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この本面白かったよ 猫ばあ ブック・レポート
                  vol.068  200.5/16

                                       ☆  ☆  ☆

 
猫と本が好きな団塊世代です。面白かった!読んでよかった!誰かに読んでもらいたい!と「!」の付く本を紹介、というより「ねっ?おもしろいでしょ」と言いたくて、そして面白 いと思う本があったら紹介して、と初めてのブログを開きました。女性著者の小説、エッセイが多いかも。理数系、スポーツ物、時代物はゴメン、ほぼゼロです。

                 ☆  ☆  ☆ 

  星新一といえば反射的に「ショートショート」という語が浮かびます。「ぼっこちゃん」「ノックの音が」「エヌ氏の遊園地」などなど。それもそのはずなんと生涯に1000話以上のショートショートをかいたそうです。

 「明治・父・アメリカ」はショートショートとはまったく趣の違う本で、ご自身の父親の伝記です。(母方の祖父は帝国医科大学学長を勤めた高名な医学者、小金井良精で、祖母喜美子は森鴎外の妹です。)

 少年時代を懐かしく思う著者は、< いま私が生きて存在しているのは、父のおかげである。それは、父の父のおかげでもあるのだ。>といって、祖父のことから書き起こしています。

 祖父小野佐吉は今のいわき市、当時の磐城国菊多郡に生まれ星家に養子に入り星喜三郎となり、村の世話役のようなことをしていました。両親とも頭のよい人でした。そこに生まれたのが星新一の父。喜三郎の幼名と同じ佐吉と名付けられます。

 佐吉は6歳で「お寺学校」入学、4年後に卒業、そのあと小学校の教員養成所で寄宿生活を送り3番の成績で卒業。なんと12歳で小学校の先生として就職します。今では考えられないことです。12歳なんて声変わりだって、したかしないかの子供ではありませんか!それに給料も卒業時の成績によって決まるので、成績不良者は3円、佐吉は6円でした。今このような制度を政府が発表したらどんなことになるでしょうか。

 佐吉はどうしても東京に出て勉強し何か大きなことをしたいとお金をため、時期についてははっきり分かりませんが上京。ただ明治21年14歳の時には横浜にいたことは残っている手紙で分かります。それから2年半後ニコライ堂の建った年に東京商業という学校に入学します。

 校長は高橋健三といって高い見識を持った人格者でした。奥さんは江戸っ子肌の一中節(常磐津や清元などの源流となった音曲)の師匠で夫より18歳年上で若い人たちの面倒見もよかったそうです。タレントの、年の差婚だの、年上妻だの騒ぐことないですね。

 満19歳になったときアメリカに行きたい旨父親に申し出、意外にもすんなり許可されます。このときに佐吉から「一」(はじめ)に改名しました。英語を勉強するのはもちろん、何かの時は自分で身を守らねばならぬと講道館に通って柔道を習い、わが国の文化も紹介できなくては、と生花(!)も習いました。

 卒業するとすぐ渡米するのではなく、まず日本を知ろうと本の行商をしながら大阪、奈良、九州、沖縄まで見て歩いたのです。アメリカはサンフランシスコの土を踏んだのは20歳の10月でした。

 日本からの最初の移民は明治2年。江戸城開城の翌年ですよ!津田梅子が岩倉具視使節団とともにアメリカに行ったのは明治4年、7歳の時。なんと昔の日本人はすごかったことでしょう。本人はもちろん送り出す両親、受け入れる周りの大人たち。みんなみんな今の私たちとは覚悟が違います。

 星は
 全財産の115ドルを渡米早々同胞である日本人に貸してしまい回収不能。生きていくためにアメリカの家庭に住み込んで雑用をしながら学校に通う、という羽目に陥りますが、慣れないことで早くて1時間長くて24時間でクビになってしまい、1ヶ月の間に25回も追い出される始末。

 まったくゼロからの出発でしたが何とかしのぎニューヨークへ出て念願のコロンビア大学入学を果たします。本来東京商業卒業というだけでは入学資格がなかったのですが交渉の末入学が許されたのです。おおらかですね。解説に小島直記氏が書いているように、明治という時代、アメリカという国は「人間形成の母体」であり、星一という青年はそこでこそ開花したのでしょう。

