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    「不良の道徳。。。子供二人が」

前回の続き。。。。。遊太郎がいつも朝食の用意に来る、良子が来ない

ので、一回事務所に行けば、そこには見知らぬ子供二人と楽しそうに

している良子を見たのである。その様子がいつもの良子とは違って見

えた。こんな笑顔が良子にもあったのかと。

「おはよう、、、良子さん。今朝は楽しそうですね。。。ところで、あなたに

子供さんがいたの。。」

「おはようございます。。。可愛い子供たちでしょう。。そうですね、こんな

いい子がいたら嬉しいですが」と良子は二人を観ながら。

「所長、、、この手紙を見てください」といって、一枚の手紙を差し出し

た。

「そうですか、、、そんなことだったですか。。。とにかく、預かりましょう

。。。親御さんから連絡があるまで、良子さん、あなたが責任を持って

、面倒をお願いしますよ。。。二階の部屋もありますから、泊り込みで

ね」と遊太郎所長は云いながら。。。

「ところで、良子さん、私の朝食もお願いします」と。

良子は子供たちに用意したものと同じサンドイッチとコーヒーを遊太郎

所長の机に持ってきた。「所長、子供たちを二階へつれていきます」

といいながら、食事が済んだ子供たち二人を二階の部屋に連れた行

った。

良子が二階へ行ったところに、「人生お助け相談所」のスタッフたちが

出勤してきた。いつもいない、遊太郎所長が微笑みながら、コーヒー

を飲み、サンドイッチを美味しそうに、机に座っていたので。。。

「おはようございます。。。所長。今朝は何かあったんですか」と、相談

所きっての行動隊長の柴田が聞いた。みんな、いつもと違う、雰囲気

に、何かを期待したのであった。

 

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     「不良の道徳。。。捨て子二人」

前回の続き。。。遊太郎が開いた「人生お助け相談所」のスタッフの

一人、服部良子がいつもの時間に事務所についたのが8時5分前。

「人生お助け相談所」は3階建ての瀟洒なビルの一階にあり、その

入り口には二坪ほどのポーチがあった。

ビルそのもが遊太郎の所有で、3階がその住まいになっており、普段

は遊太郎が独りで寝起きをしていた。そのために、受付と家政婦的な

仕事を良子は受け持っており、事務所を開ける前に、3階の遊太郎の

部屋に行き、朝食の仕度をするのが彼女の一日の始まりであった。

ところが、今朝はポーチの所に二人の幼い子供が二人、肩を寄せ合

うように座っているのでビックリしたのである。

良子は二人に近づき、「どうしたの、こんなところに座って」と声をかけ

たら、二人が急に泣き出した。

二人の子供は泣きながら、お兄ちゃんのほうの子供が、良子に封筒

を差し出した。良子は変だな、おかしいと思いながら、とにかく差し出

した封筒を受け取り、中を開けて見た。

手紙が入っており…『助けて下さい、二人の子供をしばらく預かって

下さい。必ず迎えに来ますので、お願いします。息子は勝、5歳。娘

は彩、3歳です。どうか、無理なお願いをして申し訳ありませんが、よ

ろしくお願いします。。。。父、雄一郎」と書いてあった。

良子はとりあえず、事務所を開けて、二人の子供を中に入れた。

「お腹、すいてない。心配しなくて良いわよ。。。あなた方のお父さん

は用事が済み次第、帰ってくるといっているから、此処で待っていま

しょうね」と云いながら、泣きじゃくる二人を抱き寄せた。

「パパがね、ここでお悧巧にしていれば、すぐに帰ってくると言ってい

たよ」と云いながら。。。「あやちゃん、お腹、すいちゃった」と。

良子は遊太郎の食事のことを忘れてしまい、二人の子供のための

食事を用意した。

時間になっても来ない良子に、腹を立てながら遊太郎が事務所に下

りて来た。事務所の中の光景を見て、良子を怒るつもりの遊太郎も

一瞬ためらった。夢中でサンドイッチを食べている子供二人がなんと

も、愛くるしく、それでいて、何処と無く、寂しい影を落としているのに

遊太郎の心を少しだけ、ちくりと刺すものがあった。 

 

