[ アメリカ2000年以降 ]
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http://www.cinema-today.net/
オタク文化はすでにかなり市民権を得ていますが、そういえば
最近やけに“初音ミク”という名前を目にするな、と思って
ちょっと調べてみました。
どうせなんかのアニメのキャラだろう思っていたら、そうでは
ないようで、バーチャルの人格であることは間違いないのです
が、実はそもそもはソフトウェアのイメージキャラクターだっ
たということです。
そのソフトというのは、DTM(デスクトップミュージック)のソフト
で、そのヴォーカルの1バージョンであるに“初音ミク”とい
う名前をつけたところ、「ニコニコ動画」などでブレイクした
ということだそうな。
もちろんオタクな人気なので、フィギュアなども発売されています。
こういうソフトがそのうち映画なんかにも取り入れられていく
んでしょうねぇ。オタク文化は奥が深いなぁ… 追求はしたく
ないけど…
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
オール・ザ・キングスメン
□ ヒビコレリンク
□ DVD今日の買い!
------------------------
■ 今日の映画 − オール・ザ・キングスメン
--cinema2102-----------
オール・ザ・キングスメン
All The King's Men
2006年,アメリカ,128分
-----------------------
<キャスト&クルー>
監督 スティーヴン・ザイリアン
原作 ロバート・ペン・ウォーレン
脚本 スティーヴン・ザイリアン
撮影 パヴェル・エデルマン
音楽 ジェームズ・ホーナー
キャスト ショーン・ペン
ジュード・ロウ
アンソニー・ホプキンス
ケイト・ウィンスレット
マーク・ラファロ
<評価>
☆☆(満点=5)
<プレヴュー>
1949年、ルイジアナ州メーソン市の出納係ウィリーは不正を告発
して職を失う。しかし汚職の的であった小学校で転落事故が起き、
ウィリーはのせられて州知事選に出ることに。新聞記者のジャック
はウィリーが利用されていることに気づき、彼に忠言するが…
ロバート・ペン・ウォーレンのピュリッツァー賞受賞作を映画化。ア
カデミー作品賞などを受賞した1949年の映画化とはまったく別の
脚本で作っている。
<レビュー>
この作品は序盤は一出納係に過ぎなかったウィリー・スタークが
知事になるまでを描く。ここで彼は政治の腐敗を暴き、民衆を味方
につけて一気に知事選に勝利する。それに一役買ったのが新聞記者
でウィリーに好意を持つ上流階級出身のジャックで、彼と他の候補
者の回し者としてやってきたセイディが結果的に彼を助け、彼が当
選するのを助ける。このあたりは1949年という時期のアメリカの雰
囲気がよく出ているように思う。1949年にはまだ赤狩りの波は大き
くなく、大衆や労働者の波が力を持っていた時代だった。ここで描
かれたウィリー・スタークという人物はまさにそのような時代を象
徴していたわけだ。
それを考えると“赤狩り”というのがいかに保守派の政治家や既
存の企業を利したのかということが明らかになるが、それはこの作
品の主題ではない。同原作の前の映画化である1949年作品を監督し
たロバート・ロッセンは後に赤狩りの禍にあって転向を余儀なくさ
れた。この時代とこの作品と赤狩りについては、この作品を取り上
げるときに語ることにしよう。
この2006年作品のほうは、思想的な部分よりも人間関係をベース
に物語が展開されていっている。知事となったウィリー・スターク
と彼の側近となったジャック・バーデンの関係を中心に、その人間
関係にジャックが翻弄される姿を描いているわけだ。
