[ 童話のこと ]  
 原稿6枚の短編を、自分ではどうしても客観的に見ることができず、最近友人に読んでもらった。読む力を信頼している友人だけあって、さすがの返答だった。
 「あなたはこういうことが書きたいんじゃないの?」と言われ、なるほど、と私自身が感服した。
 どうして、自分の作品となると、客観的に見ることができないのだろう。できない自分にちょっと落ち込んだ。
 人の作品だったら、ちゃんと見れるというわけではないが、自分のものよりも、「もっとこうした方がいいのでは?」ということが、多少なりとも浮かんでくる。
 ところが、自分の作品となると、その多少なりともが、浮かんでこないのだ。「もう、これでいい」と思った時点で、何も考えが及ばない。時間が経って、しばらく後に見直して、見えてくることはある。それは、たしかにある。時間が客観性を育ててくれるのかもしれない。でも、書き終えた後、すぐには、どうしてもできない。
 自分のことは、自分が一番良く知っているつもりでも、自分には分からない、人からしか見えない自分がいるのと、同じようなことなのだろう。ジョハリの窓を思いながら、その日は眠った。
 自分だけでは、自分という人間も作品も、完結しないんだなあ、と改めて思った。
 もし、自分の力だけで、いいものが書けると思える日が来たら、それは小さな窓になっているときかもしれない。
 いまの気持ち、忘れないでおこうと思う。