★青春の心と体のファンタジーをお届けいたします。生きることは、いつも時空を翔る冒険だ。知識は、地球を駆巡る魔法の杖だ…
楽しく読めるファンタジーな環境文学、社会の裏を抉るどきどきする探偵小説、心の真相を覗くはらはらする犯罪小説、登場人物が小説の中で大人に成熟する教養小説にしたいと、欲張りな目論見を持って書き始めた小説ですが・・・・、貴方の心には何が届きましたか?感想を是非メールでお寄せください。★sasuganogyosue@yahoo.co.jp
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第10章―3、【美佳教授の犯罪文学論、ここに犯罪の温床があるのです・・・】
◆その2、「冷血」◆
小さな故郷を離れて地球のあちこちに、「知識」と言う魔法の杖を手に持って、捨てるに捨てられない一人一人のかけ甲斐のない、しかしそれぞれ一人一人は重い運命を背負って、希望と未来を開拓する大きな世界に旅立った仲間達がいました。生きることがそのまま冒険家のように、世界の果てから果てまで彷徨する<六年二組>の仲間達は、今、ひまわり先生の嬰児「勇樹」が誘拐された知らせに驚き、けれど一人一人が解決の糸口を持って故郷に帰ろうとしています。自分が生まれ、自分が育ち、大人になるために世界に旅立ったが、今また祖先の魂が眠るお墓のある、心と体に英気を与え、エネルギーを充填させる銭湯と、太陽の光と養分のあふれた川と畑のある故郷に帰って来ました。彼等は校庭を去り故郷を離れる時に、仲間に何か重大な事件が起き、一人が皆に援けを求めた時、皆は一人のために、一人一人は皆のために、桜の元に集まろうと、まるで円卓の騎士のように誓いました。
ある日、「桜の散る前に、桜の木の元に集まれ…」という知らせが、皆の手元に届きました。まるで忘れかけた童話の中に存在したお伽の国からの手紙のように。君子、緑、茜、淳子、美佳、悟、太一、龍、徹は、今まさに散ろうとする桜の古木の元に集まりました。
美佳は、アメリカ文化の中の病巣、幼児犯罪と文学の相関関係を研究するうちに、FBIから多発するアメリカ社会の幼児犯罪の分析と解決策を依頼され、幼児誘拐、幼児殺人、幼児虐待のプロファイルを専門とするようになった。現在、FBIの幼児犯罪事件の専門チームに参加して、ある難事件を解決した事で有名になりました。
美佳の犯罪文学論は、アメリカ文化の抱える暴力と性の歴史を横糸に、アメリカが建国されるピューリタンの時代から今日に至るまでのアメリカ文学史を縦糸に、特に幼児誘拐と惨殺事件が多発するアメリカの病根を、文化史の中で解釈する文学論です。
今、ニューヨク大学の一室は聴講生で満席で、美佳教授がアメリカの幼児誘拐と犯罪文学を語り始めのに聞き入っています。彼女は、日本に旅立つ前の最後の講義を始めました。いつものように、美佳の授業は堅苦しい「学問」ではなくて、軽妙洒脱な、まるで親しい友人にでも話すおしゃべりのように進展するので、学生たちには人気があります。
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美佳教授は、ようやく特別授業の挨拶をそつなく終えて、導入部を話し始めたところです。アイロニたっぷりの、彼女のいつもの授業のペースにのせたところでしてた。「休憩に入りましょう…」と、司会者に合図をしました。出席者の出入りが落ち着いて、その顔ぶれを見回しながら、ほっとしてホールを見渡しました。君子の姿を会場の隅に見つけました。10年前の君子と分かれてから、同じニューヨークに住みながら、お互いに懐かしい友人の記憶だけにとどめていました。そこに座っている君子は、器械体操が得意で細身の身体、漫画を読みながらケラケラあっけらかんとよく笑う、男勝りで聡明そうな昔の君子の残像からは、遥かに変貌していました。