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        「不良の道徳」

 遊太郎は64歳、人生風景の中に色々な夢を描いては消しながら

生きてきた。時には不良といわれ、時にはお人よしになりながら、心

に傷を追いながら、がむしゃらに生きてきたような。これからも夢をみ

ながら、追いかけながら生きていくだろう。

いつ終わるかも解らない人生を。その命の灯りが消える日まで。

いつもぎりぎりのところで、もがき、喘ぎながら、溺死寸前のところで

、這いずり回って生きてきた。

遊太郎は今、静かな温泉町に来て、心温まる湯煙に、遠い昔を見て

いた。かすれる思いは懐かしく、幾度と無く、人生を、生き方を変える

ような仕事をしながら、変えながら生きてきたことに。

よくも此処まで、波乱万丈な人生が送れたものと。

「第一章」

遊太郎の心にはいつも、どこかに、人のために何かをしたい、してや

りたいと願う想いがあった。しかし、いつも、そう思いながらも、がむし

ゃらにやっているうちに、いつの間にか、自分に置き換えてしまい、気

がついたら、何のことは無い。自分のために動き、何事も結果的には

己のためになってしまっていた。

今度こそはと思い立ち、 「人生お助け相談所」なるものを開いた。

その相談所は「人間命」に関わることでの相談に限るという。変わった

相談所を開設したのであった。

 

