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    <title>南の島の（夢多き）主婦物語</title>
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    <title>いま、やりたいこと</title>
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    <description>&lt;p&gt;　いま、読みたい本が山積みになっている。アマゾンで注文したものや、以前図書館にリクエストしておいたもの、などなど。その中でも、一番先に読んでいるのが、『ハリウッドリライティングバイブル』（リンダ・シガー著、愛育社）だ。映画の脚本をリライトするために書かれたものだが、物語を書く人にとっては、とても参考になると思う。ストーリー展開について、多くの人が感動するときの、セオリーのようなものがあるだろうとは思っていたが、この本は、まさにそういうことが書いてある。私がずっと知りたいと思っていたことだ。&lt;br&gt;　この本は、映画の脚本を書くということが前提なのだが、小説と脚本などの違いにも触れているし、ストーリー（物語）を作るという観点からは、とても参考になると思う。&lt;br&gt;　その次に読みたいのが、『童話の書き方』（寺村輝夫、講談社現代新書）。アマゾンの中古品で手に入れた。やっぱり、ハリウッド流のエンターテイメントを学んだ後は、日本の童話の書き方も学ばなきゃ。日本の童話などには、ハリウッド流の感動とは違うもので、日本人の心に残るような作品がたくさんあると思うからだ。それから、心理学関係の本も、また読んでみたいと思う。やっぱり、人の心を深く学ぶことは、物語を書く上でも、本当に重要なことだと思うし。&lt;br&gt;　そのほかに、まだある。岡崎ひでたか先生の『鬼が瀬物語　夕焼け里に東風よ吹け』（くもん出版）、それから、高楼方子さんの『十一月の扉』（新潮文庫）、それから、それから&amp;hellip;&amp;hellip;と。&lt;br&gt;　普段、あまり多読する方でもなく、読むスピードが早いわけでもないので、気持ちばかりが急いて、少し落ち着かない。とくに、図書館から借りている本は、期限もあるし。&lt;br&gt;　やりたいことがあるときには、他にもやることや、気になることが出てきて、そのやりたいことに集中できないという事は多々ある。今回もそんな感じだ。&lt;br&gt;　読み聞かせの活動で、新しい大型のペープサート（というより、大道具）をつくる作業もあるし、人権擁護委員の仕事や、荒れ放題の庭も気になる。&lt;br&gt;　それに、夫の仕事の方でもいろいろとあるらしく、家族に影響を及ぼす大きな変化が、あるかもしれないようだし。&lt;br&gt;　そんなこんなで、ちょっと落ち着かない日々だけれど、やりたいことが、たくさんあるというのは悪いことじゃない。しかも、どんなに時間がかかったとしても、それをやることができるのだから。マイペースでやっていこう。一つずつ。&lt;/p&gt;</description>
    <dc:date>2008-05-09T09:38:44+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109663754.html">
    <title>ちょっと脱力感</title>
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    <description>　私にとって長編となる作品の第２話が、昨日完成した。第１話にはかなり苦戦して、何度も何度も推敲して（４００字詰で）７７枚の作品になったのだが、第２話は、２週間で同じボリュームの作品に仕上がった。&lt;br&gt;　もともと、この作品は小学校の読み聞かせの時に、素話で子どもたちに１０分程度で聞かせていたお話なのだが、ここまでの作品に仕上がったことに、自分でも感激だ。&lt;br&gt;　合評会でお世話になった先生が、出版社に持ち込んでくださり、第２話も読みたいと言ってもらったことが、かなり励みになった。その上、この２週間、東京で創作活動をしている先輩がこちらに滞在していて、合評会をしたり、食事会をしたりして、背中を押されているような感じがした。&lt;br&gt;　知人の子どもをホームステイさせたり、宮古島のトライアスロンがあったり、人権擁護委員の総会の準備をしながらの創作だったが、こまぎれの時間を利用しながらも、これだけ出来た自分を、またほめてあげたいような気分だ。私は、すぐに、自分をほめたくなってしまうんだな。&lt;br&gt;　夕べ、作品を夫にも読んでもらい、なかなかいい反応だったので、さらにうれしさも増している。&lt;br&gt;　結果がすぐに出なくても、いまこうして頑張った時間が、必ず実を結ぶことを信じて、これからも書き続けようと思う。&lt;br&gt;　第３話、番外編の構想もあるので、また、書くぞ！　でも今は、ちょっと一息。机の周りの散らばった書類や、ほったらかしの庭や多肉植物の手入れもしたいし。&lt;br&gt;　今日は、心地よい脱力感が漂っている。&lt;br&gt;　ふと、思うと、インターネットテレビの仕事が、２月で終わったので、仕事らしい仕事をしていないのだが、最近は、書くことが仕事のようになっているなあ。これが、収入につながれば、ほんとにうれしいことだ。&lt;br&gt;　東京から来ていた先輩の創作にかける意気込みや、日々の、ほとんど作家のような生活をうかがうと、本当に刺激になった。&lt;br&gt;　本気で作家になろうと思うからには、ここまでするんだということを、話をしているだけで教えてもらっている。&lt;br&gt;　いろんなご縁に感謝、感謝。自分にとって、この島に暮らしていることが、ここ数年の苦い経験も含めて、とてもいい風をもたらしてくれていると、今心から思う。</description>