勿論、彼女の市警官としての活躍は、新聞の写真にたびたび掲載されていたので、市民の関心を呼ぶほど華々しいものでした。美佳もよく目に留めて、故郷の仲間の活躍を自分のことのように喜んでいました。美佳は、ここでこうして再会したのが嬉しくてたまりませんでした。「ようこそ君子、お久しぶりね。今晩のフライトの予約したの?明日は成田空港で会えるのかな…」と、懐かしそうに声をかけました。君子と美佳との会話は、二人が今晩ニューヨークを出発して、明日には成田空港で落ち合うことを相談しているものでした。君子も懐かしそうに、美佳の立つホール前方の壇上に歩き、近づいて握手しようと、手を伸ばしました。美佳は、「ご主人は、お元気ですか。お変わりありませんか?」と、昨日分かれたばかりのクラスメートのような気安さで、日本への帰国を話題にし始めていました。
君子はやや俯いて、「その件なんだけれども、この前の事件以来、彼がすっかり変わってしまったの…。」と言い澱んでいました。「何よ、隠さないで、私には本当のところを話してくれるって、お願い、約束して…!」「あなたのためなら、何でも相談にのるわ…。この前の事件って…、君子が倉庫荒らしと銃撃戦をして、肩を撃たれたことなの…?」「それ以来って、何かあったわけなのね?何があったの?何なの?」。美佳は矢継ぎ早に君子に質問を浴びせた。「実は、お腹に彼の赤ちゃんが居るの…」と、躊躇ったように話し、口元には、やはり新しい生命をさずかっった女性らしい嬉しさを隠しきれないようでした。「おめでとう、嬉しいことじやないの…、幸福なことでしょ…よ。別に心配するような事ではないじゃないの…」と、美佳は友達の悩みを聞いた後で、自分のことのように親身になって慰めた。「深刻に悩むような事ではないので、ちょっと安心したわ、でも、その憂鬱な顔の真相は何なの…?」。「実は、彼が危ない仕事を辞めて、家庭で子供を育ててくれ、と言うの。私たちが子供をつくる最後のチャンスだから、家庭で主婦に専念して欲しいらしいの…」。「うー、だからだ…。君子のその憂鬱な顔の原因は、それなんだ…。子供は産みたいけれど、仕事は辞めたくない、というわけなのね」。「夫の念願は叶えてあげたいけれど、警官としてのキャリアを投げ捨てたくないか…、なるほどね、板ばさみね」。「あなたの悩みの答えは、もう少し待って、今すぐに返事が出来ないtから、この次の休憩まで少し待ってね、それから君子の悩みは…ネ、次の私の講義で触れたいテーマなのよ…」。
突然、マイクから司会者の声が流れました。「それではお待ちどうさまです。美佳教授、そろそろ再会いたしましょうか。皆様、着席されていますか?」
「ハイ、そうですね。そろそろ特別講座を再開させていただきます。ウーン…それでは…」。
アメリカは確実に性の解放にむかって歩を進めていますが、だがしかし、レーガンからブッシュと共和党政権あたりから、保守的な宗教勢力の支持を獲得するために、男女の旧来の伝統的な婚姻・家族制度をアメリカのモラルとして賛美するような反動も起こっています。
私は、皆さんに一つの質問を発します。<現代のアメリカ人は、何を求めているのでしょうか?>。犯罪というこの世のもっとも醜悪な人間の所業の、殺人の原因と結果、誰がどこで誰をどう殺したか、の事件の起承転結を夥しく検証していると、何がこの犯罪の原因なのだろうか…、何がこの犯罪者の心の動機となったのだろうか…と、私は、犯罪心理の真実を追いかけていきます。しかし私自身が、人間性の摩訶不思議な心の深い暗闇の迷路に落とされたような、疑心暗鬼と不安の泥沼に突き落とされたような気がします。だから私が、皆さんに投げかけた問いはそのまま、<今ここに生きる私は、何を求めているのでしょうか?>という問いが、山びこのように私自身の心の方向に響いてきます。