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 「MUSICA MUNDANA No.87」をお届けします。

 [MUSICA MUNDANA]の情報は惣田正明のホームページに載せてあります。
      ( http://www2m.biglobe.ne.jp/~m-souda/mysouda/ )
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━━[MUSICA MUNDANA]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■■■■■■■■◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆■■■■■■■■
           MUSICA MUNDANA NO.87
             Apr.30.2008
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━━[MUSICA MUNDANA]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

             ◆ 目次 ◆

 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 音楽史
    ◆フランチェスコ・ランディーニ◆
 ◎ 数学史
    ◆リトモマキア◆
 ◎ Homepage Updated (Apr.25.2008)
 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 随想
 ◎ あとがき
 ----------------------------------------------------------------

━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆フランチェスコ・ランディーニ◆

 フランスの影響は、トレチェント最大の巨匠、フィレンツェの盲目のオル
ガニスト、フランチェスコ・ランディーニ(Francesca Landini)(1335年 -
1397年)の作品の中で一層明らかになります。彼の作品の多くは、ポリフォ
ニーのバッラータ(ballate)、1360年以前には実際知られていなかった形式
でできています。ヴィルレのイタリア版であるモノディのバッラータには、
何ら斬新なものはありませんでした。それは、恐らく、トルバドールの歌
の末裔というものでしょう。

しかし、ポリフォニーのバッラータ、特にランディーニの巨匠の手によるも
のは、別の問題があります。それは二声部で、第二声部は、声あるいは楽器
のいずれか、あるいは三声部で、時には全くの声だけのときもあるでしょう
が、しばしばテノールやカウンターテノールが楽器で演奏される、あるいは
両方が楽器で演奏されるものまであります。

 しかし、ランディーニの傑作は、より「近代的な」協和音のある「Gram
piant' agli ochi'」や「Amar si gli alti tuo' gentil' costumi」、また
「L'alma mia piange」のような三声のバッラータの中に見いだせます。特
に「Amar」は、彼にとっては特異なものではなく、彼の非常なお気に入りな
ので「ランディーニ終止」として知られるようになったマニエリズムのカデ
ンツァによって特徴付けられます。

ランディーニがマドリガルとカッチャをほとんど完全に無視していることは
著しい特徴です。バッラーダが 140曲あるのに対して、マドリガルは12曲、
カノン形式の曲は一つだけというように。彼の二つの三声のマドリガルの一
つ、「Si dolce non sono」には、他のパートにアイソリズムの気配がある
だけでなく、アイソリズムのテノールがあることで注目に値します。トレチ
ェントの音楽にとっては、アイソリズムは全く外国のものであり、トレチェ
ント音楽は「イタリアのゴシック建築がゴシックでないのと同様「アルス・
ノヴァ」ではないのです。フランスの影響の他の徴は、彼がしばしば用いる
フランスの記譜法とフランスのヴィルレの三声の曲です。

 教会音楽が全くないというのは、それほど驚くべきことではありません。
ポリフォニーの典礼音楽は、どの地域でも特別であり例外的なもので、フラ
ンスやイギリスよりもイタリアで一層そうであったことを常に心に留めてお
かなければならないでしょう。唯一完全なポリフォニーのイタリアのミサ曲
は、Bibl. Nat.ital.568の終わりにある合成されたものだけです。


━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆リトモマキア◆

 前回、ヘルマヌスス・コントラクトゥスのところで、リトモマキアという
数のゲームの話が出てきたのですが、11世紀と言えば、リトモマキア
(rithmomachia)という数のゲームのことに触れなければならないでしょう。
これに関する最も初期の論文の一つは、修道士フォルトルフス(Fortolfus)
によるものです。

彼は、恐らく、11世紀の終わり頃に生きていたと思われます。そして、そ
れが指摘しているように、その世紀以前には知られていませんでした。時折、
ボエティウスやピュタゴラスにまでさかのぼるとされることもあるのですが。

このテーマについては、ヴァチカン図書館に写本があります。タイトルは
「リトマキヤ(Ritmachya)」であり、1077年に、ベネディクトゥス・アッコ
リトゥスとして知られる修道士によって書かれたものです。また、そのゲー
ムは、中世の詩「デ・ウェトゥラ(De Vetula)」にも言及されています。そ
れに興味を持った初期の著述家は、すでに述べたヘルマヌス・コントラクト
ゥス(Hermannus Contractus)(1013-1054)の他に、ヨルダヌス・ネモラリウ
ス(Jordanus Nemorarius)(1236年頃没)とニコレ・オレスメ(Nicole
Oresme)(1323-1382年頃)の二人がいます。

 このゲームは、ニコマコスによって示されるギリシアの数の理論に基づい
ています。それは、四角い形の二重のチェス盤で遊ばれます。一方の側には
8つの正方形があり、他方には16あります。駒は、三角形、四角形、円と
角錐で、それぞれある数値を有しています。これらの駒は、1496年の著作か
ら、並べ方が決まったようです。数字は、アットランダムに取られているわ
けではありませんが、それらが配置された意図は、非常に複雑なものです。

ゲームそのものも非常に複雑で、中世では、ギリシアの数の理論に精通して
いることが要求されていて、数学のエリートたちだけができるもののように
思われます。その人気のほどは、11世紀には少なくとも3つの写本、12
世紀と13世紀には3つの写本によって、さらに、このテーマについていく
つか印刷された論文があることから証明されています。


━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 暖かくなってきました。明日から5月ですね。

 気温も20度を超える日が多くなってきました。今年は、5月5日が立
夏、やがて暦の上では夏、いよいよ初夏の到来です。あちこちで花が咲き
乱れているのが目につくようになってきました。それで、ふと思いついて、
咲いている花の学名と英語名を調べてみることにしました。