    <dc:date>2008-04-24T18:19:13+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109628444.html">
    <title>ジョハリの窓を想う</title>
    <link>http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109628444.html</link>
    <description>　原稿６枚の短編を、自分ではどうしても客観的に見ることができず、最近友人に読んでもらった。読む力を信頼している友人だけあって、さすがの返答だった。&lt;br&gt;　「あなたはこういうことが書きたいんじゃないの？」と言われ、なるほど、と私自身が感服した。&lt;br&gt;　どうして、自分の作品となると、客観的に見ることができないのだろう。できない自分にちょっと落ち込んだ。&lt;br&gt;　人の作品だったら、ちゃんと見れるというわけではないが、自分のものよりも、「もっとこうした方がいいのでは？」ということが、多少なりとも浮かんでくる。&lt;br&gt;　ところが、自分の作品となると、その多少なりともが、浮かんでこないのだ。「もう、これでいい」と思った時点で、何も考えが及ばない。時間が経って、しばらく後に見直して、見えてくることはある。それは、たしかにある。時間が客観性を育ててくれるのかもしれない。でも、書き終えた後、すぐには、どうしてもできない。&lt;br&gt;　自分のことは、自分が一番良く知っているつもりでも、自分には分からない、人からしか見えない自分がいるのと、同じようなことなのだろう。ジョハリの窓を思いながら、その日は眠った。&lt;br&gt;　自分だけでは、自分という人間も作品も、完結しないんだなあ、と改めて思った。&lt;br&gt;　もし、自分の力だけで、いいものが書けると思える日が来たら、それは小さな窓になっているときかもしれない。&lt;br&gt;　いまの気持ち、忘れないでおこうと思う。</description>
    <dc:date>2008-04-13T16:50:27+09:00</dc:date>
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    <title>オンリー１とナンバー１</title>
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    <description>　講談社への公募原稿が完成した。ページ数は結局、タイトルも含めて７８枚になった。迷った末に種別は【童話（小学校中・高学年以上）】とした。童話、少年少女小説、ファンタジーなど、自分で分類して記入しなければならないのだが、どう考えても、ゴキブリが主人公の物語だし、多少長いけれど、童話がしっくりくると思う。数年前から、読み聞かせのボランティアで、小学生に１０分程度で聞かせた物語が、ここまでに成長した。私としては、感慨ひとしおだ。&lt;br&gt;　講談社の児童文学新人賞へ提出するのは今回が初めてなので、いろいろネットで情報を収集するのだが、過去の受賞は２００枚以上の大作が多いとか、ＹＡ（ヤングアダルト）といわれる、思春期の内面をつづったものがうけるようだとか、個人のブログなどを見る限りでは、自分のものとはまったく違う作品傾向のような気もする。&lt;br&gt;　でも、過去の受賞作品を見たり、審査員の選評などを読むと、私はそうとも思わない。ただ、個人のブログなどを見て思うことは、だれもみな自分に都合の良い情報を選択しているのでは？ということ。もちろん、自分も含めてなのだが。&lt;br&gt;　どちらにせよ、出してみなければ分からないのだから、ここまできたら、もうまな板の鯉だ。&lt;br&gt;　作家志望の個人のブログを見ていると、いろいろ感じることがある。みな、すごい真剣に取り組んでいて、何年もその思いを抱き続け、必死に取り組んでいるんだなあということ。簡単に作家にはなれないんだなあということ。自分の作品をみな一番だと思っているということ。&lt;br&gt;　もちろん、どの作品もオンリー１の作品であって、ナンバー１とは違う価値があるものだと思う。けれど、自分のオンリー１がナンバー１になって欲しいと、強く思うことに、少し矛盾のようなものを感じることがある。&lt;br&gt;　自分のオンリー1を、だれだって多くの人に認めてもらいたい。そしてできれば、それこそがナンバー１になって欲しいと思う。そういうたくさんのオンリー１がひしめきあっているところから、自分だけ脱出して、ナンバー１、もしくは２、３に入るように、しのぎを削っている。オンリー１にも、じつはナンバーをつけようとすることこそが、作家になるということのように、私は思う。&lt;br&gt;　ただ、それは、オンリー１を追求した結果得られるものなのだが。&lt;br&gt;　結局、あまり他の人のことを気にしないのがよいのだと思う。気にしないということと、刺激を受けながら、互いに切磋琢磨するというのとは違う。これもまた、微妙な難しい違いだ。&lt;br&gt;　作家の仕事というのは、そんな微妙な繊細なところにある仕事なのだろう。&lt;br&gt;　「私はワタシ」と思いながらも、人のことにも関心がなければできないのだと思う。&lt;br&gt;　とりとめないことを書きながら、つぎの作品に取り組もうと、いま気持ちを新たにしている。</description>
    <dc:date>2008-04-07T11:13:07+09:00</dc:date>
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    <title>一人になる時間</title>