犯罪者の心の奥底を覗いているうちに、<なぜ?><どうして?><何故なのか?>と、自分の心の奥底でそうした疑問と問いが共鳴いたします。デカルトの『方法序説』のようですが、犯罪や犯罪者にたいする懐疑は、懐疑する自分自身の懐疑の陥穽に陥ります。デカルトはこれだけは疑えない確かな ものを「私」として、自己懐疑のとめどない連鎖に楔をうちました。<現代のアメリカ人は…>そして、<今こうして生きる私は…>は、<何を至高の価値として求めているのでしょうか?>。私は、たびたび問いかけました。ある眠れない夜のベツトの中で鬱々としたときに、朝の健康な陽光を浴びながら、虚無感に襲われたときに、バーのカウンターに座りアルコール度の強いお酒を飲みながら、酔いしれども満たされない不満を感じたときに。そして、そうだ…、「幸福な家族」なのかも知れない…と思いました。しかしながら、現代アメリカの「家族」制度そのものは、時代によりめまぐるしく変遷しています。
1960年代に性の解放が叫ばれ、経口避妊薬が普及しました。ビルは女の必需品になりました。70年代には、妊娠中絶が合法化され、離婚は働く女性の勲章のように思われ、シングルやデンクスが持てはやされました。アメリカでは、二組に一組の割合で離婚し、年間離婚件数は百二十万人と言われています。80年代前半には、エイズが出現しました。フリーセックスや同性愛は危険なものと非難され、ビルからコンドームによる避妊が常識となりました。さらに80年代後半からパートナーや子供たちのいる家庭に、幸福の価値がおかれるようになり、キャリアを優先して子供のない家庭は、養子縁組によって子供を持を持ちたいと願いました。90年代に入り、生殖技術は進化して、卵子・精子の提供による人工受精の妊娠が増えました。精子提供により年間約九万人以上の幼児が生まれ、卵子提供によって、これまで数千人の幼児が生まれています。子供が欲しいが子供を持てない悩みを解決する、不妊治療は年間20億ドルの巨大産業亜へ成長しました。代理母による出産は年間一千万人ともいます。ゲイやレスビアンでさえも、家庭を築き、子供を育てる社会が出現しました。私たちはもう神の領域に踏み込み、クローン人間さえつくることができます。
だから、単純に伝統的な男と女が結婚した夫婦に、子供のいる家族が、温かい家庭だという家族像だけでは、もはや家族を語り尽くせるものではありません。つまり、単純な男と女と子供が構成する、永遠に幸福な家族の制度の三角形は、崩壊いたしました。。今日のアメリカは大きな社会変動の中でさらに動き、犯罪もまた、その家族形態の崩壊の中で、変転しています。
私は、ときどきこう考えます。もしも、この犯罪者に、野蛮で残虐な殺意を温かくつつんでくれる母親と、罪を犯そうとする邪まな心を厳しく戒める父親と、人の生きかた死にかたの倫理を導き、律する宗教倫理があれば、犯罪者にならなかったかもしれない…と。しかしながら無念ですが、でも、これは旧来の犯罪への見方です。トルーマン・カポーティーが、1965年に発表した犯罪小説、『冷血』(In Cold Blood)は、そうした犯罪者像でした。彼は、三年間かけて殺人事件を徹底的に取材して、膨大な情報を収集して、さらに執筆に三年かけた力作です。カポーティは、自分の薄幸の家庭的境遇を、殺人者が殺人を犯し、罪人になることの逃れられない運命と重ねあわせながら、徹底的な調査をしました。ローレンス・グローペルのインタビュー本、『カポーティーとの対話』(文藝春秋刊、川本三郎翻訳)では、…事件は私を占領し、消費しつくしたほどだ…純粋に調査だけでも八千ページ近くにもなった…と、事件に没頭した当時の心境を語っています。
既に小説を読まれた方、リチャード・ブルックス監督が1967年に映画にしましたが、もう既に見たという聴講生が大半だと思っています。私の方で簡単に荒筋だけ要約いたします。