 在学時代に雑誌・新聞を発行、野口英世、新渡戸稲造、伊藤博文などとの知己も得ます。しかし資金面では大変で、後藤新平の援助を受けたりしています。当時の日米の社会的背景なども短い文章ながらよく分かります。

 解説にもあるようにもちろん「明治」にも「アメリカ」にも悪い所はありますが伸びようとするものを助けるという気風があったようです。でも何よりも星一という人の何事も自分の力でやり遂げるという気概が、このような人生を過ごした一番大きな要素だと思います。
 

 明治3831歳で帰国した星はのちに星製薬を作りますがその後のことは「人民は弱し 官吏は強し」(星新一著)に詳しいそうです。

 

 

 ===== 本日の1冊 =====

 
明治・父・アメリカ (新潮文庫 草 98-17)
</a>
星 新一
価格:¥ 460 (定価:¥ 460)
   http://www.amazon.co.jp/dp/4101098174/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22 

 ***** お知らせとお願い *****

 UNHCR( 国連難民高等弁務官事務所)からのミャンマー支援要請記事を下記にコピーします。ご協力くだされば幸いです。               

-------------------------------------------
1.  ★【続報】ミャンマーサイクロン被害への緊急支援★
-------------------------------------------
2008年5月4日に、ミャンマー政府からUNHCRヤンゴン事務所に支援の
要請が寄せられ、UNHCRは、ミャンマーにある国連諸機関による
合同緊急対応チームの一員として、ただちに救援活動に入りました。
被災者約25万人分のシェルター提供を担当し、一日も早く衛生環境を
整え、被害を最小限に食い止めるために救援活動にあたっています。
すでにUNHCRの援助物資79トンが現地に到着、配布が始まりました。

詳細は下記をご覧ください。
http://www.japanforunhcr.org/act/a_asia_thai_n_04.html
現地の様子を伝える写真が届いています。
http://www.japanforunhcr.org/act/a_asia_thai_n_04_p.html

日本UNHCR協会では、「ミャンマー サイクロン被害」への緊急募金を
受け付けています!ぜひご支援をお願い申し上げます。

■下記サイトから、「アジア地域」をご指定ください。
ミャンマー サイクロン被害への緊急支援に活用させていただきます。
http://www.japanforunhcr.org/donate/index.html

■ご寄附を郵便局からご送金くださる場合には、通信欄に、
「ミャンマー サイクロン被害」とお書き添えください。
郵便局 : 口座番号 00140-6-569575 加入者名 UNHCR協会
※通信欄に「ミャンマー サイクロン被害」とご明記下さい。
※振込み手数料は「加入者負担」です。







発行者 早田 和
発行 まぐまぐ ID=0000223214
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この本面白かったよ 猫ばあ ブック・レポート
     vol.67    2008/5/09

                                       ☆  ☆  ☆

 
猫と本が好きな団塊世代です。面白かった!読んでよかった!誰かに読んでもらいたい!と「!」の付く本を紹介、というより「ねっ?おもしろいでしょ」と言いたくて、そして面白 いと思う本があったら紹介して、と初めてのブログを開きました。女性著者の小説、エッセイが多いかも。理数系、スポーツ物、時代物はゴメン、ほぼゼロです。

                 ☆  ☆  ☆ 

  本が好き、なんて言っておきながら、ドストエフスキー、ちゃんと読んだことがありません。昔読みかけて挫折、それ以来なんとなく敬遠していました。ドストエフスキーのみならず、トルストイも読んでなくて、「アンナ・カレーニナ」も映画で見ただけ。ロシア文学で読んだのは、プーシキン「スペードの女王」、ゴーゴリー「外套」「鼻」。短編だけ。あ、トルストイは「イワンのばか」を読みました。絵本で、ですけど。

  今、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」が売れているそうです。「カラキョー」って言うんですって。びっくりです。新訳も出て文庫本が本屋さんで平積みされていますし、TVで若いお笑いタレント(たぶん)が、1ヶ月かけて通読、紹介していました。そうか、おもしろいのか、では読まねばならぬ、と大決心をしようか(大決心をしなければ読めない重厚超大作というイメージ)と思っていましたら、この本が目に付きました。

  「ドストエフスキーのおもしろさ」サブタイトルは「ことば・作品・生涯」。岩波ジュニア新書です。この新書は、平明な文章で分かりやすく書いてありジュニア向けとはいえ大人にだって、いろいろな分野の入門書として最適なものだと思います。  前書きにこうあります。