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          「不良  7」

 高校2年の冬。その日は冬休みに入る日であり、12月24日だった。

朝の朝礼でいつもより、厳しく訓示が行われた。生活指導係りの先生か

ら。。。「今日から冬休みに入る。特に今日はクリスマスでもあり、町は

にぎわうだろう。。。決して飲食店街などには出入りしないように」とくど

いほど念を押された。その上で、今夜は警察の人たちと一緒に見回りも

するので注意をするようにと告げられた。

遊び太郎たちも、朝、くどいほど釘を刺され、親が子を思うように教えて

くれたのだから、よせばよかったのであるが。。。前々から準備をしてい

たので、悪がき連中と飲み会をしてしまったのである。

それも盛り場の一つである街で、割烹で未成年者の学生が、人並みに

宴会をしてしまったのであった。人は老いも若きも、酒を飲んでしまえば

、気が大きくなるもである。

トイレなど割烹の中にあるものを使えばいいものを、飲んだ勢いで、外

に出て用足しをしたのである。それが御用となってしまった。

まったく、しまらない話である。その時の人数が7人だったか。。。

その御用となった時の人間が、玄関で遊び太郎を呼んだのである。何

をしてるのだ、寒いから中に入れよといっても。。入れない。

とにかく、来てくれというので、そばまで行ってびっくり。何と自分たちの

学校の先生がいるでは無いか。。。

完全にアウトだった。終わったと思った。全員が呼ばれたのはそれから

そんなに時間がかからなかった。

そして、冬休みだというのに、全員が次の日に、親ともども学校に召集

されたのであった。

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        「不良  6」

遊び太郎、高校一年生を何とか無事過ごした。二年に進級が出来たの

であった。ますます、学業はそっちのけになり、遊びに夢中になる。

遊びも表向きは「硬派」を気取ってはいたが、本音は色恋というか、女

遊びにのめりこんでいった。

遊びを自覚して、女狩りを始めたのだった。学校が引けると、溜まり場

になっている喫茶店へ出かけては、遊び好きな女をあさっていった。

喫茶店も遊び太郎は3箇所を根城にしていた。そこへ時間つぶしに来る

女たち。。。専門学校へ通う女、不良らしき女学生などいろいろだった。

時には駅前や繁華街でぶらついている女性に声をかけては、遊んでい

った。相手も遊びのつもり。。。20歳を過ぎた専門学校へ通う女性は、

遊び太郎のいいターゲットだった。

ほとんどが暇つぶしに通っている、どっちかというと、少々「お嬢様タイ

プ」であり、結婚するまでのスリル、遊びを楽しむ女たちで、お金にも余

裕があり、高校生不良、遊び太郎たちにはもってこいの遊び相手でもあ

った。そんなことを毎日、若さで行動していたのだった。

いいことか悪いことなのかは別として、青春を思いっきり、行動していた

のであった。お互いが話し合いをし、納得して、お互いの快楽だけを求

めて、青春と言う時間を過ごしたような。。。。

学業はおろそかにしてはいたが、人との、特に女心の勉強は誰よりも

したような思いがしたのであった。

人とは何でも学びである。しかし、その時代順序は違ってはしまったが

、若い時の遊びの中に、女心、女体美などを 学んだことは、自分の

人生にいい学びとなった。経験となった。

人により違いは有ると思うが、怪我も恥じも、若い時の方が小さかった

ような。。。。。又、時には心の傷を負ったこともあるが、直りは早かった

ような。。。。不良学生も人に迷惑をかけないような。。。自分心の不良

なら良いのでは。。。そう思うようになったものである。

 

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            「不良 5」

遊び太郎も高校一年生の夏休みが過ぎた頃から、仲間とぶらぶらするようになって半年が

経ち不良学生らしくなり、いっぱしに、やってはいけない、してはいけない「タバコや酒」をそ

れなりに吸ったり、飲んだりするようになっていた。

そして、冬休みを迎えて、仲間と筑波山の願朝参りへ出かけたときだった。まったく、今考え

ると、よくもそんなことができたと思うのであったが、若さと、興味心と、それになんだろうか

、何か他の同年代とは違うんだというような、「虚勢心」があったような。

遊び太郎は二人の同じ高校の同級生と、筑波山神社のにぎやかな人通りをふらついてい

たときだった。ひとりの仲間の友達が近寄ってきて、近くの旅館の二階で当時の不良仲間

が集まり「酒盛り」をしているというので、合流することにした。遊び太郎たち3人が行った

時には宴たけなわで、みんなそれぞれに酔っ払い、気炎を上げていた。その中には遊び

太郎の中学の先輩や、同じ高校の先輩たちもいて、声を掛けられ、一気に酒を注がれ

、飲まされた。そのうちに酒の力もあり、そのバカ騒ぎの中に飲まれていったものでした。

高校も違い、年代もちがうものが、それぞれに、なけなしの金を出し合い、酒を買って来

ての宴会であった。未成年ばかりの大晦日から年の初めに掛けての、馬鹿な餓鬼どもの

精一杯の足掻きのような。それでも、何かそのときには血が踊り、心が燃えたような気が

するのだった。

しかし、いきあがり、宴もたけなわの、いい気分になっていたときだった。「逃げろ!警察だ

」という声に、そこにいた不良学生20人ぐらいはいたような。。。みんなそれぞれに逃げた

ものだった。屋根伝いに逃げたり、屋根から飛び降りたり、とにかく遊び太郎たち3人も夢

中で逃げた。履物だけは二階にみんな上げていたので、裸足での逃走は無かった。

暗い山道を一目散に駆け上ったものでした。若さとは凄いもので、海抜900mの筑波山を

、それも夜道を一気に上ってしまったのである。気がついたときには筑波山のてっぺんに

いた。筑波山で朝日の出を、このときに生まれて初めて見たものでした。高校生としてや

ってはいけない事をした後で、この世の美しい、素晴らしい「日の出」を見たときの、青春

の重いでは今でも、強烈に遊び太郎の心に残っています。

人の世のいいこと、悪いこと、やってはいけないこと、そして、美しいこと、己の心で一度に

経験したものでした。やらないで済むならしないほうが、不良なことは。。。決していいこと

ではないのだから。。。

 

