自我の存在についての話を聞いた。

人間の精神的なものの中心として、自我があるというイメージはなんとなくあった。

 だが、その話は自我は我々の周りにあるという話だった。

自我=純粋な衝動=何か新しいものを始めようとするときするときにそこにいる。

 「私は自我は何かは言えない。自我は何をするかは言える。」(シュタイナー)

 集中してある人の行為に注目している時、自我は自分の中ではなく、その人の行為の中にある。

 

夜、今日一日を振り返った時に、自分が集中している瞬間を思い出してみる。その時にそこに感じられるものが自我であると言う。

 

自分の中心的なものである自我が、周りとの関係において存在すると言う事がとても面白い。

自分の中を探っているようで実は回りとの関係の中で作られている。

「自分と世界のつながりを感じてこそ、自分が分かるというものだ。」

 

そんな風に言われたように感じた。