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太田章の【格闘技の源流】
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 http://genkina-atelier.com/lutte/
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格闘技大好きな皆さん!こんにちは、太田章です。
 今回は、2005年10月に光文社VSのために書いた生原稿をお届けします。
 本日のK1ダイナマイト第10試合に元WBA世界スーパーフェザー級チャン
ピオンのチェ・ヨンスとキックボクシングをバックグラウンドに持つ魔裟斗
との対戦が組まれています。
 K1の舞台におけるキックとボックスの闘いについて考える場合に、ご参
考になると思いますので。
 2007年の最後も格闘技を考えながらしめたいものです。埼玉アリーナ
にも足を運ぼうかな。やれんのか?!の前のイベントも気になるし。。。
 皆さん、よいお年を!そして来年もよろしくお願いします。

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第六話 K1とボクシング 〜足と手、そして手だけの大きな違い〜

 格闘技は進化する。去る10月12日(2005年)に行われたK1 WORLD MAX
2005を見て、その思いを強くした。「K1のKは、空手、キックボクシング、カン
フー、拳法など立ち技格闘技…の頭文字を意味する」とK1公式ウエブにある。大男た
ちが防御なしに殴りあう壮絶な格闘技が現れた1993年の衝撃は記憶に新しい。

 それはダッキングの許されているキックボクシングとは全く異質な超攻撃的格闘技と
して登場した。その後の人気と隆盛は周知の事実であるが、この日の試合には、ボクシ
ングの元日本王者が二人出場した。

 スーパーウェルター級元王者の大東旭、そしてミドル級元王者の鈴木悟である。鈴木
の場合は、今年の6月まで現役のボクシングチャンピオンだった。K1の世界にプロボ
クサーすなわちパンチの専門家が本気で参戦したのである。

 大東はボクシングシューズを履き、キックによる攻撃を自ら禁じ、K1MAX初代王
者のアルバート・クラウスに挑んだ。ボクシングのパンチ力を有効にするための手立て
である。足腰を安定させた状態で、腕力を最大限に引き出す作戦。まさにボクシングで
K1を制す覚悟だっただろう。ゴングと同時に怒涛のパンチを繰り出す大東にボクサー
としての意地を見た。しかし、その後、クラウスは大東へのローキックを適所で出しな
がら、両手両足「四つの武器」により、攻撃を有利に進めていった。

 一方、鈴木は、シューズを脱いで、K1格闘家としての闘い方を選んだ。相手はキッ
クボクサーのマイク・ザンビディス。あの山本“KID”徳郁を一発で仕留めたパンチ力
が注目を集めていたが、彼も鈴木の足を攻めることを忘れなかった。

 大東も鈴木も自信のパンチを有効打とできず、足から崩れた。ボクシングの試合で足
が攻められることはない。K1とボクシングの違いは、その「間合い」である。足を無
防備にしてもいい「間合い」でのパンチはK1では一撃になりにくい。

 レスリングでは、下半身の攻撃が禁じられているグレコローマンとそれができるフリ
ースタイルがある。大東とクラウス、鈴木とザンビディスの試合に、グレコローマンと
フリースタイルのレスラーの試合を思い浮かべてみた。

 グレコローマンのレスラーが、足へのタックルを受けたら一溜りもないはずだ。そう
いえば、ロス五輪(1984年)出場が決まった当時、私にとって格好のスパーリングパー
トナーは馳浩であった。グレコローマン代表になった馳が同じ体重(90キロ級)だった
からである。

 フリースタイルでのスパーリングでは、足技の使えない馳を面白いように転がすこと
ができた。もちろん、グレコローマンスタイルでは、手も足もでないのだが…

 レスリングの原型はグレコローマンである。グレコローマンの試合中、足にタックル
を仕掛けた選手からフリースタイルが生まれた。上半身だけの闘いからの自由(フリー)
が誕生した。それによって攻守のパターンが多様化した。フリースタイルの原初の呼称
「catch as catch can」には格闘技の進化のヒントが見事に表現されている。

 「できる術’(すべ)を尽くし、可能な限り相手を捕まえろ!」とは私の意訳である
が、これをK1に当てはめれば、「kick and punch as kick and punch can」=「すべ
てを尽くして、可能な限り打撃せよ!」である。手足の攻撃は、1+1=2ではなく、
2の2乗にも2の6倍にもなりえる。連係ならば2の6乗、これに防御を加えればさら
に多くの攻守パターンが生まれる。いかにボクシングで頂点を極めた格闘家たちでも、
1+1=2でこれに対抗するのは至難の業である。