 国道沿いでは、躑躅(ツツジ)が満開です。その躑躅、学名は
Rhododendron(ロードデンドロン)で、英語名は、Azalea(アザレア)で
すね。行ったことはないですが、躑躅で有名なお寺に大阪府泉南市の林昌
寺があるそうです。

 ある人の話では、近くの立江寺の境内では、牡丹(ボタン)が満開だそ
うです。その牡丹、学名 Paeonia suffruticosa(パエオニア[ペオニア]
・スフルティコサ)、英語名 Peony(ピーアニ)ですね。そして、牡丹と
いえば、奈良桜井市の長谷寺がなんといっても有名でしょう。うちの庭の
牡丹も花を咲かしています。

 さて、今、家の庭に咲いている花に、牡丹の他に紫蘭(シラン)があり
ます。この紫蘭、学名 Bletilla striata(ブレティラ・ストリアタ)、
英語名 Chinese ground orchid(チャイニーズ・グラウンド・オーキッド)
です。英語名は、少々散文的な名前ですが、西洋にはない蘭の一種という
ことでしょう。

 他に、今花を咲かしている花は、ガーベラとチェリー・セージ、ジャー
マン・カモミールでしょうか。あと、花はもう終わりですが、アイリスで
すね。それから、まだ蕾でもうすぐ咲きそうな花に芍薬(シャクヤク)が
あります。

 ガーベラの学名は、Gerbera hybrid(ゲルベラ・ハイブリッド) 英語
名 transvaal daisy(トランスバール・デイジー)です。

 チェリー・セージは、分類が難しいということですが、今庭に咲いてい
る種は、英語名 cherry sageのものではなく、学名 Salvia greggii(サ
ルビア・グレジイ)、英語名 Autum sage(オータム・セージ)と言われ
ているもののようです。

 ジャーマン・カモミールは、学名 Matricaria recutita(マトリカリア
・レクティタ)、英語名 German chamomile(ジャーマン・カモミール)
です。ヨーロッパでもっとも歴史のあるハーブだということです。花を乾
燥させて作ったハーブティは、安眠薬として知られています。

 アイリスは、学名 Iris germania(イリス・ゲルマニア)、英語名
German iris(ジャーマン・アイリス)ですね。
 芍薬は、学名 Paeonia lactiflora(パエオニア[ペオニア]・ラクティ
フロラ)、英語名 Chinese paeony(チャイニーズ・ピーアニ)です。


━━[催し物情報]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 博物館 企画展
 「郷土の発見―小杉榲邨(こすぎ・すぎむら)と郷土史研究の曙―」
    
 近年、近世後半から近代にかけての阿波における歴史研究をめぐって、
新たな資料の掘り起こしや当時の研究内容の検証がさかんになっています。
その結果、埋もれた歴史家の存在や業績に光が当てられ、地域的な歴史研
究の発展の足取りが明らかにされつつあります。
 この展示では、阿波が生んだ「最後の国学者」と評される小杉榲邨
(1834〜1910)をはじめとして、阿波の歴史を探り、記録してきた様々な
歴史家たちの著作や蔵書について紹介します。

 主催:県立博物館・文化庁
 開催日:4月26日(土)〜5月25日(日)
 【休館日5月7日(水)、5月12日(月)、5月19日(月)】
 時間:9時30分〜17時  会場:博物館 企画展示室(1階)
 観覧料:一般200円 高校・大学生100円 小・中学生50円
  ※小・中学生及び高校生は、土、日、祝日は無料です。
 問い合わせ先:県立博物館 088−668−3636

 徳島県立博物館の催し物情報は、以下のサイトをご覧ください。
      http://www.museum.comet.go.jp/

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  「知」とIT/ビジネスへのTIPS
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━━[Homepage Updated]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ホームページ update情報

 落書き帖第202号
 Plato "The Republic" を読もう
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 各国語で聖書を読む
   http://www2m.biglobe.ne.jp/~m-souda/cgi-bin/bible/wforum.cgi
 ロシア語初級コースのテキストを読む
   http://www2m.biglobe.ne.jp/~m-souda/cgi-bin/russian/wforum.cgi


 MySouda--惣田正明のホームページ
        http://www2m.biglobe.ne.jp/~m-souda/mysouda/
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━━[あとがき]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 明日から5月です。5月5日は子供の日ですが、今年は立夏でもありま
す。暦の上ではもうすぐ夏(初夏)。気温も随分と上がってきました。一
年で一番気候のいい時期ですね。

 昨日からゴールデン・ウィークも始まりました。戸外を元気に歩き回り
たいと思う私でありました。

 それでは、よい連休を!!


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  ==================== * MUSICA MUNDANA * ====================
   ■発行人:文責:TeleScope(相原寛彰)  ■発行:MySouda
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 「MUSICA MUNDANA No.86」をお届けします。

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           MUSICA MUNDANA NO.86
             Mar.30.2008
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━━[MUSICA MUNDANA]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

             ◆ 目次 ◆

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 ◎ 音楽史
    ◆トレチェント(14世紀)マドリガーレ◆
 ◎ 数学史
    ◆ミカエル・コンスタンティヌス・プセッロス◆
 ◎ Homepage Updated (Mar.25.2008)
 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 随想
 ◎ あとがき
 ----------------------------------------------------------------

━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

  ◆トレチェント(14世紀)マドリガーレ◆

 イタリアの世俗ポリフォニーを含む最も初期の資料は、ヴァチカン写本
(Vatican codex), Rossi 215,で、恐らく、1330年頃のパドヴァの曲集が収
められているのでしょうが、29の作曲者不詳の曲を含み、その一つがす
でに述べたマギステル・ピエロ (Magister Piero)によるものであることを
私たちはコンコーダンスから知っています。また、彼と同時代に、同じ地域
パドヴァ、ヴェロナ、ミラノで活動していたもう一人の作曲家、フィレンツ
ェのヨハネス(Johannes de Florence)、あるいはジョヴァンニ・ダ・カシア
(フィレンツェに非常に近い所)によるものがあります。三人目の音楽家は、
ヤコポ・ダ・ボローニャ (Jacopo da Bologna)(ヤコブス・デ・ボローニア
(Jacobus de Bolonia))で、ロッシ写本には出てきませんが、同じグループ
に属していたことが知られています。そして、実際のところ、この三人の中
で最も有名でした。

