真理は隠れている。探し出すのはあなた自身だ。 小野しまと
☆ ☆ ☆
カレー鍋にネズミの死体が入っていることに気がついたK駅食堂経営者が、そのことを公表して、店頭に詫び状を張り出したというニュースが報じられていました。
その日、カレーライスやカレーソバを食べて直接被害をこうむったお客は20人近くいたといいます。その人たちは、かなり複雑な気持ちだと思います。思い出して吐き気を催した人もいるでしょう。なぜ隠しておいてくれなかったのだと思ったかも知れません。こんなことは知らぬが仏ですから。
食堂側は、こっそり処理することもできたはずです。店主と一人か二人の従業員しか知らないことですから、そのまま黙っているという手もあったはずです。しかし、店主は、自分たちの過ちを公表するのが良心的と判断したのでしょう。
万が一、食べた人に身体的な影響が出たら困るという社会的な配慮もしくは責任感があったのかも知れません。事件を公表した勇気と正直さは、とにかく評価されてもよいことなのでしょう。
しかし、できることなら知らないでいたかったというのも、実際に食べてしまった人たちの本音ではないでしょうか。
「今そんなことを言われても、どうしようもないからね」と、インタビューを受けた一人が言っていました。
「健康上、特に問題は起きていないようです」と、テレビには紋切り型の言葉も流れていました。しかし、健康上問題がなければ良いというものではありません。清潔とは多分に想像上の問題でもあるからです。
「思い出すだけでも吐き気がする」というのは、清潔感が多分に精神的なものでもあることを物語っています。しかも、それが「吐き気」という身体的な効果に結びついているところを見ますと、想像上の問題は、単に想像だけにはとどまらないものを含んでいます。
思い出すたびにムカムカするようでしたら、そういう身体的な反応を、単に気分的なものとして片付けるわけにはいきません。身体的には無害だとしても、そんな精神状態でいること自体「不健康」ですし、身体的に影響がないとは言えないからです。病は気からとも言いますからね。
ネズミが熱いカレー鍋に落ちて溺死するさまを想像したら、当事者ならずとも耐えられない気持ちになるのが当たり前でしょう。清潔なものを食べたいという願望は一般的なものだと言えます。食品衛生上の規定だけでは済まないところに、私たちの清潔の意識があります。
ネズミと私たちの生活とは意外に密接な関係にあって、人間とは敵対関係にありながら、これほど身近に共生している動物はいないのではないでしょうか。
犬や猫との関係は、共生というよりも、人間の生活への馴化と言ってよく、牛馬や豚や鳥との関係は、食料や道具としての飼育だと言うことができます。決して、動物としての本来の性質を残したまま共に生きるということではありません。
ところが、ネズミは、人間とは生活空間や時間が異なるせいか、その影響があまり表面に出てくることはありませんが、付かず離れず対等に生きていることは間違いなさそうです。
ネズミが実際に人間の環境を汚染している現場はあまり見ませんが、痕跡はよく目にします。まず、フンが落ちていることで、ネズミが近辺にいることが分かります。
私はかつて、ドライブインのレストランで、ネズミのフンとおぼしきものが入っている料理を出されたことがありますが、こういう店には、もうかなりの数のネズミが暮らしていると考えてよいでしょう。夜はネズミの運動会になっているようなキッチンが多いと言われていますが、私たちがそれを実際に目にすることは滅多にありません。
私が大学生だった頃、夏の海岸で義兄のホットドッグ販売を手伝ったことがありました。夜間の、誰もいない海の家が、ネズミたちの遊び場になっているという噂を聞きましたが、昼間ネズミの姿を見たことはありませんでした。
その後、私たちの生活環境はどんどんキレイになり、消毒剤や殺虫剤、殺鼠剤や除菌グッズ等が氾濫するようになり、日本人の清潔志向が問題にされるような時代になりました。私たちはキレイ好きなあまり、過剰に清潔な社会を作ってしまったのだ、などという識者の反省の声がメディアを賑わすようになりました。
ネズミの暗躍も過去のものになったのかと思っていましたところ、これは昔も今も変わっていないということを最近テレビや新聞の記事で知りました。いまだに夜はネズミの運動会というレストランが、下級と高級とを問わず、決して少なくはないということです。
私自身その現場を見たわけではありませんが、それを思わせるような現象には何度か出会っています。数年前にも、私の住んでいる湖畔の料理店で、肥え太った巨大なネズミが店内を歩いているのを目撃しました。
一匹でもネズミの姿を見ますと、その背後には多数の仲間が控えていると言います。この店は非常に瀟洒な日本風の料亭で、日本を訪れた外国人がみな行きたがる店だったのですが、それからしばらくして閉店となりました。ネズミの存在がどれほど影響したのかは知りませんが、あれでは客足が遠退くのは当然でしょう。
パリの有名なレストランの本店へ行った時にも、その店を囲んでいる排水溝の中をネズミたちが走り回っているのを見て驚かされたことがありました。こういうところを見ますと、どの国もあまり変わらないという感じがします。(ビワコ・エディションの無料ブックレット「夜はネズミの運動会」に詳しく書いてあります。www.e-biwaco.com)
