[ 海外生活 ]
★クリスマス商戦が真っ盛りでどこの店へ行っても大混雑。 アメリカでは返品が簡単にできるため、クリスマスのプレゼントには返品用のレシートをつけてあげることが多いのです。 せっかくもらったけど気に入らなければ返品してもいいよ、ってことですが、クリスマス明けにはお店には返品の人たちが行列。なぜ、そんな無駄なことをする?! 不思議な国の人たち。 私のホストファミリーも家族でいくつもいくつもいろんなものを買いあって、当日買ってくれた人の目の前で、色が気に入らない、この種類じゃなかったから交換する、などと言い合ってました。 ところで、この号は今年最後の号になるかもしれません。 来週末から日本へ一時帰国!おいしいものがいっぱい食べられるっ!! 新年は1月の2週目くらいから書く予定でいます。 皆さま、よいお年をね。★
ついに定年退職組のお友達シリーズ、最後です。 これは数学のTA(Teaching Assistant)てCollege Algebraというカレッジレベルの数学をようやく取れるようになった時の先生でした。 その時の講師が54歳で勤めていたエンジニア関係の会社の早期退職の募集に申し込んで大学院へ進学してきたHinrichs先生でした。 かねてから勉強してみたかった分野があったので、すばらしいと思って即決だったといいます。 ここまでの定年退職のお友達4名の平均年齢は58.5歳。 ちょっと下がったっ! そして当時の自分は27歳・・・
最近までエンジニアが職業だったHinrichs先生とは、クラスが始まるちょっと前くらいに外で待っていたりすると話しかけてきてそのうち身の上話や世間話をするようになりました。
先生は若いころイタリアの会社と共同でプロジェクトがあって1ヶ月の予定で滞在したことがあったのだそうです。 1ヶ月が1年に延びてそれはそれで海外生活を楽しんだよと笑っていました。 同時にイタリア人の仕事に対する考え方がおおらかでアメリカの本社が考えていたようなスピードでは進行しなかったとも。 「日本はどっち側通行だっけ?」と聞かれ「左」と応えると、「イギリスといっしょだ。 イタリアに滞在中にイギリスに行った時、右側通行に慣れていたからイギリスの街を運転していて頭痛がしたよ。」「この違い大変なんじゃない?」と尋ねられたので、道を横断する時に、左側通行の国の人は、とりあえず右を先に見て安全確認をする習慣がついているから、右側通行で同じことをすると左から車は来るからひかれそうになるよ、というと「そう言われればその通りだねっ!」
私が日ごろの食生活はパン食とかでも別に問題ないけれど、こっちに来ておいしい日本食屋さんというのはまだ見つけてない、という話をすると、「イタリアにある中華料理レストランでエビチリを頼んだら、ケチャップであえてあってびっくりしたよ。 きっとアメリカにある日本料理屋さんも君が行って食べたらショックを受けるんだろうね。」
実はこの数学のクラスで唯一会話をしてくれた人が先生でした。 ほかのクラスメートはだいたい地元の高校を出たばかりの18、19歳。 外国人の私と話しをすること自体を恐れていたようでした。 口をきくのは配布物を手渡しするときくらいで、会話を交わす人はいませんでした。 自分も相手がおどおどするのでは特に話す気もしなくて結局学期中授業ではクラスメートとの会話も交わさずクラスでも一言も発言をしませんでした。
日本の留学関係の出版物ではアメリカの大学生が日本の大学と違っていかに勉強するか書いてありますが、私が遭遇した新入生達は大学へ入ったばかりでパパとママから離れて外泊が好きにできるようになったこととか人のうちであるパーティで未成年だけどお酒は飲み放題なことなどにばかり気を取られていて、結構宿題をやってこなかったり、人のノートを写して提出したり、とひどいのでした。
ある日Hinrichs先生には大学院で勉強中の娘がいることを教えてもらいました。 親子で同時に大学院の学生なのでした。 「最近難しいレベルの高い数学を必要としていて苦戦しているから隔週でコロンバスまで教えに行っているんだ。 OSUの学生だよ。 君みたいな人には様々な人と出会うチャンスもあるし、いろんな機会が豊富だからこの大学より合ってると思うけどな。」
い?