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        「不良学生  4」

遊び太郎は遊び仲間と毎日のように、駅前や喫茶店に屯(たむろ)する

ようになっていった。やることといえば、一杯60円のコーヒーで喫茶店

に入り浸って「タバコ」を吸ったりしていたようだが。時には酒類を少し飲

む程度から、人とは恐ろしいもので環境に順応していくものである。

やってはいけないこと、高校生としての道徳の道をどんどんはみ出して

いくことをなんとも思わなくなっていったことであった。

見つかれば「退学処分」になるようなことを平気でやり、それが、あたか

も勲章でもあるかのように、虚勢を張っていったものである。当時の仲

間の言葉で言えば「いきがって」いたようだ。

当然のように、喫茶店や駅前などで、ふらふら「「俺はいっぱしの不良

でござい」とばかりに、歩いているのだから、他の高校の不良ともぶつ

かるというか、喧嘩もあった。そんな喧嘩やいざこざを繰り返しながら、

遊び仲間が、同じ高校以外にも広がっていったものでした。

そのうちに青春真っ只中であり、俺は「硬派」などと気取っていても、や

はり異性である「女」には興味があり。。。ふらふらする女不良学生とも

知り合い、一緒に遊ぶようになっていった。

遊び太郎が「女花」に目覚めてというか、女との色遊戯に没頭し始めた

のも高校1年生からのことだった。今から考えると「ふざけた話だよ」

やるべき本業の「学業」はそっちのけになっいたのだから。。。それでも

人との触れ合い、いいことも悪いことも覚えたようだった。

今から思うと遊びの中に「ルール」があったような。その経験は

今も人生の生き方に於いて生きているような。不良学生の遊びの中に

も「遊び道徳」があったようだが。学業そっちのけで、云うのも可笑しい

が、学びは学問だけでは無いようなことと言えるようだ。机の上では学

べないものが、人と人の絡みにはあり、同じ年代の馬鹿な餓鬼が、そ

れなりに、人との対立や競争、それと仲間意識が育まれ、助け合う心

や思いやりなどを、身体で痛みを覚えながら学んだような気がするのだ

が。。。。世の中のエリート社会の人たちにはわからない、理解できない

心と心の絡みが肌で感じられたのだ。そんな心の触れ合いが出来たの

も、不良を経験したからというと可笑しいかも知れないが、とにかく、

四角四面の心が少しだけ、弾力性が持てるように育ったことは、高校時

代の青春をそれなりに「馬鹿餓鬼道」を学んだからのような気がする。

だからといって、不良をしていいとは云わないが、人それぞれのその時

の道選びでもあるようだ。。。どんな道を選び、辿っても、己の心に後悔

が残らない人生道を歩きたいものだ。

 

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          「不良学生  3」

遊び太郎も仲間たちも、友達の部屋でたむろすることにも飽きが来て、街にでも出てみよう

かということになり、とりあえずカバンは友達の家に置いて街へ出てみた。遊び太郎たちと同

じようなプラプラする高校生たちが、駅前にたむろしていた。男ばかりではなく女不良に見え

る学生たちも、何が面白くているの知らないがグループを組んでふらふらしていたような。

今から考える、なんとも不思議な行動を取っていたようだ。。街中を駅前をふらつき、目的な

ど無かったような、挙句の果てには他校の高校生と喧嘩をしたり、少しづつ不良仲間が増え

ていったような、遊び太郎たちも遊ぶエリアというか、やくざではないが高校生同士での勢力

範囲を決めながら、小さな街で「いきがり」ながら、いっぱしの不良気取りをしていたものだっ

た。そんなことをしながら、タバコや酒は当たり前の行動になり、喧嘩も日常茶飯事になり、

何か学校での勉強がおろそかになるというか、ほとんど興味がなくなり、カバンの中身も

ほとんど空っぽ状態のような高校生活が始まっていた。

学校で使う教科書は学校の机の中か下駄箱の中といったように。。。家での勉強はまるっ

きりであった。帰宅時間は7時が8時、9時となっていっても、親たちはほとんど疑うことは

無かった。陸上での練習で遅くなると思っていたので、自分の子供が不良学生まがいとい

うか、不良学生なっているとは露知らずになっていたが、いずれ、それはばれることになっ

たのであった。高校2年生の12月24日まではわからずしまいで過ぎたのであった。。。

 

