[ 横浜人物伝 ]

★この本から感じる「横浜」:ディキンズ訳『忠臣蔵』出版の地・横浜

今回は、本の紹介に入る前に本ブログの由来について少し書かせていただきたい。
「ンボマハコヨ」はあるサイトから大いなる示唆をいただきつつ始まった。
編集工学研究所所長、松岡正剛氏の手になる「千夜千冊」である。
全世界の万巻の書から松岡氏ならではの眼で千冊を選り抜き、それらの本について連日連夜語り続けていくという空前絶後のサイトであり、自分のブログとは比べるのもおこがましいと感じざるを得ない偉大なるサイトなのであるが、「ンボマハコヨ」はそんな「千夜千冊」から、次のような点について発想をお借りしている。

 ・毎回1冊の本を選び、内容にとどまらずその来歴などの周辺情報も紹介する
 ・目標冊数を設定した上でスタート(千夜千冊は千冊、本ブログは150冊)
 ・本の選択は自由自在・融通無碍、ジャンルを超えて行われる
 ・更新が進むにつれ、本相互の有機的なつながりが明らかになっていく

いずれも世界のあらゆる知のマスタープログラム作りを志向する松岡氏ならではの
特色となっているが、特に3点目については私自身強く意識をしている。
私は文章には全く自信がないが、本の選択については、従来の横浜本の概念を超える
新たな知的価値を持つラインナップを創りたい
という想いで取り組んでいる。
まだ道半ばにも到達していないが、今日まで更新を続けることができているのは
「千夜千冊」という先行者があればこそであり、ここに改めて感謝を申し上げたい。

以上、ブロガーとしての知的カミングアウトをさせていただいた。
なぜ今回こんな話をしたかと言うと、今回紹介する67冊目は、
紹介する本そのものを「千夜千冊」からお借りしているからである。
『日本学者フレデリック・V・ディキンズ』は、昨年の暮れに、
「千夜千冊」の1210冊目として取り上げられた本である。
悔しいことに、この本については「千夜千冊」を読むまで知らなかった。

1838年、イギリスのマンチェスターに生まれたディキンズは、
軍医として海軍に入隊し、1863年に上陸した日本に「一目惚れ」する。
1864年10月から1年あまり、横浜の海軍傷病兵舎の軍医を務め、一旦帰国。
1871年に再来日して山手に住み、1879年まで法廷弁護士として活躍する。
外国人コミュニティー関係の訴訟から、日本政府とペルー政府の間に起こった
マリア・ルーズ号事件のような国際案件まで、幅広く辣腕振りを発揮した。

しかし、横浜の歴史に記されるべきディキンズの肩書きは、医師でも弁護士でもない。
ディキンズは1866年、『百人一首』の英訳をロンドンで出版するのだが、
これが西洋人による日本文学翻訳の第一号なのである。
さらに1875年(明治8年)には『忠臣蔵』の英訳を「天琴壽」の名で横浜で出版
帰国後も葛飾北斎に関する初の学術的研究書である『富嶽百景』の出版や、
ロンドン大学事務総長在任中に知り合った南方熊楠と共同での『方丈記』英訳など、
書名にある通り、「日本学者」と呼ばれるにふさわしい業績を残しているのだ。

以上、「横浜本」67冊目は、「千夜千冊本」からの紹介とさせていただいた。
「千夜千冊」はすでに千冊を達成しているが、「ンボマハコヨ」はまだ67冊。
これからも「千夜千冊」を仰ぎ見ながら更新を続けていきたい。


【書誌データ】
書 名:日本学者フレデリック・V・ディキンズ
著 者:秋山勇造
出 版:御茶の水書房(神奈川大学評論ブックレット)
出版年:2000年8月
価 格:800円
ISBN: 978-4-27501-826-7