しかし、それがうまくいっているかというと、とてもそうは思え
ない。ジャック・スタークは徐々に“悪”に染まって行っていると
いう設定だと思うのだが、彼がどのように悪に染まり、どのような
悪行を行っているのかは描かれていない。彼の悪は次々と女に手を
出すということだけで、最終的には結局それが物語の中心になって
いってしまうのだ。社会の正義と政治を描いていたはずの作品が、
最終的には一人の女を巡るふたりの男の物語になり、その単純化さ
れた構造によって社会も政治も左右されてしまう。
このような展開はハリウッドの悪い癖とでも言うべきもので、複
雑な主題を男女のほれたはれたを中心とした単純な(人数の絞られ
た)関係に還元してしまうことで、主題をすり替え観客を煙に巻く
のだ。
ウィリーとジャックとはそもそもなぜ親密になったのかもわから
ないが、もともとは正義の希求と既存の権力に対する反発を共通す
るものとして持っていたことは確かだ。その目的はウィリーが知事
になることによってある程度成し遂げられ、彼が悪に染まったとさ
れた後も維持されていたように見える。そんな中で彼らの関係は女
で躓くのだ。政治的な大儀や理想とは無関係なプライベートな関係
によってすべてが揺らぐのだ。
この展開の仕方が私にはどうも理解できない。これでは結局ウィ
リー・スタークという男は、大衆には人気があったが女で失敗した
人物ということになってしまうのではないか。彼の主義主張とは無
関係な女や酒によって彼は身を持ち崩し、失敗した。もしかしたら、
教師の妻に対して貞節で酒も口にしなかった彼が、女にだらしなく
なり、酒も浴びるように飲むようになったという事実によって彼が
堕落していったことを暗に示しているのかもしれないが、私の部分
での堕落と公の部分での堕落は無関係でもありうるはずだ。
つまりこの物語はウィリーとジャックを結びつけた正義や思想と
いう側面は棚上げにして、最後は痴話話で巻く引きを計った(悪い
意味で)あまりにハリウッド的な作品ということになる。
いまは、社会派といわれる作品が評価されやすい時代だが、そん
な時代には、この作品のように社会派の仮面をかぶって実はただの
痴話話であるような作品も出てくるのだ。それでも面白ければいい
のだが、この作品はその仮面の下が明らかになってくるにつれどん
どんつまらなくなっていく。
これでは原作のピュリッツァー賞が台無しだ。
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:オール・ザ・キングスメン>
<今日のお勧め>
ジュード・ロウは顔が整いすぎてて苦手なんですが、なぜか
結構見ています。
http://www.cinema-today.net/
オタク文化はすでにかなり市民権を得ていますが、そういえば
最近やけに“初音ミク”という名前を目にするな、と思って
ちょっと調べてみました。
どうせなんかのアニメのキャラだろう思っていたら、そうでは
ないようで、バーチャルの人格であることは間違いないのです
が、実はそもそもはソフトウェアのイメージキャラクターだっ
たということです。
そのソフトというのは、DTM(デスクトップミュージック)のソフト
で、そのヴォーカルの1バージョンであるに“初音ミク”とい
う名前をつけたところ、「ニコニコ動画」などでブレイクした
ということだそうな。
もちろんオタクな人気なので、フィギュアなども発売されています。
こういうソフトがそのうち映画なんかにも取り入れられていく
んでしょうねぇ。オタク文化は奥が深いなぁ… 追求はしたく
ないけど…
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
オール・ザ・キングスメン
□ ヒビコレリンク
□ DVD今日の買い!
