菩提やか妙なる歌の言囚にかの蓮台にのる菓子袋
豊蔵坊信海(『孝雄狂歌集』)
掲出歌は詞書に「難波の鯛屋といふ菓子屋に」とある。初句の「やか」は接尾語で名詞に付いて形容動詞の語幹を作る。いかにもそのような感じがする意、「提や」に「鯛屋」を隠す。「言囚」は上方狂歌壇の第一人者となる鯛屋貞柳またの名を油煙斎貞柳(一六五四〜一七三四)の本名である。母の法名は「妙囚」、二句に「妙」、三句に「囚」も配されている。
春毎(ごと)の県(あがた)のめしのうへにても菓子及第にしくはあらしな
初にきた隔心かまし馳走すな名をはゑんていしつたお人しや
一首目は『後撰夷曲集』で取り上げたが作者は安原貞室(一六一〇〜一六七三)、詞書に「家職の得業によ(り)てかけまくもかしこき詔ましまし御菓子所山城大掾藤原貞囚になしたまふその悦の俳諧一巻の奥によめる」とある。この藤原貞囚が言囚の父である。二首目は『豊蔵坊信海狂歌集』に載る。詞書に「貞室はしめて来けるに納所馳走たてしけるを留(め)て」とある。納所坊主に気を使ったのだ。二句「隔心」は気兼ねする気持ち、「ゑんてい(淵底)」は副詞で「すっかり」、結句「しや(じゃ)」は助動詞、「である」の語尾「る」が脱落した「であ」の転だという。初対面だが貴方の名前はよく知っている、気を使うなと云っている。貞室は信海より十六歳の年長、言囚は二十八歳の年少、信海の名は今思うよりも大きい。
母をすくふためし有明の月ほとなこれは菓子盆それはうら盆
見る人も見らるる花もさつとひまあきのさくゐの珍菓亭哉
くろこりややかて夜あけてしろこりやひつつれたつた京のほりかな
京まての同道はよしともなれとわれはかこにてふしみときはしや
一首目は詞書なし。掲出歌に続く作品である。初句から二句の「ためし(例)」は餓鬼道に落ちた母を救う盂蘭盆経の物語、この経説に基づいて行われる仏事が盂蘭盆である。下句の対句表現はよくある手だ。二首目は詞書に「大坂の珍菓亭言囚参(り)て秋牡丹の花をみて狂詠をいふに」。「秋牡丹」は「秋明菊」、題詠を提案したのである。三句「さつとひま」は悩むが「ざっと閑」(およそ漫然としているさま)、四句は「あき(飽き)のさくゐ(作為)」と読む。冷やかしたあと助け船を出した模様である。三首目は詞書に「かたるに夜ふけけれは京におもむくしれものにてつれたちけれはいとくろく雨さへふりけり」とある。「しれもの(痴れ者)」とは信海と言囚、したがって初句は「黒狐狸や」、三句は「白狐狸や」と読む。四句は「引っ連れだった」、ちょっと悪者ぶったところに信海の満足がある。四首目の詞書は「いとねふたき歌咄しけれはわひてときはといふ処にて」。「ときは(常磐)」は京都市右京区の地名、連想は常磐御前に移り二句から三句に義経の父「義朝」が身を隠す。結句は「不死身常磐」か、表は「臥し身時じゃ」(眠らせてもらうよ)。言囚は笠を借りての同道である。