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    <description>&lt;p&gt;　どうも、ここのところイライラというのか、モヤモヤというのか、気分がすぐれない。理由はいろいろあるように思う。たぶん、いろいろあるから、すっきりしないのだと思う。カウンセリングの勉強会の世話役をしているとはいえ、最近は童話の方に力を入れるあまり、カウンセリングの勉強がおろそかになっている。&lt;br&gt;　先日、カウンセリングの勉強会があり、仲間が来るのを待つ間、久しぶりにカウンセリングの本を開いた。以前読んだことのある本なのに、まったく新鮮だった。それだけ、カウンセラーとしての気構えがなくなっていたのだと思う。&lt;br&gt;　イライラ、モヤモヤの一つは親子関係だ。ここのところ、自我が強くなり、自己主張が強くなっている息子との関係に、多少なりとも悩んでいる。これは成長の一過程なのだ、と自分に言い聞かせても、自己主張ばかりで、自分のことがまだまだできていない息子を見ていると、どうしてもイライラしてしまうのだ。&lt;br&gt;　今度小５になる息子にはアトピーがあり、季節の変わり目だからか、それとも私との関係にストレスを感じてか、一時期より悪化している。そのこともまた、私をモヤモヤとさせている。悪循環だ。&lt;br&gt;　そんな最中、昨日は短編の作品を推敲して、公募に提出した。正直自信はない。お話の構成も、文章も、悪くないと思うし、私的には、面白いと思うのだが、以前夫に見せたときには「好きじゃない」と言っていたし、題材がちょっと気になる。おじいさんとおばあさんの笑い話なのだが、お年寄りを題材に笑っていいものか？　まあ、これはダメもとだ、と思いながらも、いざ提出するとなると、賞が気になるのは、やはり正直なところ。&lt;br&gt;　さてさて、まだ長編の作品も終わっていないので、そっちもこれからとりかからなくては。&lt;br&gt;　そんなこんな、自分のことと家族のことで、いっぱいいっぱいなのかもしれない。&lt;br&gt;　リラックスが必要だ。そういえば、息子が春休みで、私一人になる時間がここのところ、まったくなかったことを思い出した。私は一人になる時間が必要なタイプ。そのことに気がついただけでも、自分を休めることができそうだ。&lt;/p&gt;</description>
    <dc:date>2008-03-30T17:17:53+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109568914.html">
    <title>産む側の感動と痛み？</title>
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    <description>　２３日の日曜日、「宮古の春あすぴ（遊び）」と題したイベントに参加した。「参加した」というより、「出演した」という方が正しい。宮古の文学を楽しむ集いということで、創作童話の朗読をしてきたのだ。市の教育委員会が主催したもので、担当者には、「このイベントのメインですから」といわれていた。創作童話を朗読したのは二人。ともに創作活動をしている仲間だ。&lt;br&gt;　私は、昨年、沖縄の童話賞である「ふくふく童話大賞」で優秀賞を受賞した「オバーの宝物」を朗読した。衣装は、親戚のおじさんにもらった絣（かすり）の着物に、手ぬぐい頭で、昔のオバーを思わせるような姿になった。&lt;br&gt;　音楽や効果音などを、数日前からあれこれ試し、沖縄音楽のインストゥルメンタルを選曲して、本番にのぞんだ。参加人数は数十人のこじんまりとした集まりで、スポットライトをあびながらも、近くにいる人たちの表情はなんとなく伝わってきた。&lt;br&gt;　近くには、友人のお母さん（おばあちゃん）も座っていて、私の話にいちいちうなずきながら、まるで「よく分かるよ」と言ってくれているように、聞いてくれていた。&lt;br&gt;　小学校の読み聞かせ活動の成果か、人権擁護委員としての活動の成果か、人前で朗読することに、さほど緊張は感じなかった。けれど、自分で選んだ音楽を聞きながら、お話を読んでいるうちに、近くでうなずいてくれるオバーの気持ちも重なってか、主人公のオバーの気持ちがどんどん伝わってきて、自分で自分の書いたものに、感動して涙がこみ上げそうになってしまった。&lt;br&gt;　のどのあたりが苦しくなり、涙がこぼれそうになった。これはいけない、ここで私が泣いても、会場の人たちは何事かと思うだろう。自分の感情を沈めなければ。朗読しながら、そんな思いを必死にコントロールして、最後まで読み終えた。&lt;br&gt;　エンディングに選んだ曲は、「黄金三星（くがにみちぶし）」という三線の曲なのだが、これがなかなかいいのだ。&lt;br&gt;　主人公のオバーが、家族との思い出すべてを大事な宝物として、家の上に載せてしまった庭の上で眠っている様子と、夜空に輝く金色の三星が、この話にピッタリだなあと、我ながらしみじみと思った。&lt;br&gt;　かなり、自己陶酔をした、アホな作家かもしれないが、参加するより、出演した私の方が、何倍も心地よい思いをしたような気がする。&lt;br&gt;　イベントを終えて、多くの人に「朗読が本当に上手いですねえ」「落ち着いた声が素敵でしたよ」などと感想をもらったが、お世辞やウソをつかない、うちの子どもとその友だちに「面白かったよ！」と言われたことが、何よりうれしかった。子どもたちの評価がよければ、大人の評価も、あながちお世辞ではなかったのだろうと思えるからだ。&lt;br&gt;　&lt;br&gt;　なかなか気持ちいい体験をしたのだが、じつは、ここ数日、腹痛に悩まされている。日曜日のイベントも、多少の痛みを抱えながらだった。痛みを感じ始めてからもう今日で６日。我慢できない痛みではなく、熱もないのだが、心配なので、昨日は内科へ。すると、泌尿器科をすすめられ、泌尿器科では、婦人科かも？ということで、病院をはしごした。&lt;br&gt;　今日は、夜まで予定がないので、覚悟を決めて病院へ行ったのだが、結局、診断がつかなった。でもまあ、結石の可能性は低く、婦人科系の方もとりあえずは大丈夫ということで、ここ2年くらい受けていなかったがん検診も受けてきた。&lt;br&gt;　まずは、緊急性の病気ではないということで、ひとまずの安心を、時間とお金をかけて買ったような感じだ。&lt;br&gt;　内科的な病気ではないとすると、一つ思い当たることは、私の中から生まれそうな作品が、あともう少し、あともうひとふんばりというところで、ストップしているからかもしれない、なんて思ったりもする。&lt;br&gt;　もう少し、産みの苦しみを味わっ...</description>