 打撃格闘技の「自由化」を追求してきた源流がK1に流れ込んでいる。「立ち技格闘
技最高峰の場」と自称する充分な根拠ではないだろうか?ボクシングチャンプの勇敢な
挑戦がそのことを私に改めて教えてくれた。

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 本書は2005年10月に書かれました。本誌の無断転載転用は禁止されております。
 copyright(C)2007,Genki na Atelier
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 太田章と行く「格闘技の源流」ツアーの旅 企画中です!お楽しみに!
 http://genkina-atelier.com/ota_tour/

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太田章の【格闘技の源流】
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格闘技大好きな皆さん!こんにちは、太田章です。
 今回は、2006年1月に光文社VSに掲載された文章の生原稿をお届けします。
 それは私が初めてプロ総合格闘技の世界に送り込んだタカクノウという一人
の男の物語です。
 そのタカクノウは、明日、両国国技館で行われる闘今ボンバイエ(アントニ
オ猪木氏主催)に参戦します。
 これまでDEEPでは彼の持ち味である関節技を十分に見せることができて
いませんが、明日は存分に見せてくれることと信じています。
 明日にならないと誰と対戦するかも分らないという猪木イズム溢れる大会で
すが、私はとても楽しみにしております。
 この試合に勝って、夏の終わりにはタカを連れてモンゴルに行きたいもので
あります。格闘技の源流ツアー第一弾 モンゴルの旅も、まもなく締切です。
皆さんのご参加をお待ちしております。

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第五話 タカクノウと私 〜総合格闘技への道〜

 タカクノウと知り合ったのは、今からほぼ1年半前、ロサンゼルスのある空
手道場であった。私はそこで、「レスリングセミナー」をすることになってい
た。空手を学ぶ人々にレスリングの基礎訓練を施すために招かれたのだ。

 道場に着くと、一人の男が近づいてきた。鍛え上げられた体躯は純白の柔道
着の上からもはっきりと分かった。剃りあげた髪に刻まれた三本の剃りこみが
強面をさらに威圧的に見せていた。私は身構えた。

 「久能孝徳と申します。こちらで『柔道』を教えております。お会いできて
光栄です」一礼の後、強面は笑顔の清々しい男になっていた。その男こそタカ
クノウ。木村政彦以来、五十年ぶりに黒帯柔術家からタップを奪った男だった。

 聞けば、既に十四年間も米国に滞在しているという。「来年日本に帰ります。
武道を窮めたいと思っております」タカが別れ際にそう言った。

 今春、タカは帰国し、約束どおり私が早稲田大学で開いている「社会人のた
めのレスリング講座」(俗称、社レス)に顔を出した。タカは中学から柔道を
始め、国士舘高校柔道部で柔道を鍛えたが、その後、自衛隊でレスリングにも
励んでいた。社レスの参加者もそれなりのレスラーだし、中にはアマチュアの
総合格闘家もいるが、誰一人、レスリングでタカに敵うものはいなかった。

 何度かタカが社レスを訪ねてくれ、彼の練習ぶりを見ているうちに、彼なら
プロ総合格闘技界でもやっていけるのではないかと思うようになった。レスラ
ーとして基礎体力が抜群な上に、柔道の延長線上で習得した柔術にも長けてい
たからだ。

 そして私が最も動かされていたのは、彼の礼儀正しさ、謙虚さだった。今の
日本人が忘れてしまった大切なものを彼はきちんと持っていた。

 私の思いをタカに伝えると、彼は「やらせてもらいます」と即答した。とて
も暑い日だった。巷では世界水泳日本活躍の話題で持切だった。7月27日、「チ
ーム太田章」が小さな産声をあげた。

 「チーム太田章」といっても、私に出来るのはタカのスパーリングパートナ
ーとなって、私のレスリング全てを伝授することだけだ。タカの強靭な締めで
私の肋骨が何度か折れた。

 K1かプライドでの年内デビューを前提に、団体にアプローチも始めたが、
スムーズに事が運んだわけではない。当初は年齢がネックになるとは思っても
いなかった。タカは今38歳だが、身体能力は28歳だったからだ。

 「米国では年齢で人を判断しないけど」とタカは溜息をついた。ともかく見
ていただければと、高田延彦氏にお願いし、高田道場でのスパーリングに挑ん
だ。9月も終わりに近づいていた。PRIDE参戦中の選手とも対等に闘うタカに高
田道場での練習の許可が出た。

