[ 横浜ドキュメント ]

 
★この本から感じる「横浜」:「BC級戦犯」の弁護に取り組んだ横浜弁護士会

A級戦犯を対象とする東京裁判の開始に先立つことおよそ4ヶ月半。
1945年(昭和20年)12月18日、太平洋戦争の「BC級戦犯」を裁く日本国内で唯一の裁判である「横浜裁判」が横浜地方裁判所で開始された。
11カ国による国際裁判であった東京裁判に対し、横浜裁判はアメリカの第八軍司令部が実施を担当した軍律裁判で、第八軍司令部が置かれていた横浜で行われた。
東京巣鴨に身柄を拘束されていた被告たちは、裁判のたびにジープで横浜まで往復した。

昭和24年10月まで、3年10ヶ月にわたって行われたこの「裁判」では、
総事件数331件、起訴された延べ人数は1,039名で、有罪率は82%。
123名に絞首刑が言い渡され、51名が執行されている。
裁判の対象となったのは、日本軍が拘束した米軍機搭乗員に対する処刑や、
本ブログ51冊目でも触れた俘虜収容所での捕虜に対する虐待行為であった。

当時、日本人として被告たちの弁護人を引き受けたのが地元横浜弁護士会の43名
本書は、1997年(平成9年)、憲法施行50周年を契機として、
横浜弁護士会が先輩弁護士たちの裁判資料を収集し、その足跡を調査研究することで、
横浜裁判の法的分析と現代的意義の提起を試みたものである。

本書では9つの事件をめぐる裁判を取り上げ、それぞれの争点や意義を分析しているが、
法律家らしい淡々とした筆致の中から、横浜裁判の矛盾に満ちた実態が浮かびあがる。
例えば、元捕虜から聴き取った供述書はそのまま証拠として採用され、供述者への
反対尋問をすることなく有罪判決が下されたし、判決理由も義務付けられていなかった。
こうした状況を受け、アメリカ人弁護人ディキンソンが、

 ここに証拠として認容された陳述書がある。だからお前は有罪だ、ということになる。
 (略)これではゲシュタポと同じではないか。

検察側を弾劾する一幕も見られるほどであった。

もっとも、高さ4、5メートルもあろうかという星条旗が2本置かれた法廷で行われた
横浜裁判の法的な位置づけは、戦争の際に設けられた行政機関である米軍事委員会が
自己の処罰権を行使する参考として部下の将校に審理を行わせ、意見を求めるという
性質のもので、司法権ではなく執行権に属するものであった。
それゆえ通常の司法裁判と同水準の真実追究を期待すること自体に無理があり、
筆者も、法的に「きれいに説明することは難し」い事例が多いことに対し、
やりきれなさを告白する一方で、「戦争の惨禍」の再来を防ぐ決意を表明することで、
敗者が強いられた理不尽な裁判への悔しさをにじませるにとどまっている。

最終章では横浜裁判の今日的意義が整理されているのだが、
その中でも、上官に命令されてしたことだから自分に責任はない、という
「上官命令の抗弁」が許されなかったことを横浜裁判の画期性として指摘した上で、
「『軍隊における上官命令』を『企業における上司の命令』に置き換えれば、
戦犯裁判が打ち出したこの論理は、戦後日本の普遍的テーマであり続けてきた」
と述べられているのが印象に残った。
横浜弁護士会には本ブログ33冊目で紹介した中嶋博行氏も所属しているが、
今後も「横浜らしい」弁護士会として、活発な活動を期待したい。


【書誌データ】
書 名:法廷の星条旗 BC級戦犯横浜裁判の記録
著 者:横浜弁護士会 BC級戦犯横浜裁判調査研究特別委員会
出 版:日本評論社
出版年:2004年7月
価 格:2,600円
ISBN: 978-4-53558-391-7