    <dc:date>2008-03-25T17:10:27+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109546411.html">
    <title>「主婦」の仕事</title>
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    <description>　先日、確定申告をしてきた。といっても、たくさん収入があるわけではなく、役場に行ったら「税務署で確定申告をすれば、この分は戻ってきますから」といわれて、税務署に行ったのだった。戻ってくる額は、４千円ちょっと。でもまあ、将来、きちんと税金を納めるための練習と思って、確定申告をした。職業欄があって、一瞬考えたが「主婦」と記入。来年は「作家」と書けるように、がんばるぞ！と改めて思った。&lt;br&gt;　職業といえるものは、「主婦」と書くしかないのに、ここのところ、ほんとうにさまざまな仕事がある。&lt;br&gt;　この前、表彰式から帰省して次の日には、産業カウンセラーとして、講師の仕事があった。これまた仕事といっても、半分はボランティアだが、そういうボランティアの仕事で、私の手帳はいっぱいになっている。&lt;br&gt;　今度の日曜日には、お話の朗読会があり、昨年「ふくふく童話大賞」で優秀賞となった「オバーの宝物」を一般市民の前で読むことになった。&lt;br&gt;　カウンセリングと子どもたちに関わるお話の仕事が、交互に入ってくるというのは、きっとどちらも私には大切、必要だという天からのメッセージなのだと思う。&lt;br&gt;　必要とされる場があるとういことは、天に見放されていないということ。きっといずれ、必要なときには足りるように、お金も回ってきてくれると信じようと思う。</description>
    <dc:date>2008-03-18T10:36:29+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109527701.html">
    <title>ニッサン表彰式</title>
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    <description>　久しぶりにこの日記を書く。なんだかいそがしい毎日だった。３月８日、ニッサン童話と絵本のグランプリの表彰式（横浜）に出席するため、息子（小４）と一緒に栃木の実家に帰省していた。息子は、そろそろ思春期に入ったのか、それとも反抗期というのか、反発と依存の繰り返しが激しく、4日半、ずっと一緒にいて、私はくたびれてしまった。&lt;br&gt;　「行きたい」と言っておきながら、ダラダラと不機嫌そうにしていたり、食べ物の好き嫌いも多く、親に反発をする年頃なのだと思ってみても、やはりこちらもカチンときたり、難しいものだ。&lt;br&gt;　さて、表彰式に出てみて、自分の気持ちはどうだったのかといえば、うれしいとか、感激したというより、心の中には静かに燃える闘志というのか、プライドというのか、かならず自分もあちら側の人間になるぞ（選ばれる側ではなく選ぶ側の審査員、つまり作家になるぞ）みたいな思いが、強くあった。あこがれとは全然違う。不遜かもしれない。でも、正直そんな気持ちだった。&lt;br&gt;　いろいろな公募にいえることだと思うが、公募で選ばれた作品は、子どものための作品であるにも関わらず、大人が大人の目で選んだ作品だなあと思うことがある。（もちろん、素晴らしいのだけれど。）&lt;br&gt;　公募で選ばれたい気持ちは山々だけれど、私は子どもが読んで素直に楽しめる作品を書いていきたいし、そのことは忘れないでいようと思う。本当に子どもが楽しめる作品ならば、大人の心だってくすぐるはずだ。&lt;br&gt;　表彰式の後、少し早く切り上げて、横浜から五反田に向かった。劇団四季の「キャッツ」を観るためだ。両親と息子と私の４人で、初めての「キャッツ」を観て来た。思えば、私がこのミュージカルを観たいと思ったのは、中学生の頃からだ。「キャッツ」は今年で２５周年になるという。私も２５年来の夢が実現した。&lt;br&gt;　たしかに、すごかった。歌も踊りも、音楽も、舞台も。でも、そう、でもと思ってしまう。ストーリーが少し分かりにくかった。私はある程度話も知っているから、分かりはしたが一緒に見ていた親は、途中眠ろうとしていた。休憩時間にパンプレットを買って、息子に説明して、それで息子も理解したようだった。&lt;br&gt;　かなり本格的なミュージカルでセリフの９０％以上が歌という感じだし、輸入物なのでカタカナの表現も多く、正直、初めて観る人には、意味の分からないところが多いと思う。&lt;br&gt;　決して批評をするわけではないが、感動を提供する側ならば、という目で見ると、いろんなことを考えてしまう自分がいる。&lt;br&gt;　でも、劇団四季のミュージカルはまた観たいと思う。「キャッツ」ももう一度観たいし、やっぱり「オペラ座の怪人」も観たい。なんだかんだ言っても、感動したことに間違いない。&lt;br&gt;　感動に携わる仕事をしていきたいという思いを、再々確認したような旅だった。</description>