 ロッシ(写本)の曲の--そして、これら三人の作曲家たちの全作品の--大
部分は、二声部のマドリガーレです。(ペトラルカとその同時代人のトレチ
ェント・マドリガーレのその名 madriale あるいは madrigaleは、恐らく、
母語での詩を意味する中世ラテン語の matriale に由来するでしょう。それ
は、二つから五つまでの3行のスタンヅァでできており、すべて同じ音楽が
ついていて、その後に2行の異なるリズムのリトルネッロ(ritornello)が続
きました。1313年頃に「新しい」詩形として言及されており、その最も初期
の最もナイーヴな例は、作曲者不詳「Cum altre ucele」です。

 ロッシ写本の唯一の三声の曲は、「Or qua compagni」です。これは、正
確には器楽のテノールのあるカノン風のマドリガーレではありません。なぜ
なら、リトルネッロがないからですが、第二声部は、結果的に声部の交差す
る華麗なパッセージに加わり、非常にカノン風のマドリガーレに似ているこ
とから、フランスのシャスより、むしろこれがカッチャの起源だとずっと主
張されています。

 初期のマドリガーレの真の巨匠は、「Nel mezzo a sei paon」を作曲した
ジョヴァンニとペトラルカの「Non al suo amante」に作曲した曲と美しい
曲「Fenice fu」を書いたヤコポ(Jacopo)でした。しかし、ジョヴァンニは、
決して、また、ヤコポはごくまれにしか三声部以上のマドリガーレを作曲し
ていません。ヤコポの三声の曲「Uselletto selvaggio」--彼は二声の曲も
作曲していますが--は、単にカッチャの技法を使用しているにすぎません。

この時代は、フランスのモテトゥスの模倣の試みの時代のように思えます。
テノールは、付け加えられたものでなく、最初の基本のパートであることを
理解できなかった作曲家によるホケトゥスや終止のカデンツァさえあります。
事実、これが、その世紀の中頃、イタリアのポリフォニーにフランスの影響
が見られ始める時期にあたります。


━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ミカエル・コンスタンティヌス・プセッロス◆

 ゲルベルトの数学の弟子で最も優れた人は、パリのベルネリヌス
(Bernerinus of Paris)でした。彼はゲルベルトの計算法を説明した算術を
書いていますが、彼の生涯についてそれ以上のことは知られていません。

 11世紀、ゲルベルトの後継者の中で、最も優れていたのは、シュヴァー
ベン伯ヴォルヴェラト(Wolverad)の息子ヘルマヌス (Hermannus)でした。彼
の四肢は子供の時から痛ましいほど収縮し、歴史上、ヘルマヌス・コントラ
クトゥス(Hermannus Contractus)として知られています。ライヘナウの修道
院の学校で教育を受け、後にベネディクト会修道会に入り、数学の講師とな
り、周囲に多くの生徒を集めました。彼は、アストロラーベ、アバカス(計
算盤)そしてリトモマキア(rithmomachia)という数のゲームについて著述し
ました。

 西洋の知的活動の時期、コンスタンチノープルにはそれに対抗できるよう
な人はほとんどいませんでした。そこでの知的生活は、まだ停滞していまし
た。11世紀に東方の首都で数学に何らかの関心を示したとして唯一人の名
が目立っています。--ミカエル・コンスタンティヌス・プセッロス(Michael
Constantine Psellus)(1020 -1110年)です。彼はギリシアの著述家で、アテ
ネに学び、熱烈なプラトン主義者で、哲学を教えるためにコンスタンチノー
プルに戻っています。彼は数人の支配者による統治の時代を生き、皇帝たち
に意見を求められたので、哲学者の王(Prince of Philosophers)という称号
が名誉として与えられました。ニコマコスとユークリッド(エウクレイデス)
の研究の入門(概論)は、彼によるものとされていますが、彼が実際に書い
たかどうかは疑わしいものです。

一つには、彼が数学に関するギリシアの著述家のほぼ最後の人物であったか
ら、一つには、彼の著作が容易に読めることから、また一つには、全般に彼
の学識についての名声から、彼はルネサンス時代に何らかの注目を引いた数
少ない数学の業績のある当時の学者の一人でした。数学に関する彼の主要な
著作は16世紀に少なくとも13回出版されています。彼が、πの値として
√8をとっているという事実は、学者(科学者)としての名声が、どれほど
価値のないものかを示しているでしょう。


━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ミカエル・コンスタンティヌス・プセッロス◆

 今回は、数学史でミカエル・コンスタンティヌス・プセッロス(Michael

Constantine Psellus)(1018-c.1078) が出てきましたので、今日は、その
プセッロスを取り上げてみましょう。生没年が、本文と少しずれています
が、1018-c.1078の方が信頼できる数字です。


ミカエル・コンスタンティヌス・プセッロス(Michael Constantine
Psellus) は、ビザンチンの政治における役割と広範囲に及ぶ学識から有
名で、後にイタリア・ルネサンスに影響を及ぼした。彼は年代記、976年-
1078年の歴史を書いただけでなく、当時知られたほとんどすべての学問・
数学の領域で注釈をし、最後の偉大なギリシア天文学者とみなされた。

プセッロスは、1041年にミカエル5世の宮廷大臣になったのを始めとして、
コンスタンチノープル宮廷の多くの重要な地位に就いた。1042年のコンス
タンティヌス9世の即位の際して国務大臣となり、1054年にコンスタンテ
ィヌス帝の統治が終わるまでその地位に就いた。また、彼は、1045年から
9年間コンスタンチノープルの哲学の教授を務めている。