< ドストエフスキーの小説、評論、手紙などから、意味深い「ことば」を選び、それと共鳴する私の短い話を80編付しました。―略― 全体としてドストエフスキーがどういう人手どのようなことを考えていたかを分かってもらえるようにしました。> 

 
本書は、「ドストエフスキー早わかり」の本ではありません、と著者はいっていますけれど、“ドストエフスキー像”をおぼろげながらにでもつかむにはありがたい本でした。まず巻末の「ドストエフスキーの生涯」から。

 
1821年モスクワ生まれ。父は田舎に領土を持つ偏屈な医師でドストエフスキーは父親を少年時代から「奇妙な性格な人」と見ています。15歳の時母親を亡くし、軍人養成のための学校で共同生活を送っていた時、今度は父親が亡くなります。なんと自分の領土の農民の恨みをかって喉に布切れを詰め込まれるというむごい殺され方で。 少年時代の夏をすごした懐かしい村は、凶行の場にもなったわけで、ドストエフスキーの記憶の奥には幸せな思い出と、思い出したくもない惨事とがいつも絡みあっていました。

 卒業後工兵団製図局に勤めるものの、「勤めはじゃがいものようにつまらない」といってやめてしまい、小説を書き始めます。デビュー作は「貧しい人びと」。その後社会主義思想の感化を受け、帝政ロシア政府に危険分子として逮捕され銃殺刑の判決を受けますが、処刑直前にシベリア流刑となります。 政治犯として4年間の服役、その後も5年兵役を務めます。28歳から37歳にかけてのことです。兵役時代に結婚、妻とその連れ子を伴ってぺテルベルグヘ行ったものの7年後妻は病死、同じ年に兄も急死。多額の負債も抱えることになります。この頃書き始めたのが「罪と罰」。

 その後「賭博者」を執筆した時の速記者、若いアンナと再婚、債権者などを振り切って西欧へ旅立ちます。出版社から前借したお金があるとはいうものの、ギャンブルが好きで生活は苦しく4年半後帰国。この間「白痴」「永遠の亭主」「悪霊」などを書いています。

 「カラマーゾフの兄弟」は彼の最高傑作だそうですが、最後の作品でもあります。「ロシア報知」に掲載されてから2ヶ月足らずで喀血して亡くなったのです。少年時代両親から「火の玉」といわれた性格で、環境、時代とあいまってその人生は激烈でした。病的な体質でもありました。その文学が穏やかなものであるはずはないのでしょうね。

 ドストエフスキーは小説のなかで、しばしば「言葉遊び」をしているそうで、たとえば「地下室の手記」の怠け者でゴマすり男の名前はトリュドリューボフですが、これは訳せば「働き好き」。原語のこんな仕掛けに気がついたらさぞ嬉しいでしょうけれど、翻訳しか読めない私にはこんな皮肉は解説してもらわなければ分かりません。

 53 < ドストエフスキーを語れば、直ちに向上や進歩といったプラスの志向へ人を誘うわけにはいきません。―略―人間のさまざまな病的な苦痛や悪の事実を示すことになります。―略―私が今それらの忌まわしい事実に対する内的感受性の目覚めを若い人にうながすのは、もちろん露悪趣味からではないので、人間の内なるさまざまな危険な可能性にたしかな知覚をもち、自分と他者の苦しみや涙を知ることが必要と考えるからです。>

 ===== 本日の1冊 =====

ドストエフスキーのおもしろさ―ことば・作品・生涯 (岩波ジュニア新書)
</a>

中村 健之介
価格: (定価:¥ 819)

http://www.amazon.co.jp/dp/4005001386/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22





                 







発行者 早田 和
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この本面白かったよ 猫ばあ ブック・レポート
                  vol.66  2008.5/2

                              ☆  ☆  ☆

 
猫と本が好きな団塊世代です。面白かった!読んでよかった!誰かに読んでもらいたい!と「!」の付く本を紹介、というより「ねっ?おもしろいでしょ」と言いたくて、そして面白 いと思う本があったら紹介して、と初めてのブログを開きました。女性著者の小説、エッセイが多いかも。理数系、スポーツ物、時代物はゴメン、ほぼゼロです。

                   ☆  ☆  ☆

 