 デビュー戦は、それから1ヶ月ほどして決まった。PRIDEではなく、DEEPとい
う団体でのステージが用意された。当初、PRIDE、K1という最高峰を狙ってい
たので、タカのモチベーションが心配だったが、高田氏の導きもあり、「いた
だいた舞台で頑張ります」と言ってくれた。

 いざ参戦が決まると、打撃戦への不安があった。米倉会長の計らいで、ヨネ
クラボクシングジムで稽古をつけてもらえることになった。11月8日、ジムを
訪れた日のことは忘れられない。数々の世界チャンプを生み出したその伝統あ
る日本家屋のジムの佇まい。来る者を拒まない大きさ。タカは伸び伸びとボク
シングの基礎を学び、「打撃の軸が見えてきました」と言った。

 12月2日、タカクノウは後楽園のリングに立った。佐々木有生とのデビュー戦
は1回2分20秒TKOの敗北に終わった。しかし、彼の挑戦は、今、始まったばかり
である。タカのバックボーンは柔道とレスリングである。総合格闘技への挑戦の
中で、その源流がタカを導く先を見守りたい。それが、かつてタカが語った「武
道を窮めたい」ということなのだろう。

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 本書は2006年1月に書かれました。本誌の無断転載転用は禁止されております。
 copyright(C)2007,Genki na Atelier
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 太田章と行く「格闘技の源流」ツアー 第1回 モンゴルの旅
 http://genkina-atelier.com/ota_tour/

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【ツアーのポイント!】

1)太田章とともにミニナーダム(弓、馬、相撲の祭典)を観戦。

2)太田章と語る夕べ「格闘技の源流」に参加。

3)大草原テレルジでの「ゲル」宿泊体験。ツーリスト用のゲルです。

4)太田章直筆サイン入り「レスリング式エクササイズ」太田章著をプレゼント。

5)太田章とともにレスリング・フィットネスを現地レスリング道場で体験。

6)「チンギス・ハン800年目の帰還」騎馬隊イベント観賞

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太田章の【格闘技の源流】
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格闘技大好きな皆さん!こんにちは、太田章です。
 今回は、2006年4月に光文社VSに掲載された文章の生原稿をお届けします。
 この春場所、横綱 白鵬が誕生し、大相撲の東西横綱がモンゴル出身力士と
なりました。大相撲とモンゴル相撲の関係を考察せざるを得ません。
 折りしも、昨年私がバーサスに寄稿しようとした文章に、その一端が書かれ
ていました。是非、ご高覧ください。
 なぜモンゴルが強いのか?私もモンゴルに訪れる決心をしました。8月に格
闘技の源流ツアー第一弾 モンゴルの旅を 企画しています。
 私と一緒に、彼らの強さの原点に行ってみませんか?

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第四話 モンゴル相撲と大相撲

  大相撲では、モンゴル勢を筆頭に海外から日本の土俵にやってきた力士たち
の活躍が目立っている。朝青龍、琴欧州の奮闘ぶりは言わずもがな、昨年末の
登録で、幕下も含めると12カ国から総勢59名が「参戦」している。その大半を
占めるのがモンゴルで、総勢34名の内、幕内力士が7名もいる。

 日本人横綱が不在の大相撲の状況を憂う声も聞こえるが、地の果てにある土
俵というリングに夢を抱き、遥々やってきて、厳格な規律と猛烈な訓練を耐え、
「力士」となった彼らは正真正銘の「相撲取り」であり、日本の伝統文化を担
う名誉日本人として考えるべきで、これからますます大相撲に格闘技の逸材が
集まる未来に私はむしろ明るさを感じている。

 相撲は日本古来の神事であり、その聖なる土俵には女性も上がることが許さ
れない。そのような場所に異邦人を上げることへの不快感も憂国の深層にはあ
るのかもしれない。しかし、実は格闘技の源流を辿れば、神との関わりなくし
て世界の相撲も生まれなかったことがわかる。

 朝青龍や旭鷲山の格闘の背景には、モンゴルの広大な大地が開ける。その大
地を土俵としているのがモンゴル相撲(ブフ)である。伝統的なスポーツの祭
典「ナーダム」は、あのジンギスカーンが兵士の戦闘力適性を見極めるために
開いた大会が始まりとの説もあるが、弓、馬、相撲の三種目は、古代遊牧民の
生活に必需なものだったはず。

 モンゴルスポーツの礎は、すべてナーダムにあると言っても過言ではない気
がする。モンゴルからやってきて初めて幕内力士となった旭鷲山もブフの力士
だった。実際、五輪に出場してくる柔道家やレスラーは皆、ブフの覇者である。