またOSUでっか?
そんなにこの学校を選んだことは運命に逆らった間違った事であったと?
なんだか、OSUへ編入するべきであると、繰り返しいろんな人から言われて、お告げを受けているような、そんな気がしていました。
ひ〜。
ついに定年退職組のお友達シリーズ、最後です。 これは数学のTA(Teaching Assistant)てCollege Algebraというカレッジレベルの数学をようやく取れるようになった時の先生でした。 その時の講師が54歳で勤めていたエンジニア関係の会社の早期退職の募集に申し込んで大学院へ進学してきたHinrichs先生でした。 かねてから勉強してみたかった分野があったので、すばらしいと思って即決だったといいます。 ここまでの定年退職のお友達4名の平均年齢は58.5歳。 ちょっと下がったっ! そして当時の自分は27歳・・・
最近までエンジニアが職業だったHinrichs先生とは、クラスが始まるちょっと前くらいに外で待っていたりすると話しかけてきてそのうち身の上話や世間話をするようになりました。
先生は若いころイタリアの会社と共同でプロジェクトがあって1ヶ月の予定で滞在したことがあったのだそうです。 1ヶ月が1年に延びてそれはそれで海外生活を楽しんだよと笑っていました。 同時にイタリア人の仕事に対する考え方がおおらかでアメリカの本社が考えていたようなスピードでは進行しなかったとも。 「日本はどっち側通行だっけ?」と聞かれ「左」と応えると、「イギリスといっしょだ。 イタリアに滞在中にイギリスに行った時、右側通行に慣れていたからイギリスの街を運転していて頭痛がしたよ。」「この違い大変なんじゃない?」と尋ねられたので、道を横断する時に、左側通行の国の人は、とりあえず右を先に見て安全確認をする習慣がついているから、右側通行で同じことをすると左から車は来るからひかれそうになるよ、というと「そう言われればその通りだねっ!」
私が日ごろの食生活はパン食とかでも別に問題ないけれど、こっちに来ておいしい日本食屋さんというのはまだ見つけてない、という話をすると、「イタリアにある中華料理レストランでエビチリを頼んだら、ケチャップであえてあってびっくりしたよ。 きっとアメリカにある日本料理屋さんも君が行って食べたらショックを受けるんだろうね。」
実はこの数学のクラスで唯一会話をしてくれた人が先生でした。 ほかのクラスメートはだいたい地元の高校を出たばかりの18、19歳。 外国人の私と話しをすること自体を恐れていたようでした。 口をきくのは配布物を手渡しするときくらいで、会話を交わす人はいませんでした。 自分も相手がおどおどするのでは特に話す気もしなくて結局学期中授業ではクラスメートとの会話も交わさずクラスでも一言も発言をしませんでした。
日本の留学関係の出版物ではアメリカの大学生が日本の大学と違っていかに勉強するか書いてありますが、私が遭遇した新入生達は大学へ入ったばかりでパパとママから離れて外泊が好きにできるようになったこととか人のうちであるパーティで未成年だけどお酒は飲み放題なことなどにばかり気を取られていて、結構宿題をやってこなかったり、人のノートを写して提出したり、とひどいのでした。
ある日Hinrichs先生には大学院で勉強中の娘がいることを教えてもらいました。 親子で同時に大学院の学生なのでした。 「最近難しいレベルの高い数学を必要としていて苦戦しているから隔週でコロンバスまで教えに行っているんだ。 OSUの学生だよ。 君みたいな人には様々な人と出会うチャンスもあるし、いろんな機会が豊富だからこの大学より合ってると思うけどな。」
い?
またOSUでっか?
そんなにこの学校を選んだことは運命に逆らった間違った事であったと?
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