[ アフリカのニュース ]

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ジュンヌ・アフリックコムより

国連によればDRコンゴで4月、市民34人を含む43人がローラン・クンダの反乱軍と北―
キヴの民兵マイマイとの衝突で死亡した。

「地方の情報によれば、市民34 とパルコ(コンゴ抵抗愛国者、マイマイ)が、衝突で
死亡した」と、DRコンゴ国連平和維持軍(Monuc)のディートリヒは語った。

この戦闘は、CNDP(コンゴのツチ反乱軍リーダー、ローラン・クンダの人民防衛国民
議会)と対立するパルコとの間で、2008年4月20日から28日の間に、ゴマから北―西
100kmのワリカル地区;ルレコ、ボコンボ、マシャンゴで勃発した。
 
 詳しい情報なない。

陸軍大佐ディートリヒは、4月24日、マシャンゴの国連軍のパトロール隊が CNDPとパ
ルコのメンバーの銃撃戦に出くわしたことを覚えている。
犠牲者はなく、Monucの介入でそれぞれが引き返した。

 1週間後、コンゴ軍は(FARDC)隣のリュシュルで、ルワンダ解放軍(FDLR、ルワン
ダ・フツ反乱軍)の発砲にあった。ウガンダとの国境付近でも5月5日に同様の衝突が
あった。

「停戦協定を守らないとは困ったものだ」(1月ゴマでキヴの武装グループと停戦協定
を結んだ)


1月23日ゴマで、北および南キヴのコンゴ武装グループは、それぞれの地域の戦闘をやめ、ただちに撤退すると証書を交わした。

しかし 北―キヴでは、CNDP4000人と数千人の様々なマイマイグループから出てきたと
思われる武装グループは全く撤退しようとせず、衝突は日常化している。

国連によればこの地域で2006年12月以来、847000人が移動し、内500000人が村を捨て
なければならなかった。