★この本から感じる「横浜」:天国と地獄が並存していたまち・横浜
1963年(昭和38年)3月1日、黒澤明の監督暦20年で22作目となる映画『天国と地獄』が封切られた。
「親の情愛を逆手にとる誘拐は世の中で一番卑劣な犯罪」という
黒澤の憤りに貫かれたこの作品は大ヒットし、興行収入は4億6千万円とその年のトップとなった。
一つの街に「天国と地獄」を見出し対照的に描いたこの作品の
舞台は横浜だった。
本書は『天国と地獄』の制作過程を明らかにした本である。
冒頭からエンディングまで、場面ごとの撮影の工夫・苦労や、セリフ・画面構成に
込められた意図などが、黒澤作品に詳しい著者ならではの深さで明らかにされていく。
まず、舞台として横浜が選ばれた経緯が書かれている。
横浜が舞台となったのは、黒澤自らによる日本縦断のロケハンの結果だった。
貧しい住宅街を高級住宅街が見下ろす町という条件で函館、神戸、長崎などを訪れ、
撮影当時麻薬街であった黄金町と、浅間台の丘を擁する横浜が黒澤の眼に適った。
丘の上にそびえ立つ、主人公であるナショナル・シューズ工場担当重役、
権藤の邸宅についての「秘密」も明かされる。権藤が誘拐犯に電話で身代金を
求められる舞台となる権藤邸は実は3つ作られていた。
広い総ガラス窓から外の横浜市外の風景が映るシーンは浅間台のセットで、
カメラを窓に向けないシーンやカーテンを閉めたシーンなどは特大ステージのセットで、
そして丘のふもとから見上げるシーン用には、南太田駅北の稲荷山の上に浅間台と同じ
外観の建物を建て、使い分けられた。もちろん映画の中では同一のものにしか見えない。
...という具合に、名作『天国と地獄』の「秘密」が一つ一つ明かされていく。
ちなみに有名なこだまを使った身代金の受け渡しシーンの撮影に当たり、
黒澤が撮影の邪魔になる家をぶっ壊せと言ったという「伝説」の真相も紹介されている。
映画を観た方には、ぜひご一読をおすすめしたい一冊である。
本書を読むと、必ずやもう一度『天国と地獄』を見たくなると思う。
映画公開後の後日談も興味深い。
映画公開直後から全国で誘拐が多発、手口を真似た事件まで起こったというのだ。
もともと黒澤は、誘拐罪だけなら懲役5年以下と、刑が軽いことに憤りを感じて
この映画を作っただけに、この「誘拐ブーム」には本当に参ったという。
しかし、翌年、黒澤の意志は法律を動かすに至る。
刑法が一部改正され、身代金誘拐罪の最高刑は無期懲役となった。
映画の影響力は大きい。そして、それは諸刃の剣なのだ。
最後におまけでもう一言。
本書には封切時の新聞広告が掲載されているのだが、その中に、本ブログ20冊目で
紹介した秋山庄太郎の「活劇のサスペンス」という推薦コメントが使われている。
このブログを始めてから「横浜」がいろんな形でつながっていることに気付かされる。
【書誌データ】
書 名:黒澤明と『天国と地獄』 ドキュメント・憤怒のサスペンス
著 者:都築政昭
出 版:朝日ソノラマ
出版年:2002年5月
価 格:1,700円
ISBN: 978-4-25703-659-3![]()
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