 その一人、モンゴルの勇者バトルフォーと闘ったのは、1982年インドはニュ
ーデリーのアジア大会。闘いの後、彼と一献を共にした私の眼前で、突然彼が
酒に指を付け、上、中、下に酒を弾いた。もったいないなあ。と思っている私
に、「太田さん、これがモンゴルの相撲だよ。我々は闘いを神に捧げているの
だ」というのだった。

 モンゴルの民族宗教には疎いが、ともかく、ブフでは闘う前に必ず酒を指に
つけ「天の神、地の神、水の神」とそれぞれの方向にはじく儀式をしなければ
ならない。自分の闘いが神に捧げられたものだなどと考えたこともない私に酒
席は感動深いものになった。

 この大会は恐らく近代スポーツ大会始まって以来はじめての野外スタジアム
で行われたものだった。大インド砂漠に沈む夕日を背に受けて広いサッカー場
に置かれたマットの上での激闘を想起し、まさに神妙な思いに包まれた。

 昨年の暮れ、初の女性横綱審議委員である内館牧子氏に会った時、興味深い
話を聞いた。大きな男と格闘技が大好きな彼女とは年に一度必ず会うことにな
っている。土俵の成り立ちについて、曰く「四つの柱を立て、紐で結ぶとその
場に神が降りてくる。そこに円を描いたのが土俵」。彼女は、東北大学大学院
で相撲の歴史を研究している。思えば、2004年のアテネ五輪で、オリンピア遺
跡を訪れた時、そのパレイストラ(格闘技場)の隣にゼウス神殿が聳え立って
いた。

 パンクラチオンを闘った選手たちも自らの闘いを神に捧げていたのではない
だろうか。パンクラチオンはレスリングの源流であり、琴欧州を筆頭とするス
ラブ勢の土俵の背景でもある。現在でもタイでは、ムエタイの選手が試合前に
神のために踊る。「ワイクルー」という踊りで、太陽崇拝の舞である。腕や頭
に着ける「モンコン」、「プラチアット」には精霊が宿ると信じられている。

 世界各地に存在する相撲の源流を探れば、そこに神と人の対話が見える。た
だどちらが強いかを決するだけでなく、その結果が神に捧げられていたのだ。
四つの柱は聖地を囲い、その地に描かれる円に降臨する神と共に闘う選ばれた
者たちの集い。大相撲は古代の相撲の原点を現在に顕現させている。その地に、
世界各地から格闘を求めて「力士」がやってくるのは、とても理に適い、とて
も自然な動きなのではないだろうか。大相撲の未来に希望を抱く所以である。

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 本誌の無断転載転用は禁止されております。
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 太田章と行く「格闘技の源流」ツアー 第1回 モンゴルの旅
 http://genkina-atelier.com/ota_tour/

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【ツアーのポイント!】

1)太田章とともにミニナーダム(弓、馬、相撲の祭典)を観戦。

2)太田章と語る夕べ「格闘技の源流」に参加。

3)大草原テレルジでの「ゲル」宿泊体験。ツーリスト用のゲルです。

4)太田章直筆サイン入り「レスリング式エクササイズ」太田章著をプレゼント。

5)太田章とともにレスリング・フィットネスを現地レスリング道場で体験。

6)「チンギス・ハン800年目の帰還」騎馬隊イベント観賞

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太田章の【格闘技の源流】
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格闘技大好きな皆さん!こんにちは、太田章です。
 今回は、2005年11月に光文社VSに掲載された文章をお届けします。

 新年早々、かつての記事をなぜ再生するのとお思いでしょうが、た
またまKID選手が北京五輪を目指すということもあり、その観点か
からご覧いただいても、参考にしていただけるのではないでしょうか?

 それでは今年もよろしくお願いします!

