[ 横浜資料 ]

 
★この本から感じる「横浜」:文庫、六浦、富岡と流れる金沢の歴史

1948年(昭和13年)5月15日に磯子区からの分区により誕生した
金沢区は、今年60周年を迎えた。
もっともそれは行政区としての金沢についての話であり、金沢という
まちでは、1275年(建治元年)に移り住んだ北条実時による金沢文庫の設立から数えてもすでに7百年以上の歴史が積み重ねられてきた。

本書はそんな金沢の歴史の糸を魅力的に紡ぎ上げた労作。
著者の楠山氏は森永乳業に勤務していた1972年(昭和47年)、金沢に家を建てる。
そのわずか半年後に関西に転勤となるが、大阪の古本即売市で、自宅が中央に描かれた
八景の古地図と出会ったことなどを機に、金沢の歴史資料の収集にハマっていく。
その後、平成8年の定年退職まで、過半の年月を金沢以外で過ごすことになるが、
退職後は金沢研究に没頭、ホームページで毎月1篇、5年間で60篇を発信してきた。
ンボマハコヨ発行人としては、こうした企て・営みには大いに共感するところである。

市井の研究者・楠山氏による文章は題材・語り口とも親しみやすい仕上がり。
本書では富岡、釜利谷、金沢、六浦といったエリアごとに章立てがなされており、
それぞれのまちにまつわる印象的な歴史・伝説・民話等のエピソードが
おおむね3ページで完結するコラム形式で紹介されていく。
例えば六浦地区については金沢八景駅近くの茅葺屋根の家の由緒姫小島の伝説
柳町の住宅地にある母子像についての「謎解き」など、15のコラムが掲載されている。

金沢八名木・金沢七井・金沢四石という「名所・名物」についても折に触れ紹介される。
四石は江戸初期から文献に現れ、幕末にはほとんどの案内書に登場しているとあり、
本書を読んだ後、早速称名寺で金沢四石の一つ「美女石」とされる石を見てきた。
池の中にあるさほど大きくもない石なのだが、四石の一つと思って見ると味わい深い!
「この世のあらゆるものは、見せ方次第で石ころをダイヤモンドにも変えられる」
というのが持論の私は、それを地でいく「美女石」のファンになった。

また、本書を通して読むことにより、金沢地域が持つ歴史的な重層性が明らかになる。
13世紀に北条実時が称名寺や金沢文庫を設立した文教の地・金沢地区、
江戸の元禄期に
「金沢八景」成立の地となった能見堂を擁する釜利谷地区、
文化・文政期を中心に旅行ブームで東屋などの旅亭が栄えた六浦地区、
伊藤博文など政界の要人たちの別荘地であり、海水浴発祥の地でもあった富岡地区、
といった具合に、地域ごとに最盛期を異にしながら、「金沢の歴史」を刻んできた。

本書は写真や版画などの画像が各ページに必ず掲載されているのも特長だが、
これは楠山氏が金沢資料のコレクターだからこそ実現できたことと言えよう。
楠山氏は、コレクションのスライド上映会を開く中で、「金沢に家を買ってよかった」
「もっと金沢のことを、いろいろ知りたい」との声をいくども耳にしたという。
先人たちの営みを知ることで、まちの「見え方」が変わり、日々の暮らしは豊かになる。
楠山氏のような住民の立場から歴史に取り組む活動はもっと広がるべきだし、
さらにその成果は書籍などを通じて地域で共有されることが望ましい。
本書を読み、改めてそう思った。


【書誌データ】
書 名:ぶらり金沢散歩道 歴史・伝説・民話を歩く
著 者:楠山永雄
出 版:金沢郷土史愛好会
出版年:2003年10月
価 格:1,600円
ISBN: 978-4999900664