらには明治10年に野村文夫により風刺週刊誌『団団珍聞』が創刊される。
『ジャパン・パンチ』自体も1865年以降、本ブログ47冊目で触れたビゴーの
『トバエ』が創刊される1887年まで、概ね月間で発行された。
ワーグマンは1832年(天保3年)8月31日、ロンドンに生まれた。
1841年にイギリスで創刊された風刺画入り週刊誌『パンチ』に少年時代から
親しみ、20歳のときにパリで絵の勉強をする。1850年代に軍隊に入るも退役し、
1857年に『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』の特派記者として
アロー号事件の取材のために広東へ。その後北京での取材を経て、
1861年(文久元年)4月25日に長崎へ、そして5月6日に神奈川に到着する。
その後日本人小沢カネと結婚し、1891年(明治24年)に58歳で逝去するまで、
生涯のおよそ半分を横浜で過ごしたワーグマンは、山手の外国人墓地に葬られている。
画家としてのワーグマンの作品は風刺漫画にとどまらない。
『イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ』に掲載していたのは写実的な報道画だし、
東禅寺襲撃事件や生麦事件を描いた水彩画は貴重な歴史史料となっている。
高橋由一や五姓田義松らの弟子入りも受けており、油絵などの「洋画」を指導した。
その他、日本人や日本の風俗を描いたスケッチも数多く残している。
本書は1995年に日本を訪れワーグマンに関心を持った編者ジョゼフ・ロガラが
外国人居留地の悲喜こもごもを描いた漫画を『ジャパン・パンチ』から集めたものだが、
日本人を描いた漫画や、上記のニュース画、水彩画、スケッチ等は清水勲編
『ワーグマン日本素描集』
合わせてぜひご覧いただきたい。
ワーグマンの命日の2月8日には、今も山手で「ワーグマン祭」が開催されている。
一方、ワーグマンは現代のミステリー作家にも好かれていて、本ブログ8冊目で触れた
山崎洋子『横浜幻燈館 俥屋おりん事件帳』
なっているし、翔田寛『消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿』
では、なんとワーグマンが安楽椅子探偵役として登場している。
私はこうしたワーグマンの存在感が、横浜が「漫画雑誌発祥の地」であることへの
浜っ子の自覚へと転化することを願っている。
【書誌データ】
書 名:THE GENIUS OF MR. PUNCH
とジャパン・パンチが語る横浜外国人居留地の生活 1862-1887
著 者:ジョゼフ・ロガラ編
出 版:有隣堂
出版年:2004年7月
価 格:3,500円
ISBN: 978-4-89660-187-9
