[ 海外生活 ]

★日本への一時帰国後、一ヶ月以内、オハイオでまだ日本の余韻に浸っています! (ご〜ん) ゲームセンターの戦利品「アポロ」は残りあと3個。 22個の戦利品のうち、確か1つはその場で食べ、アメリカへは10個持ってかえってきました。 トランクに一度にあまりたくさん入れると通関で日本のお菓子を密輸入の容疑でつかまってしまうかもと心配したためそのくらいにしときました(2割くらいマジよ)。 以前意図せずしてブルーマウンテンのコーヒー豆と白い粉(生姜湯)をトランクに詰めた時には、後で思い返して冷や汗かきました。 或る日本人駐在員はおみやげのようかんがプラスチック爆弾と勘違いされて没収されましたんで。★

実家へ帰った時のことです。 叔母に久しぶりに会いに行きました。 「元気ねぇ〜? そういえば叔母さん、サイズの合わない洋服買っちゃったんだけど、持ってかない?」 それはEast Boyのロング・スリーブのタートルネックのシャツでした。 その場にいた母もいっしょになってサイズを見ると、LL。 (母)「やだ〜、大きいわねぇ〜、男の人にあげた方がいいんじゃなぁい?」 (叔母)「そうねぇ、いくらなんでも大きすぎたわねぇ」。 (私)「うん、でも貰ってく。」

サイズと言えば、留学したばかりのころ、乾燥機には泣かされました。 学生寮だけでなく普通のアメリカの家庭やアパートでは洗濯物干し場はありません。 洗濯機で洗い終わったら、乾燥は乾燥機を使うのが当たり前だから。 

アメリカ生活最初のころ、とても困ったことのうちのひとつに、日本から持ってきた洋服の多くが着れなくなったことがありました。 ピタピタで着るBabyTシャツの殆どが、首周りが縮んで頭を通すのが大変になり、首周りから胸の辺りが圧迫されて苦しくなってしまったんです。 綿100%のTシャツが一番縮みました。 その中には、友達がプレゼントしてくれたかわいいピングーTシャツも入っていて、悲しくなってしまいました。 

買い物に出かけるにも歩いていける距離には何もないし。 このころ、知人によくNo car, no life (車無し、人生終わり)とぼやいていたっけ。 東京に住んでいるころは駅まで徒歩15分、目的地には電車とバスで行けたとを思い出しては発狂しそうでした。 自分の意思で何処へも行けないっ!

加えて洋服を好きに買えるようなお金の余裕は無かったし。 日本から持ってきた洋服の殆どが乾燥機を使うことを前提に作られていないので、縮まなくてもどんどん痛んできました。 ちなみに当時の計画では2年半で学士を取得して日本へ帰れるはずでした。 2年半は洋服くらい我慢すればそんなに要らないだろうと思っていました。 生活に必要なものも最小限に留めればそんなに高くつかないと思っていました。 歯医者も直前まで徹底的に治療したので、大きな治療はしなくていいつもりでした。 

このころ知り合いになった日本人の女の子でリナちゃんというコがいました。 縮んで小さくなってしまった洋服は、リナちゃんにあげました。 彼女は、他の大学へ行っていたそうで、このころ突如現れました。 アメリカ人の彼氏と暮らしていたので、言葉も生活にも困っていることはなかったけれど、身長が140センチ台とミニサイズ。 それにしてもそんな身長でどこで洋服を買うんだろうと思って聞いたところ、「あ〜、アタシねぇ、子供用の洋服買ってるの。 大人用の洋服もらえるなんて嬉しいぃ。」 なるほど。 でも、まさか私まで子供用を買わなくちゃいけないわけ? 近所のスーパーマーケット、ウォルマートに売っている洋服はでかい。 でかすぎる。 それに日本人の細身の体型には合わず胸やおしりがあまってかっこ悪い。

このころから3年ほどして判明したのだけれど、私のサイズはアメリカン大人サイズでは0か2。 要するにSSかS。 そんな・・日本ではLなのに。 身長160センチちょい、日本人としてはレギュラーサイズの私は買うものによってLとMでフィットします。 それにしてもオハイオの田舎にには巨人が住んでいるらしー。

さて、叔母から貰って持ち帰ったLLのシャツですが、 綿100%だったので、予想通り乾燥機にかけるとLサイズになりました。 しかもなぜか叔母が買った洋服は若い人向けのブランド物で、まあまあ気に入って普通に着てます。 

 

 

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