1054年は、ビザンチンの歴史においてもプセッロスの人生においても重要
な年だった。その年に、ギリシア正教会とローマ・カトリック教会との断
絶が決定的になり、プセッロスは、ローマとの分裂を望んでいたが、この
大混乱で深く影響を受けた。彼は大学を去り、コンスタンティヌス・プセ
ッロスというこれまでの名に加えてミカエルという名を採用した。

恐らく、彼は、精神的な瞑想の人生を始めたかったのだろうが、1055年に
女帝テオドーラに呼び戻され、ビザンチンの政治的大混乱の中に帰った。
彼は首相となり、また後にミカエル7世ドゥカス(Michael VII Ducas)
(1071-1078)の治世にもその職に就いた。ミカエル7世は、彼が大学にいた
ときの彼の学生でした。首相として、彼はミカエルにローマ教会との和解
のいかなる試みも避けるよう主張した。

政治家になる前もなってからも、プセッロスは広く著作した。彼は、古典
古代、特にホメロス神話やプラトン哲学(427-347 B.C.)をより一層強調す
るカリキュラムを組んで大学を再組織した。彼は、また哲学や神学、文法
や法律について著作している。

プセッロスは、また自然科学や医学、数学の注釈も書いた。彼の後者の著
作は、学者たちに古代の同国人ピュタゴラス(c. 580-c. 500 B.C.)やアレ
クサンドリアのディオファントゥス(c. 200-c. 284)に関する貴重な情報を
提供している。また、天文学の著作でも記憶されている。彼の役割は、第
一に、理論家というよりむしろ記録者・歴史家としての役割であったが。

恐らく、プセッロスの思想への最大の貢献は、アリストテレス(384-322
B.C.)の確固たる科学的世界観に反対するものとしてプラトンのイデアリズ
ムを強調したことであっただろう。長い目で見れば、この強調は、科学的
思索にネガティブなインパクトを与えたかも知れないが、少なくとも短期
的には、彼は、探求の蓄積を新たにするのに役立ち、続いてルネサンスの
イタリアの思想家たちに影響を与えた。これらの思想家たちは、長い眠り
からプラトンの思想を蘇らせた。

1078年に、マケドニア朝の勃興で王家の政治が変わり、ビザンチン宮廷で
のプセッロスの時代は終わった。その後すぐに彼は没した。

参照 - Michael Constantine Psellus
http://www.bookrags.com/research/michael-constantine-psellus-scit-021234/


━━[催し物情報]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 大正ロマン昭和モダン展−竹久夢二・高畠華宵とその時代−

 大正から昭和初期は、挿絵画家たちが活躍した時代です。少年少女雑誌
の挿絵を始め、絵葉書、装丁本などさまざまな大衆アートが、子どもから
大人まで、幅広く人々の心をとらえました。大正と昭和という時代の色調
を色濃く帯びたこれらの作品は、現在の私たちの心もとらえて離しません。
 展覧会では、一世を風靡した竹久夢二と高畠華宵のふたりを中心に、こ
の時代に活躍した作家たちの作品をご紹介します。

 【開催期間】2008年4月26日[土] - 2008年6月22日[日]
 【開催場所】徳島県立近代美術館 展示室3
 【主催】徳島県立近代美術館、徳島新聞社、四国放送
 【観覧料】一般600円 高・大生450円 小・中生300円
 【休館日】月曜日(ただし5月5日を除く)、5月7日[火]

 徳島県立博物館の催し物情報は、以下のサイトをご覧ください。
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━━[あとがき]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 東京では、桜が満開に近いというニュースがあったりしますが、こちら
では、まだ3分から5分というところでしょうか。今日は、珍しく冷たい
雨が降っていたりします。

 と言っても「花七日」という言葉があるように、一週間もすれば散って
しまうかも知れません。今週末が見頃でしょうか。

 ではまた。


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           MUSICA MUNDANA NO.85
             Mar.01.2008
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             ◆ 目次 ◆

 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 音楽史
    ◆初期イタリアのポリフォニー◆
 ◎ 数学史
    ◆ゲルベルト(ジェルベール)◆
 ◎ Homepage Updated (Feb.25.2008)
 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 随想
 ◎ あとがき
 ----------------------------------------------------------------

━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆初期イタリアのポリフォニー◆

 全般にフランスのアルス・ノヴァ、特にマショーの影響がいつどのように
イタリアのポリフォニーに及んだのかということは、「謎めいた問題である
が、全く推測によらなければならないというものでもない。」といいます。

14世紀までには、イタリアのポリフォニーは、私たちにまで伝わっている
ものから判断して、量において極めて穏当で、様式においてもトレチェント
(14世紀)を通して、特に重要な音楽の中心的分野になっていました。

 その世紀のずっと後になっても、イタリア教会音楽は世俗音楽とそれほど
際立った違いはありませんでした。「1350年頃、(フィレンツェ)のゲラル
デッロ(Gherardello)によって作曲されたアニュスでは、様式だけでなく公
式の構成でもマドリガルと関連している。ほとんどのマドリガルの
ように、上声部が主声部であるように思える。」そうです。

また、パドヴァのグラティオスス(Gratiosus)によるグロリアは、バッラータ
様式ですが、パドヴァの曲の一つ、「Iste formosus」は半音階主義によって
特徴付けられます。パドヴァの有名な理論家マルケットゥス(Marchettus)は、
彼の主要な論文「Lucidarium」と「Pomerium」とは、恐らく 1318年に年代付
けられるでしょうが、イタリアとフランスとの記譜法の間の違いを説明する
だけでなく、半音階主義にひどく論争を呼ぶ見解 -- 彼の半音階の半音
(semitonum chromaticum)は、全音の 4/5 である -- を表明しています。