 今回は、何を書こうかなあ、と古いノートを見ていたら「南蛮阿房列車」が目に留まりました。199410月に読んだもので、昭和56年(1981年)発行の新潮文庫です。ところがこれが絶版。残念!と思いましたら光文社文庫から「新編 南蛮阿房列車」として出ていることが分かりました。

  「新編」は「南蛮阿房列車」「南蛮阿房第2列車」(新潮文庫)「自選 南蛮阿房列車」(徳間書房)の三冊を底本として、12編の世界の鉄道をめぐるエッセイが収められています。

  著者は子供のころからの鉄道好きで、小説以外に鉄道関連のものを書いてみたいと思っていたけれど、内田百鬼園の鉄道旅行記「阿房列車」があり、逡巡していたそうですが、昭和30年代海外旅行の機会があって趣の違うものが書けるかも知れないと思い始めました。そして昭和50年にようやく第1話を書いたのです。思いついてから178年後、百鬼園先生の亡くなったあとになりました。ずいぶん遠慮深い方。
まずは遠藤周作氏と北杜夫氏と共にしたヨーロッパ旅行のお話。

 P19 < まんぼうの行動は終始、スローモーション・カメラが撮影した人物のそれの如く、狐狸庵の方は駒落としで、高崎山の猿のようにせわしない。> 

まんぼう氏は突如「愛してるウ」などと叫ぶ始末。「愛してる、助けてくれ、神様、の3つは北氏の口癖なんだそうです。

 さてパリについた翌日、阿川氏は、ただ列車に乗りたいがために700キロ以上はなれたトゥルーズまでの旅に二人を誘いますが断られ一人で決行します。それはそうでしょう早朝パリを出発6時間かけてトゥルーズへ着き、そのままタクシーで飛行場へ駆けつけパリへ飛行機でへトンボ帰り、というのですから。

 緑の丘を列車は<「ヒーコッコ ヒーコッコ」と単調な音を立てて走りつづける>と描写。オリエント急行、マダガスカルの列車など出てくる汽車の音を全部書き分けています。うろ覚えですが絶版のほうには台湾の列車の音を「ケタタッタ ケタタッタ カタケチャケタコト」。 イタリア人の会話を「シ シ シ。何とかヌート タンテ 何とかナーエ」とイタリア語らしい音を写し取っているし、耳がいいのね、と思いました。

  マダガスカルに旧知の人がいるので行ってみようと、またまた狐狸庵氏たちを誘いますが、「あほらし」と断られ、意外にも鬱のまんぼう氏は「行きたいです」と二つ返事で承諾、理由は昆虫が見たいから。現地の知人に、汽車に乗りたいとかカブトムシが見たいという渡航者を迎えるのは初めて、とあきれれながらの二人旅が「マダガスカル阿房列車」。

  「アガワ峡谷紅葉列車」は著者と同じ名前であるという理由で紅葉見物かたがたカナダのアガワ峡谷まで出かけた時のもの。行ってみれば「アガワ駅」は列車の停車しない無人駅だといわれますが自分の名刺を見せて同じ名前の駅にぜひ降り立ちたい旨訴え、なんと特別に下車させてもらいます。びっくりですね。

  「降誕祭フロリダ阿房列車」はアメリカ建国200年を祝う「アメリカン・フリーダム・トレイン」に乗りに行くお話。ニューヨークのすし屋での会話から唐突にこんな話が出てきます。ちゃんとあとで繋がるのですが。(どう繋がるのでしょうね)

 P204<内田百鬼園先生に、「馬は丸顔」と題する名作がある。成島柳北は恐ろしく顔の長い人であった。明治の初年馬上豊かに墨堤へお花見に出かける柳北を、一緒に行った福地桜痴居士がつくづく眺め、感にたえて一首読んだという話が書いてある。“ さてもさても 世は逆さまと成りにける 乗りたる人より馬は丸顔”> 

 
また同じ章で、アメリカ留学中の息子に「お父さんの英語聞いてると疲れるよ。イディオムや前置詞の使い方がああ滅茶苦茶じゃ、自分でも困るでしょ」といわれこう答えます。

<「誰かがな、一世の婆さんに言ったそうだ。お婆さん、言葉ができなくて、長いアメリカ生活、さぞ不自由でお困りになったでしょうね。婆さんがいったそうだ。いいえのう、わたしァ一つも困りゃあしません。困ったのはむこうじゃもん」>

