★この本から感じる「横浜」:天皇賞発祥の地・横浜
ちょうど1年前の本ブログ43冊目で、横浜は日本で始めて近代競馬が行われた地であるとともに、戦前までは日本の近代競馬の開拓者であったことに触れ た。
その記事で紹介したように、日本初の近代競馬は1862年(文久2年)5月1日に外国人居留地裏、現在の中華街エリアで行われ、
1867年(慶応2年)からは根岸競馬場(現在の根岸森林公園)で
おおむね毎年春と秋に競馬が開催されていた。
かつて「競馬のまち」といえば横浜だったのだ。
本書は、小説家である著者の競馬好きが高じて生まれた歴史時代小説。
馬産のまち・三春を故郷とする主人公・富樫裕三郎が、幕末に外国奉行などとして
活躍する小栗忠順(お ぐり・ただまさ)に、とある巡り合わせで仕えることとなり、
小栗の命により日本初となる根岸の競馬場開設に奔走する物語である。
著者が創造したキャラクターである富樫裕三郎は騎手としても一流であり、
物語が進むうちに、幾多の「レース」で騎乗することなる。
その手初めが本書のタイトルにもなっている1861年(文久元年)のレース。
幕府の役人が練習場として使用していた弁天社裏の馬場※で行われたこの競馬は
組織的に行われたものではないとされるが、時期的には居留地裏の競馬に先立ち、
43冊目の早坂氏はむしろこちらを近代競馬の発祥と位置づけている重要なレース。
富樫はこのレースに腹痛の騎手の代役として急遽参加することになる。
その結果は一応伏せておくが、その後富樫は名騎手として居留地の外国人たちに
親しまれながら、競馬場の開設という自らの職務を遂行していく。
本書の眼目は、何より富樫裕三郎という主人公を設定したことにある。
1860年の遣米使節団、1861年の弁天社裏での競馬、1862年の「初競馬」と
生麦事件、1865年の山手駐屯地競馬と弁天社脇への横浜仏国語学伝習所の開校、
1866年の根岸競馬場の完成などに富樫がことごとく居合わせることにより、
「馬」に関するあらゆる出来事が縦糸でつながれていく。
本書は大半がノンフィクションでありながら、富樫が狂言回しを務めることにより、
読者は開港・明治期の日本競馬史の流れに「並走」することができるのである。
これは本書が「小説」であるからこそ成しえたことであり、岳氏に賛辞を送りたい。
ちなみに本書の終盤で、1905年(明治38年)春の「皇帝陛下御賞杯競争」の
模様が描かれるが、これは現在の天皇賞の起源とされるレースであり、
本書が紡ぎ上げた物語は、正に現在につながっているものであると言えよう。
本日の天皇賞、「天皇賞発祥のまち」横浜のみなさまはきっと勝利を収めましたよ ね?
※弁天社裏の馬場
一川芳員「横浜明細全図」(横浜市立図書館ホ ームページ)
リンク先地図の中央の島(関内地区)右端の緑色のエリアにズームインすると
「馬場」の文字を見ることができます。
【書誌データ】
書 名:文久元年の万馬券 日本競馬事始め
著 者:岳真也
出 版:祥伝社文庫
出版年:2007年10月(単行本2003年)
価 格:743円
ISBN: 978-4396333881![]()
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