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 現役時代にプロ格闘技の世界への誘いを受けたことがあった。総合格闘技が
盛んになり、冗談半分だろうが未だに「総合格闘家との闘いが見たい」という
声もあったりする。もちろん私の答は「NO」である。レスリングの核を知れば
知るほど、「NO」である。

 2005年9月7日に行われたHERO’Sミドル級世界最強王者決定トーナメントに出
場した8名の内、なんと4名がレスリングを基礎とした選手だった。私は有明コ
ロシアムに足を運んだ。 総合格闘技の源流としてのレスリングを見極め、私
の「NO」の根拠を確かめるために。

 レスラーの長所は、基礎体力である。単に力が強いというだけでなく、持久
力と柔軟性に秀でている。レスリングの技術を極めれば、相手をコントロール
し、抑え込むことは容易である。しかし、これだけでは総合格闘技は勝てない。
引き分け以上はあり得ないということだ。このトーナメントを闘うレスラーた
ちがいかなるプラスアルファを習得してきたのかをしかと確かめたかった。

 レスラーというのは十人十色。基礎技術と基礎体力は同じでも、一人一人が
全く違うタイプのファイターである。須藤元気がグレコローマンのジュニアチ
ャンプになったのと、山本“KID”徳郁がフリースタイルのインカレチャンプに
なったのは、全く違う要素で成り立っている。HERO’Sのリングのファイトにも
彼らのレスラーとしての個性がはっきりと浮かび出ていた。


 2004年の春、私はロサンゼルスの「ビバリーヒルズ柔術クラブ」にいた。世
界格闘技研究旅行の一環として、柔術のスパーリングを実践していた。そこに
ぶらりと須藤はやってきた。米国留学時代からこのクラブで柔術を修練してい
るとのことだ。礼儀正しい好青年だった。

 黒帯柔術家とのスパーリングは関節技を学ばないレスラーにとって、それは
きついものだ。レスリングでは、相手をフォールするために関節を押さえるの
であって、柔術のように逆関節を決めることはしない。私は柔術家の繰り出す
技をなんとかレスリング流に凌いでいた。「太田さん、本気ですね」須藤の言
葉が優しく?!響いた。


 グレコローマンに必要な上半身の引力と柔らかさ。それが須藤の個性だ。そ
の持ち味に精密な柔術が備わっている。組めば強烈な投げ、寝れば柔術で極め
た締め技と関節技が、相手の反撃に合わせて流れるように繰り出される。

 この日、シドニー五輪日本代表だった宮田和幸を準々決勝で破ったのは、腕
ひしぎ十字固めだった。それも終盤。レスリングを知っている汗だくの宮田に
この技を決めるのは達人といえる。

 強烈な個性ということであれば、山本の闘いは違った意味で、レスラーの強
さを表現していた。準々決勝でホイラー・グレーシーを一発で仕留めた。山本
のパンチには全体重が込められている。

 関節技の大会「アブダビコンバット」のチャンプとの寝技を避けて、パンチ
一発の勝負を挑んでいた。準決勝で対戦した宇野薫もレスリング経験者だが、
山本はここでもパンチ一発の勝負に徹した。レスリング経験者とのレスリング
を「逃げた」とも言える。

 同じ基礎を持つ人間には、自分の持ち味を生かして勝たざるを得ない。その
ことを熟知している山本の闘い方に、私は逆に「レスラー」を感じるのだった。
フリースタイルには足腰の強靭さが重要な要素だ。山本がパンチに表現してい
るのはこの強さである。

 須藤元気と山本”KID”徳郁が決勝に勝ち残った。それぞれのレスラーの個性
が築き上げたプラスアルファ。それがあるから彼らは勝ち抜くことができたの
である。レスリングを源流に持つとはいえ、全く異なる個性の闘い。今から大
晦日が楽しみである。私の「NO」に決定的な夜となりそうである。

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格闘技大好きな皆さん!こんにちは、太田章です。
今のところ、隔週ペースで光文社VSで連載した文章をお届けしてます。
でもこのメルマガに掲載するのは、私が書いたものそのものです。
優秀な編集者の赤ペンが入っていないもの。メルマガだけの特別編
です。どうぞお楽しみください。
光文社○○さん、ご了承ありがとうございます。
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第二話 コマンドサンボ 〜ヒョードルの強さの秘密〜

 固唾を呑んだ。ヒョードルとミルコのPRIDEヘビー級タイトルマッチが眼
前で行われている。(2005年8月28日)
http://www.prideofficial.com/free/result/event/1120212599.html

 サンボ、柔道をバックグラウンドにリングスで二冠を制し、プライドに参戦以
来負けたことがないヒョードルに勝てるとしたらミルコのキック以外には浮かば
なかった。ミルコ紹介の試合前に流れたボスニア紛争の映像。それまでユーゴス
ラビアという国で共存融合してきたセルビア、ボスニア、クロアチアの人々がソ
連崩壊とともに、悲惨な闘いに入った。その戦禍にミルコの父親も犠牲となった
という。戦いの中で新国家、クロアチアが生まれた。ミルコの後ろにクロアチア
の人々が映る。クロアチアが戦ってきたものが、ヒョードルの無敵さに重なる。