  オリエント急行が廃止になるからその前に、と誘われて「過去の栄光の残りかす。食堂車もつけないぼろ汽車に成り下がっている。そうとは知らぬ阿呆が、アガサ・クリスティやグレアム・グリーンの小説に惹かれて時々乗りにいく。僕は鉄道に無知な阿呆と同列に見られたくないね。折角だが、乗ってみる気はありません。」と断ります。でもそれが「郷愁のオリエント急行」なる特別列車だと知って、
< 「ちょっと待ちなさい、君」だぼはぜと思われたくないけれど、餌を見て気が変わった。>

 全部鉄道に絡むものなのはタイトル通りですが、鉄道に興味がなくても、あればなおさら楽しい旅行記です。「ここに登場する列車が今も運行しているかどうか、保障はいたしかねる」そうですけれど。 

 

 ===== 本日の1冊 =====

     
   

新編南蛮阿房列車 (光文社文庫 あ 15-3)
</a>

阿川 弘之
価格:¥ 660 (定価:¥ 660)

 

http://www.amazon.co.jp/dp/4334742971/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22

              







発行者 早田 和
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この本面白かったよ 猫ばあ ブック・レポート
                  vol.65  2008 .4/25

                  ☆  ☆  ☆

 
猫と本が好きな団塊世代です。面白かった!読んでよかった!誰かに読んでもらいたい!と「!」の付く本を紹介、というより「ねっ?おもしろいでしょ」と言いたくて、そして面白 いと思う本があったら紹介して、と初めてのブログを開きました。女性著者の小説、エッセイが多いかも。理数系、スポーツ物、時代物はゴメン、ほぼゼロです。

                  ☆  ☆  ☆


  なんともセンセーショナルなタイトルです。ゴッホ関連の本は40年以上も昔、中学生のとき茗荷谷駅ビルの茗渓堂で買ったのが初めてです。その本は文庫本「炎の人ゴッホ」だったと思っていました。このブログを書こうと調べてみると、文庫版は1990年に中公文庫から初めて出版されたということなので、私の間違いらしい。そのときの本屋さんの匂いまで覚えているのに、記憶とは変なものです。

  忘れっぽい私が何で40年以上も昔にゴッホの本を買ったことを覚えているのか不思議ですが、独特なうねるようなタッチの絵、耳に包帯をした自画像、ピストル自殺など強い印象を持ったのに、本の内容が面白くなく、それでも我慢して少しずつ読んだあげく、さっぱり理解できなかったからかもしれません。

  「ゴッホは殺されたのか」は、本文の前に年表とゴッホが暮らした街や村の地図が載っていて親切です。資料とした書簡集の手紙は整理してゴッホの人生にかかわる事柄を分かりやすいように提示した、とのことですけれど、中学生の時「なんだか分かんな〜い」と思ったように隔靴掻痒という思いは残ったのです。

  でもそれは本書の最終章で「そうか!分からないのも道理じゃ」と納得でき、長年のもやもやが晴れた思いです。この本のエッセンスは最終章「事件の検証 ゴッホ伝説の情報操作」に詰まっていると思います。

 キーポイントのひとつは、世の中に数あるゴッホ関連の本は皆、弟テオの妻であった愛称ヨーの書いた「ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 弟への書簡集」を資料としたものである、ということ。

 ヨーは身内とはいえ弟の妻であって、ヴィンセントとは一緒に暮らしたことはありません。合計でも5日間をともにしたことがあるだけです。
  この書簡集はゴッホの死後24年経った1914年に出版されたものです。冒頭に書いたように「記憶とは変なもの」ですから、その記憶が事実とは限らないし、まして意図的にあることを隠そうとか、事実とは違う方向に持ってゆこうとして書かれたとするならばどういうことになるでしょうか。事実ではないことでも「近しい人の正しい証言」ゆえに簡単に定着してしまうでしょう。

  実はゴッホ関係の資料はすべてテオの息子ヴィンセントの設立したゴッホ財団の下、厳重に管理されていて、今までに公開されたもの以外の資料、たとえばテオがほかの兄弟に書いた手紙、両親がこどもたちに書いた手紙などは一般の人は見ることができないのだそうです。

 ヨーの著した「書簡集」もテオとヴィンセントの手紙のすべてではなく、抜かしたものや時系列を操作したところがあるのだそうで、それなら分からないところがあって当然ではありませんか。