    <dc:date>2008-03-12T10:56:54+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109454382.html">
    <title>気功体験！</title>
    <link>http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109454382.html</link>
    <description>　昨日、気功の教室におじゃました。インターネットの番組の取材で、そこに参加している人を取材するためだったが、私も体験することができた。取材対象の彼女が、その日はすごいパワーのある先生がくる日なので、その日にくれば、私にもいいエネルギーがいっぱいもらえるはずだから、とわざわざ誘ってくれたのだ。&lt;br&gt;　取材といっても、インタービューをするわけでもなく、カメラマンが、カメラを回すだけだったので、私はほとんど体験教室みたいな感じだった。&lt;br&gt;　夜の8時ということだったので、８時数分過ぎくらいに行くと、もうしっかり呼吸法が始まっていた。見慣れない人にとっては、少し異様な雰囲気で、それをひたすら３０分、その後、体をほぐす体操のようなものを約３０分した。&lt;br&gt;　そして、いよいよ、人を飛ばす気功になった。一体、どんな風に飛ばすのか？　よく飛ぶ人は、体育館の端のほうまで飛んでいくという。&lt;br&gt;　私は、フリスビーかボールのように、空中を飛んでいる状態をイメージしていた。そんなに飛んだら、危なくないか？　と心配していた自分の想像は、まったくの杞憂だった。&lt;br&gt;　先生と向かい合って、手をふれた人たちが、次々と、小走りに体育館を駆け巡っている。踊るように手を振る人、おかしな笑い声をあげながら走る人、首のあたりを傾けて硬直したまま、走っていく人、じつにさまざまで、先生のそばでは、床に倒れこむ人や、どうみても不自然に体が動いている人など、さまざまだった。&lt;br&gt;　取材対象の彼女が、気がとおる人ほど、笑うのだと解説してくれた。その日は、小さな子どもも数人いて、何回か来ている小学1年生の子は、迷うことなく、体育館の隅のほうまで、走って（飛んで）行った。&lt;br&gt;　遠くで見ていたのだが、参加者の中には、私の知人もいて、私にも「先生にやってもらって」と声を掛けてくれた。&lt;br&gt;　体験してみたいけど、ちょっとこわいような、抵抗したいような、複雑な気持ちのまま、体験してみたいという好奇心の方が勝って、先生のそばに近づいた。&lt;br&gt;　そばで、他の人が先生の気を受けているのを見ているだけで、なんだか立ちくらみがするような、グラグラするような、普段あまり感じない、軽いめまいがした。&lt;br&gt;　先生と向かい合って両手に触れると、ん〜、とくに感じない。う〜、このまま何も感じないのだろうか？　としばし思っていると、先生の「気合い」のようなものを感じてきた。「気」というより、ほら、飛んで行け！みたいな、「気合い」のようなものだと思う。とりあえず、飛んでいった。その状態が、変に面白くて、笑いが出た。&lt;br&gt;　取材対象の彼女が、「すごいよ。初めての人は普通飛ばないよ。」という。内心、あれは、飛ばされたというより、自分で飛んだに近いような気がしていた。&lt;br&gt;　その後も、子どもと一緒に先生の気を受けたりしているうちに、子どもに引っ張られるように飛んで（走って）、私もだんだん雰囲気になれてきた。&lt;br&gt;　そして、全員が自由に体育館をぐるぐる動きながら、先生の気のパワーを受けているときだった。私にも先生が近づいてきて、軽く手を触れたとき、何かに押されるような感じがした。その感じに抵抗せずに身をまかせると、私は、体育館の端っこまで、まさに、飛んだのだった。壁にかるくぶつかるほどの衝撃があった。&lt;br&gt;　これだ！　これに違いにない。これが気だ。というのが、やっと本当に感じることができた瞬間だった。&lt;br&gt;　そのときの心の状態は、すごく愉快で、楽しくて、童心に返るような感じ、というのかなあ。一言で言えば、心が解放されているような感じだった。&lt;br&gt;　数年前、やっと、すべれるようになったスケートにも、少し似ていると思う。こわい、できない、無理と思ったら、氷に抵抗してすべることはできない。でも、氷に抵抗す...</description>
    <dc:date>2008-02-18T19:33:04+09:00</dc:date>
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    <title>創作に夢中</title>
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    <description>　ここ数日、創作（童話）に力が入っている。ここ数日というより、今年は、出だしからそうだった。年明け早々に、書き下ろした作品を、宮古島の創作の仲間に見てもらおうと、自宅まで配ったところ、新年早々、早速合評会になった。&lt;br&gt;　そしてなんと、1月下旬には、童話作家の夫妻や、同人誌などで活躍している方が宮古に来たので、また合評会をしてもらい、いろんなアドバイスや励ましをもらった。&lt;br&gt;　さらに、去年のイベントで知り合った作家の方に、原稿を見てもらえることになり、メールのやりとりでいろいろ叱咤激励、アドバイスをもらっている。&lt;br&gt;　沖縄本島の創作仲間からもメールや電話をもらい、とにかく、いま私の環境は、童話、童話、童話になっている。&lt;br&gt;　これまで、作品を書いても、人に見てもらうのは、それほど好きではなかった。あれこれ言われても、その通りに直せば、自分の作品じゃなくなってしまうような気がしたし、そう簡単に直せないような気がした。&lt;br&gt;　でも、そういう感覚が変わってきた。