━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ゲルベルト(ジェルベール)◆

 とは言っても、この時代は、まだ中世の前の世紀の精神によって支配され
ていました。「信仰が知性を打ち負かす」また「権威は研究の敵となった」
「学者たちは教師に退化した」「学問は錬金術と占星術の泥沼の中に自らを
失い、忠実な信者たちには禁忌(破門に値するもの)になった」時代でした。

このことは、著名な教会人で学者であるゲルベルト(Gerbert)、これまで教
会や都市ローマに輝きを与えた偉大な教皇の一人ですが、彼に対する学者世
界の態度に見て取れます。彼は教皇の座に就き、シルベステル2世
(Sylvester II)という名で 999年から 1003年まで統治しました。彼は卑し
い両親の下に生まれましたが、生来の利発さからオーリヤック(Aurillac)の
修道士たちの下で学ぶよう召喚されます。特に、フリュリのアッボ(Abbo
of Freury)のような立派な学者の下で学び、彼の教育を完全なものとするた
めにスペインに送られました。(967年)

970年頃、彼はイタリアへ行きます。そこで教皇に紹介され、教皇によって
皇帝に拝謁されました。972年フランスに戻ります。彼は教会で様々な職務
をこなし、999 年に教皇職に選出されます。彼は非常に学識のある人で、
「魔術として告発されるという」-- 私たちの学識の運命は -- 誤謬と戦い、
新たに数学への関心に目覚め、ヒンドゥー・アラビアの数詞の知識を得、占
星術(当時価値ある学問と見なされていたテーマ)の研究に関心を向け、算
術、幾何学、その他の数学の諸学と恐らくアストロラーベについて著述した
ことでしょう。

 ゲルベルトと同時代の人物ですが、ゲルベルトの人生が壮大であったのと
極めて対照的に地味な生涯を送った人物、ラムゼー(Ramsey)の修道院のイギ
リス人修道士で、その名をバートファース(Byrhtferth)という人がいました。
彼はフランスに旅し、フリュリのアッボ(Abbo of Fleury)の下で学びます。
イギリスに戻ると、学生のグループがラムゼーで彼を待ち受けているのを発
見します。彼は彼らに、天文学、暦学、そして数学の原理を教え始めます。

しかし、時代は研究に都合のよい時代ではありませんでした。この3世紀の
間(1000-1300年)、イギリスには平均して14年に一度の飢饉があり、生活
は厳しかったのです。恐らく、そうした災難が示しているように、物質に対
する精神の克服の必要性が、後のイギリスの思想家たちが生まれるのを可能
にした影響の一つだったでしょう。


━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆パドヴァのマルケットゥス◆

 今回は、音楽史ではパドヴァのマルケットゥス、数学史ではゲルベルト
(後のシルベステル2世)という興味ある人物が登場していますが、ここ
で、パドヴァのマルケットゥスについて、少し詳しく見ていくことにしま
す。

 パドヴァのマルケットゥス(Marchetto da Padova)は、 イタリアの音楽
理論家であり、中世後期の作曲家でした。彼の音価の記譜の革新は、彼の
著作が旋法を定義し調律の改良に関するものであったので、イタリアのア
ルス・ノヴァ音楽の基本原理でした。加えて、彼は半音階を議論した最初
の音楽理論家でもありました。

 彼はパドヴァで生まれたようですが、彼の生涯はほとんど知られていま
せん。しかし、1305年から 1306年までパドヴァの大聖堂の少年聖歌隊員
の音楽教師をしていた記録が残されています。1308年にパドヴァを離れヴ
ェネト州やロマーニャ州の他の都市で仕事をしています。彼の2つの大論
文は、フィリップ・ド・ヴィトリが、その時代の音楽がその名で呼ばれる
ことになる彼の「アルス・ノヴァ」と題する論文を書く(1322年頃)少し前、
1317年と1319年の間に書かれたように思えます。マルケットゥスは、その
論文自体の中で、それらをチェセーナ(Cesena)とヴェローナ(Verona)で著
作したと示しています。彼の生涯については、他に信頼できる記録はまっ
たくありません。彼の名は明らかに広く知られ著作は14世紀後期に非常
に大きな影響力を持ったにもかかわらずです。

 (from Marchetto da Padova - Wikipedia, the free encyclopedia
  http://en.wikipedia.org/wiki/Marchetto_da_Padova)

 イタリアのアルス・ノヴァについては、以下のウェブサイトにも書いて
ありますので、興味があれば是非ご覧ください。そこでは、こんな記述も
あります。
 「私たちがヴィトリの「アルス・ノヴァ」が 1316年頃に完成されたこと
を認めるなら」

 The Pelican History of Music
  - Volume I: ancient forms to polyphony - IV Ars Nova
  歴史的文化的背景 -
 http://www2m.biglobe.ne.jp/~m-souda/mysouda/music/pelican/volume1/arsnova/backgr.html
  イタリアでのアルス・ノヴァ -
 http://www2m.biglobe.ne.jp/~m-souda/mysouda/music/pelican/volume1/arsnova/italy.html


━━[催し物情報]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 渦開き観光キャンペーン 日時:3月8日(土)10時〜
  場所:鳴門市 
   うずしお汽船乗り場(10時30分出港)
   鳴門観光汽船乗り場(11時40分出港)
 料金:イベント無料
   ※乗船券
     うずしお汽船1,500円
     鳴門観光汽船1,530円  が必要
 問い合わせ先:鳴門市観光協会 088−684−1157

 いよいよ観潮シーズンの幕開けです。通常時速13〜15kmほどで流
れている潮流が、春の大潮の折には時速20kmを超え、渦の直径は最大
20mに達するとも言われます。恒例のイベントでは、観潮船に乗り込ん
だ、うずしおレディが金色の鍵を海に投げ入れ、渦開きを宣言します。ま
た、参加者には鳴門特産品のプレゼントも。
 自然の驚異『渦潮』をこの機会にぜひ体験してください。

