西田哲学のテキストをいただいた。

 西田哲学は、かかわるのが始めてであるが、どのくらいの人々が評価をしているのだろうか?

シュタイナーもマイナーであると言われればそうかもしれないが、論調には引き込まれるものがある。分からない部分も多いことは確かだが、説得力とさまざまな分野との関連や共通認識が出来、論調は比喩表現によって理解がうながされたり、例示によって納得できる部分が多い。

 京都学派は、人智学の影響を受けているらしいが、なんとなくそのような気もするが、影響を受けるならばもっと伝えるための苦労までも影響を受けていれば・・・と感じる。

シュタイナーの主著「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか。」 

第五版のまえがき

『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』のこの新版を機会に、十年以上も前の旧稿に徹底した推敲を加えた。本書が試みているような仕方で、魂の体験と魂の道とを記述しようとすれば、当然のことながら、いくらでも手を加えたい要求に駆られる。ここに述べられている事柄の中で、著者の魂と深く結びついていないような部分はどこにもないし、著者自身の魂の内部の耐えざる作業から発していないような部分もない。何年も前に書いた文章にもっと明確な表情を与えようとする努力は著者の魂の内部にこのような作業がなければ不可能であろう。・・・・誤解が生じそうな箇所に注意を向け稿を改めるたびにその誤解が解消されるように努力した。・・・・師の人格との関係よりも、客観的な霊界との直接的な関係の方がはるかに大切であるという観点を、細部における表現の仕方を変えることによって、これまでよりも明確に協調することができたと私は考えている。

第八版のまえがき

 今回の新版に際して、改めて全体を検討した結果、若干の箇所意外変更の必要を認めなかった。その代わり、このはんのために私は「あとがき」をつけ加え、それによって誤解されることなく、本書が扱う魂の基本的諸問題が以前よりもいっそう明瞭になるように努めた。

    (「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」ルドルフ・シュタイナー著・高橋巌訳 ちくま学芸文庫 p15〜19)

  難解な部分も多くあるが、それでも魅了してやまないのはこのようなシュタイナーの基本的な姿勢にあるのではないかと、改めて感じた。

  

 西田哲学の信望者の方もいらっしゃると思うし、そこから人生の解を見出している方々もいらっしゃると思うので、もしかしたら、その方々は、人智学に直接触れてみると、さらにその認識の世界が明確になるのではないのかと感じる。

  西田哲学選集 第四巻 現象学 論文集 「働くもの」

 早とちりな私は何か関連しそうなものはないかと「職業のカルマと未来」を購入して読み始めた。

 しかし「働くもの」というのは、例えば 「赤」という色を見たときに内面に「働くもの」というような意味であった。

 読んでいるうちに、ゲーテの「色彩論」ではなんと言っているだろうか?と説明を求めたくなった。

 さらに、主語と述語に関する定義が分からないこと、さまざまな判断の種類が出てくるが、それらの概念もまた分かりにくい事。一番困っている事は、1ページ当たり5,6個くらいは出てくる「〜ねばならぬ。」「〜と考えねばならぬ。」「〜でなければならぬ。」という「ねばならぬ。」事の多さである。「〜ねばならぬ。」とくれば、「なぜなら、〜であるからである。」といった解説や証明がされねばならぬ。

 比喩的表現や例示がほとんど見られないと言う部分も理解を困難にしている。

 超感覚的世界の認識として、思考の対象を思考とするという高度な段階まで意識が高まっていれば読む人によってはその思考の流れを捉え読み解く事ができるのかもしれないが、これを一般教材として読み合わせ講座に持っていくには非常にハードルが高いものがある。

 中に多く出てくる「判断」とそれに関わる経験や感覚等についての論考も「ゲーテ的世界観の認識論要綱」の「経験」「思考」の項などを見ると、より具体的な身近な例からはじめて展開されていく。それらのステップを踏んだ上で、純粋思考としての流れを掴もうとするのであればもしかしたら理解できるのかもしれない。

 「一般と特殊」「主語と述語」「一般概念、積極的概念、矛盾概念、類概念」

これらに、どのようなイメージを西田は描いていたのか。

例えば以下のような文章

 実在判断に於いては、その結合が偶然的であり、無限の可能を許すと考えられるが、数理的判断のごときにおいては、必然的であって他の可能性を許さないと考えられる、したがって主語と述語とは分かちがたきものと考えられるのである。(「現象学」論文集4・179) 

 我々の経験的知識の根底には、主語となって述語とならないものの述語的一般者がなければならぬ。(「現象学」論文集4・197)

 物理科出身の私は、これは、もしかしたらいきなり量子力学の回答を見せられているかも知れず、この理解、証明には並々ならぬ時間をかけなければならぬのではないかとたじろいでいる。もしそうであるならば、私はそこから逃げ出して「ゲーテ的世界観の認識論要綱」や「色彩論」を学ぶ方へと走り出したい要求に駆られている。

 読みながら、納得できそうな部分、共感できそうな部分、解釈できそうな部分を探しつつ、この取り組みは、かえって人智学を学ぶ事をさらに楽しくさせてくれるのではないかとも感じている。