人の意見を聞いて、自分なりに納得して、もっといい作品に生まれ変わらせることができるようになってきたと思う。&lt;br&gt;　とくに、今回は、読み聞かせをしている子どもやお母さんにも意見を聞いて、一緒に仕事しているカメラマンにも聞いた。作家の先生は3人、創作の仲間は4人。読み聞かせで話を聞いてもらった子どもたちを含めたら、相当な数の人に、感想をもらった。一つの作品に、こんなに力を入れるのは、自分でもはじめてだ。&lt;br&gt;　そうして、いま、その作品が生まれ変わりつつある。はやく、自分でもその作品を読みたいし、読んでもらいたいのだが、なかなか簡単に進まない。いままでにない長編になりそうなのだ。&lt;br&gt;　4月上旬までの公募に出そうとは、思っているが、締め切りが間近というわけでもないのに、私の優先順位は、創作活動になっている。&lt;br&gt;　たくさんの人に見てもらって、自分でもう一度書き直しをしながら、たしかに一段ずつ階段をのぼっているような、そんな手ごたえがある。&lt;br&gt;　日産の表彰式に参加するため、すでにチケットをインターネットで予約・購入した。ネットで買うのは、初めてで、ちょっとややこしかったけれど、2階席も予約できて、もうワクワクしている。学校を休ませて小４の息子と行くことになった。&lt;br&gt;　あまんきみこ先生らのセミナーにも、参加を申し込んだ。希望者多数の場合は、抽選で決まるらしい。どうなることやら。どちらにしても、久しぶりの上京、楽しみだ。</description>
    <dc:date>2008-02-08T22:10:26+09:00</dc:date>
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    <title>使命は気持ちの中に</title>
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    <description>&lt;p&gt;　きょうは、カウンセリングの勉強会で使用している、宮古島市女性の家（愛称「ゆいみなぁ」）のイベントがあった。利用しているサークルが一同に集まり、交流するお祭りだ。&lt;br&gt;　「カウンセリングを学ぼう会」という名で、そこを利用するようになってから、もう数年になるが、こういうイベントに参加するのは、今回が初めてだ。&lt;br&gt;　私たちは、サークル紹介の一番バッターとして、場をなごやかにするワークを何かやって欲しいと頼まれていた。メンバーで、何回か話し合い、結局「え〜っと、あなたの干支は？」という新しいワークを考えた。ジェスチャーと鳴き声だけで、同じ干支の人を探し、グループになるというものだ。&lt;br&gt;　短い時間で、仲間を探す単純なワークだが、なかなか楽しく、場をなごませることができたと思う。&lt;br&gt;　その後、次々とさまざまなサークル活動が紹介された。体操、コーラス、パッチワーク、書道、短歌や俳句、ブー績み（宮古上布の糸をつむぐ）など、趣味としてだけでなく、実益を兼ねたにわかプロたちがたくさん集まった。&lt;br&gt;　いろいろな生き方があるんだなあと、つくづく思った。そういういろいろな生き方を、今は選ぶことができて、それほどお金をかけずに、愉しむことができる。幸せなことだと思う。&lt;br&gt;　不思議なことは、たとえば、書道にしても、コーラスにしても、パッチワークにしても、本気でやってみれば、きっとできると思うのだが、誰もはやらないわけで、私自身もできるとは思うけれど、やらないわけで、人は気持ちがなければ、動けないし、やらないことだ。みんな自分の気持ちにしたがって生きている。できるのに、やらない。一体、気持ちとはどこからくるのか。自分で、自分のやりたいことを選んでいるようで、実は、選ばされているのかもしれない。天からの使命があるとしたら、やっぱりそれは、自分の気持ちの中にあるんだろうなあ、と思った。&lt;/p&gt;</description>
    <dc:date>2008-01-27T15:20:02+09:00</dc:date>
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    <title>目指すなら世界一</title>
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    <description>　今週月曜日から、農家でアルバイトをしている。読み聞かせのママダチ（というのかな、お母さん同士の友だちのこと）に、人手が足りないから手伝って欲しいという声がかかり、私もやってみたいと手をあげた。&lt;br&gt;　最初は、ピーマンの収穫作業という話だったが、行ってみると、インゲン豆の収穫作業だった。初日は、午前中の３時間のみで、10時休憩もあり、楽しいうちに終わった。二日目は、午前９時から、午後５時までやってみた。時間は、できる範囲でいいというので、その日は予定もないし、「よし！」と気合を入れてやってみることにした。&lt;br&gt;　インゲン豆の収穫作業で大変なのは、とにかく高いところにある豆を収穫するのに、両手を高く挙げなければならないことだ。ちょっと肩がこる。でも、悪いバイトではない。時給も、宮古の昼のバイトの相場よりはいいようだし、ハウスの中なので、風に吹かれるわけでもなく、とくに寒くもない。ここ数日、ずっとぐつついた天気なので、暑くもない。重い荷物を運ぶわけでもないし、ただひたすら、インゲンを収穫するだけなのだ。しかも、働いている人たちの気持ちもいい。休憩時間には笑顔がたえないし、いろんな人との出会いもある。&lt;br&gt;　私は、ずっとお話のタネになりそうなことはないかなあ、と思いながら、豆を収穫するのだが、いろんな気付きがある。それは、お話のタネに直接なるということよりも、いろんな体験やいろんな感情、そのものが、私にとっては、大切なことなんだなあ、ということ。