  ではゴッホの死の真相はこの本で明らかになったのでしょうか。「殺されたのか」と書いて、「殺された」と断定はしていません。事件の時間、場所もはっきりしていないこと、傷の状態が不自然なこと、そしてなによりも凶器のピストルが発見されていないことなどをあげて従来の自殺説に「殺されたのか」と疑問を呈して、殺されたとしたら誰に、なぜ?という問いへの答えを導き出しています。

  その答えは合理的なもののように思えます。思えはしますがでも信じたくはない。最大の謎、凶器のピストルが見つからなかったという点、本当に見つからなかったのでしょうか。時間も場所もはっきりしていないというのにどこをどうやって探したのでしょう。見当はずれの場所を探したとしたら見つかるわけがありません。120年も昔の捜査がそんなに徹底していたでしょうか。

  エピローグに「実は本書は『小説 ゴッホ殺し』の創作ノートとして書き始められたものだった。」と書いてあります。ゴッホの人生は謎だらけで創作意欲を掻き立てるものではありましょうが、その死の真実はこんなに時間が経ってしまった今、そしてこれからもはっきりすることはないと思うのです。

  あんなにたくさんの目撃者がいたケネディ大統領の暗殺や、ダイアナ妃の死の真相だって諸説があって何がなんだか分からないのですから。

  ちょっと気分を変えてゴッホの絵について。損保ジャパン東郷青児美術館のあの「ひまわり」が公開されたときは大行列でした。でも私は上野の西洋美術館にある「バラ」のほうがすきです。いつ行っても誰もその絵の前にはいませんからゆっくり眺められます。ピンクの愛らしいつるバラ。そのバラは神経を病んで入院していたサン・レミ療養院の庭にあったものだということです。 ゴッホ展で見たブルーの空を背景にした満開のアーモンドの花を描いた絵(1890年作)もとてもきれい。同じ年にピストルの弾を受けて亡くなるなんて(自殺にしろ、他殺にしろ)考えもつかない明るさです。

 ===== 本日の1冊 =====

 

ゴッホは殺されたのか 伝説の情報操作 (朝日新書 94) (朝日新書 94)
</a>
小林 利延
価格:¥ 756 (定価:¥ 756)
http://www.amazon.co.jp/dp/402273194X/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22
                 







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この本面白かったよ 猫ばあ ブック・レポート
                  vol.6    2008 4/18

                                       ☆  ☆  ☆

 
猫と本が好きな団塊世代です。面白かった!読んでよかった!誰かに読んでもらいたい!と「!」の付く本を紹介、というより「ねっ?おもしろいでしょ」と言いたくて、そして面白 いと思う本があったら紹介して、と初めてのブログを開きました。女性著者の小説、エッセイが多いかも。理数系、スポーツ物、時代物はゴメン、ほぼゼロです。

                  ☆  ☆  ☆

「味なおすそわけ」とサブタイトルがついたこの本の著者は俳優の池部良さん。大正7年生まれで90歳。この本の出版は2007年ですから89歳の昨年にかかれたものです。

 俳優としての池部良は、やくざ映画の「着流しで寡黙、ヤクザの親分の食客で、コホコホと力ない咳をしながら(肺病やみ、という設定)いざというときには……」というようなのを見た記憶がありますが、1941年丹羽文雄原作の映画「闘魚」で俳優デビュー、戦後「青い山脈で」大ブレーク、文芸路線で大活躍した、当時は知らない人はいないくらいの俳優です。

 90年代からはあまり映画出演はなく、エッセイをたくさん書いています。インターネットで「池部良」と入れると、「俳優 エッセイスト」と出るくらい。1990年出版の「そよ風ときにはつむじ風」は日本文芸大賞を受賞しています。父は画家の池部鈞、母は岡本一平の妹、篁子。岡本太郎とは従兄弟同士です。

  エッセイはこの両親、特に父親のことを書いたものと、召集後の軍隊生活、戦後の俳優生活について書かれたものが多いです。戦時中は中国から南方へ送られる途中、乗っていた輸送船が撃沈、海に投げ出され命からがらハルマヘラ上陸、という凄まじい体験をしています。

  以前にTV「徹子の部屋」で黒柳さんが「ユーモアのセンスが漱石の“坊ちゃん”の雰囲気」というようなことを言ってましたが、本当にそんな感じ。やんちゃで、でたらめっぽい文章。(あくまで“っぽい”のであってでたらめ、ではありません)