1959年11月16日に、カンザス州ホルカムの農場、クラッター家の主人と妻と男女の子供、一家4人が惨殺される事件が発生いたしました。農場主は、のどを掻き切られ、散弾銃で撃たれていました。他の家族も手足を紐で縛られた、やはり至近距離から散弾銃で撃たれていました。実際に起こった殺人事件です。警察捜査と裁判経過と死刑の瞬間を、作家は克明に取材して、小説に書き上げました。被害者の農場主は勤勉で誠実な人柄として知られ、周辺住民との間のトラブルも一切なかったです。クラッター家の家族もまた愛すべき人々であり、一家を恨む人間に心当たりがなかった。殺された女性被害者は、性的暴行を受けた痕跡がなかった。被害者宅は、現金嫌いで支払いは小切手で済ませることは、周辺住民ならば誰でも知っていることであった。事件の真実がつかめなかった。事件の捜査を担当したカンザス州捜査局の捜査官たちは、事件解決の糸口がつかめなかった。カポーティがこの殺人事件に関心を抱き、調査を始めたときには、ペリー・スミスとリチャード・ヒコックの二人はまだ逮捕されていなかった。事件情報に懸賞金がかけられ、犯人を特定する有力な情報が獄中の刑務所の同房者からもたらされた。それをきっかけに捜査は急速に進展し、二人の逮捕に成功する。そして、犯人たちは、捜査官に対して、この不可解な事件の真相と自らの生い立ちを語り始めました…。この小説のクライマックスは、刑務所に隣接する倉庫での絞首刑のリアルで刻明な処刑風景でしょうか。カポーティーは、二人が絞首刑になるまで、彼らと親密に接し、感情の交流さえいたしました。
『冷血』の中で、司法精神医学界の重鎮、ジョゼフ・サテン博士の論文≪明白な動機なき殺人ー人格解体の研究≫を引用しています。…すべての事例で、幼少時代に深刻な愛情の欠乏があったという形跡がみられる。このような愛情の欠乏は、片親、または両親が、長期にわたり、またはくり返し不在である場合、あるいは、両親がわからないとか、他人の手で育てられた子供を、片親、または両親がまったく受け付けないというような混乱した家庭生活が送られる場合に、必然的に生じうるものである・・・情動に関する組織の障害が形跡がみられた…、(新潮文庫、佐田雅子訳より引用)と、書いています。カボティーは明らかに自分の境遇を、小説の中で主人公達に投影して、人物描写をしています。彼はこの作品で、物語風ドキュメント、或いは、「ノンフィクション・ノベル」という新しい小説のスタイルを確立したといわれています。確かに、アメリカの家族は崩壊していますが、しかし、彼はまだまだ、今日のアメリカの性と犯罪を描くことに充分ではないと、私は思っています。
皆さん、話がやや固くなりましたね。少し疲れかと思いますので、また休憩にしますか…。それでよいでしょうか…。では、また15分間の休憩にいたしましょう。
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★魑魅魍魎の徘徊する街、歴史が堆積する街、物と心が錯綜する街を解読する。次のURLでも都市生活を解読するアーバン短歌を掲載しています。https://blog.mag2.com/m/log/0000183539/ ★「死」という覗き穴から、文学的に民俗学的に宗教的にアプローチするブログ。「メメント・モリ(死を忘れるな)/死の記号学序章」を下記URALで始めました。http://blog.mag2.com/m/log/0000221477/ ★短編掌説≪小説なのかな、読んでくれ≫の連載を新しく始めました。都市生活者の心を手のひらにのせて、転がして遊ぶ小さな言葉、掌編小説をお届けいたします。http://ameblo.jp/sasuganogyosui/day-20071123.html