 徳島県立博物館の催し物情報は、以下のサイトをご覧ください。
      http://www.museum.comet.go.jp/

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━━[あとがき]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 毎月30日発行の MUSICA MUNDANAですが、2月は月末に発行することに
しているのですが、うっかり3月になってしまいました。今年はうるう年
で、1日余裕があると思ったのがいけなかったのかもしれませんね。バッ
クナンバーを見てみますと、2005年も3月1日発行になっていました。

 それはともかく、もう春が近い予感がします。まだまだ、寒い日もあり
そうですが。


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   ■発行人:文責:TeleScope(相原寛彰)  ■発行:MySouda
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 「MUSICA MUNDANA No.84」をお届けします。

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           MUSICA MUNDANA NO.84
             Jan.30.2008
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━━[MUSICA MUNDANA]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

             ◆ 目次 ◆

 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 音楽史
    ◆ミサの編集とマショーのミサ◆
 ◎ 数学史
    ◆11世紀 - 宗教的政治的影響◆
 ◎ Homepage Updated (Jan.25.2008)
 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 随想
 ◎ あとがき
 ----------------------------------------------------------------

━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ミサの編集とマショーのミサ◆

 こうしたミサの編集は、アヴィニョンの教会音楽に人々が期待するよう
に、非常に様式が保守的です。3つの声部すべてで多くの一音対一音の書
法がみられ、上の一つあるいは二つのパートで装飾のあるところだけ一音
対一音の書法でなくなります。トゥルネのキリエには、それさえ欠いてい
て、現実には、サンクトゥスとアニュス・デイがそうであるように、モー
ダル・リズムです。グロリアの「アーメン」やサンクトゥス、アニュス・
デイには、ホケトゥスの短い非常に控えめなパッセージがあります。テノ
ールのどれも典礼の聖歌と同じものは見いだされませんし、どれもアイソ
リズムではありません。

教皇ヨハネス22世は、反対するものをほとんど見いだせなかったでしょ
う。しかし、最後の「Ite missa est」-- 通常文のポリフォニー曲からす
ぐに省略されたパッセージ -- は、音楽的な理由からではなく、トリプル
ムがフランスの愛の歌の歌詞を持っているために、彼をぞっとさせたかも
しれません。

 大勅書「ドクタ・サンクトールム(Docta Sanctorum)」の影響の下、書
かれ編集されたこれらの保守的なミサと強い対照をなすのは、マショーの
傑作です。それは、1364年のシャルル5世(Charles V)の戴冠と関連付け
られている伝承を記録的に支持する(証拠付ける)ものは何もないのです
が、年代的にはほとんど確実に後のものでしょう。

キリエは、単旋律聖歌のテノールのあるパターンを形作ります。キリエ
「クンクティポテンス(cunctipotens)」-- そのよく知られたトロープス
「Cunctipotens Genitor Deus」からそう呼ばれますが --は、コントラテ
ノール(contratenor(bassus))もそうですが、アイソリズム的に扱われて
います。ホケトゥスが、それぞれのセクションの終わり近くに導入されて
いて、サンクトゥスとアニュスと「Ite missa est」もアイソリズムの典
礼のテノールに基づいています。

グロリアとクレドは自由な一音対一音の様式で、グロリアの始まりは(司
祭が「グロリア・インネクセルシス・デオ(Gloria in excelsis Deo)」と
吟唱した後の)長い音価の「Et in terra pax」という言葉を伴うところ
は、とても印象的です。「Jesus Christe」とクレドの「ex Maria
virgine」の部分も、同じように印象的で、その技法は、デュファイのよ
うな後の作曲家たちに借用されました。


━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆11世紀 - 宗教的政治的影響◆
 
 さて、今回から11世紀以降のヨーロッパに入ります。

 紀元1000年紀の間、キリスト教が一般の人々にどれだけの影響を及ぼし
ていたのか言うことは困難です。歴史家たちは、以前考えられたほどには
「千年の恐怖(terreur de l'an Mil)」に注意を向けてはいません。多く
の教養ある人々が、この1000年間に、文字通り聖書の論評をなした可
能性はないとしても、何人かの人々がそうしたことは確かです。とにかく、
この千年が経過した後、キリスト教世界に新しい関心が芽生えたことは見
て取れます。

 それに、また、十字軍(1095-1270年頃)がありました。これは「最初のル
ネサンス」と呼ばれていて、世界大戦が20世紀の文明に為したのと同じ
ことを長く眠っていた文明に対してなしたことでしょう。--ある地域の民
族に、他の地域で行われ考えられ希望されていたことの多くを知らしめた
のです。それは戦争でありましたが、全般に知的ヨーロッパの境界を越え
たものでありました。

 また、ヨーロッパには、その真ん中に外国の高度に発展した文明の強い
影響がありました。-- スペインのサラセンの覇権です。そして、ラテン
の学者たちにギリシアやオリエントの文明の最も優れたものを知らしめた
のは、このサラセンの学者たちでした。

 更に、ヨーロッパは、その私的な戦争の愚かさを見ていましたし、「神
の休戦(Truce of God)」は、その力を感じさせ始めていました。平和の祝
福が、今再び、フランスやその近隣諸国に定まりつつあり、こうして知的
探究を可能なものとしました。

 これらの影響に、ノルマン人の征服(Norman Conquest)を加えなければ
ならないでしょう。そのおかげで、戦争を長引かせず、イギリスを目覚め
させ統一させた一方で、大陸がイギリスのためになる学問や芸術を指し示
しました。

 こうした影響の結果として、ヨーロッパは新しい時代、大聖堂の建築、
教会の改革、芸術への新たな関心、政治的実験、そして学問的偉業が大き
な役割を果たす時代へと突入します。
 

━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆クロッカス◆

 Crocus (複数: crocus, crocuses) :
 クロッカスは、多年性の花の1種で、中央及び南ヨーロッパの沿岸及び
アルプス山麓地方(エーゲ海の島々も含む)、北アフリカ及び中東、中央
アジア全域から中国西部にかけての広い地域を原産地とする。