ネズミのフンが落ちていたとか、フンが料理に入っていた、ネズミの姿を見かけたなどといううちはまだ序の口ですが、そのうちネズミの本体が食べ物の中に入っていて驚かされることになります。
食パンの中からネズミの頭が出てきたという話は、以前に新聞の記事で見たことがありますが、饅頭のアンの中から尻尾が出てきたこともあるそうです(週刊アサヒ芸能3月29日号参照)。
製造過程でこういう異物が混入するのはまだ無難なほうで、危険なのはむしろ加熱されていないフンからサルモネラ菌に感染することだそうで、これには死亡例もあるそうです(同上)
しかし、私たちをギョッとさせ、想像力に訴えてくるのは、やはりネズミの頭や尻尾の実物が、食べ物の中から飛び出してくる時でしょう。こういう物を見ると初めて、私たちの知らないどこかで、ただならない事態が起こっていることに気がつくのです。
ネズミたちの遊び場になっているレストランやホテルのキッチンなどはまだ良いほうで、最悪なのは食品置き場だということも聞きました。
たとえば、これは戦前にアメリカの食品産業を視察した人の話ですから、現在の状況にそのまま当てはまることではないかも知れませんが、穀物倉庫などはたいていネズミの巣窟になっていて、あちこちにフンや小便が垂れている、死骸が転がっているといった有様で、こういう光景を一目見たら、パンなどの穀物製品が食べられなくなるということでした。
清潔な社会であるはずの日本でも、パンや和菓子の中からネズミの体の一部が出てきたなどという話を聞きますと、私たちの想像力はどうしてもこういった最悪のところまで行ってしまいます。
私は、食品産業の関係者が、工場や倉庫や店舗の清潔を保つためにどんな努力をし、どんな方策を取っているのか、どんなネズミ対策を行っているのか、もっと明らかにしてほしいと思います。
ネズミ対策を考えるのと同時に、この共生動物をもっぱら駆除するだけで良いのかということも問題になると言えましょう。せっかく地上に生を受けた動物なのに、ただ敵対関係にあるからといって、この世から抹殺し、絶滅させるような方向ばかり考えるのは正しくないと思います。
やはり私が大学生だった頃の話ですが、下宿部屋に一匹の子ネズミが迷い込んできました。私は、タンスの背後にこのネズミを追い詰め、キリで刺し殺そうとしたのですが、こちらを見つめる子ネズミの目を見ているうちに、どうしても殺せなくなってしまいました。
何ともつぶらで可愛らしい目をしていたのです。
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清潔クラブ─清潔について語ろう
発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000216973.html
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カレー鍋にネズミの死体が入っていることに気がついたK駅食堂経営者が、そのことを公表して、店頭に詫び状を張り出したというニュースが報じられていました。
その日、カレーライスやカレーソバを食べて直接被害をこうむったお客は20人近くいたといいます。その人たちは、かなり複雑な気持ちだと思います。思い出して吐き気を催した人もいるでしょう。なぜ隠しておいてくれなかったのだと思ったかも知れません。こんなことは知らぬが仏ですから。
食堂側は、こっそり処理することもできたはずです。店主と一人か二人の従業員しか知らないことですから、そのまま黙っているという手もあったはずです。しかし、店主は、自分たちの過ちを公表するのが良心的と判断したのでしょう。
万が一、食べた人に身体的な影響が出たら困るという社会的な配慮もしくは責任感があったのかも知れません。事件を公表した勇気と正直さは、とにかく評価されてもよいことなのでしょう。
しかし、できることなら知らないでいたかったというのも、実際に食べてしまった人たちの本音ではないでしょうか。
「今そんなことを言われても、どうしようもないからね」と、インタビューを受けた一人が言っていました。
「健康上、特に問題は起きていないようです」と、テレビには紋切り型の言葉も流れていました。しかし、健康上問題がなければ良いというものではありません。清潔とは多分に想像上の問題でもあるからです。
「思い出すだけでも吐き気がする」というのは、清潔感が多分に精神的なものでもあることを物語っています。しかも、それが「吐き気」という身体的な効果に結びついているところを見ますと、想像上の問題は、単に想像だけにはとどまらないものを含んでいます。
思い出すたびにムカムカするようでしたら、そういう身体的な反応を、単に気分的なものとして片付けるわけにはいきません。身体的には無害だとしても、そんな精神状態でいること自体「不健康」ですし、身体的に影響がないとは言えないからです。病は気からとも言いますからね。
ネズミが熱いカレー鍋に落ちて溺死するさまを想像したら、当事者ならずとも耐えられない気持ちになるのが当たり前でしょう。清潔なものを食べたいという願望は一般的なものだと言えます。食品衛生上の規定だけでは済まないところに、私たちの清潔の意識があります。
ネズミと私たちの生活とは意外に密接な関係にあって、人間とは敵対関係にありながら、これほど身近に共生している動物はいないのではないでしょうか。