 この試合が単なるスポーツに見えなくなる。ロシア対クロアチアの代理戦争に
も思える。一触即発の緊張がリングサイドにも伝わる。ヒョードルの闘いは周到
に準備されたとおりに進んだ。ミルコの嫌がる距離に迫り、ミルコの嫌がる左周
りに追い詰めた。そのプレスを跳ね除けるように一発を狙うミルコ。ミルコが左
ストレートをヒョードルの顔面にヒット。あのヒョードルがよろけた。

 ひょっとしたらと思った最初の瞬間だったが、ヒュードルは直後グラウンドに
持ち込む。さすがだ。しかしグラウンドになってもミルコが下から出すパンチ、
キックでヒュードルも思うようにパウンドできない。ミルコはヒョードルの殺戮
パンチを巧みに交わす技術を身につけていた。これなら行ける。ひょっとしたら
と思った。

 しかし、これが最後のひょっとしたらだった。ヒョードルは顔面から流血しな
がら上からのプレスをやめない。ミルコの闘いは次第に防衛に体力を消耗させて
いった。ヒュードルの強さは一体何だろう。

 そこに私が見るのは、心技体を駆使して相手に勝利するスポーツとは、流れを
異にするひとつの源流である。それは、私が「格闘技を訪ねる旅」では封印して
いた恐ろしい源流でもある。彼の一撃は相手にダメージを与えるためにではなく、
敵の息の根を止めるために発せられる。彼の関節技は相手の関節をきめるためで
はなく、敵の骨を折るためのものだ。この技は生死を分けるまさに戦争状態にお
けるリーサル・ウィポンとして鍛え上げられた能力にだけ身につくものだ。

 「コマンド・サンボ」という格闘技があるのを知ったのは、今から二十年前、
私の宿敵、ロシアのワッハ・エブローエフからだった。東側諸国が出なかったロ
ス五輪の翌年、日本で行われたスーパーチャンピオンという大会に東西のアマレ
ス選手権保持者が呼ばれた。強豪ソビエトのエブローエフにリーグ戦で対戦。ま
さかの勝利。忘れもしない一九八五年五月六日のことだ。私のロス銀メダルを裏
付けてくれた結果を素直に喜んだ。それ以上に負けた彼が私を認めてくれ、真の
友人となったことが嬉しかった。

 その彼が「おまえは、レスリングでは俺に勝ったけど、ソビエトにはもの凄い
格闘技があるぞ」と教えてくれたのが、コマンド・サンボだった。そのルールを
聞いて私は背筋が凍えた。「殴っても、蹴っても、締めてもいい。相手が寝てい
ても関係ない。目潰しだけはだめなんだが」当時は金的もOKだったということ
だ。

 2003年6月8日PRIDE26で藤田和之がヒョードルに対戦した。藤田が善戦。
ヒョードルを追い込んだかに見えたが、背後からの裸締めで藤田がタップした。
擦り抜けられるかなと思っていたが、ヒュードルはスリーパーホールドを仕掛け
たのではなく、藤田の首を折りにいった。危険を察知した藤田が試合を諦めても
仕方なかった。

 2004年6月20日、PRIDEグランプリの第二回戦。ヒョードルに対戦したラン
デルマンは裏投げを決めた。ひねりの利いた強烈な投げにヒョードルが落ちた!
と多くは見ただろう。しかし、レスリングの裏投げは相手を肩から落とす。受身
が取れるように投げる。コマンド・サンボの投げは首から落とす。敵を戦闘不能
にするためだ。

* * *

 最強への挑戦を求め続けてそれがやっと実現する花道を歩くミルコを目で追い
ながら、なぜか目頭が熱くなった。四年に一度しかないチャンスにかけるオリン
ピックレスラーだった自分の姿と重なったのかも知れない。

 世紀の一戦は判定でヒョードルが勝利した。敵を葬るための技術を磨きぬいた
格闘家の戦略的な攻撃に絶対に負けまいと踏ん張ったミルコ。闘いを終えたヒョ
ードルは言った。「面白かった。戦うに値する選手だった」この両者の戦いはス
ポーツ的な終わりを迎えたといってもいいだろう。闘った相手を認め合う時間が
訪れた。スポーツが代理戦争を超えて、「平和のツール」となるヒントが見えた。
花道を去るミルコの後姿に、コマンド・サンボがスポーツに昇華するかもしれな
い一筋の流れを私は感じていた

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