&lt;br&gt;　昨日は、午前中農家のバイトをして、午後からは、インターネットＴＶの取材で、タイ式マッサージ＆占いをしている人のところへ行った。占いもしてもらい、マッサージも受けてきた。そこでまた、いろんな気づきがあった。&lt;br&gt;　そこで言われたことで、深くそうだなあと思ったことがある。それは、目指すなら「世界一の童話作家に」ということだった。私は、最初その言葉を聞いて、「そんな大それたこと&amp;hellip;&amp;hellip;」と、内心笑おうとした。でも、それを言った彼女も、「私も世界一のヒーラー（癒す人）になろうと思っているんですよ。目指すなら、世界一を目指さなくちゃ」と話してくれたのた。&lt;br&gt;　そうだよなあ。とつくづく思った。自分でゴールを決めてしまえば、それは自分の限界を決めてしまうことになる。そこそこでいいと思ったら、そこそこにはなれない。人は限界の手前でたいていギブアップしてしまうものだ。&lt;br&gt;　「世界一の童話作家」。それは、一体どんなものなのか、よく分からないけれど、よく分からないからこそ、いいのかもしれない。&lt;br&gt;　今年の目標を、私は「自分で限界をつくらない」としておきながら、自分でも気付かない限界のラインのようなものを引いていたのかもしれない。たとえば、「世界で最も有名な童話作家になんて、なれるわけない」とか、「世界で最も本が売れている童話作家になんて、なれるわけがない」とか。&lt;br&gt;　「世界で最も○○○な童話作家」の○○○の中に、何を入れたらいいのか、それも分からないけれど、自分の夢を自分こそが、笑い飛ばさず、真剣に世界一を目指してみようと、思ったのだった。</description>
    <dc:date>2008-01-24T16:25:15+09:00</dc:date>
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    <title>私の中のunkoちゃん</title>
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    <description>&lt;p&gt;　この間、ＮＨＫで作家の石田衣良さんの番組を見た。以前、見たいと思っていたのに、見逃してしまった番組だ。たまたまテレビをつけているときに、再放送をしてくれた。神さまが見させてくれたと、今思う。&lt;br&gt;　ここのところ、自分にプレッシャーをかけ過ぎていた。今年は童話をがんばる！　童話作家を目指す！　と心に決めたのはいいのだけれど、そういう思いと裏腹に、作品のアイディアは浮かんでこない。&lt;br&gt;　私の場合、趣味でやっていこうと思うより、これで食べていくんだという気持ちの方が、モチベーションとしていいのだが、いくらモチベーションが強くても、作品をつくるときには、邪魔になることがある。&lt;br&gt;　石田さんの番組は、そんな今の私に、ヒントを与えてくれたような気がする。&lt;br&gt;　番組の中で、石田さんはミッションを与えられる。「自殺&lt;br&gt;願望を持つ少女が自殺をやめたくなるような童話を作る」。しかも、辞書から無作為に選んだ３つの言葉を使って、４８時間以内に、というものだ。石田さんは、いま超売れっ子の作家で、何本も締め切りや取材を抱えている。こまぎれのわずかな時間を使って、石田さんはそのミッションを果たすわけだが、その様子に恐れ入った。&lt;br&gt;　石田さんいわく、「考えるのは、自分の中の無意識という世界にいるもう一人の彼」だという。だからなのか、石田さんは自分の作品ができあがっても、すごく他人事で、「楽しかった」と言って笑い、それを読んだ中学生が、「これで自殺を思いとどまることはないと思う」みたいな感想を述べても、モニターを見ながら悠々と笑っている。あくまで、他人事のような感じなのだ。その作品はもう、自分のものではない、みたいな。&lt;br&gt;　作品を書きながら、そのお話に感動して泣いてしまうし、書くことは、自分ともう一人の彼との共同作業なんだと言う。&lt;br&gt;　石田さんによれば、そのもう一人の彼は、リラックスした状態のときに出てきてくれるらしい。だから、たくさんの締切りに追われながらも、原稿を書く前は、音楽を選ぶことからはじめ、喫茶店でアイディアを練るときも、注文したものが出てくるまでは、何もしない。&lt;br&gt;　自分の中の創作を担当する彼を、上手に手なずけているという。そこが、ホントにすごいと思った。&lt;br&gt;　私の場合、私の中の才能ある彼女（とでもいっておこう）は、なかなか出てきてくれない。リラックスが足りないのだろう。考えてみれば、そういう彼女の存在に気がついて、大事にしていなかったと思うし、そのもう一人の自分の存在とうまく付き合っていくことが、童話作家という夢を現実にできるかどうかの大きな分かれ目なんだと思う。&lt;br&gt;　夕べ、夢をかなえるために、自分のサインを考えていた（すごく、気が早いかもしれないが&amp;hellip;&amp;hellip;）。前から、気がついてはいたのだが、私の名前はローマ字で書くと、じゅんこ(JUNKO)のなかに、うんこ(UNKO)ちゃんがいる。私は、このうんこちゃんの存在が、面白いなあ、なんか、子どもにうけそうだなあ、とか思いながら、お決まりのウンチのイラストの下にＪをつけて、unkoと書いてみた。&lt;br&gt;　そうなのだ、私の中の無意識（？）の彼女はユーモアがあって、子どもっぽくて、楽しくて、愉快な、unkoちゃんだったのだ。そのことに気がついた。unkoちゃんを見つけられて、すごくうれしかった。&lt;br&gt;　これから、unkoちゃんと上手に付き合っていく方法を探してみようと思う。&lt;/p&gt;</description>
    <dc:date>2008-01-16T18:46:09+09:00</dc:date>
  </item>