 サフラン(クロッカス)属は、植物学的にはアヤメ(アイリス)科
(Iridaceae)に属する。球茎で育ち、主として耐寒性の多年生植物で、森林、
低木地帯、草地を含む広い範囲の生息環境で見いだされる。

 およそ80種類のクロッカス(そのうちおよそ30種が栽培されている)
がある。そのカップの形をした一つだけの高盆状の花は、細い管に次第に
細くなっている。その色は非常に様々であるが、ライラック色やふじ色、
黄色に白が主な色である。草のような剣状突起の葉には、全般に、葉の軸
に沿って中央に白い縞模様が見える。葉の縁はそろっている。どのクロッ
カスにも通常3つの雄しべがついている。香辛料のサフランは、秋に花を
つける種であるクロッカス・サティヴス(サフラン)(Crocus sativus)の
めしべから得られる。

 属名は、ギリシア語のクロコス(κρόκος)から派生したものである。
(ホメロスのイーリアス第14書 347節で裏づけられる)これは、セム系
言語からの借用語である。(ヘブライ語カルコム、アラム語クルカマ、ペ
ルシア語とアラビア語のクルクム、すべてサフラン色あるいは濃い黄色の
意味)ギリシアでは、その単語は、また、同様の色をした卵の黄身にも使
われる。

 (from Wikipedia - Crocus: http://en.wikipedia.org/wiki/Crocus)


━━[催し物情報]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ==========================================
 ☆阿波歴史体感ネットワーク「いにしえ夢街道」推進事業協賛
 特別陳列「徳島城下町の世界」
 ==========================================
  ○会   期  1月17日(木)〜3月2日(日)
  ○休 館 日  2/4(月)・2/12(火)・2/18(月)・2/25(月)
  ○会    場  博物館 企画展示室(1階)
  ○時   間  9:30〜17:00
  ○観 覧 料  無料
 江戸時代の城下町・徳島については、近年、いろいろな方法によって研
究がすすめられています。古文書や絵図などをていねいに読み解き、発掘
された遺構や出土品を丹念に調べることで、かつての城下のありさまが、
具体的に生き生きとわかるようになってきました。
 この特別陳列では、当館所蔵の城下絵図と、幕末の二軒屋で焼かれた庸
八焼をおもに展示します。展示品のほとんどが、当館が文化の森に開館し
て以来初めての一般公開となりますので、身近な町の歴史を知るひとつの
機会になると思います。ぜひ、ご観覧ください。

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━━[あとがき]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 2008年もはや1ヶ月が過ぎました。

 早いものです。あと数日で節分、そして立春ですね。庭では、クロッカ
スが、芽吹いています。2月には花を咲かせるのではないでしょうか。と
いうわけで、随想ではクロッカスを取り上げてみました。

 では。


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           MUSICA MUNDANA NO.83
             Dec.30.2007
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             ◆ 目次 ◆

 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 音楽史
    ◆典礼の通常文◆
 ◎ 数学史
    ◆ロスヴィータ◆
 ◎ Homepage Updated (Dec.25.2007)
 ----------------------------------------------------------------
 ◎ 随想
 ◎ あとがき
 ----------------------------------------------------------------

━━[音楽史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆典礼の通常文◆

 典礼の通常文の進化は、ゆっくりとした過程でした。クレドは、11世
紀の初めになってやっと一般的なミサの一部となりましたし、通常文の単
旋律聖歌、そのテキストの作曲は(トロープスを除けば)、(教会)暦を
通じて変えることはできず、そのテキストはそれぞれの祝祭日に特別であ
る固有文の曲で書き留められ始めたのです。そうして書かれた資料の中で、
通常文のグループ化、多くのキリエ、多くのグロリアなどといったものを
まとめることから始まりました。ミサの中ですぐ隣にあったという理由か
ら、キリエとグロリアの対が自然とまとめられたり、それほど頻繁ではな
いですが、遠く離れていたサンクトゥスとアニュスとが自然に一つにされ
るということは、12世紀になってやっと始まったのです。

単旋律聖歌の旋律に関する限り、「ミサの対(Mass-pairs)」は、中世の間、
決して消え失せることはありませんでした。11世紀のウィンチェスター
・トロープスは、オルガンのパートのあるトロープス化されたキリエやグ
ロリアを含み、ノートル・ダムの曲集は、ポリフォニーのトロープス化さ
れたサンクトゥスやアニュスを含んでいます。しかし、14世紀まで作曲
家を惹きつけたのは、主として、ミサの固有文の聖歌や聖務日課のポリフ
ォニーの作曲でした。

 モテトゥスの全盛期の間、何らかのミサの各部分(movement)の作曲は、
いくらか無視されました。それから、通常文が独自に作曲されるようにな
ります。14世紀初めには、完全な単旋律聖歌の一連の曲の編集が、やっ
と見いだされるようになるだけでなく、それぞれの部分のよりポリフォニ
ー的な曲やポリフォニー(3声部)の完全な一連の曲(cycle)さえも見い
だされます。様式から見て、これらの中で最も初期のものは、いわゆる
「トゥルネのミサ(Mass of Tournai)」です。後になると、「トゥールー
ズ」や「バルセロナ」のミサ、そして断片の「ブサンソン(Besancon)」す
なわち「ソルボンヌ (Sorbonne)」ミサがあります。

これらはすべては、発見された地名から名付けられていますが、それら--
あるいは、それらが編集されたそれぞれの曲-- は、アヴィニョンの教皇
庁の近辺、恐らく、ベネディクト12世(1334-42)が、古いスコラ・カン
トールムをローマに残してきたために、教皇礼拝堂(Papal chapel)が設立
されたアヴィニョンその地に由来するだろうと想像する根拠があります。
これらのミサは、明らかな相互関係があります。トゥルネ・ミサのクレド
のよりよいテキストは、イヴレア(Ivrea)写本--少し後ですが--と関係の
あるアヴィニョンからそう遠くないプロヴァンスのアプト(Apt)の写本に
単独に存在します。

