態(わざわざ)申すよつて詠(め)るさくら花一枝をくりたてまつり候
安親(『銀葉夷歌集』)
『銀葉夷歌集』は生白堂行風の『古今夷曲集』(一六六六年)『後撰夷曲集』(一六七二年)に次ぐ編著。延宝七(一六七九)年刊。「序」に「和歌は情淳にして風情をかさり夷歌は俗語をもきらはす理にかなふをもはらとせり」とある。行風の狂歌観である。命名にあたっては『金葉和歌集』を念頭に置く。一〇巻一一八六首。掲出歌は巻第一春歌、全一六一首のうちの一首である。詞書は「花の枝送るに添(へ)て」。作品だが諸橋轍次の『大漢和辞典』で「態」を引くと国訓として「わざわざ」、ほかのついでではない意。したがって初句七音となる。二句「因って」は漢文訓読に由来する語、そういうわけで。初二句に飛躍の感がある。
うてたてか氷のはつた川つらを打(ち)はる風は陽気もの也
棚もとてきく鶯の声ならはそも摺鉢のみそし一文字
是や此(れ)よめなをつかふ料理にはあとよりいたせ蕗のしうとめ
一首目の作者は顕行、詞書はなし。初句は「腕立て」(腕力の強さを自慢すること)、三句は「川面」で面が人の顔を連想させる。四句は「打ち春(張る)」で結句に接続して「春風」となる。二首目の作者は貞林、詞書なし。初句は作中人物のいる場所を指す。どうやら今の台所らしい。上の句を受けて「そもそも歌の一首ぐらい」と展開する。下句「(摺鉢の)味噌」が「三十(字)」に掛かる。三首目の作者は方碩、詞書は「春草」。二句「よめな(嫁菜)」、春の若葉は食用となる。結句「蕗のしうとめ(蕗の姑)」は蕗の薹の異名、蕗の若い花茎で食用となる。脳天気な男の歌ではある。そして嫁菜も蕗も同じキク科であるのが面白い。
さいめよりあらく吹(き)こす春風に花の浪たつうら屋なりけり
そよとたに風もふかぬに禅寺の花ちる事よいかなるか是
あたたかな日は田返しに引(き)て行(く)牛も涎をくるすのの原
無常そと花も悟やひらくらんきのふも過つけふもくれんけ
一首目の作者は伯水、詞書に「百首歌の中に際目落花」。初句の「さいめ(際目」は境目、境界。結句の「うら屋」は裏通りに面した家。粗末な家の内と外の境目、それに波の花の逆で「うら(浦)」に海と陸の境目のイメージを重ねた。二首目の作者は同じく伯水、詞書は「古寺落花」。四句までは眼前の風景、それに対して結句は修行者に出された公案の趣きである。二句の不条理を受けて四句に詠嘆の「よ」が付く。三首目の作者は正信、詞書は「春田」。結句は「栗栖野の原」。栗栖野は京都市北区にあった古地名、歌枕である。四句から五句の「涎をくる」は音の似る「涎繰り」(涎を垂らしていること)だろう。四首目の作者は一見、詞書は「木蓮花」。三句、花も悟りも「ひらくらん」を共有そして擬人化してみせる。下句は無常の描写、結句は「今日も暮れん(け)」に「(けふ)木蓮華」、単純だが見事な着地である。