  <item rdf:about="http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109334770.html">
    <title>うれしい電話</title>
    <link>http://blog.mag2.com/m/log/0000203828/109334770.html</link>
    <description>　新年早々、今度はうれしい電話があった。やっぱり、今年は当たり年かもしれない。いや、きっとそうだ。&lt;br&gt;　昨年秋に提出した某自動車会社主催の童話賞から連絡があった。大賞になると、本として出版されるし、童話や絵本をかいている人なら、たいていは知っている賞だ。３月初旬が公の発表になっているので、いちおう、ふせておいた方がいいのかもしれないけれど、ここには書いてしまおう。&lt;br&gt;　「ニッサン○○○○○担当の○○○○です」とのこと。もう、私はそれを聞いただけで、心臓がドキドキしはじめた。だって、わざわざこの時期に連絡があるということは、何かの賞に入っていると思って、間違いないからだ。&lt;br&gt;　でも、その賞に提出したのは、『へんな電気屋さん』という作品で、提出した後に、作家の先生に見てもらう合評会があり、私としても、なるほど、もう少し直したいなあと思っているものだった。だから、まず、大賞は無理だろうと思っていた。その作品が何かの賞に入るという。自分でも、あともう少し、と思う作品が、何かの賞に入るということは、そのあともう少しが、自分にも分かってきたということだ。手ごたえというのだろうか、これまで見えなかったラインが、いま見えつつあるような気がするのだ。&lt;br&gt;　結果は、佳作。ＪＯＭＯにつづいて、またもや賞金なしの賞だが、すごくうれしい。見えきてたラインに、もう少し近づけるよう、これからも作品を書き続けよう。&lt;br&gt;　目下のところ、『ゴキカブト』を文学作品といえるところまで、お色直しをしている。いろんな作品を読むのにも、意欲が湧いていて、どんな文章にひかれるのか、ストーリーよりも、表現方法を重視して、いいなあと思った作品を読み直している。だれかの表現に似ることなく、自分らしさを出しながらも、説明的な文章ではない、描写的な文章になるよう、がんばってみよう。</description>
    <dc:date>2008-01-11T18:15:43+09:00</dc:date>
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    <title>創作を続ける力</title>
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    <description>　きょうは、午後から創作童話の会だった。会といっても、３年ほど前から、３人で不定期にほそぼそと集まっていたのだが、きょうの集まりで、できたら会に名前をつけて、一ヵ月に一回は集まるようにしようということになった。&lt;br&gt;　たぶん、昨年１１月に「ＷＡＶＥ　in 宮古島」という４人の絵本作家を招いたイベントをしたことが、大きなはずみになったと思う。&lt;br&gt;　少なくても私自身は、「私も童話作家になるんだ」という思いが、強く湧いたし、また、３人で何かを成し遂げた連帯感のようなものが、以前よりも増したことは確かだった。&lt;br&gt;　私にとっては、ほか２人の方たちはみな大先輩で、仲間というのは失礼なくらいなのだが、創作意欲をかきたて、持続させていく上では、仲間なんだと思う。&lt;br&gt;　きょうは、持ち寄った作品の感想や気になるところなどを指摘してもらい、いま考え中の作品のアイディアや、お話のタネになりそうな感動したことなどを、自由に語り合った。こういう会話ができる相手がいることで、また作品を書こうという気持ちが湧くし、お話をつくることの楽しさを分かちあえるのは、本当にうれしいことだ。&lt;br&gt;　今月末、「ＷＡＶＥ−」で宮古島に来島した作家の方が、また家族で来島してくださるということで、早速、そのときに合評会のようなものをまたやろうということも決まった。&lt;br&gt;　私は、この年末に書き上げた『ゴキカブト』の完成度を上げて、今年は講談社の「児童文学新人賞」に挑戦してみようと思っている。&lt;br&gt;　きょうの会でも、指摘されたのは、アイディアはいいのだが、文章が説明的で描写的ではないということだった。私も自分は表現力が足りないと思っていたし、あらずじを書くような流れで書き上げたので、文学作品としてはどうか？と思っていた。&lt;br&gt;　講談社の児童文学新人賞の第一回目の作品である、松谷みよ子さんの『龍の子太郎』を読むと、その表現力の素晴らしさに、とても足元にも及ばないと思っていた。きょうの指摘で、「説明ではなく描写」するつもりで書く、ということは大きなヒントになった。&lt;br&gt;　これまで、多くの作品を読んできたわけではないのだが、今からは表現の仕方をどんな風に工夫したら、分かりやすくて、より完成度の高い文学作品になるか、注意しながら読もうと思った。&lt;br&gt;　とくに今回の作品は、数年がかりで仕上げたものだし、学校で子ども達にお話をしながら、子どもたちの反応や「次を聞かせて」「はやく次を作って」という声が励みになってできたお話なので、愛着も強い。賞が取れなくても、本にだけはしたいし、著作権をとられたくないという思いがある。&lt;br&gt;　もう少し表現を工夫して、完成度を高めるところに、力を入れてみようと思う。今まではストーリー性に重きをおいて作品を作ってきたので、あまり得意ではない部分だが、チャレンジ！チャレンジ！&lt;br&gt;　</description>
    <dc:date>2008-01-08T18:52:10+09:00</dc:date>
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