現在の生活だけではなく、老後のことも考えるとお金の問題は確かに心配ですね。お金がかかることのほうが多いですから。新築のマンションを買って安心しても、物ですから日々老朽化が進んで、資産価値が減っていること、いつまでも元気で働ける体を保持するためにいいものをたくさん食べようとすると食費がかかること、なにかと生きにくい世の中でこどもに豊かな生活を保障するための教育費がかかること、この3つが我が家の大きな柱となっています。特に、資産の目減りといった見えないお金を計算に入れて毎年の家計予算を考えると、贅沢はできないことに気づきます。しかし、限られた予算のなかでのやりくりは、楽しんでやっています。同じサービスや同じ質の物を得ようとするときには、いろいろと得をすることを考えます。よく利用するデパートでは、デパートの友の会に入って実質10%OFFで買い物をすること、ポイント還元率の高いお得なクレジットカードを使いこなすこと、トイレの水はまとめて流すこと、電気の契約アンペア数は使用状況にあわせて低く設定すること、風呂水は再利用すること、街中でもらえるティッシュや試供品を積極的にもらうこと、予定が分かっていれば格安チケット屋で電車の乗車券を購入することなどなどは、もう当たり前です。料理はとくに楽しんでいます。買い物では、1週間で必ず使う基本野菜(じゃがいも、にんじん、たまねぎ、大根、ほうれん草や小松菜などの菜っ葉類、サラダ野菜)と果物、とうふや納豆などの大豆食品をまとめて買います。あとは、野菜に合う献立を決めて、肉や魚を買えばいいです。毎週、買うものが決まっていて、その中で献立を考えばよいだけなので、楽です。また、同じ材料の使いまわしを工夫するので料理の勉強にもなります。食費の目標は1週間で1万円くらいですが、基本的に食べることが好きなのでいつもオーバーします。まあ、楽しく生活できていれば、これでいいのかなと大目にみていますが。オペラやミュージカル、映画を観る事も好きなので、大目にみていますね。
いつもお金のことを考えながらの生活ですが、今を十分楽しめるようなライフスタイルが送れると、それで人生十分であるというのがポリシーです。
共稼ぎをしていて、資金ができたので株に挑戦をしてみました。株はこわいと聞いていたし、経済には無知だったので、図書館で株関連の本をたくさん借りてきて勉強をしましたよ。まずはネット取引のために証券会社に口座を開き、自分のなじみの会社の株を100株12万円ほどで買ってみました。ロックフィールドというお惣菜屋さん。健康に良いおいしいお惣菜の会社で、1000円分の優待券が魅力ではじめました。こんなはずだったのが、しばらくして株価がどんどん上がりました。値動き幅も大きいのでひとまず売って利益を確定しているうちに、株の世界が楽しくなってきました。給料が入るごとに銘柄を増やしていくのが楽しみになり、気がついたら数十銘柄も保有していました。当時は株ブームでセミリタイア(若者が投資儲けて早く会社を退職すること)という言葉もよく言われていたので、「ようし、私もそのうちに!」という勢いで投資欲が盛り上がってきました。保有銘柄が多いと、ある銘柄の株価が下がっても、上がる銘柄もあるので、うまくバランスをとって少しずつ利益を出しました。優待と配当が目的の銘柄、キャピタルゲインをねらう銘柄の2つに分けて管理し、2年間で400万円の利益でした。株で数千万円も儲けている人がいるという話を聞くと冒険したくなりますが、地道にこつこつと2年かけて利益を出しました。優待は必ず毎月来るのでプレゼントをもらうようで株ライフを楽しみました。一番大きい額の損切りは80万円です。80万円も下がったけれどトータルで利益がでたら良しとしましょう。数十万単位でお金を動かしていると、もうお金が数字だけの世界になってしまし、感覚的に麻痺するものです。これが株の一番の欠点です。そのような感覚が身につくころには、だんだん疲れていましたし、もう株は卒業だと判断しました。 株生活3年目で、一生配当をもらう目的の銘柄を残し、あとはすべて売却し、清算しました。値下がりしてても片っ端から売却したので、3年間の利益は結局、株ブームの当時で300万円程度です。1年間に100万円。1ヵ月では8万円程度。まあ、ちょっとしたパート勤務でもらうお給料くらいですね。株生活を楽しみ、経済も勉強できたので、まあまあ、良かったかな。キャピタルゲインが目的の株投資は結局、自分には向いていないので多分、これからやることはないと思います。不動産も買ってしまって、それだけの資金もないし。
大学院を無事に修了して、英語教師として高校に戻りました。大学院では、国際比較教育学を専門に学んで、日本の教育問題について考えさせられました。海外から持ち帰った英語の参考書を日本に紹介しながらもう少し研究に従事したく思いながらの現場復帰でした。いろいろな思いはありましたが、復帰してから2年後に思い切って退職しました。今までに蓄えたお金で学生向けのアパートを1軒買い、残りのお金で株をやりました。ライブドアの堀江社長が事件を起こす前までは、株の利益はかなり上がっていて、毎月、主婦のパート収入くらいにはなりました。優待もうれしくて、一時期は30銘柄も保有していた時期があります。今から思えば、本業で安定した収入のない人は、利益を上げているところで株をやめることができる勇気をもつことが必要だとおもいます。今現在、長期で保有したい銘柄以外はすべて売ってしまいました。3年間の株生活をどのように過ごしたのか、今度時間があるときにお話いたいと思います。
お金にまつわるギモン」⇒ マネデリカでみんなに相談 ⇒ ギモン解決!
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復職をして、職場にも恵まれて順調に仕事をしていましたが、復職して2年目に入り、異動をしなければならなくなりました。通勤時間が1時間30分以上かかるので結局、引っ越すことにしました。しかし、引っ越してから2年目に夫の異動があったり、互いに職場が大変になったりして、共稼ぎにも疲れてきましたので、私は大学院就学のための休業制度を利用して仕事を休みました。大学院での勉学に励みながらこれからどうやって生活していけばよいのかを考えてみた2年間でした。
娘が1歳になるまでは育児休暇を取って主婦業に専念しました。慣れない育児と疲労でストレスはありましたが、あの頃の思い出は今から思えば楽しいことばかりです。欲を出し、休暇中でなければできないことをひとつはやろうと思い、自動車免許も取りました。夫が免許を持っていないので、将来的に自動車の運転が必要になったときに困るだろうとも思いましたし。しかし、必要がないと自動車には乗らないので、ずっとペーパードライバーのままでした。結局、免許の更新を忘れてしまい、免許取得のためのお金(数十万円)と時間がすべて無駄になってしまいました。このことは、今までの人生で特に反省していることです。
娘が1歳になり、私が職場に戻り本格的なDIWKS生活が始まりました。2月復帰でしたので、4月までの間は駅前の民間保育園で預かってもらいました。1ヶ月の保育料は7万円(昼食を含む)と高いのですが、とにかく清潔で保育の質が高いので言うことなしです。民間はこちらのわがままを聞いてくれてサービスが良いですね。4月になって、公立の保育園に入れたのですが、母親の立場ではいろいろと窮屈でした。電車を降りて駅前で買い物をしてから迎えに行くと、「勤務時間と通勤時間しか預からないことになっていますので買い物をしてくるのはやめてください。」と言われたことがあります。小さい子どもを一度家に連れて帰って、夕方の遅い時間に人ごみの中に一緒に出かけていくのは本当に大変なのに。でも、子どもに対する育児はきちんとしていて、娘は喜んで通っていましたので、民間の保育園には変えませんでした。
核家族で祖父母の手助けも期待できない状況でしたが、保育園に入れて順調に復職できました。