 「天丼はまぐり鮨ぎょうざ」は雑誌「四季の味」に連載された「頬落記」に加筆・訂正をしたもので、90年の人生と食べ物のことを書いています。なんと読むのか分かりませんが「頬落記」も捨てがたいタイトルですね。毒舌ぶりも相変わらずでお元気なご様子、うれしいことです。

 90 そうめん
<(父親の言葉) 汁には砂糖と味醂をちびりと隠し味に入れるんだ。ほんのりとした甘みなしで醤油だけだと、爺(じじい)の小言みてぇだ。ただ塩辛くてコメカミが痛くなるのが落ちだ。納得がいかねぇわけだ。―略―そうめんは江戸っ子の食べ物じゃないから、蕎麦みてぇに粋にちびっと汁をつけて食うと、素っ裸の女をみせられたみてぇで、ああそうですかってなもんだ。欲も味も出てこない。>
(コメカミは漢字で書いてありますがPCで出せませんでした。ほかにも今ではほとんど使わないような漢字や言い回しが度々出てきて、勉強になりますわ)

 104 カツレツ
(戦後、まだ米は配給、外国タバコの紙巻1本でも吸っているのが見つかれば、罰金を取られる頃、初めてとんかつやに連れて行ってもらって)
<「とんかつとは、お前のことかと手を合わせ」。こんな思いがし、うまいのなんのと涙をひとつ落とした。> 

池部さんの「〜みたいな」「〜のような」という比喩は秀逸で笑いつつ感心してしまいます。いくつか拾い出してみましょうか。

<(子役時代の中村メイコは)あの大人の木乃伊(ミイラ)みたいな子供の役者で……>

<(新劇で)しょっちゅう意味の分からん、地面に落とした活字を拾い集めたような台詞をやってきましたから……>

<(同窓会誌発行の提案に)自分だけがそう思い込んでいる思い出とか自分に都合のいいことしか書いて来ねえと思うんだ。そんな嘘つきの掻揚げみたいなものを作ったってしょうがねえと思うんだ。>
(以上「そして夢に始まった 木蓮の巻」より)

<(戦時中)サーベルをぱっと前に差し出して敬礼すると、―略―軽くたぬきのちょっかいみてえな敬礼をかえすんだな>

<先生は男の約束は神様と仏様の握手のようなもので絶対ですと―略―> 

父親の言動に描写にも笑ってしまいます。

<(土器を取っておいたら捨てろといって)馬鹿やろ。ろくすぽ褌もしてねえ奴等が作ったものを後生大事に持ってるなんて馬鹿なこった。>
(「続 そよ風ときにはつむじ風」より)

 奥様の美子サンの言動
(妻が猫きちがい。洗面しようとすると猫がすっ飛んできて洗面台でオシッコする。終わってもまだでるフリをするから怒鳴ったら)
<「ボク(池部氏のこと)、ミンゴをいじめないでちょうだい。ミンゴがしたいって言ってるんだからさせてあげといてよ。ボクがミンゴのおしっこで顔洗ったって死にはしないけどミンゴがオシッコしなかったら死んじゃうのよ。そのくらいのこと分かってくれなくちゃ困るわね。」> (「風まかせの暦」より)
 

ああ天下の大スターも形無しだア。

 

 ===== 本日の数冊 =====  


天丼はまぐり鮨ぎょうざ―味なおすそわけ
</a>
池部 良
価格:¥ 2,310 (定価:¥ 2,310)


 

  風まかせの暦
</a>

  池部 良
  価格: (定価:¥ 1,223)

  http://www.amazon.co.jp/dp/4620308277/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22


  

  そして夢にはじまった〈木蓮の巻〉
</a>

  池部 良
  価格: (定価:¥ 1,427)

  http://www.amazon.co.jp/dp/462031014X/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22               

 

   そよ風ときにはつむじ風
</a>

   池部 良
   価格: (定価:¥ 1,223)

   http://www.amazon.co.jp/dp/462030767X/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22

 
続 そよ風ときにはつむじ風
</a>
池部 良
価格: (定価:¥ 1,325)
http://www.amazon.co.jp/dp/462030896X/ref=nosim/?tag=konohonomoshi-22



発行者 早田 和
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