トゥールーズの「Ita missa est」の最後のモテトゥスの曲('Laudemus
Jhesum Christum')は、イヴレア写本そのものの中にあるトロープスのグ
ロリアに基づいていますし、トゥールーズのクレド、そのテノールのパー
トだけが残っているですが、それは完全ではありますが別々に現れるイヴ
レアとアプト、また、バルセロナ・ミサから容易に埋め合わせることがで
きます。(これらの資料では、それはあまり知られていない作曲家、セル
トあるいはソルテス(Sert or Sortes)のものとされています。)さらに、
ベサンソンのサンクトゥスは、イヴレアのサンクトゥスと密接な関係があ
り、はるかに著しいのは、そのグロリアはイヴレアのクレドにおいて自由
に手を加えられ修正されていることです。


━━[数学史] ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ロスヴィータ◆
 
 ロスヴィータ

 ザクセンのガンデルスハイム(Gandersheim)のベネディクト会修道院の学
識ある尼僧ロスヴィータ(Hrotsvitha)の物語によって、この時期の不毛な
数学の分野にある程度の光が投げかけられています。彼女はいくつか戯曲
を書き、その中で彼女にはギリシア語とギリシアの算術あるいはボエティ
ウスの算術かのいずれかの知識が有ることを示しています。戯曲「サピエ
ンティア(知)(Sapientia)」の中で、皇帝ハドリアヌスはサピエンティア
(知)の三人の娘、すなわち Fides(信仰)、Spes(希望)と Caritas
(愛)の年齢を尋ねます。

その時サピエンティアは、「the age of Charity is a defective evenly
even number; that of Hope a defective evenly odd one; and that of
Faith an oddly even redundant one.」と言います。ハドリアヌス帝が
「これらの娘の単なる年齢を答えるのに、なんと難しく複雑な問題を出す
のか」と言いますと、サピエンティアは、「ここにおいて、創造主の偉大
なる智慧と宇宙の創造者の驚くべき知とを讃えるべきです。」と答えます。
ロスヴィータは、偶然に、6以外の完全数、すなわち、28と 496と 8128の
ことを語っているのです。

10世紀の他の著述家

 10世紀にクリュニーのオド(Odo of Cluny)(879-942年頃)によって算盤
(アバカス)についての論文がまた書かれたようです。12世紀の著述家
の著作であるかも知れませんが。しかし、この時代は全般に不毛な時代で
した。他にもう一人だけ名をあげるに値する著述家がいます。オルレアン
生まれのフリュリのアッボ(Abbo of Fleury)(945-1003年)です。彼はイー
スター(復活祭)の日時の計算、天文学、ボエティウスの算術について書
いています。しかし、彼が記憶に留められるに値する主な理由は、彼がジ
ェルベール(Gerbert)という、その生涯と著作は次の章で考察されますが、
当時最も学識ある学者の師であったという事実によっています。

 教会の学者の他の例は、ベルンウァード(Bernward)の場合に見られます。
彼は、993年ヒルデスハイム(Hildeshiem)の司教となり、主にボエティウス
の数の理論に関する著作を書いています。この著作の写本は恐らくオリジ
ナルだと思われますが、ヒルデスハイムに今日でも存在します。


━━[随想]━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ◆ロスヴィータ◆

 数学史で取り上げたロスヴィータについてもう少し書いてみることにし
ます。

 ガンデルスハイムのロスヴィータ(Hrotsvit of Gandersheim)は、紀元
935年から1000年までサクソニー(北ドイツの地域)に住んでいた。彼女
の名前の綴りは、これ以外に、"Roswitha", "Hrotswitha", "Hrotsvitha"
と書かれることもある。

 ロスヴィータは、ガンデルスハイムの修道院の女性司教座聖堂参事会員
として生きた。女性司教座聖堂参事会員として、彼女は、純潔の誓いも貧
困の誓いも立てずより厳格な誓いを立てた尼僧より大きな自由を享受して
いたように思える。ガンデルスハイムの修道院は、サクソニーを 919年か
ら 1024年まで支配したオットー朝王族によって設立された。実際、ロス
ヴィータの詩の2つはオットー朝の偉業とロスヴィータが住んでいた修道
院の設立と寄進において果たした役割を讃える叙事詩である。これらの詩
のタイトルは、the Gesta Ottonis and Primordia Coenobii
Gandeshemensisである。

 叙事詩の他に、ロスヴィータは、キリスト教聖人の生涯を描いた8つの
伝説とこれもまたキリスト教のテーマに焦点を当てた6つの劇を書いた。
彼女の作品すべてはラテン語で書かれている。事実、彼女のラテン語の知
識と古典の著述家への言及は、この時期の少なくとも数人の女性たちの教
養と教育のレベルと古代文学テキストにも触れていたことを証明している。

 今日、ロスヴィータは、最も初期の劇作家の一人であり、彼女の劇で最
もよく知られている。これらは、キリスト教の徳目への信仰心が試される
状況にある女性に焦点が当てられている。ロスヴィータは、また、彼女の
作品のそれぞれのグループを紹介し、彼女が書いたコンテキストと彼女の
文学的基本方針とについての貴重な情報を提供する序文を書いてもいる。
その中で、彼女は、ローマの劇作家テレンティウスに多くを負っており、
彼の喜劇に見いだされる女性のネガティヴな描写を書き換えたいという意
図があったことを述べている。

 参照:HROTSVIT - http://go.owu.edu/~o5medww/hrotsvit/index.htm


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 今日は、12月30日。2007年もいよいよ残すところあと僅か2日
となってしまいました。

 結局、何も変わることなく一年が過ぎてしまった感じですが、来年こそは、
何かを見いだしたいと思っている私でありました。

 それでは、よいお年を!!


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