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[ 映画 ]

中盤は、ポロポロと涙が遠慮なく
出るくらい感動している。

難しく言えば、コミュニケーション不全の四人。
わかりやすく言えば、他人との距離の取り方が
わからない四人。

わからないから、いがみ合い、
いがみあうから、寄り添おうと、する。


しかし、感動の根本は、
どこから探してきたのか、
子役の森永悠希。

大阪弁、達者やなあ。
上方落語、上手いなあ。
表情、豊やなあ。
色、白いなあ。


開巻前、新潮社が大手スポンサーとわかる。

それなのに、師匠(伊東四朗)が解いているのは
「てこずるパズル」で週刊文春。

しかも、三つ葉(国分太一)の落語を教えてくれの
問い詰めに背中を向ける時、表紙に「春」の文字さえ見て取れる。


最後の橋の影を暗転、陽転に使った演出は上手いと
思うものの、香里奈と国分が結びつく、
ハッピーエンドの必然性が見えない。

神は細部に宿る。
映画の神も細部に宿る。

演出の神も細部に宿る。

八千草薫の「私のが上手い」が秀逸だっただけに、
細部の神の集合が全体なのだ、と言っておく。

つまり、映画はギリシャ神話なのだ。

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