犬や猫との関係は、共生というよりも、人間の生活への馴化と言ってよく、牛馬や豚や鳥との関係は、食料や道具としての飼育だと言うことができます。決して、動物としての本来の性質を残したまま共に生きるということではありません。
ところが、ネズミは、人間とは生活空間や時間が異なるせいか、その影響があまり表面に出てくることはありませんが、付かず離れず対等に生きていることは間違いなさそうです。
ネズミが実際に人間の環境を汚染している現場はあまり見ませんが、痕跡はよく目にします。まず、フンが落ちていることで、ネズミが近辺にいることが分かります。
私はかつて、ドライブインのレストランで、ネズミのフンとおぼしきものが入っている料理を出されたことがありますが、こういう店には、もうかなりの数のネズミが暮らしていると考えてよいでしょう。夜はネズミの運動会になっているようなキッチンが多いと言われていますが、私たちがそれを実際に目にすることは滅多にありません。
私が大学生だった頃、夏の海岸で義兄のホットドッグ販売を手伝ったことがありました。夜間の、誰もいない海の家が、ネズミたちの遊び場になっているという噂を聞きましたが、昼間ネズミの姿を見たことはありませんでした。
その後、私たちの生活環境はどんどんキレイになり、消毒剤や殺虫剤、殺鼠剤や除菌グッズ等が氾濫するようになり、日本人の清潔志向が問題にされるような時代になりました。私たちはキレイ好きなあまり、過剰に清潔な社会を作ってしまったのだ、などという識者の反省の声がメディアを賑わすようになりました。
ネズミの暗躍も過去のものになったのかと思っていましたところ、これは昔も今も変わっていないということを最近テレビや新聞の記事で知りました。いまだに夜はネズミの運動会というレストランが、下級と高級とを問わず、決して少なくはないということです。
私自身その現場を見たわけではありませんが、それを思わせるような現象には何度か出会っています。数年前にも、私の住んでいる湖畔の料理店で、肥え太った巨大なネズミが店内を歩いているのを目撃しました。
一匹でもネズミの姿を見ますと、その背後には多数の仲間が控えていると言います。この店は非常に瀟洒な日本風の料亭で、日本を訪れた外国人がみな行きたがる店だったのですが、それからしばらくして閉店となりました。ネズミの存在がどれほど影響したのかは知りませんが、あれでは客足が遠退くのは当然でしょう。
パリの有名なレストランの本店へ行った時にも、その店を囲んでいる排水溝の中をネズミたちが走り回っているのを見て驚かされたことがありました。こういうところを見ますと、どの国もあまり変わらないという感じがします。(ビワコ・エディションの無料ブックレット「夜はネズミの運動会」に詳しく書いてあります。www.e-biwaco.com)
ネズミのフンが落ちていたとか、フンが料理に入っていた、ネズミの姿を見かけたなどといううちはまだ序の口ですが、そのうちネズミの本体が食べ物の中に入っていて驚かされることになります。
食パンの中からネズミの頭が出てきたという話は、以前に新聞の記事で見たことがありますが、饅頭のアンの中から尻尾が出てきたこともあるそうです(週刊アサヒ芸能3月29日号参照)。
製造過程でこういう異物が混入するのはまだ無難なほうで、危険なのはむしろ加熱されていないフンからサルモネラ菌に感染することだそうで、これには死亡例もあるそうです(同上)
しかし、私たちをギョッとさせ、想像力に訴えてくるのは、やはりネズミの頭や尻尾の実物が、食べ物の中から飛び出してくる時でしょう。こういう物を見ると初めて、私たちの知らないどこかで、ただならない事態が起こっていることに気がつくのです。
ネズミたちの遊び場になっているレストランやホテルのキッチンなどはまだ良いほうで、最悪なのは食品置き場だということも聞きました。
たとえば、これは戦前にアメリカの食品産業を視察した人の話ですから、現在の状況にそのまま当てはまることではないかも知れませんが、穀物倉庫などはたいていネズミの巣窟になっていて、あちこちにフンや小便が垂れている、死骸が転がっているといった有様で、こういう光景を一目見たら、パンなどの穀物製品が食べられなくなるということでした。
清潔な社会であるはずの日本でも、パンや和菓子の中からネズミの体の一部が出てきたなどという話を聞きますと、私たちの想像力はどうしてもこういった最悪のところまで行ってしまいます。
私は、食品産業の関係者が、工場や倉庫や店舗の清潔を保つためにどんな努力をし、どんな方策を取っているのか、どんなネズミ対策を行っているのか、もっと明らかにしてほしいと思います。
ネズミ対策を考えるのと同時に、この共生動物をもっぱら駆除するだけで良いのかということも問題になると言えましょう。せっかく地上に生を受けた動物なのに、ただ敵対関係にあるからといって、この世から抹殺し、絶滅させるような方向ばかり考えるのは正しくないと思います。
やはり私が大学生だった頃の話ですが、下宿部屋に一匹の子ネズミが迷い込んできました。私は、タンスの背後にこのネズミを追い詰め、キリで刺し殺そうとしたのですが、こちらを見つめる子ネズミの目を見ているうちに、どうしても殺せなくなってしまいました。
何ともつぶらで可愛らしい目をしていたのです。
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