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         「不良学生  2」

遊び太郎、陸上部をやめてからは、その練習時間を遊びの時間に振り替えていたのであ

った。遊びといっても高校1年生のすること、ましてや、今から47年も昔のことである。最初

は他愛の無い遊びをしていたもので、友達の家に集まり、ごろごろしながらの時間つぶしで

あった。誰からということも無く「タバコ」を吸いお始め。。。いっぱしの大人気取りというか、

不良学生のレッテルを貼り付け、なんとなくいきがっていたような。。。そんなことをしながら

、今から考えるとおかしな事では有るが、当時は一生懸命に考えて、真剣に遊んでいたこと

があった。

タバコも今のように種類も多くなく、その上で高校生であるから「金は無し」であるから、買え

るタバコにも限りがあり。。。当時40円で20本入りの「いこい」とか「しんせい」というタバコ

を買っては吸っていた。そのタバコを繋ぎ合わせて、「しんせい」と「いこい」を繋ぎ、良く気

取りながら吸っていたような。。。どうっていうことは無いのだが。。。まあーーそんなくだら

なことしていたものである。

そんな遊びをしたり、暇つぶしにトランプや花札をやりながら、時を無駄にしていたような

気がする。。。それでも時間はあるので、遊びながらでも。将来の夢などをいっぱしに話あ

っていたような。。。そして、時には、安い当時のサントリーのウイスキー「トリス」だったか

な。。。買ってきて飲んでは、吐きながら「くだを巻いたような」。。。

遊びとはいえないような時間つぶしをしていた。。。しかし、救われることがある。それは

友と話が出来たことや、人生というか青春の話が仲間と出来たことが良いような。。。

やってる行為は良くないかも知れないが。。。人と人が絡み合いながら過せたことが、、

そのことに何か意義があったような。。。当時の仲間とは今も友としての交流がある。。

人間社会の「利害関係や欲世界」から離れた。。心の人としての付き合いが出来、心の

オアシスのようなひと時が過せるような。。。青春のくだらない「ガキ道遊び」にも、いい面

が残るような気がする。。。

 

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           「不良学生 1」

遊び太郎も高校1年生の夏休みぐらいまでは、勉学に運動(陸上部)に励んでいたが、陸上

部をやめてから、何故か無気力になったというか、二度無い青春を謳歌したくなったのであ

る。今から考えると「とんでもない考え違いの事ではあった」と思えるのであるが、当時は、

それでいいと思い行動し始めたのであった。結果的にはいい事であったと褒める事は出来

ないが、青春のいい思い出ではあるような。唯、勉学に励み、大学進学だけを考えて3年

間を過 していたら経験の出来ない事がいっぱいあったような気もするのだが。。。

人生とは63年たった今だからいえることもあるようだ。。。もし、あの時にこうしていたらとか

、あーしていたらとか。。。「もし、、れば」はたくさんあるような。

しかし、今、歩いた人生を振り返って初めて、これでよかったと思えることのような。。。今が

有るから、高校のあの時代の「不良学生」のレッテルを貼られながらも楽しい青春を振り返

り、懐かしく、楽しい思い出がよみがえるような気がする。

陸上部をやめてからも、親には陸上部の練習があるので、帰りが遅くなるよといいながら、

友達の家などでぶらぶらしていたものだった。暇もあり、色々なことに興味旺盛であり、特

に、「女の子」には目を輝かせたものだった。

不良の始め、、、世間相場のごとくに「タバコ」を始めた。当時は今の様にタバコの種類も

多くは無かったが、その中でも人気のあったのは「ハイライト、、当時70円だった」

しかし、金なども無い高校生だったので、その70円のハイライトも高値の花のようなときに

、よく吸っていたのが、今は無き「いこい」「しんせい」というタバコだった。。。値段も40円で

20本入りであった。更に30円の「光」というタバコがあった。これはニコチンが強く、ちょっ

とだけ、いきがった奴が吸っていたような。。。苦い味の強いタバコだった。遊び太郎たちに

人気のあったタバコ、それは「缶入りのピース」であった。。香りがよく、気取った奴が吸って

いたような。。。そんなタバコでも当時は色々な遊びがあった。まったく、今から考えると、今

のハイテクなインターネット時代から見るとお粗末に見える遊びをしていたものである。

しかし、どんなお粗末な他愛の無い遊びでも、自分で考えて遊んでいたような気がする。

悪くても良くても。。。当時の遊び太郎たちはよく考えたものである。今でもその考え方は

引き継がれて生きているような。。。「創意工夫」である。確かに不良といわれた遊びもした

が、その中に考える力を養ったような気がするのだが。。。

その他愛の無い「タバコ遊び」をいくつか紹介しますが。。。まったく他愛の無いものです。

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