------------------------
■ 今日の映画 − オール・ザ・キングスメン
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オール・ザ・キングスメン
All The King's Men
2006年,アメリカ,128分
-----------------------
<キャスト&クルー>
監督 スティーヴン・ザイリアン
原作 ロバート・ペン・ウォーレン
脚本 スティーヴン・ザイリアン
撮影 パヴェル・エデルマン
音楽 ジェームズ・ホーナー
キャスト ショーン・ペン
ジュード・ロウ
アンソニー・ホプキンス
ケイト・ウィンスレット
マーク・ラファロ
<評価>
☆☆(満点=5)
<プレヴュー>
1949年、ルイジアナ州メーソン市の出納係ウィリーは不正を告発
して職を失う。しかし汚職の的であった小学校で転落事故が起き、
ウィリーはのせられて州知事選に出ることに。新聞記者のジャック
はウィリーが利用されていることに気づき、彼に忠言するが…
ロバート・ペン・ウォーレンのピュリッツァー賞受賞作を映画化。ア
カデミー作品賞などを受賞した1949年の映画化とはまったく別の
脚本で作っている。
<レビュー>
この作品は序盤は一出納係に過ぎなかったウィリー・スタークが
知事になるまでを描く。ここで彼は政治の腐敗を暴き、民衆を味方
につけて一気に知事選に勝利する。それに一役買ったのが新聞記者
でウィリーに好意を持つ上流階級出身のジャックで、彼と他の候補
者の回し者としてやってきたセイディが結果的に彼を助け、彼が当
選するのを助ける。このあたりは1949年という時期のアメリカの雰
囲気がよく出ているように思う。1949年にはまだ赤狩りの波は大き
くなく、大衆や労働者の波が力を持っていた時代だった。ここで描
かれたウィリー・スタークという人物はまさにそのような時代を象
徴していたわけだ。
それを考えると“赤狩り”というのがいかに保守派の政治家や既
存の企業を利したのかということが明らかになるが、それはこの作
品の主題ではない。同原作の前の映画化である1949年作品を監督し
たロバート・ロッセンは後に赤狩りの禍にあって転向を余儀なくさ
れた。この時代とこの作品と赤狩りについては、この作品を取り上
げるときに語ることにしよう。
この2006年作品のほうは、思想的な部分よりも人間関係をベース
に物語が展開されていっている。知事となったウィリー・スターク
と彼の側近となったジャック・バーデンの関係を中心に、その人間
関係にジャックが翻弄される姿を描いているわけだ。
しかし、それがうまくいっているかというと、とてもそうは思え
ない。ジャック・スタークは徐々に“悪”に染まって行っていると
いう設定だと思うのだが、彼がどのように悪に染まり、どのような
悪行を行っているのかは描かれていない。彼の悪は次々と女に手を
出すということだけで、最終的には結局それが物語の中心になって
いってしまうのだ。社会の正義と政治を描いていたはずの作品が、
最終的には一人の女を巡るふたりの男の物語になり、その単純化さ
れた構造によって社会も政治も左右されてしまう。
このような展開はハリウッドの悪い癖とでも言うべきもので、複
雑な主題を男女のほれたはれたを中心とした単純な(人数の絞られ
た)関係に還元してしまうことで、主題をすり替え観客を煙に巻く
のだ。
ウィリーとジャックとはそもそもなぜ親密になったのかもわから
ないが、もともとは正義の希求と既存の権力に対する反発を共通す
るものとして持っていたことは確かだ。その目的はウィリーが知事
になることによってある程度成し遂げられ、彼が悪に染まったとさ
れた後も維持されていたように見える。そんな中で彼らの関係は女
で躓くのだ。政治的な大儀や理想とは無関係なプライベートな関係
によってすべてが揺らぐのだ。
この展開の仕方が私にはどうも理解できない。これでは結局ウィ
リー・スタークという男は、大衆には人気があったが女で失敗した
人物ということになってしまうのではないか。彼の主義主張とは無
関係な女や酒によって彼は身を持ち崩し、失敗した。もしかしたら、
教師の妻に対して貞節で酒も口にしなかった彼が、女にだらしなく
なり、酒も浴びるように飲むようになったという事実によって彼が
堕落していったことを暗に示しているのかもしれないが、私の部分
での堕落と公の部分での堕落は無関係でもありうるはずだ。
つまりこの物語はウィリーとジャックを結びつけた正義や思想と
いう側面は棚上げにして、最後は痴話話で巻く引きを計った(悪い
意味で)あまりにハリウッド的な作品ということになる。
いまは、社会派といわれる作品が評価されやすい時代だが、そん
な時代には、この作品のように社会派の仮面をかぶって実はただの
痴話話であるような作品も出てくるのだ。それでも面白ければいい
のだが、この作品はその仮面の下が明らかになってくるにつれどん
どんつまらなくなっていく。
これでは原作のピュリッツァー賞が台無しだ。
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:オール・ザ・キングスメン>
<今日のお勧め>
ジュード・ロウは顔が整いすぎてて苦手なんですが、なぜか
結構見ています。







