[ 映画コラム ]
生涯いちばん長く付き合うことになるであろう『007』シリーズを思う
007をリアルタイムで映画館で観たのは、ロジャー・ムーアがジェームズ・ボンドを演じたシリーズ10作目『007私を愛したスパイ』(1977)を中学1年の時に初代日比谷映画で観たのが最初だった。ボンド・カーのロータス・エスプリからミサイルが発射されたり、その車自体が潜水艇になったり、巨漢銀歯の悪役ジョーズが大暴れし、はたまたお約束のお色気シーンに当時の映画少年はワクワク、ドキドキしながら心躍らせて観たものである。娯楽映画としては、よく出来た作品であった。残念ながら初代ボンド=ショーン・コネリーの作品は映画館で観たことがない。
思えば『007私を愛したスパイ』を境に、このシリーズの劣化が始まった。大いなるマンネリズムとマンガ的展開の連続でいつしかシリーズの存続さえも危ぶまれた時期もあった。とはいえロジャー・ムーアが悪いわけではない。彼のボンドで8作品も創られた功績は多大である。しかし危機感を募らせた製作陣は、年をとりすぎたロジャー・ムーアに代えティモシー・ダルトンを起用し『007リビング・デイライツ』(1987)で起死回生を図るが、若返った分、動きはシャープになったものの、ダルトンに華がなく、このあとの『007消されたライセンス』(1989)の2作で降板する。
そして『007ゴールデンアイ』(1995)でピアース・ブロスナンを起用。スマートでダンディズムがあり、アクションの切れ味も良くやっと望むべきジェームズ・ボンドの登場かと思われたが、回を進む毎にダレてきて、彼の4作目『007ダイ・アナザー・デイ』(2002)では、北の将軍様が登場したり、ボンドカーが透明車になったり、東洋人が整形で西洋人になったりとあまりの荒唐無稽の連続に「嗚呼、またか〜」とげんなりさせられた。
次は、どう来るのかと思っていたらイアン・フレミング原作の原点『カジノ・ロワイヤル』を送り出してきた。この原作、いままで本家シリーズに映画化権がなく過去に名匠ジョン・ヒューストンら5人の監督の競作で、1967年にコロムビア映画製作で映画化されている。007にピーター・セラーズ!競演にデヴィッド・ニーブン、ウィリアム・ホールデン、ウディ・アレン、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ポール・ベルモンド、そしてオーソン・ウェルズと信じられない凄い競演陣だったが、なんともまとまりのないコメディ映画になっていた。
で、シリーズ第21作『007カジノ・ロワイヤル』であるが、スティーブン・スピルバーグの『ミュンヘン』(2006)に出ていた(あまり印象にないが)英国俳優ダニエル・グレイグが歴代初の金髪のジェームズ・ボンドとして登場。観る前は、それってどうなの?と思っていたが、冒頭のテロリスト追跡シーンから体を張ったアクション・シーンを魅せ、それだけで「これはイケるぞ」と確信させるだけのオーラが出ていた。監督もアントニオ・バンデラス主演の『ゾロ』シリーズなどで安定した娯楽作品を手掛けているマーティン・キャンベルが、ブロスナン主演の4作品の中では、一番出来の良い『ゴールデンアイ』に次ぎ、シリーズ2度目のメガホンをとり快作を創り上げた。
そして、なにより『ミリオンダラー・ベイビー』『クラッシュ』(2004)の才人ポール・ハギスが脚本に名を連ねているのが、この作品が成功した最大の要因であろう。映画は、ボンドが”00”の称号を得るまでの云わばスパイ教育期間が描かれる。派手な秘密兵器も登場せず、本来のスパイ映画としての姿を取り戻した。
過去のシリーズは、世界征服を企む集団にボンドが立ち向かいクライマックスは要塞、潜水艦、秘密基地、果ては宇宙ステーションなどの敵の本拠地へ乗り込み、それらをぶっ壊して悪の親分を倒すという『水戸黄門』的お約束の”流れ”で創られていた。その”流れ”こそが、このシリーズが枠から抜け出せない”呪縛”であったことがこの新作を見ると良く解る。そのあっけないほどスッキリとしたラストシーン。それがかえって心地よい。その言葉どうりに初心に帰った007。戻ることなく新しい”流れ”を創造して行ってもらいたいものだ。
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